1949年に国民党政府が台湾に移ってきてから、中国大陸福建省のアモイと2000メートルしか離れていない金門島は、常に中共軍の脅威に対する台湾の最前線だった。これまで金門では中共との間で古寧頭戦役、八二三砲撃戦などがあったため、戦地としてのイメージが強いが、いつからか、金門を通しての小規模の三通(大陸との直接の通商・通航・通信)が、両岸関係を大きく前進させるための契機と考えられるようになった。
陳水扁氏は総統に就任した翌日、金門を訪れ、三通は台湾海峡両岸の緊張した雰囲気を緩和する役割を果たすと語り、離島を通しての「小三通」を先行して開始すると表明した。政府の大陸委員会も、6ヶ月の準備期間を経て機が熟せば小三通を実施できると発表した。
過去の対立の時代においても、今日のコミュニケーションの時代においても「最前線」という金門の立場は変らない。しかし、要塞から懸け橋へと役割が変ろうとする中で、金門では軍事防衛に重きを置くべきなのか、それとも経済交流を優先させるべきなのだろうか。この両者の矛盾はどう解決すべきなのだろう。また小三通にはどのようなメリットがあり、金門の人々は、なぜその実現を期待しているのだろうか。小三通が実現した後、台湾海峡両岸関係の次の一歩はどう踏み出すべきなのだろう。
今日も、金門は台湾海峡安全保障の最前線だ。休日の金門の市街地を歩くと、休みをもらった大勢の兵士たちとすれ違う。しかし、主に兵士を顧客とする商店の経営者たちは、小三通が実現した後に、それをどのようにビジネスチャンスに結び付けるかを話し合っている。金門の海岸線の林の中にあるトーチカでは、兵士が実弾の入った銃を構えて常に警戒しており、観光客が近付いて撮影することなどは許されない。しかし、海岸から遠からぬ海の上では大陸の漁船が満ち潮を待っている。接岸して小額貿易(密輸)をするためだ。
中華民国福建省の陳滄江委員は、金門の金城鎮にあるビルの最上階のオフィスで、海を隔てて見えるアモイを指差して語る。「昔からずっと、あそこは私たちの懐です。そこに私たちが抱くのは、以前は故国の山河への思いでしたが、今は商業発展の契機なのです」と語る。ここからアモイ市を臨むと、関渡から台北を臨むのと同じように、近く、はっきりと見える。
時代は変った。壁にかけられた愛国のスローガンには、金門の軍事的要衝としての名残が感じられるが、握手をして語り合う時代、金門の人々の心もはやる。
金門の前線は両岸関係の縮図だが、そこに生じる期待と衝突は、より顕著な形で現われる。
文化学者で仏光大学の学長でもある龔鵬程氏は、かつて金門の歴史と文化を次のように表現した。「アモイの外海に浮かぶこの小島は、かつて海賊が行き交い、また大儒が留まった場所でもある。土地は痩せ、耕作は難しいが、文化的には豊かな風土を持っている。南方に位置しながら、まるで北方のように一面にコーリャンが生え、幾たびの戦乱が、むしろ海上の公園のような魅力的な風光を添えている。こうした矛盾したイメージが幾重にも重なり、金門の特殊な魅力を生み出している」
金門の人々は、このように平和と衝突という二つの役割を演じることに早くから慣れているかのように見え、それに対応するしなやかさと強さを兼ね備えている。
前線の戦地として50年を経た後、今年の初めに立法院が「離島建設条例」を審議した際、金門は他の二つの離島である馬祖・澎湖とともに、積極的に働きかけ、小三通の議題を条例に盛り込んだ。これによって、小三通の実施への道が開け、両岸間で全面的な三通が実施される前に、離島を通しての直接の通航や通商が実施されることになったのである。陳水扁総統も、国民が一致して両岸の平和を求めていることに応え、小三通をできるだけ早く実施すると語ったため、離島の中でもアモイ港に最も近い金門の人々の期待は盛り上がっている。そのため金門県政府は、台中大甲鎮の鎮瀾宮の宗教直航(鎮瀾宮に祭られている媽祖が福建省の媽祖廟に多くの信徒とともに里帰りするための直航)において、金門を経由することを強く求めた。
