旅先で忘れられないホテルや旅館に出会ったことはあるうだろうか。
旅には「漂と泊」が欠かせないという。「漂」は冒険や好奇心、「泊」は羽を休める場を指す。
近年、台湾のホテル・旅館産業は多様な花を次々と咲かせている。
ホテルのデザインとサービスの質は高まり、人々を旅へといざない、多くの物語を生んでいる。
グルメ旅行ライターの葉怡蘭は、仕事で疲れるとホテルに逃げ込む。ホテルに一泊して心身ともに充電し、リフレッシュするというのだ。
彼女が「隠れ家」にしているホテルの一つは、烏来の馥蘭朵度假酒店(ヴォランド)である。山と渓谷に面した部屋には、ゆったりとしたソファーと温泉の浴槽があり、一日中本を読んで景色を眺める。
葉怡蘭は、不惑を迎える数年前から、この「隠れ家」哲学を持ち始めたと言う。以前はホテル記事を書くために、感覚を研ぎ澄まして世界各地のホテルを巡った。だが今は、大自然の中の一つのホテルに数日宿泊し、自分の心と向き合う。
こうしたホテルの客室は決して豪華ではないが、シンプルで明るく、快適な浴室があり、美しい景色の見える大きな窓がある。さらに美味しい食事ができ、落ち着くバーがあれば完璧だ。

格安ホテルは、規模は小さいが必要なものは全て揃っている。写真は西門町にあるVIAホテル。ロビーは受付と交流、休憩、軽食コーナーなどの機能を兼ねている。
実践大学建築学科の顔忠賢准教授は、週末になると気分転換のためにデザイナーズホテルに泊まる。
彼のお気に入りは台北市長安東路にある喜瑞飯店(アンビエンス)だ。高層の角部屋の浴室では、両面に巨大な窓があり、純白のバスタブに入ると、外の新生高架橋を流れるヘッドライトが、白を基調とした室内のシャープなデザインとマッチし、まるでSF映画の中にいるような心地だと言う。
「旅人にとってホテルは不思議なユートピアであり、その一晩の体験は人生の縮図にもなりえる」という考えから、顔忠賢はファンタジー小説『宝島大旅社』を7月に出版する。このタイトルは、かつて父親が郷里の彰化で経営していたホテルの名前でもある。そのホテルはクラシカルな設計で、幼かった彼はそこから無限の想像と美の啓発を受けたと言う。

心配りの行き届いたホテルでは、空間設計からサービスの細部、食事、小物の配置までじっくり味わうことができる。写真はオークラ・プレステージ台北。
現代人にとって、ホテルは単に宿泊するだけの場ではなく、レジャーや娯楽、会議、充電など多数の機能を兼ね備える存在だ。
台湾のホテル・旅館業発展の歴史は四段階に分けられ、それは台湾の経済発展や生活形態の変化、国際観光産業の成長などと大きく関わっている。
第一段階は、国民政府が台湾に移ってきた頃である。国民政府の移転とともに米軍や外国の援助団体、海外のマスメディアなどが大量にやってきて、これら外国人に快適な宿泊先を提供するため、1952年に政府は中山北路に円山飯店を建設した。その赤い柱と金の瓦の壮麗でクラシカルな建物は、当時の台北のランドマークとなった。
1973年には、台湾初の国際ホテル、台北ヒルトン(今のシーザーパーク)がオープンし、台湾のホテル経営は国際化の時代を迎えた。
1980年代初期、日本から大勢の観光客が訪れるようになると第三の発展期に入る。当時、政府は税優遇や低金利融資などを提供して民間によるホテル経営を奨励し、この時期に亜都麗緻(ランディス)、老爺(ロイヤル)、来来(今のシェラトン)、福華(ハワードプラザ)などがオープンした。
1990年代初期に台湾経済が急成長すると、喜来登(シェラトン)、晶華(リージェント)、香格里拉遠東(シャングリラ・ファーイースタンプラザ)、威斯汀六福皇宮(ザ・ウェスティン)などの国際ブランドが進出し、台湾のホテルの質が全体的に向上した。
その後は海外からの観光客が増えず、ホテル業界は一時停滞したが、一方で小衆をターゲットとし、スタイルとデザインを追求した小規模ホテルが出現し始めた。ここ十年のこの傾向は、新しい世代の旅や生活への要求の変化を象徴している。

シティイン・ホテルは、館内のスペースを台湾人アーティストの作品発表の場として提供している。写真は西門MRT店。
2008年以降になると海外からの観光客が倍増し、ホテル産業の第四の成長が始まった。再び国際ホテルグループが進出し始め、ローカル経営のファイブスターホテルとの激しい競争が始まる。
国際ホテルチェーンは台北に集中し、スターウッド・ホテル&リゾートグループのWホテルやル・メリディアン(寒舎艾美)がオープンした。日本のオークラ(大倉久和)や温泉旅館ブランドの加賀屋なども、今後十年の成長を見込んでオープンした。
国際ホテルグループは資金力とデザインチーム、国際マーケティング力を擁し、世界中のVIPが宿泊するため、ホテル人材の育成の場となり、ホテル経営の最新のコンセプトをもたらす。
2012年にレディー・ガガが宿泊したWホテルは、社交を好むスタイリッシュな若いビジネス客をターゲットとしており、スイートルームでのパーティプランなども打ち出している。

