陳水扁総統は、この8月中旬に、中米とアフリカの友好国6ヶ国を訪問し「民主外交、友好の旅」を行なった。13日間にわたる外遊は、総統就任後初めての海外訪問だった。この外遊によって国内では外交が大きな話題となり、また陳水扁総統の魅力が海外でも注目された。これに続いて呂秀蓮副総統も海外を訪問し、新政権の「首脳外交」が始まった。
しかし、陳水扁総統が外遊から帰国して一時的な外交ブームが冷めると、国民の間からは次のような疑問の声が再び上りはじめた。国内の株式市場は振るわず、第四原子力発電所の存廃は決まらず、国の財政は厳しく、両岸関係も混沌としている中で、膨大な費用を必要とする大規模な首脳外交は本当に必要なのか、という疑問である。陳水扁総統の、友好の旅の真の意義とは何なのだろう。この外遊は、我が国の外交にどのような契機をもたらしたのだろうか。
この8月、陳水扁総統は閣僚や政府高官、立法委員、企業の代表者ら100名以上からなる訪問団を率いて外遊に出発し、中米のドミニカ、ニカラグア、コスタリカ、そしてアフリカのガンビア、ブルキナファソ、チャドの6ヶ国を訪問した。13日間で6ヶ国を訪問するというハードスケジュールからも、外交に対する新政権の意気込みがうかがえる。しかし、訪問先は中米からアフリカまで広範囲にわたり、毎日朝から晩まで過密なスケジュールをこなしたため、同行した人々は疲労の色を隠すことができず、選挙運動より忙しいという声も聞かれた。
地球を一周した今回の旅では、訪問先の国々の豊富で多様な文化に驚かされた。8月20日、訪問団が西アフリカのガンビアに到着すると、同国の数万の国民が10数キロにわたって沿道を埋め尽くして歓迎してくれた。これを目にした陳総統は感動し、今年3月の総統選挙の際のスローガン「百万の人民よ、立ち上がれ」が、ガンビアで実現したと語った。
このような人と人との友好関係だけではなく、もちろん相互の理解と協力も重視された。陳水扁総統は、今回の外遊では主に台湾における政権交替という民主主義の成果を伝え広め、「首脳外交」によって友好関係を深めることが目的だと語った。陳総統は友好国に対して、新政権の外交政策は安定した継続的なもので、旧政権による約束を包括的に継承するとともに、人道的な立場から対外援助は増加すると約束した。
このように海外で外交活動が盛り上がりを見せ、マスコミが大々的に報じる中、国内では疑問の声も上がっていた。政権が交替しても対外的な資金援助と外交上の困難は変らず、国内で先行きの不透明感が増している時に国家元首が海外に出て行くべきかどうかが議論されていたのである。
これに追い討ちをかけたのが、民主主義の外交透明化における「脱線」だ。まず陳総統がドミニカを訪問していた時、同国の国会議長の発言が「秘密の金銭援助」という疑惑を生じさせた。また、ニカラグアのマスメディアは、訪問団が同国に滞在している時に「マネー外交」を批判し、両国関係の本質を疑問視する評論を発表した。また、我が国の駐ドミニカ大使と駐ニカラグア大使である孫大成氏と蔡徳三氏は、多くのマスコミが見守る中で総統に報告を行なった際に、厳しく直言してはばからなかったため、新政権と在外大使館との間のコミュニケーションに問題があるのではないかという疑問も生じた。あるいは、ベテラン外交官が新政権の外交の士気を高めるために、敢えて諫言したのだろうか。この他に、今回の外遊は「民主外交、友好の旅」と名付けられたが、少なからぬ訪問先は、まだ民主化が始まったばかりの状態であるため「民主の旅」の実質が伴なわないのではないかと揶揄する声も上がった。
次々に生じたこれらの疑問に対し、陳水扁総統は外遊先で幾度も談話を発表し、新政権の外交政策を次のように説明した。「中共からの強い圧力があるため、我が国の外交は非常に困難な状況に置かれている。他の国なら六の力で十の成果を収められるところを、我々は十の力を出しても二か三の成果しか上げられない状況にある。このような外交関係者の苦労を政府は十分に理解しているが、外交においては、中共の圧力を口実にすることはできず、やる気さえあれば自ずと力が出てくるものだ」と。
また「我が国の対外援助には限りがあるが、友好国を助けることは我々の権利であると同時に義務でもあり、各国にはそれぞれ長所がある。我が国の友好国の経済はまだ十分に発達しておらず、民主政治も始まったばかりだが、我々は台湾の経済発展と民主化の経験を提供し、友好国とともに努力し『ともに立ち上がり、歩み出る』べきだ」と述べた。
訪問団は8月25日に帰国した。民進党台北市支部が発表した世論調査によると、国内の73.7パーセントの人が、陳総統の今回の外遊は我が国の外交に有益だと答えており、また76.5パーセントの人が、今回の海外訪問は台湾海峡両岸に緊張をもたらすものではないと答えた。
総統府の簡又新秘書長は「結果論」として、総統の海外訪問は正しかったと語り、また三つの試練を乗り越えることができたと述べた。陳総統の外遊中、新政権は唐飛行政院長の指導の下で順調に運営され「陳・唐体制」が安定していたこと、中共の北戴河会議が両岸関係に緊張をもたらさなかったこと、そして台湾が台風に襲われたが、政府の災害対策能力に問題はなかったことの三点だ。
