1930年代、台湾高山の至るところに足跡を残した日本の博物学者、鹿野忠雄は「玉山地方は最も台湾らしい高峰と住民を有している」と述べた。台湾で有名な自然作家の劉克襄氏も、台湾高山のエコツーリズムに最もふさわしいのは玉山だと語っている。
3000メートル級の高峰が200以上ある台湾で、玉山が高山生態の代表とされるのはなぜだろう。
十数年前の「新中部横貫公路」の開通や国立公園の登山道整備などによって、最高峰の玉山が「百岳」の中でも特に親しみやすくなったからかも知れない。自然や環境を理解するエコツーリズムが提唱されている今日、玉山国立公園が企画したエコツアーに参加し、古今の多くの登山家の目とともに、玉山の豊かな自然を見てみよう。
「神々しい平和なセシリアンブルーの地に、東山主山の赤裸々な懸崖が虹のようなピンクに光る。そして深い山皺は濃いコバルトブルーだ」鹿野忠雄はその高山文学の名著『山と雲と蕃人と』の中で玉山の壮麗さを「五官の奥に訴える官能的な麗しさだ」と述べている。
雄大な景観に直面した時に感じるこのような形容し難い震撼は、多くの人が玉山主峰に登頂した時に感じるものである。頂に立つと、そこには雲海の間に頭を出す険しい山々の大パノラマが360度のすべてに広がるのである。
思わず溜息をつく登山者に、リーダーやボランティアのガイドが、玉山主峰を中心とした地形を説明してくれる。まず一番近いところでは東峰(十峻の首)、南峰、北峰、西峰が月を取り巻くよう星のように玉山主峰に寄り添っている。その一つ外側には、東に中央山脈の稜線(馬博拉斯山、秀姑巒山)、南に十峻の一つである新康山、西に阿里山山脈、遥か北に郡大山や雪山が見える。広く名を知られた名山をすべて見下ろす玉山主峰は台湾の中央に位置し「台湾の屋根」とも呼ばれる。天下を見下ろすその迫力は説明するまでもない。
さらに山頂からは、大地をはぐくむ河川の源流を俯瞰できる。楠梓仙渓と荖濃渓は南部の高屏渓の源流だ。中部の濁水渓の最大の支流である陳有蘭渓流は西北に向ってうねり、東部の秀姑巒渓の源流である拉庫拉庫渓の深い谷も見える。

標高3500メートルを超えると高山帯の土壌は乾き、石や岩がむき出しになり、強風が吹きつけ雪が降り、植物の成長も遅くなる。写真は玉山主峰の下方である。
荒々しい美しさ
「新高山(玉山の旧名)の自然は荒々しい。山容は鋸の歯のごとく尖り、谷は深くえぐられている。一朝大雨あれば大地を引き割く崖崩れは随所に起こり、深い周囲の山々から急奔する黒い渓水は集まりきたり・・・」と鹿野忠雄が描写するのは玉山の主要な地形、高山と深谷だ。
「国立公園内の主要な谷は、すべて上流渓谷のV字型になっています」と説明する玉山国立公園管理処の陳隆陞副処長は、玉山は台湾の地形や河川を観察し理解する最良の教室だと言う。
例えば、玉山北麓に源を発する陳有蘭渓は断層に沿って流れるため、東埔から対関までの日本時代の古道では常にV字状の渓谷が見え、滝や断崖、崩落などの地形が観察できる。中でも「金門峒大断崖」は最も特徴的だ。この台湾最大の崩落地を形成したのは陳有蘭渓による上流の浸食だ。浸食によって源流地域で激しい崩落が起きているのである。
断崖の北側での陳有蘭渓による浸食は、南側での荖濃渓による浸食よりスピードが速く、そのために荖濃渓の上流部が陳有蘭渓に取り込まれるという「河川争奪」現象が起きようとしている。「争奪」が完了すれば、現在の荖濃渓の上流は陳有蘭渓の上流に変ると陳隆陞さんは言う。
陳隆陞さんは、金門峒断崖の崩落の速度と変化の状況から、15〜20年ほどで浸食作用は玉山の主峰と北峰の東側斜面に達し、玉山から八通関一帯までの地形が大きく変化すると予測する。
玉山のエコツアーでは、このようにさまざまな地形を観察できるだけではない。ここでは寒帯、温帯、亜熱帯などの各種林相を見ることができる。動物は時間や季節の影響で見られないかも知れないが、樹木は常にそこにあり、私たちが近づこうとすれば温かく迎えてくれる。

