一世紀近くにわたってIQ(知能指数)がもてはやされた後、90年代にEQ(情動指数)という概念が登場した。大脳の謎が少しずつ解き明かされるにしたがって、私たちはそのキャパシティの大きさを知ることとなった。人は表情で気持ちを伝え、抽象的に物事を考え、さらには見たことのない銀河を描くこともできるのである。
情動指数が一世を風靡したのは、知能指数に限界があるからだ。知能指数は、言語、論理、空間という三つの知能を示すものに過ぎないが、情動指数は、さらに内省や人間関係をも示す。しかし、IQとEQが大脳の力のすべてを示しているのだろうか。音楽に特に鋭敏な人や、ダンスで人を感動させられる人、そして発掘されるのを待っている特殊な能力を持つ人々は、どこに知己を求めればいいのだろう。
問題は、一つの尺度や標準で大脳の力を測るには限界があるということではないだろうか。
19世紀に近代的な神経科学が誕生して以来、多くの生理学者が脳の重さや構造、遺伝子などから、脳と精神の関係を見出そうとしてきたが、今も答えは見つかっていない。ただし科学者は、大脳機能をコントロールする基本単位であるニューロンが10兆もあり、一つのニューロンから他のニューロンや細胞に情報を伝達するシナプスが数千もあることを発見している。この巨大な「モデム」のような構造は、大脳が可塑性を持ち、複雑で豊富な環境や、刺激や学習によってニューロンの連結を強化できることを示している。言い換えれば、適当な訓練は大脳機能の強化に役立つということだ。
誰もが唯一無二の大脳を持っている。その潜在力を極限まで発揮させられるかどうかは、私たちがそれをどう活性化し、刺激するかにかかっていると言えるだろう。
IQやEQは過去のものというわけではないが、趨勢は変わりつつあり、教育界において現在最も多く議論されるのは創造や創意である。いま台湾で、なぜ創造力教育が必要とされているのだろう。創造力が後天的に育成できるものなら、どのような方法で大脳の力を発揮させればいいのだろうか。
2月上旬、教育部(教育省)5階の大講堂は、高雄から来た小中学校の校長先生でひしめき合っていた。彼らは今年の教育界の一大イベント、台北士林国立台湾科学教育館が主催する創造力教育博覧会を見るために集まったのである。
記者会見では、校長先生たちが小学生のように紙飛行機専門家の卓志賢先生の指導に従い、緑色のA4の紙を折ってコンコルドを作っていた。200余りの手によって紙飛行機が一斉に飛ばされる様子は、台湾の学校教育で創造力が羽ばたく姿を象徴しているかのようだ。
「創造力の重要性は誰もが理解していますが、問題はそれをどう教えるかです」と語るのは教育部の范巽緑次官だ。創造力教育博覧会は、「創造力教育中期発展計画」を2年間実施してきた間に得られた11の成果を展示するものだ。落成したばかりの科学教育館で3日にわたって開かれた博覧会には5万人が入場した。大人も子供も一緒にさまざまな創意コンテストや発明コンクール、創意交流体験研修などに参加し、創造力実践に関するシンポジウムなども開かれた。
高雄市教育局は「創意の新高雄、活力が飛び散る」と題して会場に小型のクレーンを設置、作業着を着た人がクレーンでコンテナを上げ下げし、高雄のコンテナ文化を表現した。高雄市明正小学校は、蘭嶼のタオ族のカヌーの模型を千個提供し、子供たちに色を塗らせた。
全国創意コンクールで優勝したのは、雲林虎尾科技大学航空工学科の学生6人による「地球防衛チーム」だ。普段バイクに乗っている彼らは、車のスポットランプが眩しくて前方がよく見えないことがあり、それを改善する機器を発明した。後方の車にスポットランプを消すよう促す警報灯、前方の車がバックする時に警報音が鳴るシステム、そしてウインカーを自動的に消すシステムを発明したのである。この3機能は一つのチップに組み込まれ、原価は1000元以下で実用性が高い。これが高く評価され、コンクールで3万元の賞金を獲得した。

