
シャネルの精神的モチーフであるカメリアは、各種の素材から作られ、髪に挿しても、コートにつけてもいい。職人が鉄線で形をつけ、小さなアイロンで花弁の曲線を出し、中心に花蕊をはめ込んで出来上がる。エルメスのスカーフは、40種に上る色糸を一針一針刺繍して、1年半をかけて作られる。
精巧な工芸技術がブランド品の地位を支えるため、シャネルには宝石、刺繍、羽飾りなど伝統工芸アトリエがある。フェラガモは、創設時から伝統工芸技術の重要性を意識し、本部のあるフィレンツェには40年以上の歴史を持つ靴の工房が10数社ある。
2007年に台湾工芸研究発展センターは、手工芸とデザインを結合し、工芸デザインの新ブランドYiiを創造し、これを台湾のブランドの代表に育て上げようと考えた。
43本の竹で構成する椅子「43」は、優美な形態が台湾孟宗竹のしなやかさを表現し、台湾の工芸品ブランドYiiの知名度を高めた。
竹を材質に選んだのは、台湾の地理的文化的特性を考慮したからである。小さい頃から竹の産地で育った、竹製品デザイン講師の陳高明は、湿度が高く冬に北東の季節風が吹くが、雪は降らない台湾では、質がよく、強靭でしなやかな竹を産すると言う。生長の早い竹は、また自然なエコ素材でもある。

陶芸歴40年の李存仁は、伝統工芸も時代とともに新たな概念を取り入れて変化していくべきだと考える。上の「米粒焼」は米粒を加えて焼くことで小さな穴があき、それが美しい影を作る。
台湾の良質の竹と竹工芸を世界に紹介しようと、世界最初の竹の椅子が、工芸デザイン計画のクリエイティブディレクター石大宇、国際的なデザイナーのコンスタンチン・グルチッチ、竹職人陳高明の手で完成した。「43」と名づけられ、台湾竹工芸の代表作となったこの作品は、1930年代に鋼管で作られたカンティレバー・チェアの系統を引く簡潔なデザインである。現代デザインとして確立されたタイプの椅子で、木材、プラスチックなどでも製作され、今回は台湾の工芸家が竹で製作し、各界の目を引いた。
椅子そのものが腰掛けた人の形で、後脚がなくとも安定したシンプルなラインは、強靭な材質とバランスで、ふわっと漂う軽さが表現される。しかし、強靭とはいえ竹は鋼管に及ばない。当初の設計は前後の竹板を貼り合せていたが、幅2.35センチ、厚さ0.55センチの竹板にカーブをつけると強度が不足した。そこでデザインを変え、後ろをやや開いて強度を増した。
もう一点、ドイツのiFデザイン賞、アメリカのIDEA賞を受賞したのが実践大学の周育潤講師と竹工芸家蘇素任が共同で製作したスツールである。2008年にはパリの家具見本市で魅力的な23点の一つに選出され、翌年にはドイツのレッドドット・デザイン賞も受賞した。
このスツールは竹管3本を脚とし、上に伸ばして切り開き、別の竹を編みこんで座面を作るものである。編むのに10日かかったという蘇素任によると、乱れ編みで不規則に見えるが、厚みを均等にする高度な技術が必要なのだそうである。

ガラス、ライト、竹編、流木、レンガ…。台湾の素材と文化の下にデザイナーと工芸家が手を組み、Yiiブランドが生まれた。
Yiiブランドは2007年に台湾工芸研究発展センターと台湾創意設計センターが立ち上げた工芸デザイン計画で、接点の少なかった工芸家とデザイナーを仲介し、そのコラボレーションで現代的な美感の工芸品を創作していくのが目的であった。
工芸研究発展センターの蔡湘主任によると、工芸は政府より六大文化創意産業の一つに指定され、伝統工芸の素材や技法に現代のデザインを取り入れ、新しい方向を打ち出したものだ。
工芸デザイン計画では木彫り、竹工芸、陶磁器、銀細工、染色、漆器などの工芸家を招いて、国際コンクール受賞経験のある若いデザイナーが加わり、ワークショップを開催するというものであった。まずは伝統工芸産業、技法、設計理念などの問題を取り上げ、共通認識を形成する。ワークショップ終了後に、デザイナーがそのアイディアを提案し、これを議論して具体的な形にしていく。
最後にデザイン提案が審査員に認められると、若手デザイナーと工芸家が協力して完成品に仕上げるのである。

