国家図書館の統計によると、台湾では2022年に5万点の新刊が出版されており、そのうち台湾の作家の本が7割を占める。人口から見ると、台湾はまさに「出版王国」と言える。しかし、これほど多くの出版物があっても、熱意と使命感にあふれた翻訳者がいなければ、これらの本が海外で読まれることはない。彼らは台湾と世界との懸け橋であり、台湾人よりも台湾を理解している。「台湾ファン」でもある彼らは、どのようにして台湾との縁を結んだのであろうか。
海外の翻訳者にとっては、漢字、華語、中文、あるいは漢学などが、華文世界、そして台湾への想像の出発点になる。

ドイツ人の翻訳家ティロ・ディーフェンバッハ氏が編纂した台湾文学選集『戒厳』と『天海之間』。
台湾は母国と同じように自由
台湾師範大学にイアン・ローウェン氏を訪ねた。昨年(2022年)、彼はシンガポールの南洋理工大学から台湾師範大学台湾語文学科に移った。彼にとって台湾で初めての大学での教職だが、かつて中央研究院民族研究所でのポストドクター研究員と、「Taipei Times」の記者を務めたことがあり、また周美玲監督の映画『艶光四射歌舞団』『刺青』などを翻訳し、10年以上台湾に暮らした経験がある。そのため「何とかここに居続けたい」と考えてきた彼は、リラックスした気分で台湾へ戻ってきたという。
アメリカから台湾へ、ローウェン氏は台湾との縁を語る。「大学2年の時、突然自分は英語以外何もできないと感じたのです」と言う。そこで、もともと香港映画や老荘思想、易経などが好きだった彼は、華語を学ぼうと考え、香港への交換留学を申請した。それはミレニアムの年で、中国復帰から間もなかった香港社会の雰囲気はピリピリしていた。そうした中、台湾から来ていた教員や学生、近所の人々は非常に温かく、彼の心に深い印象を残した。
その時点で彼は台湾については何も知らず、ただmade in Taiwanの商品が多いというイメージしかなかった。大学卒業後、夏休みを利用して中国大陸や香港、台湾を旅したところ「台湾に来た瞬間、心地よさを感じた」のだと言う。そこで彼は正式に台湾に来ることを決め、台湾大学国際華語研究所で学ぶことにした。
彼が言う「台湾人の温かさ」というのは、私たちがよく耳にする「台湾で最も美しい風景は人」という表現に変えられるかもしれない。この点は、第26回フランス-台湾文化基金会の賞を受賞したばかりのドイツ人翻訳者ティロ・ディーフェンバッハ氏も同感だと言う。
ケルン大学漢学博士のディーフェンバッハ氏(漢字名は蒋永学)は中国研究の専門家で中文の造詣が深く、博士号を取得した後は中国の古典を研究してきた。その後、公務員となったが、漢学への思いを断ち切ることができず、2009年に研究の新たなテーマを探すために初めて台湾を訪れた。思いがけないことに、SNSがまだ発達していなかった当時、作家や学者、出版社のつながりでたくさんの人と出会うことができたと言う。
ディーフェンバッハ氏にとって印象深かったのは台湾の書店だ。世界各地の華文出版物や外国語書籍も多く、研究リソースは何でも手に入る。自由で開放的な社会に、熱意あるフレンドリーな国民性が加わり、中国語が堪能な彼は言葉にできないほどの親しみを感じた。「その結果、すぐに台湾が大好きになったのです」と笑う。

