我塗故我在

塗鴉藝術家DEBE
:::

2019 / 12月

文‧蘇晨瑜 圖‧林格立


DEBE正在加州長堤市街頭,對著牆面噴漆。這位來自台灣的塗鴉藝術家,受邀參加年度「POW! WOW!藝術節」,與世界各地的藝術家在全市20多處牆面作畫。


30度高溫加上豔陽曝曬,讓DEBE作畫時還得另外騰出一支手打傘遮蔭。DEBE在這面牆上已經作畫快一個星期,彩色噴漆在牆面覆上一層層幾何圖形,甚至穿插台灣早期家戶常見的窗花圖騰,一展台灣意象。

畫作完成後,DEBE戴著招牌防毒面具,酷酷地與作品合影。畫畫時,DEBE習慣戴上防毒面具,阻隔噴漆的化學物質。手機裡播放的,通常是喜愛的老歌。這回在長堤市,他挑了心目中的華語經典、藍心湄早年的流行歌曲〈二十歲的浪漫〉。喜愛老歌的他,尤其熱愛日本老歌,創作塗鴉時搭配老歌增加靈感,是DEBE必備的起手式。

塗鴉人隱密城市角落

DEBE在公開場合從不以真面目示人。官網、臉書或IG上,DEBE永遠都戴著防毒面具,不然就以口罩遮臉。他的身材高挺,眉宇間一抹憂鬱。畫如其人,塗鴉作品大多是幾何抽象、曼荼羅或水晶,風格華麗冷冽。

從採訪前至採訪後,私下很隨和的DEBE,卻始終不願透露真名。行事如此神秘,DEBE做出解釋:「塗鴉人大部分不會用本名創作。」每個塗鴉人都有一個化名,代表自己的化身,就像電玩遊戲裡的虛擬角色,在視窗裡,肆意成為另一個人,真實身分永遠藏在螢幕背後。

在採訪互動中,DEBE不曾遞上名片,作風非常低調。他說:「抱歉,我沒有名片。」與人際間的交流,大多透過網路,來找他合作的跨國企業,愛迪達、Reebok、臉書,大部分都是看上他的作品。風格強烈的作品,就是他最好的名片。

藝術天份渾然天成

DEBE從小就喜歡亂塗亂畫,高中時加入熱舞社,在學長帶領下,意外接觸到嘻哈文化。「嬉哈文化中有四個重要元素,街舞、饒舌、塗鴉,還有DJ。」大約在2004年,一個刺激的夜晚,DEBE被學長們帶去一處隱密的地下道,幾個年輕人,就在裡面鬼畫塗鴉。第一次接觸塗鴉,DEBE的第一個感覺卻是:「噴漆怎麼那麼難用!」DEBE自己說完也忍不住哈哈大笑。

噴漆難用歸難用,塗鴉還是很對年輕人胃口。「你可以感覺到噴漆的出氣量很快,不像水彩或是筆,得慢慢塗到一個平面上。」塗鴉使用噴漆作畫,罐子的高壓把顏料噴在牆面上,畫面形成速度很快。「我覺得畫這個東西很有成就感,可以畫出接近我想像的東西。」

高中時DEBE讀資料處理科,每天學會計學、統計學,都跟創作沾不上邊,所以上課覺得無聊,多數時間都在睡覺。接觸塗鴉後,DEBE的創作開關突然被打開,開始一直跑街頭,不停練習寫字。「主要是書寫自己的名字,看怎樣讓自己的簽名更帥!」在塗鴉文化裡,一個人的名字(或塗鴉)在城市出現的次數越多,代表在這座城市裡,他的塗鴉地位越就高。「有點像小狗撒尿,宣示你走過這個地方。」

塗鴉人很在意簽名技巧,在街上塗鴉人看到別人的塗鴉,會看對方簽名字體的書寫方式、配色、流暢度夠不夠厲害,塗鴉人用簽名宣示「到此一遊」,另一方面也是藉作品告訴大家,「在這個地方,我是最厲害的。」

冥想轉換心靈跑道

投入塗鴉創作初期,DEBE過得並不順遂。年輕時沒有錢,也沒有辦法做同一個工作太久,「我的性格就是會坐不住。」DEBE從沒有一個工作做超過兩個月,兩個月之後就會開始受不了。「那時覺得大家都對我很糟,情緒也比較起伏。」曾經憤世忌俗,走憤青路線,上街衝撞體制,後來接觸冥想,慢慢收斂起情緒,心境有了轉變。

