茶・陶・画による第二の黄金時代
芸術を専攻した洪志勝さんは学生時代に先生に連れられて九份に写生をしに来た。1979年のことで、すでに金鉱による繁栄の面影さえ残っていなかった。「この町は特別な感じがしました。海を見下ろせる山肌に、なぜこんなにたくさんの家屋があるのか。しかもその9割は空き家だったのです」と言う。洪水勝さんは好奇心を抱き、住民から金鉱時代の話を聞いたのが後の行動につながったという。
台北でビジネスをしていた彼は、「日常の生活に押しつぶされそうになった時、いつも九份に絵を描きに来ていました」と言う。彼にとって、九份は癒しと充電の場となったのである。数年後、イラン・イラク戦争の影響で事業は停滞してしまい、彼は再び九份を訪れて絵に専念したが、友人たちからは九份で絵を描き続けても前途はないのだから、あきらめろと言われた。
しかし、洪志勝さんは九份に魅了されていた。「台湾は島なので海が見えるのは普通のことですが、九份の山からは海の近景、中景、遠景のすべてを見ることができます」と言う。重なり合うようにして建つ家屋の向こうに基隆山が見え、さらに遠くを見れば広大な大海原と基隆嶼や和平島、七星山などが見渡せる。
九份の変わりやすい天候は、その景観も変化させる。春の早朝には雲海が足元から湧き上がってくる。夏には霧が水平に流れて街と海の景観が見え隠れする。季節によって霧が下から昇ってきたり、山から流れ下りてきたりし、一日の間にまったく異なる風景を見ることもある。九份には特別な景色があり、金鉱の歴史もあり、再び栄えるとすれば、それは天の時と地の利と人の和がもたらすだろうと洪志勝さんは考えていた。そこで彼は、九份に茶芸館を開くという誰も思いもしない行動に出たのである。
芸術を愛する洪さんは、茶・陶・画を融合させ、九份茶坊を五感で体験するロマンチックな空間にした。これは1990年代の台湾では非常に新たな試みで、九份茶坊は瞬く間に人気のスポットとなったのである。
「九份茶坊を開いた当初は寂しいものでしたが、4年目に入ると老街に毎週のように新しい店がオープンし始めたたのです」と言う。こうして、それまで廃れていた九份の町がよみがえり、茶芸館やカフェ、B級グルメの店やユニークなショップなどが続々とできた。九份茶坊がもたらした観光ブームによって九份の「第二の黄金時代」が開かれたと言えるだろう。

「九份茶坊」の建物は、翁山英の旧宅で百年の歴史がある。この空間で茶を味わい、陶器や絵画、古い建物を観賞できるというので、多くの外国人が訪れる。