アメリカ人のイアン・ローウェン氏は長年東アジアに暮らし、台湾在住も10年になる台湾通である。
世界で巻き起こる「台湾ブーム」
多くの外国人がTaiwanとThailandを混同していた時代、彼らは数少ない先駆者だったが、近年は国際情勢が激変した。新型コロナウイルスの流行で境界線が明らかになり、パンデミック収束後、台湾に対する国際社会の認識と興味は明らかに高まったのである。
台南の地にあって文学推進に注力する台湾文学館も、大きな変化を感じている。文学や出版物は外国人が台湾を知るための重要な媒介だからだ。「この2~3年、海外の大学や図書館、出版社、在外公館などからの協力を求める声が大幅に増えました」と台湾文学館の林巾力館長は語る。
台湾文学館の地下1階の図書室に足を踏み入れると、あふれるほどの蔵書の中、一千冊近い外国語の書籍があるが、それらは世界各国で翻訳された台湾の作品である。
中でも日本語に翻訳された書籍の数は少なくない。台湾と日本の特殊な歴史的関係から、日本では早くから台湾の作品が紹介されてきた。次に多くを占めるのは英語版であり、台湾とアメリカの頻繁な行き来を象徴している。また、近年になって増えてきたのは、台湾と同じように政治的に紆余曲折を経てきたチェコ語版である。
数々の書籍の中に、幾度も出てくる作家の名前がある。先輩世代の白先勇や李昴、中堅の呉明益、紀大偉、夏曼・藍波安(シャマン・ラポガン)、頼香吟、そして若い世代を代表する陳思宏である。それぞれの世代の、さまざまなスタイルやテーマの作品が、外国の読者に台湾の姿を伝えているのだ。
テーマ別にみると、世代を越えてジェンダーを扱う作品が多い。これは台湾のジェンダー平等運動の蓄積と、アジアで初めて同性婚を合法化した国となったことと関わりがあるだろう。甘耀明の小説の和訳で知られる日本の翻訳者--横浜国立大学の白水紀子名誉教授は、かねてよりフェミニズムやLGBT問題などの研究で知られている。白水氏は、台湾文学にはフェミニズムやゲイ、LGBTを扱うものが多いと語る。白先勇の『孽子』や『台北人』、李昴の『殺夫(邦題:夫殺し)』、邱妙津の『鱷魚手記(ある鰐の手記)』、紀大偉の『膜』、陳思宏の『楼上的好人』など多数あり、これが台湾文学にひかれる要因だと語る。
作家別に見ると、テーマの大胆さと文章表現の濃密さで知られる李昴は、早くから世界的に注目されてきた作家の一人だ。その作品『夫殺し』はドイツで5万部も売れている。これに続いて呉明益の『複眼人(複眼人)』『睡眠的航線(眠りの航路)』『天橋上的魔術師(歩道橋の魔術師)』『単車失窃記(自転車泥棒)』『苦雨之地(雨の島)』という長編小説5作品は、これまでに10以上の言語に翻訳され、30万部を売っている。
白水紀子氏によると『歩道橋の魔術師』は2015年に著名翻訳家の天野健太郎氏によって和訳された。『自転車泥棒』は2018年、イギリスのブッカー賞の候補に上がった後、注目が高まり、2021年には『複眼人』『眠りの航路』『雨の島』の3作品の日本語版が出版された。「一人の作家の作品が同じ年に3点も出版されるのは快挙と言えます」と白水氏は言う。

台湾文学館は台湾の文学を国際市場に打ち出そうと努力している。写真は日本語版の台湾中短編小説選集。
普遍的な共感を呼ぶ台湾の作品
一般に海外の市場において、台湾の出版物は限られた小衆しか得られないが、呉明益の小説はその範囲にとどまらない。ローウェン氏によると、呉明益は北米市場で最も成功している台湾人作家のひとりだ。外国の翻訳者にとって「最も好きな台湾人作家」の最大公約数は呉明益であり、魅力ある文学作品のブランドとなっているという。
そこで私たちは、初めて呉明益の小説を海外に紹介したフランス人翻訳者、リヨン第三大学中国語学科准教授のグウィネル・ガフリック氏を訪ねた。彼が呉明益の小説に初めて出会ったのは博士課程の頃で、『眠りの航路』を読んで大好きになり、出版できるかどうかなど考えずに、興味から翻訳を始めたのだと言う。
「呉明益の小説は、『伝統的な』台湾の小説とは違います」と言う。台湾文学史では新郷土(ネオ・ローカリズム)派と後郷土(ポスト・ローカリズム)派に分けられるが、呉明益は歴史や自然とファンタジーを融合し、表現は詩的で読み応えがあり、戦後の台湾小説に見られる重苦しさや厳粛さ、悲壮感が感じられないと言う。「村上春樹が戦後の日本文壇に従来とは異なる新鮮さをもたらし、読者の興味を引いたのと同じです」と言う。
呉明益の人気のもう一つの要因は、国や民族を超えた普遍的なテーマを扱っていることだ。例えば『複眼人』の海洋廃棄物問題、『眠りの航路』の環境問題、『歩道橋の魔術師』の少年時代などは、文化的背景が異なる外国人読者も共感できるテーマである。

