アジアの鄭問
台湾、日本、香港、北京へと読者を広げた鄭問の作品は、英、独、タイ、韓國語にも訳され、イタリアとフランス語版は版権の交渉中だ。
1990年に「モーニング」での連載が始まった頃、同誌では川口開治の『沈黙の艦隊』や弘兼憲史の『課長島耕作』が連載中だった。彼は日本のメジャー漫画市場に初めて進出した外国人漫画家であり、1991年には『東周英雄伝』で「日本漫画家協会優秀賞」を受賞した。日本漫画家協会賞は尾田栄一郎『ONE PIECE』や浦沢直樹『20世紀少年』なども受賞した名誉ある賞で、これも外国人には初めての栄誉だった。
香港でも鄭問の知名度は高く、香港の黄玉郎とのコラボで描いた『漫画大霹靂』や、やはり香港の馬栄成の原作による『風雲外伝:天下無双』などがある。鄭問の編集者をしていた黄健和はこんなエピソードを語った。黄が馬栄成に「どんな風に鄭問と話し合って作品を作ったのか」と問うと、二人は一度も会ったことがないと言う。まるで剣の達人同士が剣をさやから抜くことなく勝敗を決するようなものだろう。『刀剣笑』を描いた香港の馮志明も、鄭問を称賛していた。黄健和は馮にも「鄭問の作品のどこをいいと思うか」と尋ねたことがある。馮は「彼の作品を見て初めて、漫画はこう描いてもいいのだと知った」と答えたという。
こうしたエピソードは漫画界だけでなく、ゲーム界にも残る。2001年発表の、鄭問が美術総監督も兼ねたゲーム『鄭問之三國志』では、200人以上のキャラクターをすべて自ら作り出した。それらは西洋画的な写実タッチもあれば、東洋的画法で描かれたものもあり、人物を一目見ただけで、豪放磊落、沈着冷静、勇猛果敢といった個性がわかるものだった。2003年、鄭問は中国大陸に進出、『鉄血三国志』の美術総監督を務めた。制作スタジオは人材育成の場にもなり、今日、中国大陸のゲーム界で美術面の重要なポストに就いている人々は多くがそこで育成された。
今年6月、鄭問はついに故宮博物院に進出、漫画家では世界初の快挙となった。
鄭問の後事を託された鍾孟舜の最初の願いが、故宮で展覧会を開くことだった。「人間の極限を超えたものを先生は描きました。これも多くの人に崇拝される理由です」と言う。各界の協力を得て、「千年一問——鄭問故宮大展」が、博物館のハイシーズンである6月に催されることになった。250枚にも上る原画の展示で、鍾孟舜は鄭問のすべてを見せるつもりのようだ。
鍾孟舜は絵の前に柵を置くこともやめた。間近で原画を見てほしいからだ。鄭問は、虫メガネを使って爪ほどの大きさの人物を描くこともあったし、さまざまな道具を駆使してカラー画を描いた。また、時代劇の人物がレーシングカーのコックピットさながらのゴミ箱から出現したり、名声を求める人物の首吊りシーンでは縄が「名」という字の形に結ばれているなど、遊びも多かった。
40〜50歳代の人なら棒や箒を振り回して鄭問の漫画を真似た経験があるかもしれない。当時、貸本屋に行ったり、授業中こっそり鄭問を読んだ子供たちは今や社会の中堅となっている。
小説家の呉明益は、「同時代に読者であった幸せをつくづく感じる」と書いた。作家の陳克華や漫画家の阮光民も鄭問への思いをつづり、ロックバンド「メイデイ」のアシンは展覧会のために曲を作った。会場には漫画の登場人物の人形も登場した。グラフィックデザイナーの馮宇義は展覧会ポスターのデザインを快く引き受け、牽猴子マーケティング社の王師と王婉柔は鄭問のドキュメンタリー・フィルムを作るなど、多くの文化人が協力している。「これは鄭問の展覧会というだけではなく、台湾を代表する多くの文化の結晶なのです」と鍾孟舜は言う。台湾の文化力やその自信を各界に示すまたとない機会でもある。
鄭問は、寡黙で社交を好まなかった。「私の言いたいことはすべて漫画の中にある」と鄭問が言ったように、鍾孟舜は「すべて展覧会の中にある」と言いたげだ。
世界で初めて故宮進出を果たした漫画家、その世界を知る機会を、ぜひお見逃しなく。
鄭問は常に新しい技法にチャレンジし、作品に砂やポリ袋を用いることもあった(鄭問スタジオ提供)
鄭問が初めて青銅器の紋を甲冑に用い、これが後のゲーム界にも影響をおよぼした。(鄭問スタジオ提供)
鄭問の絵にはたくさんの仕掛けが隠されている。例えば、百兵衛はF1レーシングカーのコックピットのようなゴミの山から登場する。(大辣出版提供)
鄭問の作品はタイ語、ドイツ語、英語、韓国語などにも翻訳されている。
鄭問の作品はタイ語、ドイツ語、英語、韓国語などにも翻訳されている。
大辣出版社の黄健和編集長。かつて鄭問の編集を担当し、海外への作品売り込みに大きく貢献した。
鄭問はゲームの分野でも多くの作品を残した。彼は人物の表情を重視し、衣装によって個性を表現した。
鄭問は作品の構図を重視した。デッサンもせず、頭の中に完成している3D画像を紙に描いていく。写真は『鄭問之三國志』の「長坂坡」。 (鄭問スタジオ提供)
周星馳の映画『功夫(カンフー・ハッスル)』で、信号をてのひらの形にするシーンがあるが、これは『阿鼻剣』の一幕を模して鄭問への敬意を表したものである。
故宮博物院が漫画家の作品を展示するのは鄭問が初めてである。(鄭問スタジオ提供)