ブレーンストーミング
博覧会で最も注目されたのは、全国134の高校から勝ち抜いた23チームによる「知恵の鉄人コンクール」で、高校生が体力と知恵をふりしぼって創意を競った。予選を一位で通過した新竹実験高校のチーム名は「スパイダーマン」をもじった「失敗的(シーバイダ)一隊」というもので、皆の笑いを誘った。
参加チームは、16のゲームに勝ち抜かなければならず、言語、科学、歴史地理などの設問は台湾大学土木学科の劉格非助教授と大学院生たちが考えた。例えば、酒やミルクティ、ワイン、水など7種類の液体を使って、3層に色の異なる飲み物を作るゲーム、また高さや大きさの違うグラスに水を入れて、コンピュータが発する電子合成音に近い音を出すというゲームもあった。さらに中国大陸の名勝を巡る2泊3日の旅のスケジュールを作るというゲームもあった。
参加チームは、勝ち抜くたびに1000元のバーチャル・マネーを獲得し、最後にそれを使って当日発表される課題の材料をバーチャル・ショップで手に入れる。今回の課題はテーマパークの模型制作だ。テーマパークには3つ以上の乗り物や設備がなければならず、合わせて宣伝用のポスターもデザインする。参加者は72時間、会場を離れずに作品を完成させる。体力とチームワークと実力が試される大変な作業だが、優勝賞金20万元を獲得したのは台北第一女子高校のミサ・ブレヴィスというチームだった。
このチームが作ったのは「精霊の夢の楽園」だ。楽園には噴水とキノコ村とケーブルカーがあり、色彩が美しい。発泡スチロールと使い捨ての箸を使い、ペンキで金属のような質感も出した。そして重力加速度の原理を用い、月に見立てた「大円」を上に30センチ、前方へ100センチ動かすことに成功し、審査員から高く評価された。

多元的な知能は多元的な環境と方法によって育まれる。自分の手でロケットを作って飛ばし、その目で恐竜の化石を見、動物の模型に触って材質を確かめる。創意は生活から生まれるものなのだから、生活に立ち返らなければならない。(写真上:邱瑞金撮影)
創造力は国力
台湾では初めての創造力教育博覧会だが、創造力という言葉は新しいものではなく、アメリカでは半世紀の歴史がある。
1957年、ソ連が初めて人工衛星を打ち上げた時、アメリカは大きなショックを受けた。教育界の一部は、ソ連の宇宙航空技術の成功はアメリカの教育の失敗を示していると考え、新たな教育方法を提唱した。カリキュラムの修正、創造的思考の研究、才能教育の発展などが議論されたのである。翌年「国防教育法案」が成立し、科学人材を育成するための全国会議が開かれ、奨学金などが設けられた。
その後、知能や創造力に関する研究が次々と発表された。80年代、ハーバード大学のハワード・ガードナー教授は人間の潜在能力を研究してプロジェクト・ゼロを創設した。人文と科学の両領域の研究者を結びつけ、理解、創造、問題解決、科学、芸術、日常生活における推理力を研究したのである。その後、ガードナー教授は「多重知能」理論を打ち立てた。人間には、言語的、論理的、空間的、身体運動感覚的、音楽的、対人的、内省的の7つの能力があり、人はこれらを用いて学習し、問題を解決しているとする。
だが、この7つに人間の全ての能力が含まれているかと言うと、教授も断言しておらず、99年には博物学的知能という項目を加えた。ダーウィンのように自然探索を好み、動植物の種類を判別できる能力である。教授はさらに実存的知能も加えている。無数の生命とその存在意義に関心を寄せる知能である。
ガードナー教授は、それまで一般に使われていた才能(タレント)という言葉に代えて、知能または知性(インテリジェンス)という言葉を使い、多元性を示している。

