至近距離のデリーに

インドの多様性を見る
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2018 / 3月

文‧鄧慧純 圖‧莊坤儒


コンノートプレイス はデリーのランドマーク で、多くの海外ブランド が進出し、週末になると ショッピングの若者たち でにぎわう。ショッピン グモールのセレクト・シ ティウォークでは、深夜 12時になっても、ファッ ショナブルな人々が酒を 楽しんでいる。 だが一方、オールドデ リー駅一帯は極めて貧し い印象である。身体に布 を巻き付けただけで道端 にうずくまっている人、 その近くにいるのは老犬 と飛び交う蠅だけだ。 単にデリーといっても その表情はさまざまで、 ひとことで言い切ること はできない。


著名な戦場写真家のロバート・キャパは、「あなたの写真が良くないとしたら、それは充分に接近していないからだ」と言った。一つの都市の観察も同じである。そこで私たちはインド滞在歴の長いジャーナリストや学生、ダンサー、中国語教師、そしてインド企業で働く台湾人を訪ね、日常の中で感じるインドを語っていただいた。

現地で間近に観察

尤芷薇は大学を卒業した22歳の時にインドの旅行会社で実習生となった。住んでいた地域は雨が降れば水に浸かり、月給は1万6000ルピーで、台湾に帰りたいと思ったが、一年のワーキングビザだったため、とにかく一年は頑張ろうと考えた。最初の仕事を辞め、ネットで中国語教師の仕事を探していたところ、香港のフェニックステレビが、「カメラの前で中国語が話せる人」を探しており、こうして就職先が決まった。

王潔予は、政府教育部が初めてインドに派遣した中国語教師の一人である。インドに来たばかりの時、国際チェーンの飲食店なら問題ないだろうと思い、サブウェイで食事をしたのだが、野菜を洗う水に問題があるとは思わず、3ヶ月もの間、腹の具合が悪かった。それでも、おかげで体重が高校時代に戻ったと考えることにした。インドに対する印象を一言で言うならばIncredible Indiaだという。

美術を学んだ邱琬筑はインド伝統のメヘンディ(ヘナタトゥー)を学ぶために来たが、偶然のきっかけから伝統のインド舞踊カタックを学ぶこととなり、毎日規律正しくヨガとダンスを練習する日々が7年も続いている。

李怡静は国際展覧会を請け負う会社に勤めていたが、ドイツでのワーキングホリデーを目指してドイツ語を習い、華語教師育成の講習も受けていた。華語教育の経験を積もうと思い、インド人学生と言語交換をしていたところ、インドで華語を教えることを勧められた。そこでインドの農業NGOで華語を教えることにし、その後、デリーの空港の免税店に転職した。インドで得られた教訓は「どんな可能性もあるのだから、何事にもチャレンジする」ということだという。

鄭欣娓は25歳の時にインドに来た。女性と子供を対象とするNGOに勤務し、ヒンディー語を学んで現地の生活にとけ込んでいった。任務が終わった後、ジャワハルラール・ネルー大学に残った。インドで学んだのは「思ったことは何でも口に出してみること」だったという。

多様で複雑、そして優れた論理学を持つこの国に一人で渡った彼女たちの勇気には感服する。だが尤芷薇は、たまたま人生のある段階でインドとの交差点にさしかかっただけだと言う。しかも、あまり考えてはならない。考えすぎるとインドに来ることはない。そしてここに留まっている人は「インドから選ばれた人」なのだと言う。

コミュニケーションが盛んな民主国家

インド人は話し好きで、思ったことは何でも口に出す。通りを埋め尽くす人力車も、信号で止まれば互いに言葉を交わし、満員の地下鉄でも押し合いへし合いしながら隣の人と話をする。自分の意見を言うことがコミュニケーションであり、とても重要なことなのである。

鄭欣娓がインド中部でNGOの計画を推進していた時、同僚は英語が話せず、彼女はヒンディー語が話せなかったため、議論をするインド人の中で彼女はおとなしくしていたが、彼女が自分の意見を言わないことが皆を困らせたという。

ジャワハルラール・ネルー大学で、鄭欣娓は学生たちが考えをストレートに話す姿を目の当たりにした。「私たちは、台湾は民主的だと誇っていますが、実は民主的ではないところがたくさんあります。学生は先生に反抗できないし、討論しようとしません」と言う。インドでは学校の決定に対し、学生たちが直接意見を述べ、ストライキや訴訟などの行動を起こすのである。

だが、王潔予はこれには良い面も悪い面もあると言う。インド人は自分の意見を発表する権利を重視するため、決議までに長い時間がかかり、周知のとおり行政効率が低い。

台湾とインドでは「意見表明」に対する態度が大きく異なる。意見が対立する時、台湾人は相手のメンツや場の雰囲気に配慮して口を閉ざすことが多いが、インド人は激しく言い争い、それでもすぐに笑顔で仲直りするのである。

