後退が前進のエネルギーに
2011年、甲仙小学校の綱引チームは全国2位に輝いた。甲仙愛郷協会の陳敬忠・理事長や大田社区発展協会の張琪・幹事はすぐに地域住民を集め、一緒に甲仙大橋で小さな英雄たちを出迎えることにした。花火と爆竹と歓声で子供たちを迎え、住民の心にも熱い火がともった。
綱引は後退するスポーツだ。子供たちは絶えず後退し、それが大人たちを前進させることとなった。「後退に大きな力が必要なら、その力を前進のために使えばいいじゃないか」という「抜一条河」の中の言葉こそ住民の声なのである。
「抜一条河」が描くのは競技としての綱引だけではなく、生命の綱引でもある。甲仙商店街の曾俊源・理事長は、子供たちの団結が、愚痴ばかり言って仲間割れしていた大人たちに力をあたえたという。商店は値下げ競争をやめ、原材料や人手が足りない時は支援し合うまでになった。「ライバルはこの街の中ではなく、全台湾の観光地なのですから」と曾俊源は言う。以前ここは観光客が必ず通る町だったが、今は自分たちで特色を出さなければ観光客は来てくれない。その特色は地域全体で作っていなければならないのである。
甲仙はかねてから「タロイモの里」と呼ばれてきた。だが愛郷協会の陳敬忠・理事によると、実は甲仙のタロイモ生産量は多くはなく、時には他の地域から仕入れなければならない。逆に生産量の多いグアバやウメは品質も良く、高雄燕巣や南投信義などからも仕入れに来る。「災害の後、私たちはようやく自分たちの特色を考えるようになりました」と言う。
農業と観光を特色に
甲仙の最も重要な産業は農業である。そこで大田地域では住民の意見を聞き、農村再生プランを申請することにした。大学生に村に住んでもらい、観光農場や無農薬作物を打ち出している。
「ここのグアバは無農薬で、よくイノシシに食べられてしまいます」と張琪は言う。現在はネットで直接購入できるようにしており、生産者の名前をブランドにして、農家はこれを誇りに品質を厳しく管理している。
今年、甲仙には新しいイメージが加わった。著名な旅行会社、薫衣草森林の林庭妃が「抜一条河」を見て、甲仙にカフェ民宿「好好」を開くことを決め、このブランドの力で甲仙観光がよみがえることが期待されている。民宿の従業員はすべて現地の農作物に詳しい地元の人を採用している。「私たちは甲仙を売り込まなければなりませんから」と店長の小雅は言う。彼女は八八水害後の再建にソーシャルワーカーとして携わったこともあり、この土地に思い入れがある。店で提供するのはほとんど地元の食材で、従業員はどの食材についても物語を語ることができる。
Uターンしてきた若者や著名ブランドが甲仙に活力をもたらしたが、甲仙で最も活力があるのは、人口の4分の1を占める新住民(東南アジアから嫁いできた女性)であろう。お金のある人は被災地から出て行ってしまい、遠くから嫁いできた新住民は傷ついた大地と向き合わなければならない。「カンボジア、ベトナム、インドネシアなど、彼女たちの故郷の方が甲仙より繁栄しているかも知れません」と話す張琪はツオウ族の出身なので、異なるエスニックの人々と向き合う感覚がよく分かり、さまざまな差別や誤解を受ける新住民からよく相談を受けている。
一緒に困難を経験したので、結束力はさらに強まったと張琪は言う。「手を取り合い、抱き合う他には何もできない」状況ではエスニックや言葉の違いも関係なく皆が運命共同体である。この経験から被災後は新住民も活発になり、差別や誤解も少なくなった。また、インターナショナルデーという催しも頻繁に行ない、食を介した交流などで一体感を高めている。彼女たちの活動の場を広げるために、甲仙愛郷協会の陳敬忠は自宅を改造してレストラン「漾厨房」を開き、東南アジア各地の料理を提供している。
災害は家と無数の命を奪ったが、甲仙に新たな力をもたらした。それは団結の力である。「抜一条河」の中にこんな言葉が出てくる。「子供たちが立ち上がったのに、地域が立ち上がらなくてどうする?」。甲仙は立ち上がっただけでなく、世界にその新たな生命の輝きを見せている。