天生敏銳的藝術觸角,讓DEBE成為一名思考者,隨時隨地在觀察,從身邊事物擷取靈感。「我常常在思考事情,再把身邊的東西轉成創作。」轉型純藝術創作後,DEBE卻反而有不少商業合作機會,從塗鴉出發,拓展出更多藝術創作形式。

「創作反映了藝術家的生活風格。」DEBE赴歐美藝術交流後,來到塗鴉文化的發源地美國,意識到台灣在塗鴉藝術上,仍然處於起步。他曾見過一位藝術家,平常以油畫或平面創作為主,卻畫出驚人的壁畫。「那是他第二次拿到噴漆,卻不管是手勢、技巧、用色,都比我們任何一個人還要厲害。」

國外藝術環境對創作材料上的支持,也令DEBE欽羨。他舉例,在夏威夷隨便類似特力屋的店面,就可買到側邊有把手的油漆桶,方便藝術家握持作畫,反觀在台灣,油漆桶千篇一律都是沒有把手的設計,只能手提,商品設計上有很大差異。

塗鴉人不離手的噴漆,也是如此。早年台灣只有一款噴漆適合拿來塗鴉,但因為可以更換國外特殊噴頭,連老外也說讚,這些塗鴉人為了找這樣的噴頭找了好久。國外噴漆則是不管顏色或覆蓋力,都比國產噴漆好。外國的塗料公司看準熱情塗鴉人的需求,不但推出塗鴉專用品牌,也找來藝術家代言,噴漆顏色多達一、兩百種,型錄也貼心使用漸層排列。台灣塗料生產商不是不知道塗鴉人青睞他們的產品,但畢竟噴漆大多用做工業用途,很難為少數藝術家量產商品。

城市空間美學由誰界定

過去塗鴉還未受到規範前,DEBE曾發生過一次糗事。某次他與幾位塗鴉的朋友,在西門町為台灣青少年福利促進聯盟的活動佈展,準備推廣塗鴉文化。佈展完當晚大夥都很開心,睡不著覺,乾脆跑去街上塗鴉,沒想到半夜12點被警察逮個正著。那時台北市還未將塗鴉罰則納入《廢棄物清理法》,警察為了找到那面牆到底歸誰管的,耗了一整個晚上。

一直以來,塗鴉總讓人聯想到「破壞市容」,處在合法與非法的邊緣,不過對塗鴉人來說,城市的風貌到底是由誰決定?空間的美醜誰又有權掌握?「醜到不行的廣告看板或競選廣告也是破壞市容,差別只是一個合法,一個非法,但也沒有人問過我們,市民到底被餵養的是廣告?還是藝術創作?」DEBE提出塗鴉人常有的大哉問。

對持「破窗理論」的人來說,城市中出現越多塗鴉,就代表城市愈形沒落。塗鴉也總是給人刻板印象,店鋪關門大吉,牆上斗大塗鴉,就代表著經濟蕭條,不然就是治安混亂的死角。不過DEBE卻提出不同看法:「我的觀察是,如果這個城市的塗鴉越多,代表這個城市是有生命的。」就像長堤市邀請藝術家為城市作畫,70多幅巨型塗鴉,已經成為公共藝術,受到市政府與企業的支持,創造更多元與更具創意的公共空間,也成為市民熱門打卡景點。「台灣在師法國外塗鴉文化之餘,也可內化出自己的特色。」DEBE認為台灣塗鴉藝術發展不到30年,仍有發展空間。

在城市作畫,躲在化名背後,DEBE形容自己是典型宅男。「我其實不擅長跟人互動,以前不太講話。」雖然很宅,常常頹廢,創作時卻又要走出戶外,用塗鴉表達內心世界。曾有人對DEBE說:「你們這些塗鴉人在畫的東西,只有塗鴉人看得懂。」這句話讓DEBE開始思考,「如何讓人家看得懂我的創作?」所以他開始花時間畫比較正規的字體設計,讓創作和創意融入塗鴉,希望減少大眾對塗鴉的距離感。

