台湾人が愛してやまない沙茶だが、起源をたどれば、まぎれもない舶来品であった。沙茶は広東省潮汕地域の発祥で、戦後になって台湾へ移民した人たちが広めたものだ。台湾で受け入れられ、独自の文化として発展を遂げた。

マレーシア出身の香辛料研究家・陳愛玲は、潮汕地域に自身のツールを持つ。台湾に暮らして20年を超えた今も「沙茶」が最も郷愁を誘うという。年末が近づいて、新鮮な香辛料が出回る時期になると買い出しに行き、自らの手で1年分の沙茶醬を仕込む。これは彼女の家の伝統であり、マレーシアへ渡った潮汕移民の第4世代が一家総出で作業する。時には親戚や友人も参加する一大イベントになるという。

さらに踏み込んでみると、潮汕人が愛した沙茶醬のオリジナルは、東南アジアでポピュラーな「サテソース」である。サテは、インドネシアのジャワ島で生まれ、東南アジアで多様な進化を遂げている串焼き料理だ。サテソースには、ピーナッツ、ターメリック、ココナッツミルク、パームシュガー、ナンキョウ、タマリンド、クミンなど、南国で親しまれている食材が使われる。19世紀、冒険好きで商売上手な「東方のユダヤ人」と呼ばれた潮汕人が南洋を訪れ、サテと出会った。以後、サテは華人好みに改良され、名称も潮州の発音から「沙茶」と記されるようになった。

サテが沙茶になったという明確な記録はないが、陳愛玲の一家が語り伝える物語は、沙茶の来歴をうかがい知る手がかりとなる。

陳愛玲の曽祖父がマレーシアから帰郷した際、サテを土産に持ち帰った。潮汕の人たちは、口当たりが良いと感じたものの、辛すぎたため、辛さを抑え、さらに潮汕の魚介と福建人が好む五香、そして臭味を消す果粉（ソウカ）、陳皮などのスパイスを加え、中華料理の手法で調理した。

この味が再び南洋へ戻り、現地の親族によって、華人が好む落花生やゴマなどの種実類が加えられた。陳愛玲によると、潮汕移民の沙茶レシピは各家庭で配合が違うが、彼女の家の沙茶は「乾物と種実類の比率が1対1程度」だそうだ。

台湾調味料の王として君臨する沙茶醬は、各家庭の冷蔵庫に必ず１缶、常備されている。

独自に発展する台湾式沙茶料理

サテから沙茶へ、風味に変化と革新が起きたように、食べ方にも変化があった。華人は沙茶醬を肉の串焼きに使うのではなく、中華料理の基本に則って、新たな沙茶料理を生み出した。近年、潮汕地域では「沙茶撈麺」（沙茶の和えそば）、「沙茶牛肉爐」（牛肉の沙茶炒めをのせた米粉）が流行している。また、牛肉の産地ならではの「沙茶牛肉爐」（沙茶牛肉鍋）は有名だ。沙茶料理は戦後、民族の移動とともに台湾各地に広まった。沙茶は直観的なおいしさと速さが求められる「熱炒」（台湾式居酒屋料理）に取り入れられ、潮汕地域とは異なる「沙茶火鍋」が誕生した。

シンガポールやマレーシアの沙茶火鍋は潮汕地域の名残を留める。陳愛玲が故郷の味として紹介するのは、沙茶醬を鍋の基本調味料として使う方法だ。沙茶醬に豚骨または鶏ガラのスープを注ぐと、濃厚な味わいになる。一方、台湾の沙茶火鍋は、ほとんどが澄んだスープで（そこに扁魚を加える店もある）、沙茶は別の器でつけダレとして使われる。両者のスタイルは全く異なる。

なぜこのような違いが生まれたのか？『沙茶』の著者であり、台北医学大学通識教育センター副教授の曾齢儀は、台湾沙茶の食文化に造詣が深い。曾は「台湾人の食習慣は日本の影響を大きく受けています。中華料理が複雑で修飾的な調理を追求するのに対し、台湾人はすっきりとした素材の味を好みます」と指摘する。

