
政府教育部の統計によると、2013年度に留学ビザを申請して海外留学した学生は3.1万人、主な留学先はイギリス、アメリカ、オーストラリア、日本などがだが、注目したいのは香港へ留学する学生も増えていることだ。なぜ、香港なのか。本誌の香港特約記者が香港留学中の台湾人学生にインタビューした。
東西の文化が共存する国際都市・香港は、グローバルであると同時に中国大陸との経済的往来も緊密で、こうした環境から、多様なビジネスプラットフォームが育っている。香港理工大学の会計および金融学部に通う台湾人学生・呉昱萱は、台北市立中山女子高校を卒業し、台湾の大学学科能力測験(大学入試システムの一つ)の成績で香港留学を申請した。「授業がすべて英語で行われるという点に惹かれました。英語力が身につき、国際的視野も広がると思ったからです」と言う。

呉昱萱は最初は言葉が通じず、同級生とは中国語と英語を交えて話していたが、現地の学生と広東語で話すのは今も難しいと言う。「クラスの学生の半分は地元出身、半分は大陸出身で、その他の少数は世界各地からの留学生です。実験の時などは出身地の異なる学生たちと話し合いますが、文化の違いによって考え方も異なり、意見が分かれるので、よく話し合わなければなりません。でも、これもよい練習だと思います」
呉昱萱は、毎日の授業で考え方の違いに直面している。「先生の国籍もさまざまで、それぞれ教え方も異なります。大部分は絶えず学生に質問を投げかけ、さまざまな角度から問題を考えさせるので、常に頭を働かせている状態です」授業で教わるのは教科書に載っていることとは限らない。教科書はいつでも読めるが、先生が教える知識は教科書には書かれていないものなのである。
また、香港の大学にはクラスというものがないという。呉昱萱によると、1年目は学部内は学科に分かれておらず、クラス分けもない。2年目からは自分で専攻を決めるが、やはりクラス分けはないので、自分で積極的に友達を作らないと帰属感が得られないという。
台湾の高校から香港の大学に進んだ学生たちは、香港の大学での勉強は大変だと感じている。香港中文大学2年生の謝安雅は経営学専攻、台湾の国立政治大学付属高校を卒業し、大学学科能力測験の成績で中文大学に進んだが、彼女も香港での勉強は大変だと感じている。「台湾では大学入試のプレッシャーが大きい分、大学に入ると皆、気が緩んでしまい、あまり勉強せずにキャンパスライフを謳歌するか、大学院進学を目指しますが、香港では大学のすべてが将来の就職を考慮して組まれています」と言う。
謝安雅によると、香港の大学生の大部分は学部を卒業すると就職するので、学生だけでなく先生も大学も学習を将来の準備ととらえている。「1年生の時に、私は教授に指名されて授業でプレゼンテーションをしました。教授がチェックするのは、発表者の視線がどこに向いているか、言葉や内容がはっきりしているかなどで、これらの点に注意して練習しなければなりません。将来の職場では必ずこうしたシーンがあるからです」と言う。

実際、台湾の大学と香港の大学とでは教育理念も大きく異なる。台湾では完全な知識体系を重視し、ハードとして知識で学問の基礎を固める。一方の香港では学生の臨機応変な対応力を重視し、実践的な訓練を通して職業人としてのソフトの実力を身につけさせる。双方に優劣があり、異なる効果が得られる。
香港城市大学3年生の蔡宇翔は国立台南第一高校を出て、やはり大学学科能力測験の成績で留学し、土木および構造を専攻している。彼は香港の国際的な視野に興味があるという。「香港ではインフラ建設が常に続いています。港珠大橋、鉄道支線、湾仔と中環を結ぶバイパスなど、大型工事が止まることはなく、関連する人材の需要も増え続けています」
土木・構造の分野ではプレゼンテーションの機会はそれほど多くはないが、彼も、香港の大学が将来の職場における技能や能力を重視している点が良いと感じている。「教授は建設関係の実践的な経験を伝授してくれます。例えば、どのような状況で共同調査を行ない、どんな道具を用意するか。また大型建設をどう展開するかなどです。これらは、将来の職場環境のシミュレーションになり、非常に役に立ちます」と言う。

