帆を揚げて未来へ

黄建栄校長の人づくり
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2018 / 2月

文・陳亮君 写真・黄建栄提供 翻訳・山口 雪菜


宜蘭県岳明小学校は2009年に教育部学園空間活性化発展特色学校の特優として表彰され、2010年には行政院国家教育永続発展賞、2013年にはさらに経済部エネルギー推進学校傑出賞に輝いた。この学校の黄建栄校長は、なぜ実験教育の道を歩み続け、またどのように困難を乗り越えて教育活性化とイノベーションに取り組んできたのだろうか。私たちは校長の姿に、郷土と自然、そして教育に対する情熱を見ることができる。


宜蘭県岳明小学校の黄建栄校長は、教養があり礼儀正しいというイメージである。痩せ型で背が高く、ゆっくりと筋道を立てて話をする。この校長が学校のイノベーションを率いてきたのである。教職について30年、その教育理念と歩んできた道を語っていただいた。

田舎育ちの子供

「私は宜蘭県蘇澳の聖湖の近くで生まれ、2~3歳の頃に馬賽へ引っ越しました」幼い頃は、田んぼのあぜ道を歩き、小川を超えて学校に通った。川で魚を捕り、サツマイモを焼き、泥遊びをするのが放課後の楽しみだった。大自然の中で遊ぶのは当たり前のことで、近くの武荖坑で泳ぎ、学校近くの澳仔角海岸で蟹を捕った。「この地域では冬には多くの人が海辺でウナギの稚魚を捕っていて、海辺は夜市のように賑やかでした。地元の人々の重要な収入源だったのです」と言う。家は雨合羽の店を開いていたので、夜中に雨合羽の修理を頼みに来る人もいたという。山も海も黄建栄にとっては空気のように当たり前の存在で、それが後の教育理念へと発展していった。

3人の姉の下に、初めての男児として生まれた彼は、両親の期待の下、のびのびと育ち、能力を伸ばしていった。成績は常に学校のトップクラスで、中学に入ると奨学金を受けられるようになり、学校に必要な費用の半分は奨学金でまかなうことができた。

「中学で学校を代表して参加した学芸コンクールが忘れられません」と言う。各学校が10人一組の代表選手を出し、テント張り、調理、木工、化学実験、徒競走、英語リスニング、絵画などを競うのである。代表選手は半年をかけて放課後に先生による訓練を受け、宜蘭県教育処が行なうコンクールで2等賞に輝いた。

この体験教育が黄建栄に大きな影響をおよぼした。おかげで家の下駄箱やタンス、椅子などはすべて自分で手作りしたと言う。後に教員として生徒にキャンプや調理、芸術鑑賞を教えるようになったのも、この時の訓練の影響である。中学を出ると、師範専科学校へ進学し、大自然の中で育った青年は教育の道を歩み始める。

大自然の中での授業

黄建栄は師範学校を卒業すると、新荘の昌隆小学校で1年間実習し、2年の兵役を経て、再び実習した学校へ戻ることになっていた。しかし、陽明山にある平等小学校は自然環境に恵まれていて6学級しかないと聞き、大自然に触れたいと思っていた彼は台北市の教員試験を受け、平等小学校での教員生活が始まった。

この学校は陽明山国立公園の東南に位置し、1991年から台北市が田園小学校での実験プランを実施していた。「そこで、教育と現地の環境資源を結び付けたいと考えました。例えば国語の授業では、子供たちを渓流へ連れていって観察させたり、詩を学んだら、それに似た情景の場に連れて行ったりしました」と言う。テーマ学習のような形で少しずつ他の学科にも広げ、また複数の学科にまたがる授業も行なった。例えば、陽明山地域の研究で年間の降水量や気候の特色に触れたら、そこから雨量の計測方法を学び、さらに陽明山に関する文章を読めば、理科と算数と国語を一つのテーマで学ぶことができる。

黄建栄にとって、大自然はどんな教科書より素晴らしいものだった。週に一度は野外授業を行ない、その教科書は自分で編集した。この平等小学校での最後の3年間、彼は師範大学環境教育大学院に入り、理論と実践を結び付けた。11年間教えた平等小学校を離れる時には、それまでの保護者会の歴代会長6人から学校に残ってほしいと頼まれるほどだった。黄建栄は今でも毎年平等小学校を訪ねて旧交を温めている。

