庶民のパワーと創意
最もおもしろいと思うのはどの廟かと頼さんに問うと、まず桃園市大渓区頭寮の池の中に建つ土地公(土地神)廟を挙げ、「そこにはもともと水はなかったのです」と説明してくれた。そこに貯水池を作ることになったが、土地公に伺いを立てると「引越したくない」と出た。そこで廟のある場所を高くして人口島を作り、周りを掘って池にした。その後の参拝は船で行くようになった。
ほかに台北の浜江市場駐車場にある福徳宮(土地公廟)も興味深いという。市場にはそこで働く人々がお参りする廟があるものだが、たいていは市場の店と並んで建つ。ところが浜江市場の福徳宮は立体駐車場のスロープ道の脇にあるため、土地公がそこで安全を見守ってくれているのをドライバーが必ず目にするようになっている。
台北の大稲埕にある有名な法主公廟のように、都会の土地不足のせいで垂直方向に移動したタイプもある。道路拡張のため幾度も建て直され、1階部には道が突き抜けているという、道をまたぐ形のユニークな廟だ。
「これらには、台湾の庶民のパワーや創意が感じられます」と頼さんは言う。その例としてまた、基隆河の両岸にそれぞれ建つ通称「打帯跑廟(ランアンドガン廟)」と「昇降廟」がある。台北の百齢橋の下にある「打帯跑廟」こと百齢寺は、廟建物の下に車輪が四つ設置され、屋台のように押して移動させることができる。「違法建築などで取締りがあった際に、役所の人や警察から逃げるためなのかと最初は思ってしまいましたが、それは洪水から逃げるためでした」。台風などが来ると高台に移動させるというわけだ。
その対岸の三脚渡区にあるのが、建物が昇降する天徳宮だ。ハイテク工法により、洪水が来ても最高7メートルの高さまで建物を持ち上げることができる。よく見ると建材もコンクリートではなく鉄板を用いて重さを軽減している。基隆河両岸で、同じ洪水問題に対して人々がそれぞれ異なる対処法を考え出したというわけだ。
「本を出版したのは資料の収集と整理、そして保存のための一形式で、これがゴールではありません。我々は今後これを、GIS(地理情報システム)によって観光マップと組み合わせることを考えています」
台湾人にとって隣人のようなこれらの廟は、今も変わらず街のあちこちで人々を見守り続けている。その風景は人々にとって馴染み深いものであり、その存在があるからこそ安心して暮らせるのだろう。

台北市中山区の生福祠は「変形地廟」タイプに分類される。廟の話では、同廟は1914年にはここにあり、当時は田畑に囲まれていたという。やがて周囲にビルが建ち並び、このような姿となった。

大自然と共存する廟はよく見られ、人々の信仰を集めていることがわかる。写真は「大樹下の廟」。(林旻萱撮影)

基隆河左岸にある百齢寺は建物の下に車輪が設置され、洪水などの際に高台に移すことが可能だ。(頼伯威提供)

基隆河右岸の三脚渡区にある通称「昇降廟」の天徳宮は、ほかの場所で行き場を失った神像も多く収容している。

洪水に備えて昇降可能な仕組みを持つ天徳宮は、住民の創意や都市環境の柔軟性を物語っている。

台北の東門聖母宮は「防火巷(防火帯となる路地)廟」と呼ばれる。都会の限られた空間を最大限に活用した例だ。

台湾の廟は街の日常風景だ。毎日多くの人が訪れ、社交場ともなっている。