香港大学芸術学部3年生の陳宣穎。多くの学生とは異なる芸術の道を選んだ。
香港科技大学2年生の王敬恒は、計算機工学と経営学のダブルメジャーで、勉強はかなり忙しそうだ。「香港の国際化に惹かれて留学しました。香港の学歴は後のさらなる留学にも有利ですし、英語で授業を行なう環境も魅力です。中国大陸も近いので就職の機会も多いと思います」と言う。彼にとって香港は他のアジア諸国や欧米へのスプリングボードと言えそうだ。
もう一つ、台湾の学生をひきつける要素は学費である。学費は欧米の大学より安い。「香港での一年の学費は11~12万香港ドル(約42.5~46.5万台湾ドル)ほどで、生活費や家賃を含めて年に60~80万元で、欧米に留学する半分で済みます。英語の授業を受けたくても年に200万もかかる欧米留学は無理だという人は、香港は悪くない選択肢です」と王敬恒は言う。

香港城市大学で土木および構造工学を学ぶ3年生の蔡宇翔は、香港の旺盛なインフラ建設に就職の大きな可能性を見出している。
香港城市大学マーケティング学科2年生の沈欣儀は、両親ともに台湾人だが、家族そろってインドネシアに移住した。子供の頃は、台湾の小学校に通っていたが、その後はインドネシアのインターナショナルスクールに通い、大学進学の段階になって香港を選んだ。「両親はアメリカに留学すると『西洋化』しすぎるのが心配だと言い、それで香港を選びました。英語で授業が行われるのと、アジアと西洋の両方の文化があるのが理由です。しかも中国大陸にも台湾にも近く、ここからならアジア各地へ数時間で行け、インドネシアにも近いですから」と言う。
沈欣儀は、台湾と香港とインドネシアのそれぞれの教育制度に独自の見解を持っている。「台湾の小学校に通った4年間、私は主に知識を吸収しました。その後のインドネシアのインターナショナルスクールではアメリカ式の教育を受け、先生の論点に反論する習慣が身につきました。先生が出す問題に対して、誰もがそれぞれ異なる答えを出していいのです。香港も自由な空気があり、特に私はマーケティングを学んでいるので、グループプロジェクトなどではみんなが自分の考えを主張します」
台湾人学生にとっては、異なる文化に対してオープンな態度をとることが視野を広げる機会になると沈欣儀は考える。「マーケティングでは、他者を説得して自分の考えを受け入れてもらうことが非常に重要です。ヨーロッパや中国大陸の学生は明確で強い考えを持っていて、好き嫌いをはっきり言います。香港の学生はオープンな態度でまず他者の意見を受け入れ、それから自分の意見を言います。私は香港人に近い態度です」と言う。ぶつかり合いながらコミュニケーションを学ぶという点で、沈欣儀は長年にわたって自ら実際に経験してきた。さまざまな文化的背景の社会を経験して知恵を身につけており、それが彼女の大きな強みになっている。