世界各地の先賢が残した創意や発明の遺産から、創造力の源がうかがえるかも知れない。中国宋代の『天工開物』もレオナルド・ダ・ビンチも、大自然を師とし、無限の想像力を働かせた。
創造性への投資
アメリカの創造力教育は産官学による大プロジェクトだ。
ウォルト・ディズニー社は89年から毎年800万ドルをかけて「アメリカ教師賞」を実施し、ハーバード大学教育学部と共同で、受賞した教師の授業の様子を小冊子やビデオにして配布している。
我が国の学術交流基金会の呉静吉事務局長によると、アメリカでの創造力教育のきっかけは軍事競争上の危機感だったが、産官学の協力によって確実な成果を上げてきた。これを投資と考えれば、アメリカでは各種資源の整合によって、ハイテクや映画やソフトの面で確実に成果を上げている。
「移民社会のアメリカでは、戦前はヨーロッパから移住してくるエリートに依存していましたが、それではいけないと気づき、教育に力を入れ始めたのです」と語る呉静吉さんは、世界の創造力教育の発展を研究してきた。その研究によると、フランスなど一部の国は創造力を特に提唱していない。それはフランスでは創意や創造が人々の生活に溶け込み、すでに生活のスタイルとなっているからで、こうした国では、豊かな歴史遺産も文化産業に取り入れられている。

世界各地の先賢が残した創意や発明の遺産から、創造力の源がうかがえるかも知れない。中国宋代の『天工開物』もレオナルド・ダ・ビンチも、大自然を師とし、無限の想像力を働かせた。
創造力をつぶすのは誰?
一方、アジア人の知恵は決して西洋人に負けるものではないが、創造力という点では昔から弱いとされてきた。科学や芸術の面でも世界的に活躍する人は決して多くない。
創造力と文化が深く関っているとすれば、華人社会には創造力に不利な要素があるのだろうか。
30年前にアメリカ留学し、華人と日本人と欧米人の創造力について研究した呉静吉さんは、華人学生の創造力が弱い原因を11項目挙げる。知識の伝授を重んじて意義の構築を軽んじる、個人の競争を重んじてチームワークやシェアを軽んじる、試験の結果を重んじてプロセスを軽んじる、努力を重んじて楽しさを軽んじる、などだ。
試験主導型の教育のため、台湾の学生はアメリカに留学すると「特定範囲の思考から抜け出せない」という弱点をすぐに見抜かれる、と指摘するのは中央研究院の曾志朗副院長だ。台湾の学生は基礎知識はあるので言いつけられた課題は出来るが、自ら問題を見出し、各分野の知識を総合する力が非常に弱いという。
2001年に香港のバプティスト大学で開かれたシンポジウムでは、華人学生の創造力はまだ啓蒙段階にあるとする呉静吉さんの考えが、シンガポールや香港、中国大陸の学者からも肯定された。
中国人は火薬と羅針盤と紙を発明したが、文献が不完全で、祖先の秘法は外部に漏らさないという考えがあるため、先人の発明が知られることは少なかったと指摘する学者もいる。また中国では昔から政治的に異見者が粛正されてきたため、創意が育たなかったと言う人もいる。
さらに華人社会では、権威に服従し、家族や社会組織に従うという根強い観念が昔からあり、決められた型や枠を抜け出す人を責める傾向がある。試験で子供が97点とってきても、親は「残りの3点はどうした?」と責めるのである。創造力を抑えこむこうした観念を変えるには、社会の大改革が必要である。

情熱を育てる
「幸い台湾ではすでに創造力の重要性が認められており、それを包容する態度が生まれています。手本となる代表的人物もいるので、これからに期待できるでしょう」と語る呉静吉さんは、文化面での弱点は改善されつつあるが、それは系統だった変化ではないと指摘する。教育部門は、すでに創造力を教育の核心と位置づけているが、産官学の足並みが揃っておらず、これが一体となれば大きな力になるだろう。
実際、アメリカでの特許登録件数を見ると、台湾は、アメリカとドイツと日本に次いで世界で4番目に多く、これは創造や発明の力があることを示している。ただ台湾の権威的で競争を重視する教育方法が、皆の頭を縛り付けているのである。
2002年に教育部が「創造力教育白書」を出してから我が国の創造力プロジェクトがスタートしたが、生徒の創造力を育てるには、どのような方法があるのだろうか。
「創造力教育白書」は、まず創意に対する一般の誤解を解いている。例えば、創意とは天性のもので後天的に学べるものではないという誤解、また大部分の人は変化を恐れて創意を楽しめないという誤解などである。創造力は長い時間をかけて育むもので、間違えながら学ぶことも必要だ。しかし、進学が重視される台湾では学校教育は学科の成績と短期間での成果を求めるため、創意がおろそかにされてきたのである。
創造力教育の顧問を務める政治大学商学部の呉思華学部長は、創造力の提唱は、台湾経済が従来型から知識型へと転換してきたことと関わっていると説明する。「製造業は大規模な連続生産を求めるため、規律がなければ品質の安定した製品はできません。それがナレッジエコノミーの時代になると、価値は生産効率ではなく、革新や個人の創意から生まれるため、創造力の活用範囲が大きく広がったのです」と言う。
ただし、少なからぬ教員や親が教育改革政策に失望している現状があり、創造力教育がもう一つの教育改革とされないよう、重点はカリキュラムの変化には置かないと呉思華教授は言う。これまでの教育改革は批判を強調しすぎ、情熱を奨励しなかった点に問題がある。
創造力教育は4年間の実験計画で、年間6000万の予算が組まれている。精神面では多様化や差別化を奨励し、実務面では教育方法の革新、教材改革、生徒の創意表現から学校空間の改造まで、よいアイディアはすべて支持される。このようなボトムアップ方式で行なわれるため、阻害も少ない。

