「Boven雑誌図書館は心のレストラン」
雑誌への情熱を抱え、Boven雑誌図書館は台湾初、雑誌を蔵書とする図書館をスタートさせた。建築、ライフスタイル、デザイン分野の一万冊を超える雑誌で、読者の本への渇望を満たす。
台北市東区エリアの裏通りは、飲食業やファッションショップの激戦区である。しゃれたチラシで目を引こうと競いあう。「b」と書かれたスチール製の看板が、異常なほどの控えめさで壁にかかっている。よく見ていなければ通りすぎてしまいそうだ。
ガラスのドアを押し開けて階段を下りると、地下室にあるBoven雑誌図書館が現れる。配管が見える工場スタイルのインテリアデザイン、アメリカ製の中古ソファ、古い建物に特有のテラゾー床が相まって快適な空間を産み出し、まるで家にいるような落ち着いた感覚を与える。好きな雑誌を一冊選び、水を一杯入れて、じっくり印刷物の魅力を味わうことができる。
書架に並んだ欧米日300冊以上の新刊雑誌のほかに、雑誌図書館と雑誌同好会「雑誌現場」が共同で開催するイベントもある。展示されていた1968年と1969年出版のアメリカの『Life』誌を手に取ると、菊判八切サイズ、少し黄ばんだページに掲載された写真、当時の文章が、その時代の刻印を見せつけ、現場に立ち戻らせる。
「誌面のデザインから雑誌の企画コンセプトを理解することは、スピードを追求する情報が粉々に引き裂かれたオンライン読書では満たされない経験です」創設者の一人、彭緯豪がいう。「書籍や小説が文字を頼りに情景を想像するのとは違って、雑誌の記事は画像と文字とデザインに、その時代の雰囲気が満ちています」雑誌ならではの魅力が、周筵川、彭緯豪、徐元祥を呼び寄せ、今年の初め、Boven雑誌図書館の設立に導いたのである。
個性的な「スタイル」にふさわしく、3人の名刺には社会的地位を象徴する役職ではなく「読み手」「語り手」「作り手」という特別な肩書が印刷されている。スペースの独特な雰囲気に合わせて、彭緯豪が思いついたのである。
得意分野も個性も異なる3人が、それぞれの役割を担う。話し上手で、結婚式のイベント企画をしていたこともある彭緯豪が「語り手」として、雑誌図書館を紹介する。デザインを得意とする徐元祥は、名刺やイベントポスターなど印刷物のビジュアルをすべて手がけ、財務管理も担当し「作り手」としてマネジメント業務の一切を引き受ける。そして、雑誌図書館のコンセプトを打ち出したインスピレーション・リーダーが、雑誌に惚れこみ、十数年雑誌に携わってきた「読み手」周筵川である。
やみつきになって雑誌フリーク
「最初は雑誌のことなど何も知りませんでした」周筵川がいう。ひょんなことからタワーレコードに就職し、雑誌に触れる経験が始まる。1990年代、誠品書店が敦化南路に移る以前、台北市東部エリアのタワーレコードは台北の文芸青年やデザイナーの宝探しの聖地だった。門外漢の周筵川も顧客に導かれ、言葉の壁を越えて雑誌にハマりこんだ。
周筵川の雑誌好きは、兵役時代からのつきあいの彭緯豪が一番わかっている。「あいつは『雑誌フリーク』ですよ」軽口をたたきつつ、心の底からエライものだと感心しているのである。
社会人になって間もなく、金融業界にいた彭緯豪は周筵川に高収入の金融業で働く気はないかと尋ねたことがある。その時の答えが、今も彭緯豪の記憶に残る。「収入がどれだけあっても、全部雑誌を買うだろうね」周筵川の情熱には「どうしたって及ばない」と彭緯豪はいう。
2002年、タワーレコードは競合先が相次いで台頭するなかで低迷していく。周筵川は離職したが、いつも雑誌に関わる仕事に携わった。後の職場は雑誌代理店のマルチアーツ、雑誌専門店「マグ・フリーク」で中国大陸書店チェーンの雑誌コーナーコンサルタントを務めるなど、雑誌出版業界の観察が蓄積された。