白水紀子氏が翻訳した甘耀明の長編小説『鬼殺し』。作中には閩南語や客家語、タイヤル語なども出てきて、翻訳者の苦労がうかがえる。
台湾の書籍の美と哀愁
李昴や呉明益のような質の高い作品を書く作家は、遅かれ早かれ海外の市場でも異彩を放つものだ。しかし、より深く全面的に台湾文化の本質やイメージを国際社会に伝えるには、政府のリソースを投入し、また台湾文学館のように計画的に外国語翻訳を推進し、なおかつ台湾を深く理解する翻訳者の協力を得なければならない。
特に台湾は誰もが知る大国ではなく、歴史やエスニック構成も複雑だ。外国の一般読者にとって、台湾の作品のハードルは高い。そのため、責任感の強い翻訳者は、繁雑な作業であっても細かく訳注を入れている。さまざまな場面で台湾の作品を紹介しているガフリック氏も、本題に入る前に、作品のバックグラウンドを説明するだけでかなりの時間を費やすという。
しかし、この避けられない困難は台湾作品の独特さを示してもいる。台湾書籍の和訳を推進している日本の翻訳家、天野健太郎氏は「台湾文学の謎」という短文にこう書いている。「台湾文学は(小説もエッセイも)、ぎゅっと美しい中国語を持っていた。これは後で知ったことだが、戦後政治的抑圧の結果として、台湾人作家たちは文体や技巧をひたすら磨きあげた。ただその内側には、アイデンティティへの渇望が隠されていた。国際情勢が歴史を既定し、外来政権が言語を決定し、強権政治が文化を限定するなか生まれた物語に、心の奥底を打たれた」と。
英語翻訳者のローウェン氏は、「台湾には強国に対するコンプレックスはなく、むしろ寛容で包容力があります。外来文化の脅威に直面しても、文化空間はより開放的で素晴らしいものになっています」と言う。そして多様なテーマがあふれる文学の世界で、台湾の政治と歴史の過程を象徴する「民主化」「二二八事件」「白色テロ」「移行期正義」など、そして現代台湾の社会思想を代表する「LGBT」「同性愛」「原住民族」「ジェンダー平等」「フェミニズム」などは、台湾が世界と共有できる重要なキーワードだと多くの学者や翻訳者は考えている。
そこで台湾文学館では上記のテーマに焦点を当て、多数の選集を打ち出してきた。『Formosana:Histoires de démocratie à Taiwan(台湾民主故事集)』(仏語:グウィネル・ガフリック編集)、『Queer Taiwanese Literature:A Reader(台湾ゲイ文学読本)』(英語:ハワード・チャン編集)などだ。これに応えて、ドイツ人翻訳者のディーフェンバッハ氏は『Kriegsrecht:Neue Literatur aus Taiwan(戒厳:台湾文学選集)』と『Zwischen Himmel und Meer(天海之間:台湾文学選集』を翻訳出版した。

世界に知られる呉明益の小説。その多くは日本でも翻訳出版されている。
心と意思を伝える
台湾が好きで、「漢学者」の名を捨て、「台学者」を名乗るディーフェンバッハ氏は、余暇を利用して台湾研究と翻訳を行なっている。2022年に出版した『Zuichen Himmel und Meer』には現代の作品だけでなく、口承の原住民族の神話や古典の漢詩なども掲載されている。今は台湾文学史を書いていると語る氏の、文章を選ぶ眼力からも史学家としての野心が見て取れる。
台湾にとって幸いなのは、まさに彼のように黙々と努力をする外国の友人がいることかもしれない。
台湾の出版物を翻訳し、広める動機について考えてみると、その理由はもちろんビジネスではない。ディーフェンバッハ氏の言葉からそれを読み取ることができる。「私の翻訳と研究という仕事には文学的な価値があると考えていますが、それは同時に文学としての価値を超えるものでもあります。台湾は自由で民主的な国であり、守る価値があります。私も台湾とともに、これらの書物を通してドイツ人の読者に台湾の状況をもっと知ってもらいたいのです」
哲学者モンテーニュは「言語は人類の魂を反映する」と述べた。翻訳者もまさに、その優れた言語能力を通して異民族の心の内へと入っていく。長年書物の世界に浸っている彼らは、フィールドワークを行なう人類学者のように「本土化」の過程へと入っていき、台湾の心に共感し、もはや客観するだけの「他者」ではなくなる。そして、現場にいる「我」となることで、代わりに声を上げようという思いが生まれる。こうして文章の背後にある心と意思を翻訳するという行為に、私たちは感動するのである。

世界に台湾を知ってもらいたいと思っても、台湾を熟知した翻訳者がいなければ、その実現は難しい。

台湾文学を通して世界との交流を推進する台湾文学館の林巾力館長。

グウィネル・ガフリック氏が編集したフランス語の『Formosana:台湾民主故事集』。

チェコ語の『記憶と幻想:台湾短編小説選集』は、チェコの翻訳者パヴリーナ・クラムスカ氏の編集による。