ブルワーが、一つの創意から西洋のクラフトビールと台湾の要素を融合すると、多様で豊かな味わいが生まれる。
台湾では独自のクラフトビールが次々と誕生している。ブルワー(ビール醸造士)の情熱とチャレンジにより、四大原料の組み合わせを変えたり、台湾のローカルな食材を加えるなどして、限界を突破している。
台湾のローカルな食材と言えば、ブルワーがまず選ぶのが果物だ。しかし、酒に果物を取り入れるという手法は世界的に珍しくないため、ビールにフルーツを加えて、どのように今までにない味わいを出すかが大きな課題となる。
巴楽塩小麦(Guava Gose)はさっぱりした喉越しだが、梅パウダーを加えることで深い味わいへと変わる。
台湾の日常を体験――フルーツビール
酉鬼啤酒(Ugly Half Beer)は、クラフトビール愛好家に人気のR&Dシリーズを出してきており、数多くの国際コンペティションでも賞を獲得してきた。
なかでも2022年、日本のビールコンペであるインターナショナル・ビアカップで銀賞に輝いた「芭楽塩小麦(Guava Gose)」は、台湾の国民的果物であるグアバを用いたものだ。
ベースとなるのは中世にドイツ北部で生まれた塩味のビール(ゴーゼビール)だ。この塩味に台湾のグアバを合わせるとクエン酸とグアバの香りが作用し、トロピカルフルーツのような多層の香気が生まれる。またグアバの果肉の甘みは、珊瑚塩によって引き立てられ、豊かながら後味がさっぱりした夏にふさわしいビールとなった。
それだけではない。ビールを注ぐグラスの縁に、塩と砂糖を加えた梅のパウダー(梅の漬物を乾燥させて粉末状にしたもの)をつけて飲んでみると、馥郁とした香りが喉に広がり、まさに夜市で食べる甘草グアバ(梅粉をまぶしたグアバ)の甘酸っぱい味わいで、甘草グアバジュースを飲んでいるかのように感じられる。
「グアバに梅パウダーをまぶすのは、非常に台湾らしい食べ方です」とブルワーの王明易は言う。開発チームはこのビールを作ることを決めた後、台湾人の記憶にある甘草グアバの味を再現するために、そのカギを握る甘草梅粉を探し始めた。市場で売られているさまざまな梅粉を試した結果、最終的に多くの台湾人に馴染みの深い小袋入りの梅粉を用いることにした。
では、梅粉をどのようにビールに合わせるのだろう。「どう合わせてもいいのです」と王明易は言う。チームが最初に考えたのは、カクテルで見られるグラスの縁に塩を付けたスノースタイルだったが、この商品を発売してから、消費者はそれぞれに創意を発揮し始めた。まず梅パウダーを口に含んでからビールを飲むという方法もあれば、ビールにそのまま梅パウダーを加えるという方法もあり、個人の好みで良いのである。開発チームも当初から自由な空間を残してきた。グアバにしても、子供の頃から梅パウダーをつけないで食べてきた人もいるからだ。このようなアイディアで、甘草グアバを日常的に食べる台湾人の喜びを多くの人に経験してほしいのである。
茶葉とビールの複雑な物語を語る啤酒頭(Taiwan Head Brewers)創設者の宋培弘。
複雑な東西の融合――台湾茶ビール
もう一つ、台湾人が日常的に口にするものと言えば「茶」を忘れることはできない。茶は東洋だけでなく、西洋でも多くの人に愛されている。では、どのようにして茶とビールを融合させるのだろうか。
「24節気」からインスピレーションを得てデザインされた啤酒頭(Taiwan Head Brewers)のシリーズが世界的に注目されている。そのうち4つは茶葉を用いており、台湾の消費者に愛されるだけでなく、国際的にも数々の賞を取っている。その一つの「立秋」と名付けられた商品は、世界各地のビールアワードで7つの賞に輝き、ビールコンクールのオリンピックと称されるワールドビアカップでも受賞した。
東方美人茶はイギリスにわたってから世界的に知られるようになった有名な茶で、イギリスのIPA(インディアペールエール/植民地だったインドに運ぶために防腐効果のあるホップを大量に用いたビール)に似た熟した果実の風味がある。そこで「立秋」は東西の昔の飲み物を融合した。歴史的にも味覚的にも完璧な融合と言える。もう一本の「雨水」も「立秋」に劣らず数々の賞に輝いており、これも啤酒頭のブルワーたちが知恵を絞って開発したものだ。