城市大学マーケティング学科2年生の沈欣儀。台湾の小学校に通った後、インドネシアに移住し、香港の大学に進学した。
香港は多元的な社会であり、東西文化が共存していて、金融やビジネスを重視するとともに文化的な魅力も有している。
陳宣穎は香港大学の芸術学部に学んでいる。人気のある金融や貿易、コンピュータなどを専攻する学生が多いのに対し、芸術学部を選ぶというのは確かに珍しい。彼女は中学の時に香港大学のサマーカリキュラムに参加したことがあり、香港の教育制度に触れ、香港の学生たちの積極的な態度が強く印象に残ったという。そこでSATの成績で入学を申請した。「芸術学部を選ぶというのは確かに少し変わっているかも知れません。この学部を選んだのは、一つは興味があること、もう一つは私が選考する芸術史の分野は台湾では不足している部分なのです」と言う。
「香港と台湾の文化の雰囲気は全く異なります。私が履修しているのは主に芸術の理論と分析のカリキュラムですが、授業での分析や学術研究の他に、英語の論文を大量に書かなければなりません。論文の準備段階で構成を話し合う際、教授は次々と私の論点に疑問をぶつけ、それを修正しなければなりません。これは非常に良い訓練で、将来の重要な基礎になると思います」
多くの人は、芸術学部に学ぶ学生は将来は創作の道へ進むものと考えているが、実はそうではない。アジアの金融センターである香港では、美術品市場が急速に成長している。美術品オークションなどの背後では、コレクターは芸術に深い知識のある人材を必要としており、香港にはこの面でも優位性がある。
「夏休みが近づくと、先生は学生たちに実習の機会を掌握することを勧めます。博物館やオークション会社、ギャラリーなどで実習の機会を得て、この市場の実際の運営に触れることが大切なのです」と言う。ここからもわかる通り、芸術学部の卒業生が歩む道は決して創作だけではないのである。
「香港留学は少なくとも小さな一歩だと思います。自分が慣れ親しんだ場を離れ、新しい場所で新しい分野に飛び込んだのですから。一カ所にとどまって発展の機会を探すのではなく、もっと世界の他の都市に行く機会をつかむべきだと思います」と陳宣穎は、自分が香港へ来た意義を語る。卒業後に中国大陸で働く機会があったら、そのチャンスはつかみたいという。やはり中国大陸にはチャンスが多いからだ。これは多くの留学生の考えでもある。
授業や勉強に追われる日々だが、台湾からの留学生は、香港という場所で改めて自分の国へのアイデンティティを見出しているようだ。インタビューを受けてくれた学生のほとんどが、台湾の話になると、その美しい大自然や、おいしい食べ物、そして笑顔を絶やさないサービス業などを絶賛する。彼らは、他の国の学生たちに自分の国の素晴らしさを語ることで、あらためて自分が育った土地の良さを知り、国へのアイデンティティを確認しているのである。
香港の大学・短大は2008年から台湾の学生を募集し始め、今日まで香港に留学した台湾人学生は累計500人余りになる。「留港台湾学生会(香港に留学する台湾人学生会)」の資料によると、2014年度に香港に留学した台湾人学生は計83人。台湾の学生にとっては、新しい留学先と言える。海外留学する学生が増え、世界の人々が台湾の若者や台湾の持つ可能性に触れる機会を増やしている。
「留港台湾学生会」は2012年に設立された。香港で大学・短大に通うすべての台湾人学生の交流と協力を促進し、台湾人学生と社会や市民との交流を深めることを目的とする。これと同時に、異なる学校に通う台湾人同士が知り合い、大学同士が交流できるプラットフォームを提供し、互いの見聞と視野を広げることを目指している。
ウェブサイト:http://hktsa.webs.com/
―「初めて尖沙咀に行った時は、中国大陸に来たのかと思った。聞こえるのは大陸から来た観光客の話す普通語ばかりで、通りの両側は純金のアクセサリーを売る店ばかり。レストランを探すのに一苦労した」
―「香港のサービス業の従業員は、お客によって広東語と普通話と英語を使い分ける。相手によって臨機応変に言語を切り替える能力はすごい」
―「香港人はせっかちで、誰もが忙しく時間に追われているが、仕事の効率も高い」
―「前進しなければ人波にのまれてしまう。ここは効率志向の街」
―「貧富の格差が大きい。中環(セントラル)では、上質のスーツを着た月収十数万香港ドルのビジネスマンが行き交うが、日が暮れると年老いた女性がゴミや段ボールを拾い集めている」
―「香港にはのんびり散策できる裏通りがなく、人々はエアコンの効いたショッピングセンターに集まる」

香港中文大学経営学科2年生の謝安雅は、大学での勉強はすべて将来の就職のためだと明言する。