塗鴉之於城市空間藝術,DEBE認為我們比上一代擁有得更多。「上一代台灣人繁榮的是金錢,但是我們這個時代繁榮的是你的想法。」不擅言詞的DEBE,正用他嶄新的色彩,傳達不能用文字言說的論述。                                            

相關文章

近期文章

日本語 EN

我描く、ゆえに我あり

グラフィティペインター ——DEBE

文・蘇晨瑜 写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

DEBEはカリフォルニア州ロングビーチ市でスプレーを手に壁に向っていた。台湾から来たこのグラフィティライターは、POW! WOW! Long Beachというアートミューラルに招かれ、世界各地のアーティストとともに市内20ヶ所の壁面にグラフィティを描いていた。


強い日差しの下、気温は30℃に達し、DEBEは片手に傘を持ちながらスプレーを操る。この壁に向い続けてすでに一週間、幾層もの幾何学模様の中に台湾の古民家に見られる飾り窓の図案も取り入れ、台湾らしさを出している。

作品が完成すると、DEBEはトレードマークの防毒マスクをつけたまま作品とともに記念写真を撮る。スプレー塗料の化学物質を吸い込まないよう、彼は常に防毒マスクをつけ、スマホで古い歌を聞く。ロングビーチで聞いていたのは、華語の名曲、藍心湄の「二十歳的浪漫」だ。日本の懐メロも好きで、ペイントする時にはいつも古い歌を聞いている。

都市の片隅に隠れて

DEBEは公の場で素顔を見せることはない。オフィシャルサイトでもフェイスブックやインスタグラムでも常に防毒マスクか普通のマスクをつけている。背が高く、眉間に憂いを漂わせ、描くのは幾何学的な抽象画、曼荼羅やクリスタルなど、華やかかつクールなスタイルだ。

取材中、とても親しみやすいDEBEだが、本名を明かすことはなかった。「グラフィティライターの大部分は本名は使いません」と言う。オンラインで使うハンドルネームのように、誰もが別の名前で創作しているという。

DEBEは名刺も使わない。多くはネット上で人と交流し、アディダスやリーボック、フェイスブックなどの大企業からも、その作品を目にして連絡が来るので、作品が名刺代わりなのである。

持って生まれた芸術の才能

DEBEは子供の頃からいたずら書きや絵が好きで、高校の時にはストリートダンス部に入り、先輩に連れて行かれてヒップホップ文化に触れた。「ヒップホップの四大要素は、ストリートダンス、ラップ、グラフィティとDJです」と言う。2004年、彼は人気のない地下道へ先輩に連れて行かれた。そこでは数人の若者がグラフィティを描いていた。初めてやってみた時の感想は「スプレーって、どうしてこんなに書きにくいんだ」というものだったと笑う。

だがグラフィティは若者を惹きつける。「筆で描くのと違って、スプレーの塗料はものすごい勢いで出てくるんです」と言う。スプレー缶の高圧で塗料がスピーディに壁を覆っていく。「頭で考えていたのに近いものが描けると、達成感が得られるんです」と言う。

高校の専攻は情報処理で、創作とは無縁の会計学や統計学ばかりだったので興味が持てず、授業中は寝てばかりいた。それがグラフィティと出会って創作の世界が開け、街へ出ていっては字を書く練習をした。「まずは自分の名前を書くんです。どうすればかっこいいサインになるかと考えながら」グラフィティの世界では、その人のサインまたはグラフィティが街にどれだけあるかで地位が決まる。「犬のマーキングみたいに、自分のしるしをつけていくんです」と言う。

グラフィティを始めたばかりの頃、DEBEは仕事が長続きせず、どの仕事も2ヶ月と続かなかった。一度は世の中を恨み、怒りをむき出しにしていたが、メディテーションに触れて少しずつ感情をコントロールできるようになった。

メディテーションで心を変える

アーティストの鋭敏な感性からか、彼は思考者となり、常に周囲を観察してインスピレーションを得る。アートの道へと方向を変えてから、かえってビジネスの依頼が増えた。グラフィティからスタートし、さまざまな芸術創作の形へと広げてきたのである。

DEBEは欧米のアーティストとも交流しているが、グラフィティの発祥地アメリカで、台湾のグラフィティは始まったばかりだと感じた。彼らが使うスプレー塗料を見ても、海外のメーカーはグラフィティライターのニーズをくみ取って専用のブランドまで出している。

