アンティークの蓄音シリンダー
林本博さんは円盤型蓄音機の他に蓄音シリンダーやレコード、レコード針や修理道具も収集している。数千曲を数えるレコードの中には、かのエジソンが蓄音機を発明した当初に使用したシリンダー型のもの、それにエジソンが競争のために作った厚さ0.7ミリという円盤型レコードもある。録音内容は、日本時代に台湾で創作された歌謡曲、歌仔戯、日本の懐メロ、上海の1930年代の流行歌、アメリカの30年代のポップス、インド歌謡、それに戦後の台湾のレコードなどだ。蓄音機を買った時に一緒にもらったものもあれば、チャリティー展示会などで同好から贈られたものもあるが、大部分は彼が古物商や蚤の市で手に入れたものだ。
レコードには16回転、45回転、78回転、それに最も安定していて音質の良い33回転があり、蓄音機のターンテーブルには3インチ、5インチ、7インチ、10インチ、12インチのものがある。興味深いのは初期の円筒型蓄音機のシリンダーだ。これは複製を作って量産することができず、一度に1つのシリンダーにしか録音できないため、歌手はシリンダーを10個売りたければ10回録音しなければならない。またシリンダー1つ当たり2分ほどしか録音できないため、曲が長ければ幾つにも分ける必要があるし、1つのシリンダーは数回聞けば摩滅して聞こえなくなってしまうというものだ。当然、価格も安くはない。
林本博さんは1938年に日東レコードが出した「四季紅」というレコードを取り出して説明する。「日本時代の78回転のレコードの原料はシェラックという素材です。これは東南アジアのラックカイガラ虫という昆虫が出す分泌物から採れる原料です。これで作ったレコードは磨耗しやすいので、しばしば洗浄しなければなりません」
レコード針も林さんの大切なコレクションだ。針の材質にはダイア、磁器、鋼、竹などがある。竹製のレコード針は第二次世界大戦の末期、物資が欠乏していた時に作られた代用品である。耐用性は低いものの、レコードに傷を付けにくいという長所もある。レコード針は美しい鉄製の箱に収められており、当時レコードを聞く人の大部分がお金持ちだったことがうかがえる。
日本時代の昭和10年(1935年)に発行されたレコードや蓄音機の価格表を見ると、それらが非常に高価なものだったことが分かる。当時の学校教員の月給は約20〜30円、「郡守」のような高給公務員の月給は60〜80円程度だった。これに対してレコードは1枚1円65銭、最高級の電気蓄音機は600円もした。コロムビアが発売した普及型のポータブル蓄音機でも28円もし、教員の1ヶ月の収入に相当したため、これが買える人はごく限られていた。当時は、数人の仲間がお金を出し合って1台購入し、みんなで交替で聞くということもあったという。

1936年、日本コロムビア製のポータブル蓄音機はレコードを5枚収納できて持ち運べ、音質も良い。林本博さんの初めての蓄音機だ。