その後、政府の大陸委員会の蔡英文主任委員が金門を視察し、小三通には6ヶ月の準備期間が必要だとしたため、この大甲鎮瀾宮の宗教直航はなくなったが、金門の人々の熱は冷めていない。民間団体の「金門観光協会」では、今年の8月23日に八二三砲撃戦を記念しての大陸旅行「破氷の旅」を計画しており、大陸側との話し合いも進めている。
戒厳令が布かれていた時期、金門には常に10万人以上の軍隊が駐屯していた。これは地元住民の2倍の人数で、当時、金門では至る所で軍人や兵士の姿が見られた。金門出身の歌手、阿徳さんも、幼い頃から兵士たちと一緒に成長したようなものだと言う。これだけの軍隊が駐屯していたため、軍隊と軍人の消費が島の人々の収入の大部分を占めていた。雑貨、クリーニング、娯楽だけでなく、特産品である貢糖(ピーナッツを使った飴)、砲撃戦の砲弾で作った包丁、コーリャン酒なども、大部分は軍人が台湾へ帰る際の土産物として売られてきたのである。
その後、戒厳令が解除され、金門への観光旅行が自由化された後は、それまで神秘の地とされてきた金門に大勢の観光客が足を運ぶようになった。また、金門で兵役に就いている息子に会うために、軍人や兵士の家族も大勢訪れるようになったため、ホテルや旅館が雨後の筍のように建てられ、金門は一時期大いに繁栄した。金門の夏興村で「夏興客棧」という民宿を経営している謝玉真さんによると、当時は大勢の観光客を収容できるだけの旅館がなく、旅行会社がツアーの全員を連れて民宿に泊りにくることもあったそうで、まさに一年中満員御礼の状態だったという。しかし、この観光ブームはすぐに冷め、軍隊も次々と撤退していったため、金門には今では1万人余りの兵士が駐留するのみとなった。そのため金門では、あらゆる業種の売上が急激に落ち込み、旅館も次々と営業停止に追い込まれていった。
「軍人の数が大幅に減り、観光業も不振になったため、もともと国民所得では台湾の3分の2しかなかった金門の人々の生活は、さらに困窮しています」と金門県長(県知事に相当)の陳水在氏は言う。
しかし、金門の産業に衝撃を与えているのは、これだけではない。中国大陸から大量に密輸されてくる物品が、地元の農漁業の正常な生産を脅かしているのである。
「古寧頭や瓊林など、漁船が接岸できる場所には、大陸の漁船が来て『小額貿易』を行なっています。彼らは満ち潮の時に接岸して、米、魚、野菜、ピーナッツなどを売っているのです。さらには、金門の漁船が海に出ると、魚を捕れないように大陸の船に様々な邪魔をされます。そして大陸の漁船は、金門の漁船に魚を買わせようとするのです。こちらの漁民も、彼らから魚を買っても割に合うと感じるため、ここでは、こうした形の密輸が何年にもわたって続けられてきたのです」と語るのは、民進党金門県支部の翁明志主任だ。こうした小規模の密輸は徹底して取締ることが難しいが、小三通が実現すれば、これらの密輸を合法的な貿易と位置付け、法令で管理できるようになると言う。
このように密輸問題を解決できるだけでなく、小三通によって金門の産業不振の問題も解決できると考えられている。
新党所属で金門出身の立法委員、李柱烽氏は、小三通は金門において百年に一度の発展のチャンスだと言う。大陸から安い原材料を輸入することができれば、金門は経済的な遅れを取り戻し、向上することができると考えられているからだ。建設業に従事し、両岸の投資環境にも詳しい福建省委員の陳滄江氏は、自由経済と豊富な創造力、そして民主制度による保障が、金門がアモイより優れている条件だと言う。今日、アモイの経済も十分に発達しているのだから、金門はより繁栄すると考えられるのである。
「小三通が実現し、大陸住民の金門観光が自由化されれば、少なくとも観光業は再び活気を取り戻すことができるでしょう」と陳水在県長は言う。そして本格的な三通が開始されるまでの間、台湾のビジネスマンや旅行者は、金門を大陸への経由地とし、両岸の貨物もここを中継地とするようになれば、金門は発達するに違いないと陳県長は言う。
