古琴修復により蘇る古音
林立正が製作した琴が評判となると、古琴修復の依頼を受けるようになった。
その修復した古琴の中には、世に知られた名琴も少なくない。国立故宮博物院所蔵の元代の琴「雪夜氷」、古琴の大家・張清治所蔵の唐代の琴「桐雅」、画家の蔡本烈が所蔵する宋代の琴「松風致和」、香港のコレクター唐建垣所蔵の元代の琴「青山」、孫毓芹所蔵の明代の琴「鏘韶」に加えて、宋代の「玉壺氷」など、どれもその優れた修復技術でかつての音を取り戻した名琴である。
故宮博物院より修復の依頼を受けた琴「雪夜氷」は、元代の琴の大家・朱致遠の作と伝わる。林立正は修復の経過を「修琴記」として記録したが、それによると、高圧の蒸気と冷気を交互に琴の内部に吹き込んで、積った塵や腐敗した木屑や黴を除去してから、外観を整えたとある。当初の故宮博物院からの依頼は、外観を整えればよいということだったが、林立正は「琴は生命と音のある生きた楽器」と考えており、表面を整えるだけではなく、手間暇をかけて演奏可能な状態に修復し、秘められた音色を引き出そうとしたのである。
林立正によると、修復した古琴の中で状態が一番悲惨だったのは唐代の琴「桐雅」だと言う。大枠は残っていたが、内部の木材には虫食いがあり、上板の漆は剥げかかって、表面は春に流氷の漂う海面のように細かく裂け目が入っていたのである。見るだけで心が痛む状況だった。しかも、裏を見ると多くの著名な文人の落款が刻まれていて、それが修復をさらに困難にしていた。
それでは、どう修復したのであろうか。林立正の説明によると、内部の木材はあちこちに虫食いがあったが、内部の状況を直接見ることができないので、破損した部分から鉄線を入れて、虫食いの状況を調べたという。それから、細く削った竹べらに、鹿角の灰を混ぜた漆を載せて、破損した部分に差し込んで、虫食い部分を少しずつ埋めていくことで、木材をしっかり固めていった。
また、修復前には琴の表面を撮影しておき、それを基にもとの状態に戻すこととした。表面から剥がれかかった漆の層は、別の漆で接着できるようであれば元の場所に貼り、漆が欠けている場合は新たに塗り直す。その場所ごとの破損の状況により、少しずつ原状の形に基づいて、剥がれた漆を貼付け、塗り直した。林立正によると、漆の層は空気中にあっては脆弱なので、水中で作業すると崩れにくくなるのだが、水中の作業はまた別の問題が出てくるのだと説明を加えた。
最近になって修復した宋代の琴「玉壺氷」は、林立正が中国大陸の露天商で見つけたものである。「この琴は、最初に見つけた時には破損がひどく、パッと見たところは琴には見えませんでしたが、玄人ならすぐに古琴と見分けられます」と説明する。
その修復では破損がひどく、大鉈を振るうことになった。まず上板と下板を外して、損壊した部分を取り除き、別の木材を接いだのである。その接ぐ木材だが、宋代の琴には漢代の木材を用いて修復し、かつての音色に整えた。この琴の修復には2年余りの時間がかかったが、その甲斐あって音色は素晴らしく、息子の林法の専用の琴となった。
古琴の材料選びから部品、製作まで、林立正は人の手を借りずにすべて自分で行なう。