ガラス、ライト、竹編、流木、レンガ…。台湾の素材と文化の下にデザイナーと工芸家が手を組み、Yiiブランドが生まれた。
2008年に国家的ブランドYiiが誕生した。Yiiには易、芸、意など多層な意味が含まれる。易は中国人の知恵の易経で、変化と転身を表し、ブランドの中心思想である。芸は工芸で、自然素材を尊重し、工芸家の手工芸創作を尊重する。意は台湾の独創的デザインを意味する。そのブランドはデザインと工芸、東洋と西洋、伝統と現代、自然と文化を融合し、品質を追求する精緻な技法を伝える。
工芸デザイン計画は4年をかけてデザイナー26人、工芸家33人を招聘し、99点の作品を完成させた。これらの作品は2008年から、アメリカ、パリ、ミラノ、フランクフルトなどの国際的な見本市に出展され、台湾の工芸を世界に紹介した。
しかし、遠大な工芸デザイン計画に対して予算が限られ、年間予算は500万元である。デザイナーと工芸家一人当り4〜8万元の僅かな補助が出るだけである。労苦をいとわず参加するのは、ひょっとしたらの期待に支えられてのことと言う。
「成功するかはわかりません。Yiiはデザイナーにも工芸家にも未知の世界です」とデジタル製品の工業デザインに10数年の経験を有する工業デザイナー何忠堂は言う。2009年にThe oneのデザイナー王俊隆と生活用品路線の「設計加工廠」を設立した何忠堂は、これまでプラスチックやアルミなど冷たい素材を扱ってきたが、この計画で工芸家との交流が始まり、素材や技術の幅が広がった。
その設計した高さ40センチ、直径50センチ、ランタンの形の線香を例としよう。「香は東洋の生活文化に根ざし、穏やかな瞑想を誘いますが、製造管理が難しいのです」と言う通り、気候の影響を受けて変形する。密度や材質を計算して、燃える長さや速度をコントロールできる。このために何回も修正を重ねたが、このお香のデザインと製作を通じて、視覚と嗅覚、触覚の新しい効果を得られたのが収穫だった。
何忠堂と水里蛇窯の陶芸家林国隆がコラボした「盤娯」は、普通の生活に新しい趣を添える。この食器の図案は、食後に残った食べ物に隠されることがない。盤娯(皿の楽しみ)とは、同音の盤余から来ている。皿には金魚や鹿が陰刻され、ソースや油が入り込んで、図案が層をもって鮮やかに浮かび上がり、食事を引き立てる。
デザイナーは工芸家ほど素材を理解してはいないが、その分工芸家を刺激し、伝統技法の慣性から抜け出して、新しい試みに誘うのである。
「伝統工芸の基礎があると、作品に重みが加わります」と、陶芸に従事して40年、国家工芸賞も受賞する陶芸家李存仁は言う。陶芸の限界は技術的に克服され、絢爛とした色彩の数々、ガラスの光沢を持つ清代官窯の郎窯紅、釉薬に酸化鉄を含む青磁で、雨過天青といわれる北宋汝窯の名品など、その技法は今では秘密ではなくなっていて、現代的要素の注入を待っている。しかし、「その按配が難しく、化学調味料と同じで一度にたくさん加えてはいけません」と李存仁は言う。

桂竹を火であぶって曲線を出した椅子はあぶり跡を故意に残してある。国際的デザイナーと台湾の工芸家による作品だ。
デザイナーが大胆に工芸を扱う背後で、舵を取るのはクリエイティブディレクターだ。
工芸デザイン計画は当初、台湾の生活用品ブランド「清庭」の創設者石大宇をクリエイティブディレクターに招いた。石大宇は台湾各地で工芸家を訪ね、文化的特色豊かな竹に心惹かれた。そして国際デザイナーと竹職人のコラボ作品椅子「43」が台湾の工芸を世界のデザイン界に知らしめた。
工芸研究発展センターの林正儀前主任は、欧米市場を対象としてYiiのデザインと美感は単なる地方的色彩に止まっていてはならないと言う。2009年からはオランダのデザイン集団ドローグのハイス・バッカーをディレクターに招き、国際的な流れに足並みをそろえて、ブランドを位置づけようと考えた。
ドローグは1993年創設、傘下に各国のデザイナー100人余りを擁する。オランダ語で乾燥を意味するブランド名は、製品の余分な要素を蒸発させ、純なものを残すという意味である。有名な作品は牛乳瓶を逆さにしたペンダントランプで、リサイクル素材を組み合せたローテク製品、シンプルで先端的なコンセプトである。
2008年にフランスで注目を浴びた竹のスツールは、最初は平坦な座面であったが、クリエイティブディレクターの意見から人体工学に合わせた円弧を取り入れ、美しい造型と快適な座り心地に改造した。
しかし、外国のディレクターやデザイナーは台湾の工芸には詳しくなく、技術的に無理なデザインができることもある。
それでも、デザイナーは工芸家の緻密な技術に驚くことがほとんどである。製作2ヶ月の椅子「43」は、複雑な工程が必要である。素材選び、防腐、防虫、自然乾燥などの過程を経て、機械で同じ大きさの竹板に加工し、炙りながら曲げて組合せ、竹釘で固定する。躍動感あるラインを出すため、縦18枚と横7枚は、弧を描いて固定し、三次元空間で結合させるという難度の高さであった。