「小三通は金門の若者たちの前途に関わっていますが、そのメリットは金門だけのものにとどまりません」と李柱烽氏は言う。小三通によって、低迷した両岸の雰囲気が緩和され、話し合いのテーブルに就く機会が開かれる可能性もあり、また正式な三通のための試金石ともなる。また、海峡両岸は現在それぞれ積極的にWTO世界貿易機関への加入を目指しているが、WTOのメンバー同士は直接の通商を行なっていなければならない。両岸が共にWTOのメンバーになった時、三通実施への話し合いがすぐに合意に達しなければ、しばらくの間、小三通が代役を果たすこともできる。
しかし、大陸委員会の考え方はこれとは違う。大陸委員会の鄧振中副主任委員は、小三通と本格的な三通とは同じ枠組みで考える必要はないと強調している。本格的な三通は両岸関係と深く関わってくるため、両岸関係の状況によって考える必要があるが、小三通は「離島建設条例」に基づき、離島建設の向上のためにとられる政策なので、軍事上の安全を最重視しなければならないという。
確かに金門の人々は小三通に大きな期待を寄せいてるが、軍事上の最前線という金門の役割を、小三通実施以後、どのように維持するかという問題がある。金門国家公園管理処の林志銘副処長によると、最近、金門では次のような噂が広がっているという。大陸委員会が小三通の早急なスタートにストップをかけたのは、主任委員の蔡英文氏が、金門を訪問した際に金門軍区司令部から聞いた報告と関係しているというのである。
金門の対岸であるアモイの海岸線には、数十年にわたって幾重にも軍事建設が行なわれており、今日では、沿岸地域でしばしば中共の軍事演習も行なわれている。そのため、金門に防衛と通商という二つの役割を負わせることには、確かに不安がある。長期にわたって戦地に暮らし、戦地をテーマとして写真を撮ってきた林保宝さんは、金門は今でも眠れる獅子の傍らにいる小さなウサギのような存在に思えると言う。眠れる獅子はいつ目を覚ますかわからないのである。
金門県長である陳水在氏は、かつて十年にわたって軍旅生活を送り、県長になってからも軍区と常に接触してきており、自らも将校まで勤めたため、もちろん軍事上の安全の重要性は十分に理解している。しかし陳県長は、金門の役割は、すでに防衛からコミュニケーションの懸け橋へと変っていることに気付くべきで、軍の考え方も調整して小三通の実施に協力するべきだと言う。「国防部の安全面の考慮が、金門で小三通が実現するかどうかの鍵を握っています」と陳県長は言う。
李柱烽氏も、この考え方に賛同しており、次のように述べている。軍隊の意義は、対外的に主権を示し、国の安全を守ることにあるが、今日、金門に駐屯する軍隊は1万人余りに満たず、小規模な密輸さえ取締れない状況なのだから、安全保障上の意義はすでに過去ほど重要ではなくなっている。また、科学技術が高度に発達した今、戦争の形態もかつてのように前方・後方に分けられるものではなくなっている。一方、中共の側から見れば、アモイは金門より繁栄しているのだから、武力行使する際には金門の報復能力を考慮する必要がある。そのため、本当に戦争をするとなったら、中共は危険を冒して金門を攻撃する必要はなく、ミサイルで直接台湾本島を狙うこともできるのである。1996年の台湾海峡ミサイル危機は、こうした方向を示していると言えるだろう。
しかし、大陸委員会の鄧振中副主任委員は、金門は50年以上にわたって軍事的要衝であったため、小三通を実施するには、国防部に調整と対応のための十分な時間を与える必要があり、「国防部の専門性を尊重したい」と述べている。また、大陸委員会が6ヶ月の準備期間を必要とするとしたのは、軍事上の考慮からだけではない。小三通を実施した場合、商船の旗をどうするか、税関や検疫の設置、大陸からの来訪者に人数制限を設けるかどうかなど、あらかじめ計画しなければならないことが多数ある。
