受け継がれるアイス
幼い頃から祖父と同じ布団で眠り、寝物語にアイスの話を聞かされて育った東霖さんは、昔のアイス作りはすべて手作業で、ひと桶仕上げるのに半日かかったと語る。木の外桶と鉄の内桶の2つを重ね、その間に氷と粗塩を詰めて低温を保つ。各家伝来の材料を内桶に入れてかき混ぜると、外側の冷気で材料が桶の壁に霜のように張り付くため、木のしゃもじで絶えず削ぎ落としながら混ぜる。するとだんだんと濃さが増し、やがてアイスクリームができあがるのだ。このような手順も、機械で代用できるようになってからは、大幅に速度が上がったという。
1898年には台北・大稲埕でアイスクリーム販売がされていたという記録が残る。製氷業の発展に伴い、1911年には艋舺・大稲埕一帯でアイス商人が500人規模に達したという。東霖さん曰く、それはすでに機械化と中央工場の時代で、屋台はそこから仕入れて各地で売っていたそうだ。
創業当初の永富さんもまた、屋台を押して街を回っていた。黄さんによれば、貴陽街と昆明街の交差点に4台の屋台が並んでいたが、祖父のアイスはいつも一番早く売り切れて店じまいしたという。屋台を押して去ると、すぐに別の屋台がその場所を占領し、「ここは風水がいい」と誰もが思っていたそうだが、実際には祖父の秘伝のレシピが一番おいしかったというわけだ。
東霖さんは、祖父に「継ぐ気はあるか」と尋ねられたことを覚えている。小学4年生だった東霖さんはあまり深く考えずに「うん」と答えた。その後、高校・大学時代を通じて店を手伝い、父親からも少しずつ製造工程を任されるようになった。1984年生まれの東霖さんは、老舗の未来を背負い、SARSやコロナ禍による不況も乗り越えてきた。さまざまな提携話も舞い込んだが、熟慮の末に「家のアイスを駄目にするわけにはいかない。看板をつぶすことはできない」と決断する。今では祖父から受け継いだこの店を守り、一歩一歩着実に歩みを進めていこうという思いは、胸中から片時も離れることはない。

祖父の屋台の跡地で記念撮影をする3代目・呉東霖さん(左)と2代目店主・黄素真さん(右)。一家は祖父が残した商いを守り続け、昔ながらの味わいを受け継いでいる。