開発者の一人であるブルワーの宋培弘によると、イギリス北部のスコットランドは雨が多くて湿度が高く、それが節気・雨水の頃の湿気と似ているため「雨水」と名付けたそうだ。
また、スコットランドは世界に知られたウイスキーの産地で、独特なビールも多数生産されている。「ビールとウイスキーの製造工程は共通点が多く、蒸留するかどうかの違いしかありません」と言う。ただ、ウイスキーと異なるのは気温が低いと酵母が発酵しにくい点にある。
湿気の多い環境の中で生まれたスコットランドのビールは、当時は欠点とされたミルクのような風味を帯びているが、それがしだいにスコットランドビールの特色とされるようになった。「一方、台湾で唯一ミルクの香りを持つ茶葉と言えば、茶葉改良場で育てられた金萱茶です」と言う。そこで啤酒頭のブルワーたちは、この二つの要素を組み合わせ、芳醇なミルクの香りがするとともに、茶の甘みも感じさせる「雨水」を生み出したのである。「ビール好きの人なら、これはスコッチエールだと思うでしょうし、お茶が好きな人なら、金萱茶の風味だと思うでしょう」と宋培弘は言う。
この複雑な物語は、啤酒頭が24節気シリーズを開発した重要な要素でもある。宋培弘によると、茶葉ビールであれ、24節気シリーズの他の商品であれ、彼らは冬瓜やコーヒー、文旦、ライチなど、台湾の食材を用いているが、単に東洋と西洋の味覚を融合しているだけではない。「これらの組み合わせにはすべて理由があり、だからこそビールとともに、このような味わいと物語が生まれるのです」と宋培弘は言う。
ビールごとの風味の違いを説明する啤酒頭創設者の段淵傑。
馴染みはあるが新鮮な味――中薬ビール
宜蘭県員山にある吉姆老爹(Jim and Dad's)ブルワリーがビールに加えるのは中薬(生薬)である。
2020年、彼らは地元の中薬店「広生薬房」と協力して蘭城旧味シリーズの「棗安ビール」と「棗眠ビール」を打ち出した。両方とも金棗(キンカン)の砂糖漬けをビールに加えたもので、それぞれ異なる効能を持つ中薬を合わせている。「棗眠」は睡眠導入効果のある霊芝(レイシ)、菊花(キクカ)、麦門冬(バクモンドウ)などの生薬を合わせ、心地よく眠れる効果を持たせた。もう一つの「棗安」の方には、逆に気分をすっきりさせ、気を補う効果を持つ龍眼肉(リュウガンニク)や紅参(コウジン)を加えた。
麻油鶏や薑母鴨など、中薬を用いる薬膳料理は台湾では日常的に食べられている。米酒などの蒸留酒に中薬を加えた薬用種も、寒い季節にはよく飲まれる。しかし、中薬をビールに加えるというのはほとんど聞いたことがない。
そこで馴染みのない中薬ビールのハードルを下げるために、ブルワーの劉書維はキンカンの砂糖漬けを原料の一つに加えることにした。中薬とキンカンを合わせることで、初めて商品を見た時の消費者の衝撃を減らすことができ、またおめでたい雰囲気も加わるので、蘭城旧味(Old Time Yilan Flavors)シリーズが消費者の記憶に残ることとなるからだ。
砂糖で漬けることで、キンカンの強い酸味は抑えられ、一方で果皮の豊かな香りは残る。皮が厚いため、果皮に含まれた香り高いオイルによる醸造上の問題は解決される。最も重要なのは、中薬の苦みが抑えられ、砂糖漬けキンカンがもたらすかすかな塩味が過度の甘さを抑えるため、中薬が入っていても非常に飲みやすいものとなる。
だが、中薬にも甘味を持つものがあるのに、なぜキンカンを選んだのだろう。劉書維によると、彼らも当初は甘みのある中薬――紅棗(ナツメ)と枸杞(クコ)を試してみたのだが、課題を乗り越えることができなかったのである。2000リットルのビールを醸造するのに必要なクコは量が多すぎ、ナツメは粒が大きいので量の問題はないが、パイナップルなど台湾の他のフルーツと同じように甘みが消えてしまうという状況が発生したのだという。
これはコストと風味の問題だが、さらに安全性の問題も考量した。どんな原料も、醸造工程に入る前にテストを繰り返す。風味や甘みを保つために、素材を加えるタイミングを変えたりするほか、ビールを瓶詰めして消費者の手に届くまでの過程でリスクがないかどうかも考えなければならない。「造酒所の最大の考慮は、製品が消費者に届くまでの間に問題が生じないことなのです」と劉書維は言う。
ビールの醸造は化学の実験に似ている。製造工程で加わるあらゆる要素が、ビールに変化をもたらす可能性があるのだ。そのため、安全性を守りつつ、いかにして素材の風味を生かすかが課題となり、それはすべてブルワーの腕にかかっているのである。