「多くの人が、早急な実施を求めているのは知っていますが、時間をかけてでも周到に計画するべきだと考えています。その方が、急いで実施した後で問題が次々と出てくるよりはいいでしょう」と鄧振中氏は言い、金門県の方でも、小三通に向けての交通機関や行政機関の配置に準備期間が必要だと説明する。
しかし、金門県長の陳水在氏は自信を持っている。ここ十数年の間に、県政府は少しずつ陸・海・空の基礎交通建設を充実させてきており、それはすでに完成している。航空の面では、金門空港は年間のべ150万人の輸送量を備えており、海運の面では、料羅港で現在すでに31隻の商船が定期的に台湾と金門との間を往来しており、5000万トン以下の船の停泊には問題はない。港で進められている倉庫や埠頭の建設も、小三通が実施されるまでには完了する予定で、関連する検疫や税関などの機能も現在計画中だ。「さらに離島建設条例の中には、十年以内に300億台湾ドルの建設資金が明記されているので、金門では短期間のうちに建設が完了します」と陳県長は言う。
李柱烽氏は、小三通と言っても、金門と大陸の間の通商が一挙に全面的に開放されるわけではないと言う。現に行なわれている小規模な密輸を合法化・制度化することや、中共との話し合を経ずにこちらだけで決められる部分については、先に進めることができるという。李氏によると、対岸では我が方との通商のために、数年前にすでに「中国大陸対台湾小額貿易管理規則」と「福建省台湾船舶停泊点管理法」などを定めているという。従って、我が方では「国家安全法」と「両岸人民関係条例」に抵触する離島での小額貿易を立法で合法化し、中共と同様に船舶管理などの規則を制定すれば、中共との話し合いを経ずに、すぐに直航が可能になるのである。
「この他に、金門住民が急病になった際にアモイで治療を受けたり、安価な電気・水道をアモイから引いてコストを下げるといったことも可能です。少しずつ互いの理解が深まってから、さらに進んで航空や海運などの問題について話し合えばいいのです」と李柱烽氏は言う。
陳水在県長によると、現在金門では住民の8割以上が小三通に賛成しているが、それでも疑問や不安を抱いている人はいる。長年にわたって金門の産業調査に従事してきた高雄技術学院産業管理学科の李能慧主任は、関連措置をとらずに小三通を実施した場合、金門の伝統産業に衝撃をもたらす可能性があると考えている。その話によると、金門の産業のほとんどが、農業、漁業、工業などを含む従来型産業に属するため、小三通が実施されれば大陸から安価な商品が入ってきて、衝撃を受けるという。
これに対して、従来型産業に属する金門特産品製造の金合利鋼刀社の責任者、呉増棟さんは、次のような楽観的な見方をしている。金門の大部分の産業は「特産」と関わっているため、小三通によって大陸という広い後背地が得られれば、かえって産業の振興につながると考えているのである。また、金門の土地は痩せていて、もともと農業には適していないし、長年にわたって大量の密輸品が入ってきているため、金門の漁師は昔からアモイの漁船から魚を買うということをしてきた。したがって「中継貿易の経営という点では農家や漁師が金門では先頭に立っています」と言う。ただ、金門の人々が本当に心配しているのは、小三通が実施されてから本格的な三通が始まるまでの期間が半年や一年という短いものになることだ。そうなった場合、かつての金門観光ブームのように、繁栄は一時で終ってしまう。これが、金門の人々が最も心配してい点なのである。
「金門の人々は、立法部門や行政部門による実体のない言葉ではなく、実際の繁栄や利益を求めているのです」と陳水在県長は言う。陳氏は、大陸委員会や立法院が小三通に関する法令制定に取り組む際に、金門の将来を長期的に考えてくれることを切実に願っている。