持続可能な環境への大改造

黄建栄の2人の子供は平等小学校で働いている時に生まれたが、妻が子育てと睡眠障害で体調を崩してしまった。夫婦とも故郷が宜蘭県ということもあって、二人は故郷へ帰ることを考えるようになった。こうして黄建栄の母校である馬賽小学校に移ることを決めたのである。台北の山の中の平等小学校から、宜蘭県の先住民地域の中では規模の大きい馬賽小学校に移り、まず取り組まなければならなかったのは、問題をかかえた学校の環境の改善だった。

学校の設備はすべてコンクリート造りで、樹木もなかった。校舎を建てかえる際に、地面に工事で出た廃土を用いたため植物が植えられなかったのだ。さらに西日が直接当たることも解決したいと思った。「そこで、教育部の持続可能学園プランの補助金で学校を改造しようと思いました。学校全体を持続可能な教育の大教室にしようと思ったのです」と言う。学校に老樹がなければ文化的な空気は生まれないと考え、まず土を入れ替え、コンクリートの地面を呼吸する土地に変えた。続いて排水浄化システムと生態池を整備し、校舎にはツタをからませた。雨水を回収して草花を育て、蝶がやってくるようにし、学校全体の生態環境を改善したのである。

これらの改善にはすべてカリキュラムを組み合わせた。環境保全、持続可能な発展、エネルギー政策などのテーマ学習を教育課程と結び付けたのである。例えば、生徒は大樹の下で樹木の小さな苗を探して移植し、また地域で不要とされた老樹を学校へ移植した。こうして黄建栄は教頭まで昇進し、一歩ずつカリキュラムと環境を改善し、全面的に学校を改造したのである。

「4年生の水生生物の授業では、野外学習として宜蘭の員山郷に連れて行きました」。そこには手つかずの湧き水や池があり、それらをテーマに学習した。「子供たちは、以前はこのような野外学習はなく、とても楽しくて勉強になったと言いました」と話す黄建栄は、教育はもともと型にはまったものではなく、さまざまな方法があていいはずだと考えている。

帆を上げて自由に進む

馬賽小学校にいた時、「無尾港文教基金会」から、無尾港の生態学習冊子の執筆を依頼された。この地域は彼が幼い頃に遊んだ場所でもある。後に校長の資格を取得してからは、機会があったらここの「岳明小学校」で教えたいと考えるようになった。

「岳明小学校に移った時、全校生徒は67名で6学級しかなく、地域の出生率は年々低下していました」という。地域の少子高齢化に加え、若い世代は都会へ働きに出ているなど、着任してすぐに難しい課題に直面した。「素晴らしい環境に恵まれた学校を廃校にしてしまうのは、あまりにも惜しいことです」と言う。近くには国の水鳥保護区があり、海辺にも近い。台湾中を探してもこれほどの環境に恵まれた学校は多くない。

黄建栄は、着任したばかりの頃は多くの改革はせず、将来の発展の可能性を探していた。「ある年、生徒たちを冬山河の国際童玩フェスティバルに連れて行ったところ、川辺に帆のあるボートが泊まっていました」。近くにいるコーチに尋ねると、これは世界中の子供たちが遊ぶ船で、アジア大会の種目にもなっているという。帆を操作し、風の力だけで前進する船である。「ちょうどその年、政府は内需拡大プランを推進していたので、私は宜蘭県教育処に大胆な構想を提出しました」と言う。政府の支持が得られ、ボートを8隻購入し、セーリングクラブを設立した。

だが、セーリングを推進し始めると、まず直面したのは保護者の心配である。「そこで私は休日を利用して保護者を冬山河に案内し、子供たちの練習の様子を見てもらい、実際に大きなボートに乗ってもらって航行を体験してもらいました」。黄建栄の観察では、セーリングはバスケットボールより安全だ。必ず救命胴衣を着用してから乗るので、船がひっくり返って水に落ちても沈むことはなく、落ち着いてさえいれば非常に安全なのである。自分の力で転覆した船をたてなおすこともできる。逆にバスケットでは足をくじいたり、脊椎を傷めたりすることもある。

