
大学教育は教室からさらに範囲を広げ、地域や海外と連携し、持続可能な開発を促進するようになっている。写真は、台科大学のEiA(行動するエンジニア)プロジェクトにおいて、専門技術を生かして住民の電気製品を修理する学生たち。(台科大学提供)
世界的に著名な霊長類学者のジェーン‧グドールは「私の最大の希望は若い世代です」と語っているが、おそらくほかの多くの教育者も同様の信念を持っているだろう。教育を通じ、持続可能な世界の実現のために次の世代に重要な役割を果たしてもらおうと。
USR(University Social Responsibility、大学の社会的責任)プロジェクトは、大学が専門知識を活用して地域の問題解決に貢献することを目指すものだ。国立暨南国際大学(以下「暨南大学」)の曽永平副学長は「USRの考えは早くから我々の大学に根付いていました」と言う。

災害の経験を通じて
1999年の921大地震で、設立後4年だった暨南大学は校舎の3分の2が損壊した。当時の李家同学長は学生が北部の大学で授業を受けられるようにしたが、これが地域住民の不満を呼び、その誤解はその後10年もの間、解けなかった。
この経験から暨南大学は教育部(教育省)による2018年のUSRプロジェクト開始より早く、「地域での実践」を目標に掲げており、その活動は南投県各地に及ぶ。その中の一つ、科学技術学部の「持続可能な環境の促進と人材育成プロジェクト」は、2021年に陽光慈善会および台中東友ロータリークラブとの協力で始まり、USRをカンボジアにまで展開させるものとなった。

暨南大学のチームは、現地に器具を持ち込んで水のpH値、濁度、微生物指標を測定しただけでなく、慎重を期すためにサンプルを台湾に持ち帰り、重金属の有無を関係機関で検査することで、緩速濾過の実用性を評価した。(暨南大学提供)
ニーズに合わせたテクノロジー
陽光慈善会の李政鍠理事長によれば、暨南大学の曽副学長による紹介で同大学の科学技術学部と協力することになり、蔡勇斌同学部長をはじめ、土木工学科の陳谷汎教授や楊智其准教授、その学生などとチームを組んでカンボジアのKanha小学校に浄水設備を設置することになった。
浄水設備には緩速濾過システムが選ばれた。作り方がシンプルだからと陳谷汎教授は言う。また急速濾過の使用には薬品や電力が必要だが、緩速濾過なら定期的に上部の砂を清潔に保つだけでよいため、現地のニーズにも適している。
2017年9月、設計図を携えてチームは現地に赴いた。水質を検査し、設備用資材探しも始めたところで困難にぶつかる。水中の微生物を濾過する石英砂が見つからない。結局、アクアショップにあるのを見つけたが、台湾でよく見る砂と少し異なり、同様に機能するか少し不安だった。だが幸い完成後の水質検査で大腸菌は検出されず、台湾より厳しい現地の飲用水基準を満たしていた。

暨南大学科学技術学部の教員と学生は、カンボジアのKanha小学校で、現地の環境に合わせた浄水システムを設計した。(暨南大学提供)
教科書では学べない達成感
Kanha小学校の濾過設備は、学校周辺の住民1500名余りも使用できる。陳教授曰く、台湾の学生はカンボジアまで足を運んで初めて「持続可能な開発目標」の目標6「安全な水とトイレ」の重要性を肌で感じ、授業では見聞きできない、教科書の向こう側を見ることができたという。
近年カンボジアへの渡航は各種事情で難しくなったが、教授らは今も学生と、濾過設備のコンクリート部をステンレス‧タンクにする方法を研究している。設置が簡単で広く使えるからだ。
今後は農業廃棄物処理のノウハウをベトナムに紹介するなど、さらに多くの国へプロジェクトを広げる計画だ。これらのプロジェクトによる学生の収穫を数値化することはできないが、「教科書の理論を実践する達成感」は台湾での教育現場では得られないものだと陳教授は感じている。