「彼らの方法の方がいいと思います。台湾人は本音を言わず気を遣うので、かえって誤解が生じ、悪い結果を招きます」と鄭欣娓は言う。

尤芷薇は「意見を言っても何も変わらないこともありますが、相手が何を考えているのかは分かります」と言う。

違う意見を伝えるというのはコミュニケーションの方法であり、こうしたインド人の包容力と素養は私たちの目を開かせてくれる。

包容力とフレキシビリティ

インドの地下鉄では5人掛けのスペースに8人が座り、行列では前の人にぴったりくっつく。インドでは人と人との距離が非常に近い。

インド舞踊を学ぶ邱琬筑は、舞踊の先生と一緒に暮らしており、衝突することもある。「台湾では、口喧嘩をしたらしこりが残り、態度が変わってしまいますが、インドではそんなことはありません。翌日はけろっとしています」と言う。

また、インド人は何事も積極的に人を励ますと感じている。「台湾人がインド舞踊を学んでいると知ると、誰もが高く評価してくれ、やる気が出ます」と言う。

貧富の格差が大きく、行き倒れの人を見かけることもあるような環境で、生活には苦労が多いに違いないが、彼らは常に「All is Well」という態度で楽観的に時を待つ。インド人は慌てず、急がない。ここに6年暮らしてきた王潔予は「時が解決する」ことを学んだ。時が来れば、物事は自然に向かうべき方向へ向かうのである。

時間の感覚だけでなく、フレキシビリティと独特の論理にも驚かされる。李怡静によると、会社でも2時間の遅刻まで許され、仕事の習慣と考え方も台湾とは大いに異なる。インド人は既存のルールに従うことを好まず、指示通りに仕事をしてもらおうと思ったら、まず相手を説得しなければならない。彼らはさまざまな考えを持っており、常に「なぜ?」と聞いてくる。

尤芷薇は、ヒンディー語の「jugaad」という言葉を挙げる。「代替案」に近い意味の言葉だ。インド人が既定の方法に従いたがらないのは環境にも関係しているというのである。インドでは予測不可能な事態が発生することが多いため、すぐに代替のB案、C案を出せなければならず、「必ずこうしなければ」ということはないのである。これが彼らのフレキシビリティと危機処理能力の高さにつながっている。そして代替案の背後には優れた論理があり、また諧謔とユーモアが潜んでいる。尤芷薇は著書『去印度打拼,走進另一個世界的中心(インド、もう一つの世界の中心へ)』で次のような例を挙げている。商店で、おつりの小銭がない時、彼らはキャンディで代替する。5ルピーのおつりのところ、3ルピーとキャンディ2つを渡されるのだ。これもインドのちょっとしたユーモアで、彼らの代替案なのである。

チャンスにあふれた大地

世界で人口が2番目に多く、国土は台湾の91.37倍、世界で7番目に広い国土を持つこの国は、機会に満ちている。

李怡静は「インドが私を変えてくれました。まず学んだのは、何事もチャレンジしてみるということです」と言う。

インドに華語を教えに行った彼女だが、デリー空港の免税店が華語を話せる社員を求めていて、彼女は免税店に勤務することにした。

インドの企業に入社した彼女は、職場の雰囲気が台湾とはまったく異なることに気付いた。台湾では、仕事は既定の方法で行なうこととされていて、あまり弾力的ではないが、インドでは従業員のアイディアを自由に発揮させることが多い。そこで彼女が、台湾からの見本市参加団に特典を提供するプランを出したところ、会社はすぐに同意してくれたという。

観光客に高い料金をふっかけるインドの三輪タクシーからも人生の道理が学べると言う。「運転手は観光客に10~20ルピー高めの料金を言いますが、それでも乗る人がいれば大儲けなのですから、言ってみる価値はあるわけです」と言う。良い例とは言えないかも知れないが、「試してみることが希望につながる」ことがわかる。

インドでの将来を考える李怡静は、バックパッカーが集まる通りへ案内してくれた。そこは彼女のテリトリーで、彼女は自分で旅行関係の事業を始めたいと考えている。「インドに来て自分に自信が持てるようになりました。あまり複雑に考えず、失敗を恐れずにやってみることです。失敗したってどうということはありません。やってみることが大事なのです」と言う。

社会に出たばかりでインドで記者になった尤芷薇も、今は27歳で台湾人記者としてはインド駐在歴が最も長い。台湾の記者が特派員になるには通常は10年以上のキャリアを積む必要があるが、彼女は本来ならあり得ない機会を手にし、すべては自分の計画にはないことだった。だが急速に発展するインドは夢を追う人に機会を与える。

インドを訪れると、貧困や非識字率の高さ、衛生などの問題が目に入る。だが、物質ではない、精神的な何かに多くを感じることだろう。

尤芷薇は、インドのおかげで自分はフレキシブルでユーモラスな人間になれ、インドで自分を見出し、自分の舞台を見つけたと語る。台湾では、少し変わっていると言われてきたが、ここでは伸び伸びとやりたいことができる。

王潔予は、インドで生きていくには何事も疑い、必ず自分で確かめることが大切だと言う。

李怡静は、インドには不思議な力があり、自分の別の価値を見出させてくれるという。

鄭欣娓は、インド人の楽観主義を高く評価する。心配しても何の助けにもならないのだから、何事もうまくいくと信じていた方がいい。彼女自身、勇気を出して自分の言いたいことを口に出すことを日課にしている。

言葉は要らない。邱琬筑の舞う姿を見れば、彼女がインドで自信をもって生きていることが分かるというものだ。

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