今年1月中旬、Boven雑誌図書館がオープンし、ユニークな空間と経営スタイルが各界メディアの注目を浴びた。だが10年前すでに、彭緯豪と周筵川は「Boven」のブランドで、士林の4階建てアパートメントにラウンジバーとコーヒーショップとファッション、雑誌を集めた複合スペースを作っていた。
当時の彭緯豪の経営理念はいたってシンプルだった。店の雰囲気が訪れる客層を決めるから、雑誌に詳しい周筵川に地下1階の雑誌専門店を任せることにした。雑誌を仕入れるコストが削減できるし、顧客も呼び込める。
だが雑誌販売専門の経営は、まもなく周筵川に在庫プレッシャーを感じさせ、Bovenは二年あまり後、ロケーションの悪さから客が集まらずに閉店することになる。しかし最初の店の失敗は、後の雑誌図書館の経営コンセプトの種となった。雑誌のための専属の空間を創りたい。そうした考えが周筵川の胸に10年間うず巻いた。
研究を重ねるうち、周筵川は純粋に雑誌を楽しむファンの立場から、文物保存者の役割へと昇華し、コレクションする価値のある素晴らしい刊行物を残しておきたいと願うようになった。
転換のきっかけは、学学文創センター在職中に、ある講師がタイ・クリエイティブ&デザインセンター(TCDC)について話すのを聞いて、実際に行って見てきたことによる。
TCDCの4千坪を超えるスペース全部にアートとデザインに関連する資料が所蔵され、インスピレーションを討論する場をデザイナーに提供していた。周筵川は絶賛するばかりだった。蔵書は雑誌だけではなかったが、タイの文化クリエイティブ産業の急速な台頭を力強くバックアップしている。一方、台湾にはクリエイターがインスピレーションを戦わせたり、資料を探すような場はない。そこで、雑誌図書館を作りたいという思いが芽生えたのである。
胸にうず巻く夢は、周筵川が2007年に病気で倒れてからなお一層、早く実現したいという考えが強まった。長期間二つの仕事をかけもちしてきた周筵川は、当時、CDと雑誌の専門店Under Recordsの経営と深夜ラジオ放送の音楽番組を同時進行していて、体がもたずに急性肝炎で病院に送られ、2ヶ月入院した。思わぬ病が、夢の実現を決めさせた。
雑誌が恩人を呼び寄せ、
夢が実現
4年前、周筵川と仁愛路のブックレンタルショップ白鹿洞が協力することになった。周が雑誌を提供して白鹿洞がレンタル業務を行った。経営スタイルは従来のレンタルだったが、雑誌の購入を主導する周にとっては「マイクロ図書館」を試行するチャンスとなった。
2013年、夢が実現する可能性が現れた。偶然、白鹿洞ブックレンタルショップの近くでコーヒーショップを経営する王詩鈺が、今の雑誌図書館の上の階のコーヒーショップA Houseのコンサルタントをしていたのである。周筵川の考えを知り、A Houseの地下室が空いていると聞いて、周筵川を大家の陳鳳文に引き合わせた。
周筵川は、東区エリアの繁華街なら、店舗の借り手はいくらでもいるという。そのころも陳鳳文に問い合わせる業者は少なくなかったが、店のポジショニングが陳の気に入らず、断られていた。ところが、周筵川の構想が陳の心を動かした。
陳鳳文は貸すことを承知しただけでなく、600万元以上する内装費用の負担と、初年度の家賃免除を申し出た。三年、五年はかかるだろうと思われた夢が、前倒しで現実になった。「雑誌が好きなおかげで、違う分野の人とたくさん知り合い、ワンダフルストーリーが次々と現れたのです」周はいう。