文化大学マスコミ学科の卒業展を宣伝するために、街に繰り出した学生たち。
眠れる才能を呼び覚ます
多くの生徒や学生に創造力の重要性を理解させるために、創造力教育推進オフィスでは、昨年から19の大学や専科学校で2単位の「創意の発想と実践」というカリキュラムを開始し、今年は35校が参加している。大学の授業で、創意の原理と実戦を教えるのである。
創造力の大切さは皆が認めているが、それを明確に定義するのは難しい。それをどう教え、どう学べばいいのだろうか。
政治大学経営学科で「創意発想」の講義を行なっている温肇東教授は「この授業を受けた学生の創造力は豊かになるのか」と自分に問いかけている。10年前に呉静吉さんが「創意思考」の講座を開いた時から、どう教えれば効果が上るか考え続けてきたと言う。
「創造力や創意に関する書物は多数出版されていて、理論やテクニックについて多くの著述がありますが、重要なのは創意を生む環境と態度の確立で、それによって学生のやる気が変わってきます」と温肇東教授は言う。社会が革新を奨励すれば、創意の芽はどの段階でも実際の価値を生むことができる。温教授は、台湾の学生が机上の理論ではなく、自分で問題を見つけて自分で解決できるようになってほしいと思っているが、授業でできることは限られている。商学部の場合、革新や創業のモデルは卒業後も求められる能力であるため、温教授は学校以外のコンクールなどに参加して実戦の経験を積むよう学生に求めている。
昨年の授業では、こんな創意が生まれた。ある学生はさまざまな動物を用いて、数字を重んじる会計学科学生の性格を表現した。また、パラグライダーの盛んな台東鹿野郷の民宿のために、町おこしの計画を立てた学生もいた。学長を前に、政治大学付近の通路の改造を求めるプレゼンテーションを行なって、それが実現したケースもある。こうした体験は、生涯にわたる大切な思い出になるに違いない。
呉静吉さんはストーリー・リレーの方法で学生の創意を育てている。まず学生たちと、部分的な物語を共有し、それらをつなげて一つの物語を作らせ、最後に20余りのテーマから一つの物語を完成させる。
「多くの人に見せて、分かち合うという経験をしてこそ、反省や意義の構築が可能になります」と呉静吉さんは言う。創造力は一種の拡散的思考の訓練であるため、大量の既知の情報の中から、異なる方向や範囲で従来とは違う思考方法をしていかなければならない。