都市空間の美は誰が決めるのか

グラフィティにルールがなかった時代、DEBEは失敗をやらかした。台湾青少年福利促進聯盟のイベントで、台北市西門町で何人かのグラフィティライターと一緒に作品を描いた後、うれしくて眠れず、再び街へ出てグラフィティを描いていたら、夜中の12時に警察に捕まってしまったのだ。当時、台北ではグラフィティの罰則をまだ「廃棄物清理法」に入れていなかったため、警察は壁面の管理者を探すのに一晩かかった。

グラフィティは常に「都市景観の破壊者」とされ、法律のグレーゾーンにある。だが、グラフィティライターは、都市の美観は誰が決めるのか、美しいか醜いか判断する権利は誰にあるのか、と問いかける。醜い広告看板や選挙の広告も景観の破壊者ではないのか。違いは合法かどうかに過ぎないのではないか、とDEBEは問う。

「割れ窓理論」を主張する人は、都市のグラフィティが多ければ多いほど、都市の没落を意味すると考える。グラフィティには確かにステレオタイプのイメージがある。街の商店が廃業し、店の壁に巨大なグラフィティが出現すれば、それは不況、または治安の悪化を意味すると言われる。しかしDEBEは違う見方をしている。「私の考えでは、街にグラフィティが多ければ多いほど、その都市に生命力が感じられます」。例えば、ロングビーチ市はアーティストを招いて都市の各所に絵を描いており、70作品余りのグラフィティをパブリックアートとして市や企業がサポートしている。これが、より多様でクリエイティブな公共空間を生み出し、市民は写真におさめてSNSにアップする。「台湾はフランスのグラフィティ文化を学ぶだけでなく、自己の特色を出すことができます」と語るDEBEは、台湾のグラフィティの歴史は30年に満たず、まださまざまな可能性を秘めていると考える。

DEBEの名で都市に絵を描く彼は、自分は典型的な引きこもりだと言う。「人との付き合いが苦手で、以前は話もあまりしませんでした」と言う。家に引きこもって堕落しているが、創作する時は屋外に出て、心の内を表現する。かつて「君たちグラフィティライターの描くものは、グラフィティライターにしか分からない」と言われたことがある。この言葉でDEBEは「どうすれば人々に分かってもらえるか」と考え始めた。そこで時間をかけて正規の書体に近い文字をデザインし、創作と創意をもってグラフィティと一般の人々の距離を縮めようとしている。

都市空間のアートであるグラフィティ創作者として、自分たちの世代は上の世代より多くのものを持っているとDEBEは考える。「上の世代は金銭面で豊かでしたが、私たちの時代は考え方が豊かです」と言う。口下手なDEBEは、斬新な色彩を通して言葉では表現できない意思を伝え続けている。

I Paint, Therefore I Am

—Graffiti Artist DEBE

Sharleen Su /photos courtesy of Jimmy Lin /tr. by Geof Aberhart

DEBE faces a wall on a street in Long Beach, California, pointing a can of spray paint at it. A graffiti artist from Taiwan, he was invited to participate in the annual street art festival POW! WOW! Long Beach, which sees some two dozen walls across the city decorated by artists from around the world.


 

With the sun beating down and the temperature hitting 30°C, DEBE has to use one hand to shade himself with an umbrella as he works. He has been painting this wall for almost a week now, adding layer after layer of geometric forms, even interspersing a few patterns commonly found on early Taiwanese houses to add some Taiwanese flavor.

Once he completes the piece, DEBE takes a cool photo with the end product in his trademark gas mask. He has become accustomed to wearing the mask while painting to protect himself from the chemicals in the spray paint. Meanwhile, old favorite songs blare from his phone. For his work in Long Beach, DEBE has chosen a Mandarin classic, Pauline Lan’s 1985 pop song “Romantic 20.” As a lover of older songs, particularly Japanese ones, putting on such tracks is a must for DEBE whenever he gets to work on a graffiti piece because they give him added inspiration.

Hidden in the corners

DEBE has never revealed his face to the public. Whether on his website, Facebook, or Instagram, he is always either wearing his gas mask or covering his face with a face mask. Tall and thin, DEBE projects an air of melancholy. His paintings are much like the man himself, with a cold but spectacular style marked by abstract geo­metry, mandalas, and crystals.

