
ハリウッド映画「ジュラシック-パーク」には「Life finds a way.(生命は道を探し出す)」という名セリフがあるが、台湾におけるシダ類研究の権威、郭城孟はこう付け加える。「シダ類こそ、生命が道を探し出すという最適の例だ」
4億年前、シダ類は森林の王者だった。やがてその地位は種子植物や被子植物に取って代わられたものの、シダ類はたくましく生存方法を進化させ、繁殖し続けてきた。
郭城孟の著作『蕨類入門』には「39科に分類される全世界のシダ植物のうち34科が台湾に存在する。品種で見ればヨーロッパ大陸に約150種、北米大陸に約400種、オーストラリアに約450種あるが、面積わずか3万6000平方キロの台湾のシダ類は登録されているだけで650種を超える。単位面積当たりで言えば、台湾はまさに『シダ王国』と呼ぶにふさわしい」とある。
この小さな島に、なぜこれほど豊かなシダ類が存在するのか、ぜひ郭城孟の話を聞いてみよう。

シダひとすじに
台湾大学植物標本館で郭城孟と会うことになった。スイスのチューリッヒ大学体系的植物学博士である郭は、また台湾大学植物標本館の館長を務めたこともあり、社団法人台湾生態旅遊協会名誉理事長でもある。白髪混じりの、落ち着いた学者という印象だが、一般には馴染みのないシダの話を、とてもおもしろく説明してくれる。
どれほどシダの研究に没頭してきたのだろう。それは若い頃に始まる。台湾ではあちこちでシダ類を見かけるのに名前がわからない。それで授業をサボって山に入り、シダ類を収集、そして分類カードを作成していった。書籍や雑誌をくまなく当たって調べ、ラテン語の学名を記したのだ。大学時代には500種以上のシダ植物を集め、台湾のシダ類の系譜を知り尽くしていた。「いま思えば、若い頃の方が今より優秀でした」と郭は笑う。だが今でも台湾に生息するシダ類の学名をすべて書けるというのだから、若い頃から今でもずっと優秀なのだと言えよう。
1970年代、台湾と米国は学術提携を結び、共同で台湾植物誌『Flora of Taiwan』を編纂した。これは台湾の維管束植物に関する最も詳しい本で、郭城孟の指導教授であるチャールズ・E・デボル(華語名「棣慕華」1903~1989)が編集委員の一人だった。弟子として郭城孟もシダ類に関する知識や情熱を注ぐことで貢献した。「これが最も初期の学術貢献ですかね」と郭は笑う。
デボルは当時、台湾大学で数少ない外国人教授だったので海外からの来賓を接待することが多く、それを郭城孟も手伝って多くの国際的な学者とつながりを持った。やがて米、日本、スイスから招きがあったが、シダひとすじの郭が選んだのはチューリッヒ大学だった。後に彼は大英博物館、ベルリン植物園、ライデン大学、パリの国立自然史博物館、ハーバード大学博物館などにも勤務し、全世界のシダ類タイプ標本(新種記載の際に拠り所となる標本)に接した。ロンドン・リンネ協会では1753年発表の標本も見ている。
また郭城孟は、多くの台湾原生のシダ類を命名してきた。ラテン語の学名にKuo(郭)とついている種の8割は彼が関わったものだ。例えば、Pteris Wulaiensis Kuo(イノモトソウの仲間)やCibotium taiwanense Kuo(タカワラビの仲間)などがそれである。
このタカワラビの仲間を命名した際のことを彼は語ってくれた。それは台湾ではよく見られるシダ類で、昔は民間でも傷薬としてよく用いられていたが、クミンタカワラビと誤認されていた。大英博物館で働いていた際、彼はふと、あらゆるタカワラビ属の標本を詳しく調べてみて、台湾のタカワラビとは異なることに気づいた。そこで念入りに研究した結果、別の台湾固有種として発表したのである。

シダの研究から大自然の法則を理解した郭城孟は、台湾を別の角度から再発見した。
心を癒す緑
花や実をつけず、茎も目立たないシダ植物は葉が最も特徴を表す。特に特徴的なのは新芽で、ほとんどが螺旋状だ。赤ん坊の握りしめた手、或いはクエスチョンマークに見える。それをゆっくりと開きながら伸び、世界を探索し始めるのだ。
研究者は葉の分岐の形状やその深さで識別するが、分岐には叉状、羽状、掌状などがある。また英語には一般に葉を指すleafのほかに、シダ類の葉を表すfrondという語がある。これからもわかるように、細かく分かれたシダ類の葉はとても特徴的だ。詳しく観察すると幾何学的な模様が規則正しく無限に広がり、角度を変えればまるで万華鏡のように別のパターンを見せてくれる。飾り気のない落ち着いた存在で、一種の安定感をかもし出していると言えよう。
郭城孟は、チューリッヒ大学で一人の心療内科医と話した際のことを語ってくれた。郭がシダの研究をしていると知ったその医師は、シダ類の緑色は何種類あるのかと聞いてきた。そこで初めて気づいたのは、シダ類の緑色は想像以上に多く、また心理学的に緑は最も人の心を癒すということだった。「つまり我々台湾人は、世界でも最も癒しのある島に住んでいるということです」

