嶺貴子:野の花のように
嶺貴子さんとは、出会う前から、その作品が印象に残っていた。その作品はまるで日本の茶聖である千利休が「七則」の中で言う「花は野にあるように」を思わせるものだった。生け花の最高の境地も「野に咲く花のように」というものだ。動きのある植物のラインに大量の葉物を使うことで、野に咲く植物のような生命力を感じさせるというのが、嶺貴子さんが注目される所以だ。
台湾に暮らして十年になる嶺貴子さんは、東京六本木の出身で、花との縁は、学生時代に近所の花屋でアルバイトしたことから始まった。後にニューヨークのスクール‧オブ‧ビジュアル‧アーツに留学。卒業後はディスプレイ‧デザイナーやファッション‧バイヤーの仕事をしていた。2011年の東日本大震災の後、一家3人で台湾旅行をしたときに、台湾の穏やかな生活リズムや人情味に惹かれ、ここに定住することを決めた。
花屋で働いた経験があったことから、友人に頼まれて日本の器を扱うセレクトショップ「小器」のために開店記念のフラワーギフトを作ったところ、その店の経営者に気に入られ、継続的に店に花を提供するように依頼された。この思いがけない出来事からフローリストとしての事業が始まったのである。現在では多くのブランドや高級レストランと長期契約を結んでいる。
嶺貴子さんによると、台湾の生花の普及度合いは、欧米や日本に比べると10~20年遅れており、最近になってようやく若い世代の間でフラワーアレンジメントがブームになり始めた。しかし、花を愛でるというのは長年培った生活習慣であるのに対し、台湾では職業上の資格を取るために学ぶ人が多い。花は生活と密着したもので、技法や流派より、暮らしとのつながりの方が大切だと彼女は考えている。
Salon Flowersに足を踏み入れると、そこは花屋というより、彼女の得意分野を活かした複合空間で、生花の他に器類やアート作品など、ライフスタイルに関わる品物も提供している。
一般の花屋と違い、Salon Flowersの店内には一年中出回るバラやトルコギキョウは少ない。「より季節感のある花を取り入れたいと考えていて、お客様には、店に来るたびに違う植物を目にしてほしいのです」と言う。台湾では都市部から山までが近いので、花農家に依頼して山から季節の植物を摘んできてもらうこともあると言う。それは温室栽培の花と違い、半月から一ヶ月しか楽しめないものだからこそ季節感をもたらしてくれる。食べ物の「旬」と同じ考え方だ。
また、嶺さんは「投げ入れ」という挿花の様式を得意とする。スポンジや剣山などで固定しない方法で、植物本来の姿を観察し、枝や茎の力を利用して互いに支え合うように生ける方法だ。このような方法を用いることで植物はより自由奔放になり、自然の風景を切り取ってきたかのように、花瓶の中で花を開き、一期一会をもたらしてくれるのである。
ともに「一隅有花」を経営する王亦瑀さんと張柏韋さんは、可愛らしい花束に言葉を添えて多くの人に届けている。
生花にドライ植物や果物、木材などを組み合わせたガーデンは、植物の美の多様性を感じさせてくれる。
Salon Flowersとレストラン「香色」が共同で作り上げた空間。季節感と自然の流動感が嶺貴子さんのスタイルだ。(Salon Flowers提供)
生活の美のさまざまなモチーフを取り入れたSalon Flowers。訪れるたびに新しい発見がある。