王孟菊準教授によれば、たとえ事前に国内できちんと計画していても現地でさまざまな問題にぶつかるため、学生は柔軟に対応し、コミュニケーションや調整を図ることで問題を解決しなければならない。(台科大学提供)
国境なきエンジニア
台湾科技大学(以下「台科大学」)によるプロジェクトは「EiA(Engineers in Action 行動するエンジニア)」だ。同主宰者の一人である材料科学学科の王秋燕准教授は、これまで7年間、国際的なUSRプロジェクトに加わる中で、学生の変化を実感してきた。
「国境なき医師団」を参考に創設されたEiAは台科大学で最も長く続くUSRプロジェクトだ。同大学では2005年から、授業を英語で行う大学院で多くの留学生が学んでいるが、中でも東南アジアからの学生はEiAに最も関わりがある。
インドネシアのスラバヤ工科大学やウィドヤ‧マンダラ‧カトリック大学、ベトナムのカントー大学などと台科大学は協力し、EiAを通じてそれら大学の地元に変革をもたらしているのだ。

台科大学のEiAプロジェクトは近年、大阪工業大学と共同で日本の長野県川上村に赴き、工業的要素を刷新的な観光に結び付けて現地に新たな活力を生んでいる。(台科大学提供)
想定外や制限から学ぶ
現地に赴く前に、学生は3~4ヵ月かけてビデオ会議で現地の学生と討論を重ね、実行可能なものになるよう現地の需要を分析する。
だが、どれだけ綿密に計画を立てても想定外には出くわすものだ。スラバヤのマゲタン地区に赴き、スラバヤ工科大学と大阪工業大学の学生とともに、魚と野菜が共生できるシステムを作っていたところ、用いた布の材質が合わないことがわかった。指導教官だった王孟菊準教授はそれに気づいたものの、学生が気づくのを最後まで待ってから声をかけたという。
最終的に方法を決めるのは学生たちだ。学生は別の布を買おうと言い出したが、入手に2週間かかるため間に合わないとわかった。こうした突発的な状況は学生にとって良い試練になると、王準教授は言う。
現地では英語が通じないことが多いが、物資購入をはじめとして多方面とコミュニケーションを取る必要がある。学生は期限が迫る中、品質を落とさずにプロジェクトを完成させなければならない。王準教授は「エンジニアとして期限までに完成させなければと、話し合いでは誰もが殺気立ちます」と笑う。だが賞賛すべきは、あきらめるという道を誰も選ばないことだ。

国際的プログラムのほかにも、台科大学プロジェクトチームは近年、宜蘭の僻地に赴いて地域との関わりを深め、それを継続させている。(台科大学提供)
取得単位を超えた成長
象牙の塔を飛び出した彼らエンジニアたちは、持続可能な道を国際社会に提供するだけでなく、現地の人々ともふれ合って多くの貴重な思い出を残す。これはまた、他学科‧他校の学生、高校生たちにも影響を与え、プロジェクトに参加してみたいという学生が増えている。
4ヵ月に及ぶ準備期間には、学部の授業を受けながら会議出席や短期間での外国語学習をこなし、しかも夏休みを割いて外国に行き、不自由の多い環境の中でプロジェクトを進行しなければならない。それでも毎年かなりの応募者がある。
それは、プロジェクト参加で取得する3単位をはるかに超える収穫を得られるからかもしれない。帰国後にSDGsコンテストや海外ボランティアに参加したり、NGOを就職先とした学生もいると、王準教授は言う。
故郷の人々に生理用布ナプキンの作り方を教えるのは、ションウェさんにとってほんの始まりに過ぎない。彼女は今後、台湾からのさらに多くの支援によってエスワティニが変化することを望んでいる。
台湾での経験をアフリカで
「アフリカの学生たちは『地域や国を変えたい。それが夢だ』と言います」と言うのは、長栄大学で地域の持続可能性促進に取り組むグループの代表者である甘玲華さんだ。USRプロジェクトに参加して、彼女は夢を実現する力を目の当たりにしてきた。
2012年のジェーン‧グドール博士の台南訪問をきっかけに、長栄大学では2016年に「環境教育国際実験学院」を設立、その後も留学生のための「持続可能な発展のための国際学士課程」を開設し、7年間で11ヵ国、主に東アフリカからの留学生が学んでいる。
タンザニア出身のベニカ‧エバリスト‧ンジクさんはジェーン‧グドール協会の推薦を受けて台湾に来た。台湾女性の自立性に啓発されたンジクさんが「故郷で女性の権利を高めたい」と言っていたのを甘玲華さんは覚えている。「彼女は大学1年の時に私に、世界月経衛生デーに合わせて行うプロジェクトの考えを話してくれました」
生理への偏見や生理の貧困といった問題をなくそうと、ンジクさんはまず長栄大学周辺地域で仲間とともにワークショップを開いた。生理をテーマとした内容で、繰り返し使える生理用布ナプキンの作り方も教えた。そしてこの経験をもとに、タンザニア、ブルンジ、ウガンダ、エスワティニでも30以上のワークショップを開催してきた。
ンジクさんに触発され、エスワティニから来たシンディ‧ションウェさんも同様のプロジェクトを母国で進める。「まずは『彼ら』に生理用品を知ってもらわないと」と考え、女性だけでなく男性の参加も熱心に呼びかけた。ションウェさんと仲間が長栄大学看護科との協力で昨年1月に開いた講座では、女性の体についての内容をさらに増やし、「好意的な反響を多く得た」とションウェさんは言う。

