国立歴史博物館の「インド古代文明・芸術特別展」の会場入口には、バールフトの塔門の複製品が飾られている。釈迦の物語が刻まれたこの巨大なレリーフの門はインドで最も古い宗教建築だ。仏教では、この「煩悩の門」をくぐることで人間界の色欲の世界を通り抜けて仏法の世界である仏塔に入るとされており、ここで一切の煩悩を消すことができるという。展覧会場の入口に煩悩の門を設けたのは、見学者が日頃の不安や悩みを忘れ、心静かにインド古代文明の世界に浸れるようにと願ってのことだ。
国立歴史博物館の黄光男・館長によると、今回の特別展ではインド文明を知るだけでなく、インドの古代文明の中に潜んでいる「中国文化の原型」に触れることで、自国文化の源を理解することができると言う。例えば「民間で親しまれている孫悟空や済公などの原型も、インドから来たものです」と黄館長は言う。古代インドの一大叙事詩である『ラーマーヤナ』は、ヴィシュヌ神の化身である英雄ラーマが下界へ降りて世界を救う物語だが、ラーマの側に仕える猿王のハヌマーンはまさに孫悟空の原型である。また身なりを飾らない済公はインドのジャイナ教の苦行僧がモデルだと言われている。
「煩悩の門」をくぐって展覧会場に入ると、聖地ベナレスから臨むガンジス河の巨大な写真が目に入り、はるか遠いインドにやってきたような気持ちにさせられる。展覧会は、「インダス文明」「仏教芸術」「ヒンドゥー文化」「インドの対外関係」「インドの民俗と生活」という5つのテーマで構成されている。
最初のエリアでは、美しい大地の女神がインダス文明発祥の物語を伝えてくれる。インドでは3000年以上前にすでにレンガ造りの都市が形成され、銅器が広く用いられていたことがわかっている。第二の「仏教芸術」のエリアでは、さまざまな石彫に釈迦の生涯が刻まれている。特に紀元前2世紀のバールフトの彫刻は法輪と菩提樹で仏陀を象徴しており、仏像がなかった時期の仏教の芸術理念がうかがえる。これはインド博物館随一の至宝であり、仏教芸術の研究では欠かすことのできない重要な文物である。
インドの仏像造型で最も特徴的なのはガンダーラ美術だ。ギリシア彫刻の影響を受け、頭髪や衣服などもギリシア風である。仏教が中国に伝来した後、これがさらに水墨画の曹衣出水の筆法の源になった。
第三のエリアはヒンドゥー文化の紹介で、展示品も最も豊富だ。ヒンドゥー教の三大神であるブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神を中心として、中央には「舞踊王ナタラージャ」つまり破壊神でもあるシヴァ神の像が飾られている。シヴァ神が舞を舞うと宇宙はその振動で破壊され、その破壊の中から再生すると言われている。ヒンドゥー教の終極の精神だ。15世紀に作られたブロンズのシヴァ像の舞姿は優美で、片足を上げた姿は精神の向上を象徴している。リズムを感じさせる動きとは対照的に表情は静かで、そこに永劫の調和が示されている。このブロンズ像は今回の展覧会でも最も重要な文物の一つである。
ヒンドゥーの三大神はさまざまに姿を変える。ヴィシュヌ神は魚、猪、小人、亀などに姿を変え、またデヴィ、ウマー、パールヴァティ、カーリーなどはシヴァ神の妻ドゥルガーの化身だという。
魅力的な数々の神像を見た後は、第四のエリアに進み、彫刻や書などの文物を通してインド文化と他の文化との関係の深さを知ることができる。ムガール帝国時代の細密画や書からはインド文化とペルシャやヨーロッパ文化との関係や融合が見て取れる。
最後のエリアにはシタールやカンジーラなどのインド楽器が展示されている。楽器はインド舞踊の主役であるだけでなく、インドの人々が神に奉納し、自らも楽しむ重要な媒介だ。展示されているエロチックな絵画と同様、この世の愛欲の表象であるだけでなく、より深い意味でインド人の世界観や多層な宗教哲学をあらわしているのだろう。
SARSが蔓延して、台湾ではさまざまな行事や展覧会の見学者数も最低記録を更新し続けている。外国人観光客が必ず訪れる国立故宮博物院では、入場者数は1日1万人近かったのが2000人ほどまで減少し、現代美術の殿堂である台北市立美術館の入場者も以前の3割ほどになっている。こうした中だが、台北市中正区にある国立歴史博物館では予定通り4月23日から7月20日まで「インド古代文明・芸術特別展」を開催している。消毒も充分に行なわれているので安心して足を運び、異国の神々に触れてみようではないか。