
「臭豆腐」は台湾らしいB級グルメのひとつで、台湾を訪れたなら、ぜひチャレンジしたい一品だ。
小さな大豆から豆乳や豆腐ができ、それを発酵させると、名前を聞いただけで鼻をつまみたくなる「臭豆腐」ができる。ブルーチーズにも譬えられる臭豆腐は、CNNやBBCなどでも紹介され、ミシュランのビブグルマンに選ばれた店もある。さらには日本の発酵学教授をも魅了し、一度食べたら病みつきになると言う外国人も多い。台湾を訪れたら、ぜひチャレンジしてほしい美食である。
発酵学を専門とする日本の小泉武夫教授は、強烈なにおいを放つ食べ物を愛し、世界各地を食べ歩いてきた。教授はこれら臭い食べ物の背後にある文化とにおいの秘密を探り、『くさい食べもの大全』という一冊にまとめた。
台湾の「臭豆腐」はその独特の臭いから世界に知られている。小泉教授の臭豆腐初体験は台湾だった。訪れた店の周囲には強烈な匂いが漂っていたが、「それを油でこんがりと揚げて出してくれた熱いやつに芥子(からし)醤油をつけて食べたところ、あらら、不思議や不思議。あの強烈な臭みはどこかにいってしまって、今度はとても香ばしい芳香になって、正に野獣が美女に変身したかのような劇的変化であった」と絶賛している。

揚げた臭豆腐は台湾で広く普及している軽食である。その「臭さ」は世界に知られており、日本の発酵学教授もわざわざ味わいに訪れるほどだ。
人々を魅了する臭気の秘密
ごく普通の豆腐が、どのようにして忘れられない不思議な魅力を放つ臭豆腐へと変身するのだろう。あの鼻をつまみたくなるようなにおいはどこから来るのだろうか。
東南アジアのナンプラーや、スウェーデンのシュールストレミングと同様、臭豆腐も発酵食品である。その作り方は、豆腐を「臭水」と呼ばれる発酵液に漬けるというものだ。発酵液の中では微生物の働きでタンパク質が分解され、強烈で複雑なにおいが生まれる。食品工業発展研究所の陳漢根技師によると、発酵液の中で微生物がタンパク質を分解するとアミノ酸が生成され、においの濃い硫化水素やアンモニアなどの気体が生じ、これが「臭」気を生み出すのである。
臭豆腐は臭いだけではない。小分子のアミノ酸が豊かで奥深い味わいをもたらす。タンパク質が分解されて生まれるフェニルアラニンやトリプトファン、チロシンなどのアミノ酸は、臭豆腐に特殊な香りをもたらし、また豆腐の中の炭水化物は多様な微生物の作用によってアルコール化合物に変わり、それが旨味や果実のような香りをもたらす。これらのにおいと旨味、香りの組み合わせで生まれる独特の風味が、臭豆腐の魅力の源なのである。

小さな臭豆腐は、蒸す、煮る、炒める、揚げる、あぶるなど、さまざまな調理方法でおいしい一品になる。写真は「戴記独臭之家」の「蒸し臭豆腐」。
臭いほど旨い:戴記独臭之家
臭豆腐の風味のカギを握るのは「発酵液」である。臭豆腐を製造する店では、それぞれ独自に開発した発酵液を使っており、発酵液の原材料の違いによって風味に違いが出る。現在、食品工業発展研究所では、伝統の手法で自然発酵させた液体の中から優良な発酵菌株を選び出し、さらに現代的な製造管理技術を導入することで、生の臭豆腐の製造工程を標準化し、多くの特許を取得している。しかし一部の老舗では、現代的な製造工程を導入するのではなく、職人の精神で伝統の自然発酵による臭豆腐を生産している。
「戴記独臭之家」も、そうした店のひとつだ。「私たちは大豆を選ぶところから始めます。弟が豆干(水分を抜いた豆腐)を作り、私が菌の培養と発酵を担当しています」と、創業者の呉許碧瑛さんは両親から受け継いだ技術を語る。この一家は1950年代から生の臭豆腐の卸売りを開始し、弟さんは豆干作りを受け継ぎ、呉許碧瑛さんが臭豆腐の名を高めてきた。
1991年、呉許碧瑛さんは臭豆腐のレストランを開き、臭豆腐作りの技術を授けてくれた継父の苗字を取って「戴記」と名付けた。彼女は昔ながらの生きた菌による発酵方法を守り、自ら発酵菌を培養している。一般に多くの店ではさまざまな材料を混ぜて同時に発酵させるが、呉許碧瑛さんは、冬瓜、莧菜(ヒユナ)、ショウガなど十数種の野菜や生薬を個別に発酵させ、それらを、経験に基づいた独自の比率で配合して発酵液を作っているのである。
動物性の食材を含まない発酵液に漬けた豆腐は灰色に変化する。においはするが、鼻を衝くほどではなく、ほんのり青草の香りもする。呉許碧瑛さんは、豆腐の一つひとつを大切に発酵しさせており、発酵液の中から臭豆腐を取り出す時、一つひとつに「お腹いっぱいになった?」と問いかけると言って笑う。一度に全部を取り出すのではなく、手で触れて発酵度合いを確認し、豆腐が菌種を十分に吸収していることを確認してから一つずつ取り出すのである。
一部のレストランで、料理の辛さを数値で表しているように、戴記では臭豆腐を等級分けしている。等級は、菌種の強さ、発酵時間の長さ、温度の高さの三つの要素によって決まる。標準は12級の完全発酵で、看板メニューである揚げ臭豆腐にはこれを用いる。外側はサクサクで中は柔らかく、かじると大豆の香りの中に草の香りが感じられる。これに特製の胡椒塩をつけると、箸が止まらなくなる。
生きた菌で発酵させた手作り臭豆腐が自慢の呉許碧瑛さんが、個人的に一番好きなのは、13級の臭豆腐で作った冷たい和え物だという。低温で再発酵させたこの臭豆腐は臭みは12級より強く、食感はしっとりしていて、特製の海苔フレークと一緒に口に含むと甘味が際立つ。呉許碧瑛さんによると、お客の中には医療関係者も多く、彼らはこの冷たい和え物を好んで食べるそうだ。おいしいだけでなく、生きた発酵菌を摂取すれば胃腸にも良いからである。