このような期待に対して、大陸委員会の鄧振中副主任委員は、ビジネスの機会は中央と地方が一緒に探さなければならず、ビジネスの面では商売人の方が公務員より頭の回転が速いものだと言う。「どのように儲けるかは商売をする人々が考えるべきで、公務員は法規と情報を提供するものです」と語る。鄧振中氏はさらに、もし金門県政府と商売をする人々が自分たちを両岸間の中継ステーションと位置づけるならば、全面的な三通が実現した時に大きな衝撃を受けることは間違いないため、金門の人々はより実際的で長期的な計画を立てるべきだと考えている。
金門発展の長期計画について、民進党は数年前に「金門・馬祖経済政策白書」を出しており、それによると金門は造酒と観光業を主とし、現在の金門の産業のために新しい市場を見出すべきだとしている。
「この政策の討論に参加した多くの人が、金門は将来的にアモイと一体の経済貿易自由区にするべきだという構想を提出しました。香港と同じような特区を大陸沿海の各地に設けるべきです。金門は台湾経済の実力をバックに持ち、アモイという大きな後背地があるため、将来的に香港と肩を並べられるはずです」と民進党の翁明志氏は言う。金門の将来を考えるには、アモイを一体と見なすことが必要だと翁氏は考えている。
経済貿易特区という構想は魅力的だが、これの実現には中共との間の合意が必要だ。鄧振中氏によると、与党はこの公約を実現したくないわけではないが、経済貿易自由区の成立というのは小三通の範囲を超え、両岸の将来的な経済交流と協力の全体に関わってくるため、対岸とのコミュニケーションのパイプさえ十分ではない今、これを考えるのは早すぎるという。
両岸がWTOに加入すれば、三通を実施しないわけにはいかないと言われているが、大陸委員会は、これについても慎重な見方をしている。鄧振中氏は、WTOに加入したとしても「排除条項」や「間接通商」などの方法で、加入国・地域間の直接通商という要求を満たすことができると語る。しかし規定によると、排除条項を設けるには、WTO加入申請時に先に声明しておかなければならない。また、我が方が現在置かれている外交上の立場から考えると、中共が同意しない限り、WTOの137の加入国・地域の3分の2の同意を得ることは難しいと考えられる。これも、金門の人々が小三通に大きな期待を寄せている理由の一つだ。大陸委員会が6ヶ月の準備期間が必要だとしているのは理にかなっているが、金門の人々は、一日も早い実現を待っている。李柱烽氏は「実現が一日でも早まれば、その分だけ、私たちには早くチャンスが訪れるのです」と言う。
しかし、小三通の問題を論じる場合、その経済的効果だけにとらわれる必要はない。金門出身で台湾大学社会学科教授の薛承泰氏は、小三通の問題においては「物」だけでなく「人」にも注目する必要があると言う。その話によると、歴史上、金門は大陸から台湾・澎湖へと人々が移住してきた際の中継地で、台湾とアモイを結ぶ「へその緒」のような役割を果たしてきた。今は海峡対岸と対峙し、台湾と金門は一つの運命共同体となっているが、間に位置する金門の人々を両岸の力比べにおける一つの駒と見なすことがあってはならない。従って、小三通を論じるにあたっては、金門の人々の実際の生活や心理面でのニーズも十分に考慮する必要がある。
言い換えれば、小三通を「物」という面だけでみた場合、台湾にとってのメリットは大陸の産物を購入する際の時間とコストの節約に過ぎず、大陸側の態度を変えることもできなければ、台湾への武力行使の可能性を放棄させることにもつながらない。しかし「もし小三通を通して、金門を文化・教育の平和区と位置付け、両岸の平和のための懸け橋とすることができれば、いつか『一つの中国』さえもが、原則や議題ではなくなる日が来るかもしれません」と薛承泰教授は言う。
金門の人々は、しなやかな対応と広い心を持って、金門を要塞から懸け橋へと変えながら、常に中華民国の最前線に位置してきた。小三通の意義は、すでに経済や軍事の範囲を超え、両岸の「和は双方に勝利をもたらす」という思考を象徴している。
金門は今、台湾海峡両岸に新たなコミュニケーションの扉を開こうとしているのである。