Throughout our interview, he remains unwilling to share his real name. Explaining the mysteriousness, DEBE says, “Most graffiti artists don’t use their real names.” Every graffiti artist uses a pseudonym, becoming another person like controlling an avatar in a video game, the real person always hidden on the other side of the screen.

In the course of the interview DEBE never hands over a business card, keeping low-key: “Sorry, I don’t have a card.” Most of his communication with others is through the Internet, which is where the big companies he has worked with, like Adidas, Reebok, and Facebook, have seen his work. The powerful style of his paintings serves as his real calling card.

A natural talent

DEBE has always been into graffiti. In senior high, he joined the street dance club, and under the guidance of the older students, ended up getting into hip-hop culture. “Hip-hop culture is built around four elements: breaking, MCing, graffiti, and DJing.” One stimulating night around 2004, DEBE was taken to a secluded underpass by those older students, and together the group of young people set to painting graffiti. His first impression was, “Damn, how is it so hard to spray paint?” DEBE bursts out laughing as he recalls the moment.

Despite the difficulty of spray painting, though, graffiti remains appealing to many young people. “You can feel how fast the paint is spraying, not like watercolor or pens, where you have to slowly work across a surface.” Using spray paint for graffiti means, thanks to the paint being spit across the wall at high pressure, that a whole piece takes shape very quickly. “This painting thing gives me a real sense of accomplish­ment, being able to more or less paint what’s in my imagination.”

In senior high DEBE was in the information processing section, studying accounting and statistics. It didn’t involve the least bit of cre­ativ­ity, so he was bored in class every day, and spent most of his time sleeping. After getting into graffiti, his creative world suddenly opened up, and he started constantly running around town practicing his graffiti writing. “The main thing was trying to find ways to make my own name look cooler when I wrote it.” In graffiti culture, the more a person’s “tag” (name) or graffiti appears around town, the higher their status in the culture in that place. “It’s a bit like a dog peeing to mark its territory—it’s a way of saying ‘I’ve been here.’”

From rebellion to meditation

When he started out in graffiti, DEBE never worked a job for more than two months, getting restless after that amount of time. Once a cynical, angry youth who would take to the streets and buck against the system, he started meditating and learned to collect himself, leading to a change in mindset.

Naturally attuned to art, DEBE became more of a thinker, constantly observing the world and drawing inspiration from it. Since moving to a more artistic approach, he has had many opportunities for commercial collaborations, expanding from graffiti into a broader range of artistic creation.

Who defines the urban aesthetic?

In the past, before there was specific legislation to regulate graffiti, DEBE had a run-in with the law. ­Anxious about an exhibition they needed to prepare for in Xi­men­ding, Taipei, for the Taiwan Alliance for Advancement of Youth Rights and Welfare, and unable to sleep, DEBE and his friends took to the streets to throw up some art. However, their work was un­expectedly interrupted around midnight when a police officer happened upon them. This being before the authorities in Taipei City began levying fines for graffiti under the Waste Disposal Act, the police spent the whole night trying to find out who owned the wall that DEBE and company had been working on.

Graffiti has always been something people have thought of as “defacing the city” and being on the line between legal and illegal, but who is it that decides what the city should look like? Who has the right to decide whether a space is “beautiful” or “ugly”? This is, as DEBE remarks, a major question the graffiti world often puts forward.

To those who subscribe to the “broken windows” ­theory, the more graffiti that appears in a city, the further it means that city has fallen. The stereotype most people have of graffiti is of closed-down stores covered in massive graffiti, an indicator of economic decline or a slide into lawlessness and chaos. But DEBE offers a different perspective: “The way I see it, the more graffiti a city has, the more alive it is.” Look at Long Beach. The city has invited several artists to come and paint the city, creating some 70-plus huge pieces of graffiti that have become public art. Their work has received the support of the city government and local businesses, creating rich, creative spaces that have also become popular spots on social media.

In terms of public art, DEBE believes that the current generation enjoys something much more diverse and engaging than the preceding one. “To the previous generation of Taiwanese, prosperity was money, but to my generation it’s ideas.” He may not be an eloquent speaker, but with his colors and art, DEBE is able to communicate ideas that go beyond language.          

X 使用【台灣光華雜誌】APP!
更快速更方便!