「戴記独臭之家」を創業した呉許碧瑛さんは、飲食業は良心が問われる仕事だと考え、天然の食材を使って身体に良い料理を提供している。
臭豆腐の七変化
台湾ではどこでも臭豆腐が食べられる。夜市や市街地の屋台、田舎の移動屋台でも売っているし、新北市深坑には臭豆腐で知られる古い商店街まである。こうした庶民の味が国賓をもてなす晩餐会にも出されるようになったのは、戴記独臭之家の功労も大きいと言える。
一般に売られている臭豆腐は油で揚げたものが多いが、呉許碧瑛さんは店を開いた当初、蒸す、炒める、煮込む、揚げる、煮るといったさまざまな調理方法の臭豆腐を打ち出し、鍋物など手元の食材を使った即興料理も出していた。その特別な味を求めて多くの美食家が訪れた。
現在の戴記独臭之家はメニューを簡素化し、臭豆腐満漢全席は出さなくなった。しかし、新しいメニューである「臭豆腐バーガー」や「臭元宝」は、他の店では見られないものだ。揚げた臭豆腐を水平に切ってバンズのようにし、レタスやトマト、シイタケ、キュウリに特製ドレッシングをかけて挟んだ臭豆腐バーガーは、おいしいだけでなく見た目も楽しませてくれる。臭元宝というのは、小豆あんと枝豆、臭豆腐を混ぜた具を餃子の皮で包んで油で揚げた料理だ。小豆あんのあっさりした甘さに臭豆腐の香りが包まれていて、臭豆腐がスイーツになることに驚かされる。
おいしそうに食べている私たちの姿を見て、彼女は冷蔵庫から何やら取り出した。その瓶の蓋を開けると臭気が立ち上り、触れた手を洗っても何時間も臭いが取れなかった。これは、戴記独臭之家でも最も臭い臭豆腐――15級の「臭膏(臭いペースト)」だ。呉許碧瑛さんは、この瓶を侮ってはいけないと言って笑う。あるお客は、集中治療室にいる家族の消化を助けるために、水で薄めた「臭膏」を栄養チューブに入れているそうだ。臭豆腐バーガーのドレッシングにもこれを使っている。また、エビに臭膏と塩をまぶしてあぶると、焼けるほどに特殊なにおいを発するという。「臭さの極みは旨さですから」と呉許碧瑛さんは楽しそうに語る。

呉許碧瑛さんは発酵液に漬けておいた豆腐を使う時、一つずつ手で触れて十分に発酵したものだけを取り出す。
花蓮玉里の名店:橋頭臭豆腐
小さな臭豆腐には家族に伝わってきた技が込められている。花蓮県にある「玉里橋頭臭豆腐」の二代目である楊徳彬さんも、母の技術を受け継いで30年にわたって家業を支え、臭豆腐を極みまで発展させてきた。
楊徳彬さんは、家業を引き継いだばかりの頃を思い出す。当時まだ鉄路(鉄道)局で働いていた彼は、退勤後に店で臭豆腐を揚げていたが、揚げ方が良くないとクレームを言われることもあり、商売は安定しなかった。しかし彼はくじけることなく、臭豆腐を揚げる方法を改良し続け、三つの鍋を使う方法を編み出した。温度の違う揚げ油が入った鍋を三つ並べ、臭豆腐を順に揚げていくことで、外はサクサク、中はしっとりとした揚げ上がりになるのである。
揚げた臭豆腐に欠かせないのはタレと付け合わせの漬物だ。橋頭臭豆腐の手作りの漬物は、幾度も攪拌することで味が浸みていくという。この店では漬物と一緒に千切り大根も添える。彼は特に質の良い大根を選んでいる。良い大根は生のままでも水分の自然の甘みが感じられる。「お客さんからは、この大根はまるで梨のようにジューシーだと言われますよ」と言う。
目の前で揚げてくれる熱々の臭豆腐に、たっぷりの漬物と千切り大根を添え、そこへ自家製のタレをかけ、最後に九層塔(台湾バジル)を散らす。一口かじると口の中にさまざまな味が広がり、一度食べたら忘れられない。2~3日ごとに食べにくる地元の人もいるそうだ。玉里橋頭臭豆腐は楊徳彬さんの経営の下、側溝沿いの小さな店だったのが、今では2店舗分の間口を持つ立派な店になり、行列が絶えなくなった。観光客もその評判にひかれて訪れるようになり、今では花蓮県玉里の名店となっている。