ニイタカビャクシンは高山の環境ので幹と枝をくねらせ、まるで盆栽のような姿を見せる。
台湾の極寒の地
「風の中にヤダケの草原を抜け/風の中にニイタカトドマツの林を抜ける/ただ断嶺残山だけが雲霧から姿を見せ/我々は驚喜する/一路伴うのはニイタカビャクシンとシャクナゲ/むき出しの岩の果てで咲く/陽光は細い緑の林葉の間に差し込む」
向陽の詩「山路」に描かれるのは標高3952メートルの玉山主峰の下にあるガレ場の「寒帯地帯」を通り、そこからニイタカトドマツの林に入る景観だ。
玉山は標高3500メートル以上のツンドラに属し、景観や植物相は北極に似ている。高度が1000メートル上るごとに気温は6度下がるため、標高3600メートルの場所では気温は平地より20度以上低い。
ここは年間を通して気温が低く、強風が吹きつけ、岩や崩れた石塊に覆われているため、生物の生存条件は極めて悪い。そのためここに育つ植物は、深く地中に根を張っているか、さもなければ地表を這うようにして生えている。高木であるニイタカビャクシンやニイタカシャクナゲは、こうした環境に適応するために、地を這うように曲がりくねっており、しかも生長は遅い。静宜大学の副学長で生態学の先駆者でもある陳玉峰氏は、ニイタカビャクシンが直径1メートルにまで育つには2200年かかると見ている。
玉山では草本植物も美しい名で呼ばれており、ギョクサンウスユキソウ、ニイタカシャジン、ニイタカアザミなどがある。ウスユキソウはアルプスや映画で知られるエーデルワイスの仲間で、ヒマラヤから来た品種が変化して台湾の固有種になったものだ。
「玉山の頂上付近では、植物の7〜8割が世界に一つしかない台湾の固有種です」と語る陳玉峰氏は、しばしば玉山を例に台湾の生態や生物種の進化を説明する。陳氏は講演や講義でも高山に登ることを勧めており、「高山に登らなければ、台湾の生態を真に理解することはできません」と言う。
台湾の高山では海抜3500メートル地点に明らかな「森林限界」がある。森林限界より上では樹木は高く育たず、限界線の下では高く伸びる。限界線より上の盆栽のようなニイタカビャクシンと、限界より下の背の高いニイタカトドマツを見ると、両者が同じ品種から変化したものとは思えない。
ツンドラ地帯の下のニイタカトドマツ林は標高3500〜3000メートル地帯に広がり、ヤダケの藪もある。ニイタカトドマツの幹は枝分かれせずに真っ直ぐに伸び、林は単一種のためニイタカトドマツ純林とも呼ばれる。美しい林相は登山者に深い印象を残す。ニイタカトドマツの下にはギョクサンヤダケが生えている。ヤダケは地下茎が発達しているため固まって生え、山火事の後には地表から勢いよく伸びてくる。

