人の流れは金の流れ。台中の福星路と文華路、逢甲路に囲まれた逢甲夜市は、逢甲大学や嶺東商専などの学生街でもあり、次々と「創作小吃」が生まれることで知られる。内外から多数の観光客が訪れる、台湾でも最もにぎわう夜市だ。ここの屋台は、客を集めるために常に目新しさを競っている。
肉円や蚵;仔煎といった伝統的な小吃(屋台料理)を味わいたい人には逢甲夜市は勧められない。だが、夜市の創意や「新しいもの」を求めるなら、ここ以上の選択はない。
人出でごったがえす逢甲夜市にはエビの串焼きの屋台が8店あるが、その中で人目を引くのは自動えび焼き器を使っている店だ。32歳の傅瑜琥は、一年前に60万元と8ヶ月をかけて自動エビ焼き器を開発した。竹串を刺したエビを器具に固定すれば、火の周りを1周して約7分で焼き上がる。
以前は1回転5分で、一度に37本しか焼けず、お客を40分待たせることもあった。そこで彼は、機械のチェーンと歯車の間隔を縮めて実験を繰り返し、今は一度に108本も焼けるようになった。時間も火加減も調節でき、効率よく衛生的に調理できる。

竹串を固定する器具の角度と、エビの大きさが揃っていることが重点で、殻もパリパリと食べられる。
傅瑜琥の妻も夜市で働いていて、通りの向いの「旗艦夜市」の中で服飾を扱っている。
服飾は流行とシーズンが問題で、利潤は高いが、売上の起伏は大きいと傅瑜琥は言う。流行は変化が早く、以前は月に1回韓国や日本へ仕入れに行くだけで間に合ったが、今は週に2回、最新のものを仕入れないとお客はついてこない。一方、エビの屋台の方は安定していて、1日に2000本(約30キロ)、休日には4000本(5本入りが40元)売れる。
エビの屋台の少し先の「巧蕉王」は「特許」が看板だ。凍らせたバナナにチョコレートを絡め、ピーナッツやスプレーチョコをまぶしたものだ。
この屋台を経営する黄登訓は、数年前にバナナとチョコが合うことに気付き、いろいろと工夫したが、バナナにチョコを絡めるのが難しく、食品業に従事する友人からアドバイスされてバナナを零下10度で凍らせ、翌日に零下20度まで下げてみた。実験を繰り返して見出したコツは、一度に温度を下げ過ぎないことだ。さもないとバナナが黒くなってしまうのである。
他の果物でも実験したが、やはりバナナが一番おいしかった。水分の多い果物は凍らせると固くて噛めず、ドリアンはバナナのように噛めるが、1本ずつ串刺しにするのが難しい。
以前は食品原料の輸入をしていた黄登訓は退職後、桃園県中壢;の夜市で4年間このバナナを売り、1年前に逢甲に移った。保守的な中壢;では一晩に2本しか売れないこともあったが、逢甲は好奇心旺盛な学生が多く、今は平日で500本、休日は800本(2本で30元)売れ、外国人にも人気がある。

学生街でもある逢甲夜市には若者と観光客が多く、ここでは新発明の小吃が次々と生まれる。右は大腸包小腸(もち米の腸詰で豚肉の腸詰を包んだもの)とポテトのチーズ焼き。
金曜日は夜7時には人出で身動きが取れないほどごった返し、どの屋台にも長蛇の列ができる。「土曜の方がもっと大変です。一歩も前に進まないのに、後ろからどんどん人が来るんですから」とある露店商は言う。
逢甲大学の横門、文華路から福星路までのわずか200メートルの間に200以上の屋台が並ぶ昔からの夜市があり、これがしだいに外側の逢甲路、西屯路へと拡張し、今はおよそ1700の店が集まる一大エリアとである。月の集客数は50万人、店舗数で言うと、逢甲エリアは台北士林を超える台湾最大の夜市である。
文華路を行くと「旗艦夜市」という2階建てのファッションビルが目に入る。外壁は黄色や赤や青のネオンで覆われ、吹き抜けの通路の両側に3〜15坪の商店が130も入っている。服飾店が7割と最も多く、おでんや煮込み、臭豆腐、胡椒餅、ステーキなどの食べ物の店もある。冷房が効いているので、夏の暑い日や雨の日にも快適にショッピングが出来る。
その入口に有名な「日船章魚小丸子」というタコ焼きの店がある。逢甲夜市に店を出して10年、毎日平均1000皿以上を売る超人気店だ。