台北の老舗「元香沙茶火鍋」の二代目・呉振豪が興味深い仮説を提唱する。潮汕地域の沙茶火鍋は、東南アジア地域の麺料理「ラクサ」に端を発しているのではないかという。また、かつて台湾の飲食店が沙茶醬を別添えにしたのは、台湾人の味覚に合わせるためでもあり、戦後の物資が不足していた時期に、沙茶の使用量を節約するためでもあったのではないかと推測する。

マレーシア出身の陳愛玲は潮汕にルーツを持つ。毎年、自ら手作りする沙茶醬には、故郷への想いが込められている。

土地に根を張る沙茶

曾齢儀が言うように「昔、台湾人留学生はたいてい料理ができず、集まれば鍋を囲み、沙茶醬で食べました」この話に留学経験者は共感し、料理初心者は同意するだろう。沙茶醬があれば、茹でただけの麺と青菜も美味しく食べられる。

台湾人の沙茶醬への愛着は、フードライター・陳静宜に「沙茶醬こそ台湾調味料の王様」と言わせるほどだ。しかし台湾の沙茶が発展してきた歴史は、実はそれほど長くない。

戦後まもなくは、ほとんどの台湾人が沙茶について何も知らなかった。そればかりか、牛を大切な労働力とする農耕社会や民間信仰の影響で、沙茶と関係が深い牛肉も食べていなかった。

飲食店が沙茶火鍋の調理法を工夫したことに加え、保存や携帯に便利な缶詰の沙茶醬が登場したことも広まりに一役買った。潮州出身の劉来欽が興し、世界に展開している「牛頭牌」ブランドや、汕頭出身の杜象が売り出した「赤牛牌」「黄牛牌」「黒牛牌」は代表的な沙茶醬ブランドとなっている。

さらに、台湾人が沙茶を受け入れたのは、経済成長や都市発展といったマクロ環境と深い関係があると曾齢儀は指摘する。台北の西門町、高雄の塩埕区などは、日本統治時代に発展した旧い街で、沙茶料理を出す「沙茶餐館」が立ち並ぶ激戦区だった。台湾が農耕社会から工業社会へ変化するにつれて、若者は大都市に出て行った。仕事の後は、繁華街の沙茶餐館が会食の最良の選択となり、牛肉を口にしない人も次第に減っていった。

『沙茶』の著者・曾齢儀は台湾各地の沙茶餐館を取材し、その背景について考察する。

燦然と輝く沙茶火鍋の黄金時代

今でこそレトロ感のある沙茶火鍋だが、1960∼80年代は流行の最先端だった。呉振豪の記憶によると、当時は西門町で映画を観てから、沙茶火鍋の店で食事をするのが、おきまりのコースだった。「元香沙茶火鍋」創業者の呉藩俠（呉振豪の父）は、これをチャンスと見て、台湾のスターを起用したCMを映画館で放映した。

庶民の支持に加えて、スターが花を添える形で大いに盛り上がり人々の話題をさらった。高雄の店「汕頭天天沙茶火鍋」には、鄧麗君（テレサ・テン）が何度も立ち寄ったという。「元香沙茶火鍋」も、芸能人がよく行く店として名を馳せた。

いまや沙茶火鍋の黄金時代は過ぎ去った。しかし台湾では沙茶火鍋店だけでなく、日本式、香港式の鍋料理店でも沙茶を調味料として常備している。鍋を頼んだ時に、もしこの味がなかったら、多くの台湾人は喪失感を覚えるだろう。