中央研究院欧米研究所の裘兆琳研究員は、新政権の首脳による外交を高く評価し、今回の外遊には幾つかの重要な意義があると語っている。まず陳水扁総統は就任後間もなく海外を訪問したが、これは今まで外交面での経験のなかった陳総統にとっては、急速に外交事項に習熟する最良の方法である。また今回訪問した中米とアフリカには、我が国の友好国の7〜8割が集中しているため、同地域の友好国の普遍的な状況を実際に確認することで、より理解が深まった。さらに、今回の陳総統の海外訪問が世界的に報じられたことで、国際社会に我が国の国家主権を十分に意識させることができ、これは今後の両岸の対話において対等な立場を求める際に有益である。また、産業界の代表が同行したことで、遠くて理解の十分ではない友好国の投資環境が理解され、今後の「経済貿易外交」の推進に役立つからである。
「元首は国を代表する最高の地位にありますから、その海外訪問となると、やはり効果は違うものです。今回はドミニカの新大統領就任式典などで、他の多くの国の指導者とも会談できましたから、その実質的な効果は言うまでもありません」と裘兆琳さんは言う。
しかし首脳外交となると、多くの人手と経費がかかる。この点について、今回の訪問団にも参加した民進党の李応元立法委員(中米副代表に内定している)は次のように語っている。「首脳外交」には「最高の戦略」という意義があるが、国家元首の海外訪問は最終的な切り札でもあるため、必要性がなければならず、頻繁に行なえば逆効果になる。
確かに首脳外交の成果は大きなものだが、まったく不利な点がないのかと言うと、東呉大学政治学科の劉必栄教授は違う見方をしている。劉教授は、台湾にとって、外へ出て行くことのできる外交努力は決して放棄すべきではないが、元首が外交ブームを巻き起こした後、その流れと勢いを実質的に継続して行けるかどうかが問題だと考えている。例えば、かつて李登輝総統が国交のないシンガポールを訪問した時には「台湾から来た李総統」という新しい外交の形を生み出し、これに対して「満足とは言えないが受け入れられる」と語ったことは誰もが知っている。このブームは、李登輝総統のアメリカ・コーネル大学訪問まで続いた。しかし全体的に見ると、数回の海外訪問を通して、首脳外交も「外交上の突破や全面的な向上」という効果をもたらしてはいないことに人々は気付いている。
劉教授は、今回の陳水扁総統の外遊に際して国内で議論された点は二つあると指摘する。一つは、国家元首の海外訪問に際して、それに関連する全体的な政策が整っているかどうかという点だ。もしセレモニー的な訪問でしかないなら、このような外交活動の知恵という点では、さらに考える必要があると言う。
もう一つは、今日の台湾にとっては経済こそが外交上優勢に立てる強味の一つだが、金銭援助の方法はよく考える必要があるという点だ。劉教授は、首脳外交は、より整った外交戦略の大きな枠組みの中で考える必要があり、対外援助の部分でも、より透明化された監督メカニズムを設けるべきだと提案する。立法院が対外援助を法制化すれば、対外援助にも民意の基礎ができ、外交はより全面的に考えられるようになる。そうしてこそ全面的な向上が果たせるであろう。
だが、国家元首の海外訪問には指標としての作用があり、外交上の新たな運用方法が見出されたのは確かだ。しかし、陳水扁総統の今回の訪問で得られた最も得難い収穫は、外交上の短期的な成果ではない。各国の一般国民の温かい心と、彼らが我が国の駐在員や農業技術団のスタッフとともに努力している姿こそ、私たちを感動させるものだった。
李応元立法委員も、資金を提供するという点では我々は大陸に及ばないかも知れないが、本当に友好国の人々の心をつかめるのは、台湾の人々と政府が生み出してきた台湾の経験だと言う。これこそ、経済発展と民主化を推進している友好国にとっては大きな魅力であり、他には代えられないものなのである。
例えばガンビアの場合、台湾農耕隊の協力によって同国のイネの生産量は数倍にも増えた。だからこそガンビアの人々は、かくも熱烈に訪問団を歓迎してくれたのである。友好国が必要としているのは、魚ではなく、魚を捕るための釣竿なのではないだろうか。
今回の陳総統の外遊に同行した立法委員の朱鳳芝氏、馮定国氏、洪奇昌氏、陳進丁氏らは「マネー外交の影をまとって出発し、陽光をまとって帰ってきた」と語った。彼らは、人道的な協力は必要であり、また永遠のものだと言う。彼らは、一歩進んで農耕隊を我が国の兵役の代替役の項目に加え、より多くの台湾の若者が国際的な人道援助に参加できるようにすべきだと提案している。
8月22日、かつては荒野だったブルキナファソの農地を訪れた。気温は40度に達し、熱波が吹き付けていたが、ここは我が国の農業技術団が灌漑用水を引き、地元の農家とともに「台秈二号」を植えている田んぼである。利害得失が重んじられる外交問題と現実の国際政治が論じられている時、あのアフリカの荒野で、太平洋上の島から来た人々が30年にもわたって黙々と働き続けてきたことを思うと、「外交」は一面の緑の大地に覆いつくされ、目に浮かぶのは、たわわに実った黄金色の実なのである。