酉鬼啤酒は、市場で愛される酒類の他に次々と創意に満ちた珍しい実験的ビールを打ち出している。より多くの人にクラフトビールの面白さを知ってほしいからだ。
大地の香り――アカシアビール
フルーツ、中薬、茶など、台湾人にとって馴染み深い材料がビールに加えられるなら、樹木のアカシアはどうだろう。
新竹にある高森興業の工場を訪ねると、まず目に入るのは、2階建てほどの高さまで積み上げられたアカシアの原木だ。伐採から木材加工までの工程を行なうこの工場では、段ボール箱や特注の緩衝材、建材や家具も生産している。
段ボール箱の収益だけで会社経営は成り立つが、総経理の陳昱成はこれで満足はしておらず、国産の木材をどこまで応用できるかを追求している。こうした考えから、2014年に「蛋牌(the egg)」というブランドを打ち出した。
「蛋牌」は一般の木材メーカーとは異なる道を探し求め、木材に新たな生命を吹き込もうとしている。例えば、浴槽、家具、楽器、床板の他に、カップやスポーツ用品なども打ち出している。では、木材をビールに応用するというアイディアはどこから生まれたのだろうか。「アカシア材を切っている時、刃先と木材の摩擦によって、ある種の香りが生じるのです。この香りを何かに生かせないかというところから、酒への応用を思いつきました」と話すのはブランドマネージャーの孫啓豪だ。
その話によると、最初に思いついたのはウイスキーだった。だがウイスキーは、木樽での熟成に何年もかかるため、ビールの醸造を考えるようになった。
ビール醸造の設備も知識も持たない彼らは、ようやく新竹のブルワリーと協力できるようになり、このアイディアの実現に取り組み始めたが、一つの問題につきあたった。
試験の初期、アカシアが炭化した香りを残すために彼らは焼いた木材をそのまま使ったのだが、発酵槽に入れると活性炭効果が生じ、麦の香りがするビールが、透明で無味の液体に変わってしまったのである。「飲んでみると、まるでアルコールを加えた水のようでした」と孫啓豪は笑うが、それでも彼らはあきらめなかった。
こうして一年にわたる研究開発が続き、2019年末に、ついにアカシアビールシリーズ「初相思」「酔相思」「忘相思」が誕生した。それぞれにアルコール度数が違い、興味深いことにそれぞれに異なる客層がついている。アルコール度数3%の「初相思」は口当たりがさっぱりしているので女性に人気がある。度数7%の「酔相思」と9.9%の「忘相思」は男性とクラフトビールファンに好まれている。だが、どの消費者も木の香りがすることに驚くという。
黄金色のビールの中に焼いてできた炭化層を入れて45日発酵させると、液体に木の香りが移り、内部の原木の深みのある味わいが加わる。こうして蛋牌は国産の木材産業に新たな方向をもたらし、また台湾のクラフトビール産業に、もう一つの台湾の味わいを提供したのである。
この土地では、まだまだ多くのブルワーが「台湾風味」のクラフトビールを生み出すために努力を続けている。まずはさまざまなクラフトビールを少しずつ味わってみてはどうだろう。すべて気に入るとは限らないが、台湾の風土は確かに感じることができるだろう。
ビールと中薬(生薬)と砂糖漬けキンカンを合わせた「蘭城旧味」シリーズ。吉姆老爹(J&D)は、このほかにも米や茶葉などを使った台湾風味のビールを打ち出している。
季節の変化を取り入れた啤酒頭の24節気シリーズ。風味やアルコール度数がそれぞれ異なり、ビールは夏のものというイメージを変えた。
酉鬼啤酒(Ugly Half Beer)は工場の外観からロゴデザインまで、同社の活発でユニークなスタイルが表れている。
ブルワーの劉書維は大学卒業後に吉姆老爹に就職し、専門知識を活かして宜蘭のローカル素材を使った酒を多数生み出している。
バーに行く機会があったらクラフトビールを注文し、台湾の原料を使った独特の風味を味わってみてはいかがだろう。
木製の樽を積んだ造酒所の一角。市場で人気のある木樽熟成ビールがここで作られている。
高森興業の陳昱成総経理は、会社を設立して数十年、国産木材のさまざまな用途を見出してきた。
蛋牌(The Egg)はアカシアをビールに加えることに成功し、樹木の香りがするビールを生み出した。