沙茶は台湾式の炒め物によく使われる。炒麵（焼きそば）、炒飯（チャーハン）の他、芥藍(カイラン)やキャベツなどの野菜ともよく合う。

移民の足跡を刻む味

サテのように、ある調味料が民族の移動や各地の特産物、嗜好に合わせて違った進化を遂げることがある。沙茶もまたしかり。多くの関係者が、沙茶には潮汕系と福建系の二大系統があると指摘する。潮汕系はオキアミを加えた「牛頭牌沙茶」のように海鮮の風味が強い。福建系は落花生が味のメインで、近年人気を集める台北の老舗「清香沙茶火鍋」の瓶詰め「清香号」がこれにあたる。

陳愛玲によると、台湾人は沙茶に醬油や酢などの調味料を加える習慣があるため、沙茶自体の塩分は控えめだという。風味としては五香粉の香りが強く、コリアンダーやココナッツミルクパウダーを好んで加える。

陳愛玲によると、沙茶の材料は4種類に分けられる。唐辛子、ウコン、ナンキョウ、レモングラスなどの「フレッシュスパイス」。五香粉、ソウカ、フェンネルシードなどの「ドライスパイス」。干しエビ、干し魚など旨味を出す「干物」。ピーナッツバター、ゴマペーストなど「種実類」。仕上げに塩、砂糖、醤油で味を調える。30∼50種類もの材料を組み合わせるから、現地の特産物や味の嗜好に合わせて、自由にアレンジができる。

「正統」とされるレシピは存在しないが、高級沙茶ブランド「清香号」代表の呉龍陞は、食品加工の角度からある基準を挙げる。「良い沙茶醬」の条件には、既成の加工品を使わないこと、塩味以外に落花生の甘みと、干し魚の香りと、唐辛子の辛みが感じられること、そして、素材の味の輪郭がハッキリとしていながら、互いが結びつき、混然一体となること、などが挙げられている。

沙茶の風味は、家の数だけバリエーションがあり、月日の流れとともに進化し続けている。牛頭牌は食品安全の観点から、落花生の使用をやめた。また、動物性食品を一切使わないベジタリアン向けの沙茶も販売している。陳愛玲の自家製沙茶は故郷の味の再現を目指すと同時に、食材の産地も大切にする。東南アジアに多い食材であっても、台湾で生産された食材を優先して買い求める。2022年に製作した沙茶には、豊富なスパイスの知識から発想を得て、台湾特有の月桃の種を加えてみた。「月桃の種は、清涼感が風味を軽やかにし、脂っぽさを感じさせません」と陳愛玲は語る。

１つの調味料が、これほど豊かな顔を持つことは珍しい。そこから人々の故郷への想い、移動の足跡、そして新たな土地に融けこむための努力と挑戦が見て取れる。沙茶とは一体なにか？その名前や材料からも、複雑な背景が窺える。まさに、この紆余曲折こそが、沙茶が独特たる所以なのである！

道端の屋台から事業を興した「清香沙茶火鍋」は、近年は瓶詰めの沙茶「清香號」を発売し、好評を博している。写真は二代目女将の郭音明。

陳愛玲の沙茶醬は巷で「最もぜいたくな沙茶」と呼ばれていて、使う食材は原材料から加工する。旨味の源である扁魚は、焼いてから骨ごとつぶすことで、濃厚な風味に仕上がる。（陳愛玲提供）

西門町峨嵋街に始まる「元香沙茶火鍋」は、台北で１、２を争う沙茶火鍋の老舗。（呉振豪提供）

沙茶醬と切っても切れない沙茶牛肉火鍋（南部では「沙茶牛肉爐」と呼ばれる）は、澄んだスープが主流で、白菜、トマト、豆腐が入る。つけダレには沙茶醬と醬油、酢、ネギ、ニンニク、唐辛子。少し上の世代では生の卵黄を加える人もいる。

日本統治時代に大きく発展した西門町には、沙茶餐館が今も多く残る。

台湾人は火鍋が好きだ。火鍋店に入れば、庶民の息吹が身近に感じられる。

沙茶には30∼50種もの材料が使われ、その土地の特産物や個人の好みによって味が変化する。写真は主な材料。