山脈の遠いところに明らかな「森林限界」が見える。限界より上では草本植物や低い潅木しか育たないが、限界の下は欝蒼としたニイタカトドマツの森林である。
タイワンツガの詩情
「岩が水の真似をして肌に自分の皺を持ち/ビャクシンも風の皺を刻んで自分の線を持つ/タイワンツガは枝と幹だけを曲げてその歴史を風雨に読ませ/己の針葉を伸ばして雷電に語る/冷に近いのはニイタカトウヒか、それともニイタカトドマツの方が雲に近いのか^タイワンツガは来世紀まで禅機は得られないと/氷寒の中で小声でささやく」
この蕭蕭の詩は、写実と印象を交えながらタイワンツガの思いを伝える。垂直に伸びるニイタカトドマツのような冷たい美しさではなく、優しく枝葉を伸ばすタイワンツガは人を抱擁するように路傍に枝を伸ばしている。
標高3000〜2500メートルに生えるタイワンツガやニイタカトウヒは冷温帯植物だ。幹は枝分かれして外見はニイタカトドマツとは違うが、同じ針葉樹で、森林の下にはやはりギョクサンヤダケの藪がある。「ここのタイワンツガ林と形や構造、変化が類似している森林があるのは、中国大陸西南の四川などの一部の地域だけです」と台湾大学植物学科の郭城孟教授は言う。パンダが生息しているのも、こうした森林なのである。
こうして玉山主峰から塔塔加登山道まで、ツンドラからニイタカトドマツ林、タイワンツガ林と三つの地域を通ってくる。これより標高が下がる二つの森林帯の景色を見るには、日本時代の越嶺古道か、西南園区の「中之関歩道」のどちらかを選ばなければならない。

標高2500から3000メートルのタイワンツガの美しい林。森林の清々しい空気は旅人の疲れを洗い流してくれる。
今はないヒノキの森林
海抜2500〜1800メートルまでのヒノキ林は、越嶺古道の対関から観高までの間にある。ここは温帯林に属する。この高度は台湾では湿度が最も高い地域で、年間を通して霧や靄につつまれている。
「台湾の五大山脈は険しく聳えているため屏風のような役割を果たしています。湿気を帯びた空気がここで遮られて集まり、中部の中海抜地域で折り返し、阿里山の雲海のような雲霧帯を形成するのです」と陳玉峰氏は説明する。台湾の高山は標高4000メートル近くに達するため、2000メートルあたりで雲が形成され、この高さにある阿里山、太平山、中雪山などに樹齢千年以上のヒノキの原生林が育ってきた。
ヒノキ林のコースを歩いていてもその全貌を見渡すことはできないが、切り立った崖に巨大なヒノキが垂直に聳えているのを見ると、前世紀の台湾ヒノキの悲劇を思わずにはいられない。
20世紀の初め、台湾を南北に貫く山脈の標高2000メートル地帯には、樹齢数千年にのぼるヒノキの原生林が長城のように連なっていた。しかし日本人が阿里山のヒノキを発見してから、この景観は変わることとなる。雲霧の中で育ったヒノキ材は質がよく、その経済価値に目をつけた日本人は投資して高山へ通じる鉄道を敷き、伐採を開始したのである。ヒノキ伐採はさらに太平山や八仙山へと広がっていった。
戦後の国民政府の時代になると、農林業で業発展を支えるという政策が採られ、林場はさらに山岳の中心地へと広がり、ヒノキ林はさらに減っていった。1989年、政府は天然林の伐採を禁ずる命令を出したが、台湾各地のヒノキ林はすでにほぼ伐採しつくされており、現在わずかに残っているのは宜蘭県の蘭棲山だけである。
玉山も日本時代と国民政府時代に阿里山に近い沙里仙渓と楠梓仙渓、それに塔塔加一帯に林道が開かれ、ベニヒ、タイワンツガ、ニイタカトウヒなどが伐採された。だが玉山は山地の最も深いところに位置し、交通が不便なためか、山の中央部には今も原生林が残っており、豊かな生態を維持している。
ヒノキ林は針葉樹林と広葉樹林の間に位置するため、ニイタカトドマツやタイワンツガの単純針葉樹林とは大きく様子が異なる。この一帯は針葉樹林と広葉樹林が交互に姿を現わし、森林の構造は四層に分かれている。最も背が高いのがヒノキで、その下に広葉喬木、潅木、草本と続く。広葉喬木と潅木にはニイタカヤダケの藪も混じる。ヒノキ林は外からは針葉樹林のように見えるが、植物種は豊富で生命に満ちている。