逢甲夜市で十年余り続くタコ焼き店。オーナーの張世仁が長年をかけて改良したサクサク感が好評で、今も毎晩行列ができる。
日本風タコ焼きで有名になった張世仁は、この「旗艦夜市」全体のオーナーでもある。
張世仁の父親は工場を経営しており、裕福な家に育ったが、夜市では他の屋台と同様に実験精神を発揮してきた。タコ焼きの屋台は、烏日、太平、嶺東商専などで経験を積み、逢甲夜市へ進出してようやく起業にこぎつけた。今は従業員200人、中国やロサンゼルスも含めて世界に400店を展開するチェーン店である。
1995年、張世仁は大阪旅行中、タコ焼き店に100メートルも行列が出来ているのを目にし、これを台湾に導入すれば絶対売れると直感した。友人の紹介で、数日をかけて日本の職人に作り方を学び、台湾の烏日で屋台を始めたが、台湾人は日本風のあっさりした味に馴染めず、6個50元というのも高すぎて店じまいを余儀なくされた。
だが彼はあきらめず、場所を変え、味も変えて勝負を続けた。安くて大盛りが好まれる逢甲夜市の学生街文化に合わせ、価格を35元まで下げると(今は40元)売れ行きは上向き、一日2800皿に達したこともある。
「新しい場所に移ると、最初は売上は好調なんですが、それが右肩下がりなって落ち込み、とにかく研究を続けて安定させてきました」と、2階の事務所でお茶を飲みながら煙草をふかす。張世仁によると、日本のタコ焼きは甘めだが、台湾人は油っこくないサクサク感を好み、わさびソースを添えてさっぱり仕上げていると言う。
張世仁が屋台から身を興してオープンした「旗艦夜市」は敷地600坪。もとは平屋の住宅地だったのを、逢甲夜市の発展を見込んで2年をかけて1億元で購入した。そこにファッションビルを建ててテナントを募集し、2004年にオープンした。家賃収入は数千万に達すると見られる。

学生街でもある逢甲夜市には若者と観光客が多く、ここでは新発明の小吃が次々と生まれる。右は大腸包小腸(もち米の腸詰で豚肉の腸詰を包んだもの)とポテトのチーズ焼き。
逢甲夜市ではどの店にも行列が出来ているので、ここに店さえ出せば誰でも成功するのか、と疑問に思う。
「失敗する確率は高いですよ。半端な気持ちだったらやらない方がいい」と張世仁は直言する。これまでにも、台中の肉円、彰化の蚵;仔麺線、元祖麻辣火鍋などの店が、味以外に見た目と安さが求められることから失敗した。
張世仁によると、逢甲エリアには1700の店や屋台があるが、特色がなければ客は集まらない。「開店から半年の間は、奇抜なことをやってお客を『騙す』ことも必要で、新鮮味が薄れてからは実力と特色が頼りになります」
商売の原則はどこも同じだ。立地と店構えの良さ、安さと味だが、それが出来るかどうかは実行力にかかっている。例えば、誰もがマクドナルドのある角地に店を出したいと思うが、100万もの家賃は払えないので、路地の中に店を出す。競争が激しいので、価格を抑えるために安い食材を使うが、すると味が落ちてしまう。こういう悪循環では失敗することになる。

特許を取ったチョコバナナ。冷凍したバナナにチョコをかけ、ピーナッツなどをまぶす。外は甘く中はサクサクしている。
「決め手は、お客に割に合うと感じさせること、60点の食材でいかに95点を演出するかです」と張世仁は言う。
彼は、旗艦夜市に「赤鬼ステーキ」という店も開いている。食べ放題のサラダバーはないし、サービスも普通だが、平均200元で良い肉を思い切り食べてもらうというコンセプトだ。コストを6割に抑えるため、経験のあるコックは雇わず、流れ作業でステーキを焼いている。ミスが少なく、早く料理が出せるので回転率も高い。
タコ焼きと赤鬼ステーキの成功を受けて、張世仁はラーメン屋も出したいと考えている。大阪に「一日に5杯食べても飽きない」ほどうまいラーメンがあるのだが、店主は作り方を伝授してくれないので、毎年食べに行き、味を覚えて研究しているそうだ。
台湾の日本風ラーメンは1杯180〜250元と高級路線だが、こういうやり方では一般消費者がつかないので、利益は上げにくいと彼は考える。時機が来たら、彼は90元のラーメンの店を出すつもりだと言う。
タコ焼き、ラーメンパン、ポテトグラタン、チョコバナナと、次々と新しい小吃が生まれる逢甲夜市では、ほとんど毎晩のように起業の物語が発生している。失敗を恐れない実験精神こそ、夜市に人の流れが絶えない魅力なのではないだろうか。

学生街でもある逢甲夜市には若者と観光客が多く、ここでは新発明の小吃が次々と生まれる。右は大腸包小腸(もち米の腸詰で豚肉の腸詰を包んだもの)とポテトのチーズ焼き。

逢甲夜市で十年余り続くタコ焼き店。オーナーの張世仁が長年をかけて改良したサクサク感が好評で、今も毎晩行列ができる。

学生街でもある逢甲夜市には若者と観光客が多く、ここでは新発明の小吃が次々と生まれる。右は大腸包小腸(もち米の腸詰で豚肉の腸詰を包んだもの)とポテトのチーズ焼き。

競争の激しい逢甲夜市にはエビの串焼きの屋台が8店ほどある。この自動エビ焼き器は、エビの串を固定するだけで火を一周して衛生的に焼き上げる。