ガラス、ライト、竹編、流木、レンガ…。台湾の素材と文化の下にデザイナーと工芸家が手を組み、Yiiブランドが生まれた。
続けざまに数年、国際見本市でYiiは華やかなデビューを飾った。世界的なデザインのポータルサイトCore77、デザイン情報サイトdesignboom、それにデザイン専門雑誌などが特集を組んだ。デザイナー、美術館、ギャラリー、輸入業者や個人からの問合せが相次ぎ、その場での受注もあった。
台湾工芸センターによると、2010年にパリの見本市で価格を設定したところ、問合せ総額は1億元近くに上った。今年のフランクフルトでは受注5万5600ユーロ、別途商談が84万ユーロと計90万ユーロ(3600万台湾元)の価値を生んだ。
中でも定価5000ユーロ(20万台湾元)の椅子「43」が一番人気で、ドイツの業者は試しに座ってから150点を発注した。
それほど受注はあっても、工芸家は量産に乗り出せない。大部分の知的財産権は工芸センターとデザイナー、工芸家の三者共有で、工芸センターが生産販売は台湾で行うと主張するからである。しかし、台湾の販売会社は国際的な経験がなく、知名度を勝ち得た後、これを展開させる方法がない。
工芸研究発展センターの蔡主任によると、Yiiブランドは作品の種類が多く性質も多様で、一社が代理するのは難しいと言う。そこで代理店を募集したものの未だに販売契約には至らない。今後は作品により、大量生産向け、予約注文の限定品、ギャラリーやオークション向けの美術品に分けて、マーケティングを行う予定である。
また工芸センターはYiiブランドを看板に、デザイナーや工芸家のサブブランド開発を奨励し、Yiiブランドを中心とした星座群形成を考えている。

今のところ、デザイナーも工芸家も生産販売に実利を上げていないが、それでも無形の価値は加わっている。
父の古い病院設備を再利用して東海医院デザインスタジオを設立したデザイナー徐景亭は、台湾のデザイン力は発展しているが、独自性が確立されていないと考える。Yiiブランドを通じて、デザインはあるが技術のないデザイナーと、素材に慣れすぎた工芸家が結びついて、好循環を生むと考える。
デザイナーと工芸家の対話から作品が生まれ、知名度を上げて、国内業者との協力関係が始まる。竹職人の陳高明は、これほど変化するとは思わなかったと言う。袋小路に入り込んでいた竹工芸に現代感が加わり、よみがえったのである。
少し急ぎすぎかもしれない。ブランド育成の時間はまだ短いが、Yiiブランドの成功が、台湾の工芸に転機となることが期待されている。

自ら設立した東海医院デザインスタジオで徐景亭はさまざまな素材にチャレンジし、次々と作品を生み出している。

ガラス、ライト、竹編、流木、レンガ…。台湾の素材と文化の下にデザイナーと工芸家が手を組み、Yiiブランドが生まれた。

工芸研究発展センターの仲立ちで、新鋭デザイナーが伝統素材と出会った。これは何忠堂の作品「竹燈」と「盤娯」。

ガラス、ライト、竹編、流木、レンガ…。台湾の素材と文化の下にデザイナーと工芸家が手を組み、Yiiブランドが生まれた。

発想は自由だが、デザインは生活に根付いていなければならない。写真は周育潤のデザイン画。

不規則な乱れ編みの座面は工芸家・蘇素任が思いのままに編んだように見えるが、厚みが均一になるよう高度な技術が活かされている。

ガラス、ライト、竹編、流木、レンガ…。台湾の素材と文化の下にデザイナーと工芸家が手を組み、Yiiブランドが生まれた。

陶芸歴40年の李存仁は、伝統工芸も時代とともに新たな概念を取り入れて変化していくべきだと考える。上の「米粒焼」は米粒を加えて焼くことで小さな穴があき、それが美しい影を作る。

工芸研究発展センターの仲立ちで、新鋭デザイナーが伝統素材と出会った。これは何忠堂の作品「竹燈」と「盤娯」。

竹素材のスツール、Bambool。