ヒメシダの仲間
ジュラシックパーク
標高1800〜600メートルの亜熱帯広葉樹林は玉山東南区の「瓦拉米歩道」で見られ、この一帯は寒帯や温帯とはまた全く違う林相となっている。
瓦拉米の山道を歩いて行くと、空気は暖かく湿っていて滝のしぶきが飛び、無数のシダ植物が生えている。背の高い木生シダ、大量のイワヒバ、破壊された土地に茂るタマシダのほかにも無数のシダ植物が地面を覆い、まるでジュラシックパークにいるかのようだ。瓦拉米(ワラミ)というのはブヌン語でシダ植物を意味するのである。
拉庫拉庫渓に沿うシダの道を歩いていくと、瓦拉米や佳心のあたりは開墾や伐採によってすでに原生林ではなくなっているが、天然の植物群を少なからず見ることができる。密林の中を行くと、遠くの斜面でタイワンザルが鳴き、その声は遠来の客をあまり歓迎していないように聞こえる。密林の中を動くその姿は、高雄の柴山で歩道に下りてくるタイワンザルとはずいぶん違うように思われる。明け方か夕方の山道では、運が良ければ黒緑色で米粒ほどの大きさのキョンの糞やヤギの足跡が見られる。
このように生命にあふれているのが広葉樹林の特色だ。広葉樹林には四層の森林構造があり、さらに樹木の幹や枝葉にも着生植物が分布しているため、複雑な環境が形成されており、多様な生物がここに集まってくる。広葉樹林の範囲は広く、台湾の生物種の4割以上が広葉樹林に生息している。
亜熱帯広葉樹林の中心となるのはブナ科、次がクスノキ科の樹木だ。栗の木もブナの仲間である。ブナ科の植物の種子は囓歯類動物の主要な食物となり、果実はタイワンクロクマの好物である。近年、玉山一帯でタイワンクロクマを撮影している海外の撮影チームは、ブナの実がなる11月から12月に拉庫拉庫渓の中流域でカメラを構えている。

キオン
北極から赤道まで
玉山国立公園には高峰が連なり、その間を渓谷が縦横に走るという複雑な地形を見せる。それに加えて垂直に熱帯、暖帯、温帯、寒帯という異なる気候帯の植物が層を成している。海浜の熱帯植物を除いて、台湾のほとんど全ての植皮がここで見られるわけで、植物学者にとってはまさに天国である。
豊かな森林帯は多様な動物を育んできた。玉山国立公園内には、現在わかっているだけで150種余りの鳥類、30種余りの哺乳類、17種の爬虫類、200種を超える蝶が生息している。そうした中には台湾の固有種も多い。代表的なものにはタイワンカモシカ、タイワンクロクマ、サンケイ、ミカドキジ、それに氷河期から残るサンショウウオなどもいる。
台湾では、その地理的位置と標高差、複雑な地形によって多様な生物が見られる。また生物種の源も豊富で、海洋や渡り鳥などのほかに、台湾と中国大陸とがつながっていた氷河期にも多くの生物が移ってきた。そのため小さな島であるにも関わらず、生物は極めて多様で、中でも玉山はその代表なのである。
玉山の麓から山頂まで数日かけて登るあいだに、熱帯から北極まで、平地なら数千キロも歩かなければ見られない動植物の生態が見られる。これこそ、もう一つの台湾の奇跡と言えるだろう。
台湾の生態の豊かさを知るためにも、玉山に登ろうではないか。

ヒメシダの仲間

ドクイモ

青空の下、山に詩情を添えるシマサルスベリは亜熱帯広葉樹林によく見られる樹木だ。冬を迎えて完全に葉を落としている。

広葉樹林はさまざまな生物の生息に適した多様な環境を備えている。写真は拉庫拉庫渓下流に広がる原生の広葉樹林だ。

玉山国立公園と3つのエコツアー・ルートイラスト:魏錦華 資料:内政部営建署