多元的な知能は多元的な環境と方法によって育まれる。自分の手でロケットを作って飛ばし、その目で恐竜の化石を見、動物の模型に触って材質を確かめる。創意は生活から生まれるものなのだから、生活に立ち返らなければならない。(写真上:邱瑞金撮影)
楽しむことが創意につながる
呉静吉さんは創造力を開発するさまざまな方法を数え上げるが、現在の台湾の教育環境において最も重視するべきなのは「楽しむ」体験、そして人の創意に耳を傾け、鑑賞する能力だと言う。特に重要なのは、大きな影響力を持つ校長や教員の、創意に対する見方や態度を変えていくことだと指摘する。
中山大学教育研究所の教授で、高雄市教育局長も務める鄭英輝さんは、科学展で高い成績を上げた教員36名について分析したことがある。それによると、創意のある教員は他の教員より読書を好み、興味の範囲が広く、逆転思考を行ない、問題の統合や組織化ができ、発明や革新が好きで、さらに楽観的で積極的でユーモアがあり、チャレンジ精神があることがわかった。
3年前、教育部長在任中に創造力教育を推進した中央研究院の曾志朗副院長によると、多くの校長や教員は進学競争や権威的な校則管理に無力感を感じているが、多様性を認める気風はすでに少しずつ生まれていると言う。実際、多くの教員が多重知能の理念を理解しており、また若い世代の認知の特性と自分たちとの違いにも気づいている。
「若い世代は、イメージや空間、三次元における知覚にやや偏っており、上の世代が知識の表象として言葉で思考するのとは大きく異なっています」と曾志朗副院長は言う。最近は多くの大学でコンピュータ技術のサポートや全校の情報化プランを学生にまかせるという動きが出ている。学生が学校のネットを構築して教職員の使用に提供するのである。さらにおもしろいのは、教師が授業に用いるマルチメディアなどを学生が制作することだ。
「先生が学生のコンピュータ技術を活用することで、学生が授業準備に協力するようになれば、先生が一方的に教えるという従来の形を大きく変えることになります」と言う。

泉から湧き出るように
この2年、創造力教育オフィスは40段階の「創意教師行動計画」研修を行なってきた。各校の教師が現場での問題を出し合い、それぞれの経験や反省を記録してきた。教室は、創意の足かせとなってはならないのである。
アメリカの心理学者アームストロング氏は、教室運営の重要性を説明するに当たって次のような例を挙げている。小学生が太陽系の惑星について学ぶ時、先生は生徒たちに、宇宙飛行士が火星を探索する様子を演じさせた。その時、ある生徒が火星人を演じたいと言ったが「火星人がいないことは誰でも知っています」と先生に否定された。この授業の前半は賞賛に値するが、後半は間違っている。
創造力を研究する人は、しばしば「社会は、その社会の人々が尊重するものを生み出す」という言葉を引用する。豊かな土壌があってこそ、豊かな実りが得られるのである。
ドラマ「スタートレック」のオープニングには「もし宇宙が、人類が外に向って探索する最後の未知なる領域だとすれば、人の脳は、我々が内に向って探索する最後の未知なる領域である」という言葉が出てくる。理性と感性が接触する中枢でどのような火花が散るか、それは私たちがどうそれを育てるかにかかっている。

ロックコンサートで全身をリラックスさせれば創意も生まれる。(林格立撮影)

忙しく行き交う人々は身近なところにある創意に気づいているだろうか。写真は台北MRTの台湾大学病院駅にあるパブリックアートだ。

創造力教育のビジョンは、生き生きとした環境を作り出すことで生徒たちに楽しい学習環境を提供し、旺盛なチャレンジ精神を育むことだ。

世界各地の先賢が残した創意や発明の遺産から、創造力の源がうかがえるかも知れない。中国宋代の『天工開物』もレオナルド・ダ・ビンチも、大自然を師とし、無限の想像力を働かせた。

世界各地の先賢が残した創意や発明の遺産から、創造力の源がうかがえるかも知れない。中国宋代の『天工開物』もレオナルド・ダ・ビンチも、大自然を師とし、無限の想像力を働かせた。

芸術の想像空間は無限に広がる。写真は、内外のアーティストが住んでいる台中20号倉庫アートビレッジだ。(林格立撮影)

世界各地の先賢が残した創意や発明の遺産から、創造力の源がうかがえるかも知れない。中国宋代の『天工開物』もレオナルド・ダ・ビンチも、大自然を師とし、無限の想像力を働かせた。


多元的な知能は多元的な環境と方法によって育まれる。自分の手でロケットを作って飛ばし、その目で恐竜の化石を見、動物の模型に触って材質を確かめる。創意は生活から生まれるものなのだから、生活に立ち返らなければならない。(写真上:邱瑞金撮影)

世界各地の先賢が残した創意や発明の遺産から、創造力の源がうかがえるかも知れない。中国宋代の『天工開物』もレオナルド・ダ・ビンチも、大自然を師とし、無限の想像力を働かせた。