大家が夢を強力にバックアップしてくれるだけでなく、インテリアデザイナーの顧相璽の思い入れも、雑誌図書館のグレードを押し上げた。彭緯豪によると3人が考えていたスペースはごくシンプルで、雑誌の展示エリアと、閲覧エリアがあればいいと思っていた。だが7ヶ月間の工事が終わると、快適このうえない空間ができあがっていたばかりか、彭緯豪はその心意気に恐れいったのである。「絶対に大切にして、心をこめて経営しなければ、この空間に申し訳ないと思いました」彭緯豪は話す。
金融業とアクアリウムデザインに携わったことのある彭緯豪は、数年前に仕事の関係で上海へ行き、異郷での仕事に生活のためという諦めと辛さを感じた。台湾社会の文化の息吹と感性とを振り返り、ことに大切に思えた。だから、Bovenの捲土重来で、台湾の妙味を後に伝えたいと願う。
水一杯、雑誌一冊、読書の楽しみ
一歩入ると来客にスリッパに履き替えてもらう。入り口には新進デザイナーのための作品を展示するスペース、斜めに配置されたサービスカウンター、あらゆる箇所に雑誌図書館の配慮が感じられる。背後にある経営理念は純粋である。――雑誌を読むことに集中できる完備された空間を提供する。だからBovenは、飲食を提供する台湾の多くの店とは一線を画す。雑誌図書館の客は、1回300元で入場しても会員制で200元で入場しても、目の前にあるのは雑誌と水だけである。
周筵川は、ここに落ち着くまでには多くの話し合いが重ねられたという。食事を提供すれば収入は増える。だが食事をすれば、おしゃべりは避けられない。そうすれば静かに読書したり、仕事したりする客と互いに影響しあうし、初心に背くことにもなる。幸い、冷徹な経営理念も多くの支持を得て、オープン5ヶ月で雑誌図書館の会員は200人に達した。
夢の空間が完成した今、周筵川は今度は「雑誌閲覧マップ」を作ろうとしている。雑誌の良さを個人の生活に持ち込みたいのである。そこでオープン以来、雑誌図書館の「語り手」彭緯豪のミッションの一つとなっているのが、周辺のコーヒーショップやヘアサロン等の店を訪問することである。会員になった店は月3000元で雑誌を毎週15冊、ジャンルを問わずに借りられる。
雑誌を熟知した周筵川の重石が利いて、雑誌図書館は店のニーズに応じて異なるテーマの雑誌を提供できる。小型見本市のように、店がそれぞれ街角のマイクロ図書館になっている。
新鮮さが売りの雑誌は、読み終われば捨てられることも多い。だが周筵川の目に雑誌が最も魅力的に映るのは「待つ」ことだとおいう。「今期の雑誌を読み終えると、編集者は次号にどんな内容をもってくるだろう、どんなスタイルで、美術デザインはどうなるのかと期待するんです」待つ時間の後にくるのは、いつもサプライズである。
インターネット時代の情報の破片に煩わしさを感じているだろうか。Boven雑誌図書館で1万冊を超える雑誌が待っている。純粋な読書空間に沈澱し、雑誌の過去と未来をすくい取り、自分だけのサプライズを探し出そうではないか。
「Boven雑誌図書館は心のレストラン」
Boven雑誌図書館はにぎやかな台北東区にひそむ隠れ家のような存在だ。欧米と日本、台湾の印刷媒体が書架に並び、雑誌愛好者の来訪を待っている。
Boven雑誌図書館はにぎやかな台北東区にひそむ隠れ家のような存在だ。欧米と日本、台湾の印刷媒体が書架に並び、雑誌愛好者の来訪を待っている。
Boven雑誌図書館はにぎやかな台北東区にひそむ隠れ家のような存在だ。欧米と日本、台湾の印刷媒体が書架に並び、雑誌愛好者の来訪を待っている。
本や雑誌を愛する周筵川(左)と彭緯豪(右)がBoven雑誌図書館を立ち上げた。その独特の空間が雑誌の読み方を変えてくれる。
好きな雑誌を一冊選んでじっくり読む。喧騒から離れた静かで落ち着くひとときである。