帰郷への道
宜蘭市中山路の路地裏にある「阮義忠の台湾故事館」は、赤煉瓦作りの二階家である。目立つ場所ではないが、外壁に掛けられた数枚の大きな肖像写真が故事館の場所を伝えてくれる。
見たことのあるような肖像写真を子細に見ると、これは上半身裸で煙草を咥えた黄春明のポートレートで、光の加減で物思わし気な雰囲気を生み出している。
もう一枚は、雲門舞集の創設者林懐民の若々しい肉体を見せる写真で、ダンスに打ち込む目が若々しいしい。
さらに、これは太い縁の眼鏡をかけた質素な装いの楊麗華で、舞台の上とは異なる親しみやすい一面を見ることができる。
台湾で名高い人々だが、阮義忠は40年余り前にその頃の若い姿を美しい記憶として記録し、台湾故事館の設立趣旨を示したのである。
故事館のある建物は、元々戦後に宜蘭県政府の高官の宿舎に充てられていて、福州人が多く住んでいたために一帯は福州巷と呼ばれていた。劉美華館長によると、行政機関が移転していき、宿舎は荒廃が進んで、治安問題にもなっていたという。2015年になって宜蘭市長に江聡淵が就任すると、予算を捻出して環境美化を図り、福州巷の宿舎三棟を改修することとなった。
2017年に、阮義忠は宜蘭美術館の招待を受け、「帰郷、阮義忠の画像回顧展」を開催した。馴染みある土地のことで、これまで未発表の宜蘭の風景を探し出し、帰郷への道をテーマとして、美術館の一階の会場に1970〜80年代の宜蘭の写真を展示した。それが地元で大きな反響を呼び、多くの人が写真の中から顔見知りの誰かを探そうと試みた。知った人を見つけて写真を購入した人もいたと阮義忠は話す。
回顧展が成功すると、阮義忠は、作品は故郷に帰ってきたが自分はと自問した。そこで美術館に、適当な場所があればアトリエを開きたいと申し出た。それがまわり回って劉美華の耳に入り、彼女は改修した福州巷の宿舎を思いついた。
阮義忠はこの場所を気に入ったが、単なるアトリエでは勿体ないと、全部貸してくれれば、台湾故事館を作ると江聡淵市長に申し出た。両者の協力があって、阮義忠が名付けた台湾故事館が2018年元旦にオープンし、写真で物語を綴り、物語が人々の記憶を呼び覚ますこととなった。
赤レンガの2階建て。阮義忠の台湾故事館の外観は素朴で味わい がある。