こうして保護者の賛同が得られると、これを必修科目とした。3年生以上は必ず学び、ボートを操縦できるようにならないと卒業できない。セーリングは理科で学ぶベルヌーイの定理(逆風)とパラシュートの原理(順風)を利用したもので、合わせて社会科の航海の歴史や英語の専門用語も学べるし、国語の海洋文学に触れることもできる。黄建栄は、優秀な選手を育成したいわけではなく、このスポーツを通して人格面で成長してほしいと考えているのである。

小学1年生から水泳を開始し、卒業までにボディボーディングやスノーケリング、そしてセーリングを学ぶ。岳明小学校の海洋教育は子供たちの視野を広げ、身体と精神を鍛え上げる。まず恐怖心を乗り越え、航行中には一人で試練に立ち向かわなければならないという点が成長のカギとなる。「風を感じ、水の流れを感じなければなりません。風は変化し、水の流れも変わります。逆風で航行する時は神経を集中させることになりますが、逆に順風の時こそ転覆しやすいのです。うっかりすると船はひっくり返ってしまいます。それは人生と同じです」と黄建栄は言う。

将来へと続く道

ボートを動かす風は、台湾の蘇澳鎮と日本の石垣島の交流を運んできた。石垣島でも子供たちがセーリングを練習しており、彼らはインターネットで台湾宜蘭県の岳明小学校のことを知り、向こうから交流を呼びかけてきたのである。双方は、学期中に交換生徒として3泊4日互いにホームステイし、地元の文化に触れる。

この交換交流に参加するための費用の調達もカリキュラムの一部となっている。生徒は保護者と一緒に、1万元の航空料金をいかに準備するか計画を立てる(それ以外の費用は公的部門が支給する)。例えば、交流に参加するある生徒は、おじいさんが栽培したキャベツと市場の豚肉を使い、皮も手作りして水餃子を作った。一家総動員で餃子を作り、学校のSNSで情報を発信したところ、1週間で1万元分の注文が入ったのである。これもカリキュラムの一部である。

岳明小学校のテーマ学習はこれだけにとどまらない。食農教育、湿地探索、生活教育、山野教育など、春夏秋冬の4学期(一般の学校は一年2学期)の間に次々と展開される。2018年には、学級ごとに2人の担任がつくことになる。ジャンルや学科を跨いだ学習には専攻の違う教員が協力する必要があるからだ。黄建栄校長が着任した時、岳明小学校の生徒数は67人だったが、今は122人まで増えた。中には子供を岳明小学校に通わせるために、わざわざ引っ越してくる保護者もいる。ここでは全国唯一のセーリングの授業が行われており、黙々と努力する先生方と可愛らしい生徒たち、そして生涯の力をここに注ごうと決意する黄建栄校長がいるからである。

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Setting Sail for the Future

Ivan Chen /photos courtesy of Aaron Huang /tr. by Scott Williams

Yilan County’s Yue­ming Elementary School has many, many accolades to its name, including 2009 Ministry of Education honors for invigorating campus spaces and developing the school’s unique character, a 2010 Executive Yuan award for sustainable development, a 2013 Ministry of Economic Affairs prize for promoting excellence in energy education, and a 2013 Yi­lan County environmental education award. Given these achievements, one can’t help but be curious about Principal Aaron ­Huang’s family background and childhood. Where does he get his commitment to experimental education? What enables him to overcome difficulties to enliven and innovate education again and again? His passion for his homeland, for Nature and for education is apparent in everything he does.


Aaron ­Huang, principal of Yi­lan County’s Yue­ming Elementary School, is a refined and cultured man. Tall and slender, he speaks slowly and thinks through what he says. Yue­ming Elementary has ceaselessly innovated and progressed under his leadership. ­Huang shared with us stories from his nearly 30-year-long career in the field, and what he’s gleaned from his ­experience.

A country boy

“I was born near ­Shenghu Village in Su’ao, Yi­lan County. My family moved to Ma­sai when I was two or three years old.” ­Huang remembers walking along the embankments between rice paddies and crossing small streams to get to and from school as a boy. He grew up surrounded by Nature and liked to fish, roast sweet potatoes, and play in the mud along the riverbanks on the weekends. If he wanted to swim, he went to Wu­lao­keng, a scenic spot near his home. If he wanted to catch crabs, he went to the beach near his school. “In the winter, we went to the seaside to catch elvers,” recalls ­Huang. “It was an important source of income for locals, and the beach bustled like a nightmarket at that time of year.” The mountains, plains and sea were as much a part of him as breathing, and this constant proximity to Nature would go on to nurture his later thinking about education.