シティイン・ホテルは、館内のスペースを台湾人アーティストの作品発表の場として提供している。写真は西門MRT店。
国際ホテルチェーンが続々と進出する中、台湾資本のホテルも生まれ変わりつつある。
2008年末、名家の出身で台湾セメントや嘉新セメントの高級管理職を務める張安平が、家族が経営していた老舗の中信飯店チェーンを引き継いで雲朗観光グループを立ち上げた。古いホテルの位置付けを変え、君品、雲品、翰品、兆品など12軒の「品シリーズ」ブランドを打ち出した。
2010年5月にオープンした君品酒店(パレ・デ・シン)は陳瑞憲のデザイン、中国とパリという二つの要素を取り入れた高貴な雰囲気で、2012年のワールド・ラグジュアリー・ホテル賞のアジアのラグジュアリー・ビジネスホテルの第一位に選ばれた。
工業デザイナーの謝栄雅によると、繊細なデザインが施された台湾資本の優れたホテルは、二代目経営者が事業を引き継いだ後に改革したものが多いという。彼らは世界中の高級ホテルを見て回り、「コストや利益をほとんど考慮せずに自分の美学とセンスを追求している」と言う。
張安平自身、自分は従来型産業に従事しているが、本当に好きなのは文化芸術だと言う。ホテル事業は彼に喜びをもたらし、ホテル経営を通して世界に台湾の優れた生活文化を伝えたいと考えている。
雲朗グループ公共事務処の唐玉書処長によると、国際マーケティング面では台湾資本のホテルは国際ブランドに劣るが、地元のリソースと結び付けやすいと言う。例えば、日月潭の雲品ホテル(フローデシン)は、シンプルなデザインで湖の景観を取り入れ、山水画の境地を表現している。また、ツオウ族のアーティスト高蕾雅や、健康生活の達人・陳月卿をガイドに招くイベントも催している。

シティイン・ホテルは、館内のスペースを台湾人アーティストの作品発表の場として提供している。写真は西門MRT店。
台湾資本のホテルの再生とともに注目される趨勢は、質の高い格安ホテルの興隆である。
ホテル歴の長い台北旅店(タイペイ・イン・グループ)の戴彰紀董事長は、成都でフランス人が経営する若者向けのホテルの評判がいいことを知り、台北で古いホテルと協力して格安ホテルの経営を始め、わずか5年のうちに台北駅や観光スポットの周辺に8軒(新尚、新駅、丹迪の3ブランド)をオープンした。部屋は3~5坪、二人部屋で1920元からという安さで、交通の便がよく、部屋は快適で清潔なことから外国人バックパッカーに人気がある。
世界最大の旅行サイトTripAdvisorで、2013年に台湾のサービスの良いホテルのトップ25に選ばれた中に、ファイブスターホテルと並んで同グループ内のホテルがほとんどランクインした。
同グループの新駅(シティ・イン)西門MRT店の范之豪支配人によると、同ホテルでは24時間2人が勤務し、郵便物の受け取りやチケット手配、旅行情報の提供などを行なっている。共同の冷蔵庫、電子レンジ、トースター、ランドリー設備、アイロンなど、必要なものは揃っている。ホールや廊下などには台湾のアーティストの作品が飾ってある。

若い世代が、少ない予算で気軽に旅に出るようになり、ホテルの形も多様化してきた。
高雄駅の近く、サウナを改築した単人房住宿空間(シングルイン)は、内部が男女別に分かれている。64部屋はすべてシングルベッドと荷物を広げられるスペースだけで、部屋のドアは鍵のかかる引き戸、各部屋にWi-Fiと液晶テレビがある。
このホテルでは、サウナ付きの浴室やトイレ、洗面所は共用で、映画上映室や閲覧室、レストランがあり、マッサージも頼める。宿泊費は朝食付きで900元。ネット上で、内外のバックパッカーからの評判が良く、平日の宿泊率は4割になる。
シングルインの店長、30代の蘇鵬によると、もともと父親がここでサウナを経営していたが、台湾ではサウナが流行らなくなり、彼がホテルに転換するよう説得したという。彼は韓国で若者に人気のある汗蒸幕(韓国式サウナ)やバックパッカー宿、日本のカプセルホテルなどを参考に、一人で過ごしたい人も、友達を作って情報交換したい人も利用できるサウナ付きのホテルに改装したのである。

ホテルは、刺激に満ちた冒険の旅の後の心休まる隠れ家である。写真は高雄の市街地を見下ろす85 SKYCITY。
理想のホテルとは、自宅に帰ったような気分にさせる場所なのか、それとも日常とは違う体験ができる場所なのだろうか。
謝栄雅によると、世界では百年前から「ホテルはもう一つの家」という概念があり、自宅と同様に安心してくつろげる場という基礎が根付いてきた。
だが昨今は、世界中でデザインホテルが興隆し、「家」の概念が覆されているように見える。バカンスの目的は、家とは違う体験をするためだからと謝栄雅は言う。そこで台湾では「今までにない体験」を標榜してデザインを凝らしたモーテルが生まれ、それが今ではデザインホテルの手法となっている。
顔忠賢は、ホテルの最終的な境地は「自分の家と生活の細部を定義しなおす」ことにあると考える。例えばデザインホテルの最先端を走るGHMは、さまざまな国で宿泊客に深い文化的体験と、快適な家へのインスピレーションを提供する。
ホテルは家の隠喩の一つと言えるかもしれない。心も身体も流浪する現代人にとって、一日の終わりにたどりつくホテルは、現実の家より身近な存在として旅人の心身を癒してくれるのだ。