台湾で各種USRプロジェクトに参加することで、学生はさまざまな技能を身につけながら、それを故郷にどのように還元できるかも考える。(長栄大学提供)
世界を変える希望を台湾から
ブルンジ出身のアベル‧トゥイサベさんは台湾に来て4年になるが、さまざまなワークショップやプロジェクトに参加しながら、それらをいかにして故郷に持ち帰れるか検討している。
とりわけ持続可能な農業に関心がある。トゥイサベさんによれば、ブルンジでは国民の90%が農業に従事するが、化学肥料に頼った農業を長年続けた結果、収穫量が減少している。そこで、バイオ炭の技術を祖国に持ち帰り、環境保護と経済的利益獲得の両方を実現できるような農法を故郷の農家に学んでもらおうと考えている。
彼の目標の一つがキーホールガーデン(鍵穴型菜園)だ。施工コストが安く、労力や水‧肥料も最小限ですみ、アフリカの過酷な環境でも毎年豊作が得られる。この技術を学んだ後、彼はアフリカでの実習中に、自分のいとこと一緒に興奮しながら最初のキーホールガーデンを完成させた。
ほかにも彼は、台湾の日常を参考に、故郷で健康ステーションを作る計画を立てている。人々が病気に早く気づいて治療を受けられるよう、基礎的な医学知識や検査機器の使い方を教える講座の開設を地方政府に提案してみた。ブルンジではマラリアが流行しているが、「発熱が最も典型的な症状だと知らないので、子供を医者に診せるのが遅れるのです」と言う。
台湾のUSRプロジェクトによって、アフリカから来た彼らは、故郷をより良くする道を知った。そして甘さんが「彼らの話を聞いたことで、自分の歩む道を見定めるようになった台湾の学生もいます」と言うように、影響は相互に広がっているようだ。こうして希望という名の種が、まかれ続けるのだろう。

台湾で学んだ持続可能な取組みを故郷に持ち帰ることで、アフリカの学生は祖国に貢献する夢を実現できる。写真は、2022年の長栄大学「持続可能な発展のための国際学士課程」で学ぶ学生たちがタンザニアで催したワークショップでの記念撮影。(長栄大学提供)

台湾では日常的な物事が、アフリカでは持続可能な開発につながる。写真は、長栄大学「持続可能な発展のための国際学士課程」で学ぶ学生が、タンザニアのキゴマで子供たちに水質検査について教える様子。(長栄大学提供)

最近はカンボジアに赴くことはできないが、暨南大学の教員と学生は現地のニーズに応えようと、緩速濾過システムの改善に取り組み、研究を続けている。

台科大学のEiAプロジェクトは理系も文系も参加するという多様性によって、革新的でありながら現地の需要を満たす優れた成果を生み出している。写真は台科大学のプロジェクトチームがインドネシア東ジャワで「インフォメーションウォール」を設置している様子。(台科大学提供)