台湾はシダの王国だ。小道から山に入れば、いたるところにさまざまなシダが生えている。
シダのすごさ
大学でシダ類の講義をしたことがある。最初は「つまらない」という反応でも、話を聞くうちにシダのすごさに気づいてくれると郭は言う。
シダを語る際、郭は決まって太古の話から始める。地球の誕生は45億年前、そして4億年前にやっと森林が出現する。最古の維管束植物であるシダ類は当時は最も「すごい」植物だった。4億年前の森林はシダの森で、シダは20~30メートルの高さがあった。やがて2億年ほど前に種子植物が現れる。最初はスギやヒノキが優勢を占めていたが、1億年前からは開花植物が主流となり、今日まで森林は広葉植物の天下である。
だがシダ類をあなどってはいけない。岸壁や崩れた斜面など、わずかでも土壌があれば、何とかして水分を蓄え、必要ならば自身の一部を切り離してでも生き延びてきた。
台湾大学標本館の回廊に立ち、郭城孟は木の上に生えたカザリシダを指して言った。「これは『寄生』ではなく『着生』です。必要な水分や養分を木から得るのではなく、自分で何とかしています。だからまるで通せんぼするように幹をぐるりと取り巻き、上から下りてくるものがあれば少しでも『財』を巻き上げようとするのです。まるで山賊です」と笑いながら説明した。台湾ではよく食されるシマオオタニワタリも木の幹に着生する。まるで鳥の巣のように重なり合った葉で、上から落ちてきた葉や雨水を集めて養分とする。
別の方向には、膝ほどの高さのヘツカシダが生えていた。郭城孟は、葉を持ち上げて、葉先の小さな無性芽を見せてくれた。葉先が伸びて地面にふれると、その芽が落ちて、そこから新たにシダが生えてくるのだと言う。
ほかにもイワヒバは、乾燥に耐えるために驚くほど姿を変える。乾燥すると葉が内側に丸まって枯れたように見えるが、雨が降るとまた新たな葉を伸ばすのだ。そのため「九死還魂草(九回生き返る草)」の異名を持つ。またヒトツバは、葉の裏が銀褐色をしており、水分が不足すると葉が上側に丸まって、銀色が陽光を反射し、水分の蒸発を防ぐ。乾燥期には葉は完全に丸まってしまい、関節から葉を落としてしまう場合もある。
シダを育ててみるなら、木や岩壁に生えるシダが入門に適していると郭城孟は言う。これらは遅れて進化したシダ類で、地面から離れているため過酷な環境でも強い生命力を示すからだ。
全世界のシダは次のように分類される。4億~2億年前から残る古生代のシダ、2億~1億年前から残る中生代のシダ、そして1億年前以後に進化した新生代のシダだ。古生代のシダには五つの科 (マツバラン科、トクサ科、ミズニラ科、イワヒバ科、ヒカゲノカズラ科)があり、すべて台湾にある。16科ある中生代のシダのうち台湾には11科があり、新世代の18科もすべて台湾にそろっている。したがって世界中のシダ類の進化を台湾で見ることができるのである。

台湾には、ヒカゲヘゴやリュウビンタイなど、ジュラ紀からのシダがいたるところで自生している。
驚くべき台湾
台湾は若いながら同時に老いた島だと郭城孟は言う。地質的には若いが、生物は古いということで、これは台湾島の誕生と関係がある。200~300万年前にプレートの衝突によって台湾が隆起した頃、地球は氷河期で、多くの生物が北から南へと移動し、寒さで台湾海峡の水位も下がったため大陸とつながり、多くの生物が台湾へやってきた。やがて島となった台湾は、まるでノアの箱舟のように、多くの種の「バックアップ」を残したのである。また高山の多い台湾の地形も多様な生態系を作り上げた。
「外から台湾を見た方がはっきり見えます」と言う。国外で見聞きしたことや外国の友人の指摘によって、自分の故郷「台湾」の特殊で非凡な点に気づく。「ハーバード大学の民族植物学の学者には『台湾の粟の品種は世界で最も多い』と言われたし、ライデン大学の学者には『オランダ人は台湾のツォウ族を兄弟だと思っている』と言われました。オーストラリアの友人は、太平洋の住人は元は台湾から来たと考えています」
台湾での「当たり前」を国外から見て、その「唯一無二」に気づく。マレーシアのボルネオでキナバル山に登り、標高3000メートルなら針葉樹林が見られると思ったらそうではなかった。これも氷河期と関係がある。氷河期が終ると、針葉樹林は北へと移動するか、或いは高山に上ったので、台湾には針葉樹林が残ったのだ。「世界で最古の針葉樹林は台湾にあるのですよ。合歓山に行けば針葉樹林があり、笹原が広がる。それらは台中から合歓山に移動したのです」また台北は世界でも珍しく背景に山の見える首都だと指摘する。それら郊外の山に行けば、ヒカゲヘゴ、リュウビンタイといった、海外では保護種に指定されているジュラ紀のシダ類が簡単に見られる。まさに台湾は驚くべき島と言えるのである。
シダ類の研究によって台湾を再発見した郭城孟は、植物を通して台湾という地を知り、自然のリズムも読み取れるようになり、シダの歴史によって自然の法則を、あらゆるものの道理を悟った。そして「台湾を語る」ことを使命にしたのである。シダ王国であり、癒しの島である台湾は、世界の中でも最短距離、最小範囲に最多の生態を有する場所であり、氷河時代の種を残すノアの箱舟なのだ。豊かな自然や文化的景観を持つこの土地は、大切にすべき、我々の誇りなのである。

シダ植物の胞子嚢の配列から大自然の秩序の美が感じられる。


ホシダ

クマシダ

ホウライシダ

カツモウイノデ

タカワラビ

リュウビンタイ

シマオオタニワタリ