呉許碧瑛さんは生きた菌での発酵を守っている。十数種の野菜や生薬をそれぞれ発酵させ、経験に基づく絶妙な比率でそれらを調合して発酵液を作る。
臭豆腐の新たな世界
理想の臭豆腐を揚げるため、楊徳彬さんがこだわっているのは揚げ方と付け合わせだけではない。以前、彼はメーカーに豆腐を注文し、それを自分で作った発酵液に漬けて臭豆腐を作っていたが、メーカーから提供される豆腐の品質が安定せず、味が安定しないことに気付いた。そこで、品質を安定させるために、驚くべき行動に出る。ゼロから豆腐作りを学び始めたのである。
「なんの知識もなく、誰も教えてくれない中で、豆腐が作れると思いますか?それは悲惨なものでしたよ」と楊徳彬さんは笑う。その頃は、しばしば豆腐作りに失敗し、店で出す臭豆腐がないことも多かった。しかし「やるしかない」と強い意思で作り続けた。
こうして2カ月にわたって模索を続け、ついに理想的な豆腐ができるようになった。「品質は非常に安定していて、誰が揚げてもおいしくできます」と言う。このような強い意思があったからこそ、後に支店を出すまでになったのである。
子供たちが帰省して店を手伝うようになると、玉里橋頭臭豆腐は三代目に引き継がれることとなり、玉里の本店のほかに、花蓮市や宜蘭県礁渓にも支店を広げることとなる。娘の楊翊寧さんは、新たなメニューとして冷たい和え物も開発した。子供の頃、売れ残った臭豆腐にタレをかけて冷蔵庫に入れておいたものがおいしかった記憶から生まれたメニューだ。オリジナルとニンニク風味、酸辣レモン風味の3つがあり、これらのソースに臭豆腐を漬けておくと、味が良く染み込み、冷たくてさっぱりと食べられる。
2024年4月3日の花蓮地震では、地元が大きな被害に遭い、そこから楊家は宅配サービスを開始した。彼らが打ち出した臭豆腐宅配セットは、フライパンやノンフライヤーで揚げたてと同じ臭豆腐が楽しめるというものだ。さらに、食品メーカーと協同で臭豆腐クッキーを開発し、カナダや香港の空港でも販売されることとなった。小さな臭豆腐が今では一家の暮らしを支えるだけでなく、新しい道を歩み始めたのである。

「戴記独臭之家」では自家製の白豆干(水分を抜いた豆腐)を使って臭豆腐を作る。歯ごたえがあり、一つひとつがずっしりしている。

「戴記独臭之家」の臭豆腐の冷たい和え物には海苔フレークとタレをかける。においはするが、口に含むとしっとりして爽やかな香りがする。

呉許碧瑛さん(左)は臭豆腐作りの技術を孫の張正亮さん(右)に伝授し、「戴記独臭之家」の味を伝え続けている。

「戴記独臭之家」の臭豆腐バーガー。臭豆腐をバンズに見立て、特製のドレッシングをかけた野菜を挟む。味も見た目も申し分ない。

臭豆腐がスイーツになった。臭元宝は、臭豆腐と小豆あんを水餃子の皮で包んで揚げたもので、その味に驚かされる。

「玉里橋頭臭豆腐」では温度の異なる揚げ油が入った鍋が三つ並べてあり、順に揚げていくことで外はサクサク、中はジューシーな揚げ臭豆腐が完成する。

楊徳彬さんは、臭豆腐のおいしさのカギは揚げ方にあると考えている。

外はサクサク、中は柔らかい揚げ臭豆腐。これに歯ごたえのある漬物と千切り大根をのせ、特製のタレをかけ、さらに台湾バジルの葉を散らす。この完璧な組み合わせこそ玉里橋頭臭豆腐のおいしさの秘訣だ。

「玉里橋頭臭豆腐」が開発した臭豆腐クッキーは、海外でも販売されている。臭豆腐を食べる勇気のない外国人も、この臭くて香りのよいお菓子を試すことができる。

揚げ臭豆腐に欠かせない漬物。「玉里橋頭臭豆腐」の漬物はさっぱりしていて好評を博している。

「玉里橋頭臭豆腐」三代目の楊翊寧さんが開発した臭豆腐の冷たい和え物。熱いものほど臭みがなく、冷たくさっぱりしているので、外国人にも試してほしいと語る。

楊徳彬さん(中央)は娘の楊翊寧さん(左)、息子の楊哲さん(右)とともに、玉里橋頭臭豆腐を花蓮県玉里以外の地域へも展開し、臭豆腐の新たな可能性を見出している。