“I have fond memories of representing my middle school in skills competitions,” says ­Huang. In those days, schools would assemble teams of ten students who competed in ten skills, including pitching a tent, cooking, carpentry, conducting chemistry experiments, running, English-language listening comprehension, and drawing. The school’s best teachers would train team members after school and on weekends for roughly half the year. The young ­Huang finished second in the Yi­lan County Education Department’s intermural competition, missing out on first place by just 0.2 points.

His school’s emphasis on hands-on education stuck with him. He laughingly recalls that he made all of his family’s wooden furniture himself, from the shoe cabinet and wardrobes to the table and chairs. It was this early education and training that inspired him as a principal to train students to camp, cook, appreciate the arts, and get close to nature.

His foray into the field of education began when he was one of only two students from his middle school to test into a teaching college.

An outdoor classroom

After graduating from college, ­Huang first spent a year as a student teacher at Chang­long Elementary School in Xin­zhuang, Taipei County (now New Tai­pei City), and then spent two more years fulfilling his military service requirement. He had intended to teach at Chang­long again once he completed his military service, but then heard about a small elementary school on Yang­ming­shan that had a swimming pool and a lovely natural setting. His “Nature appreciation” gene activated, ­Huang registered for the Tai­pei City teacher qualification exam and began his teaching career at that very school—Ping­­deng ­Elementary.

Ping­deng is located in the southeast corner of Yang­ming­shan National Park. ­Huang says that the location, together with Tai­pei City’s 1991 implementation of its experimental “ecologically oriented elementary school” program, encouraged him to find ways to integrate education with local environmental resources. “For example, I would take students to a creek­side during Chinese literature classes so that they could observe how the water flowed.” He eventually extended his linking of similar topics to science classes and multidisciplinary subject matter. For example, when studying the Yang­ming­shan area, he might incorporate the natural environment, mathematics and literature into a single lesson by discussing annual rainfall and features of the local climate, moving on to the measurement and calculation of rainfall amounts, and accompanying the lot with readings and creative writing exercises related to Yang­ming­shan. Huang finds Nature far more compelling than ­textbooks.

A sustainable transformation

The first issue ­Huang faced when he left Ping­deng to take up a position at Ma­sai Elementary in his Yi­lan hometown was the poor environment at the larger Yi­lan school.

“I used everything I’d learned and money from the Ministry of Education’s sustainable campuses program to renovate the school’s campus,” says ­Huang. “My goal was to turn it into a large, sustainable classroom.” Feeling that schools need old trees to have a cultured atmosphere, he replaced concrete with permeable soil that would “breathe.” His next steps were cleaning up the school’s wastewater, building an “ecological pond,” and using climbing vines to create a “second skin” on the drab buildings. He also used recycled rainwater to water plants that would attract bees and butterflies. When these came to drink nectar and lay eggs, they made the school’s environment feel less like a concrete jungle.

All of these elements had to be integrated into the school’s academics so that students could learn about environmental protection, sustainable development and energy policy in conjunction with their coursework, and the school could advance its green, low-­carbon, and sustainability goals.

“One time, I arranged a field trip for fourth-graders who were learning about aquatic life.” He took them to Yuan­shan Township because it still had pristine springs, irrigation channels, and ponds like those that were around when he was young. Each of his field trips had an educational focus. “The kids would tell me that they had never been on field trips like these before, where they had fun but also learned a lot.” In ­Huang’s view, education should be varied, not rigid and lifeless.

Raising the sails

While ­Huang was at Ma­sai, the Wu-Wei River Cultural and Education Association asked him to create an educational handbook on the ecosystem of Wu­wei­gang, an area he had played in as a boy. When ­Huang later earned his school principal credential, he applied for and obtained a position at the nearby Yue­ming ­Elementary.

With fewer children being born, young people leaving to work elsewhere, and the neighborhood aging, ­Huang faced serious challenges from the moment he took the job. But the school’s proximity to the sea and to a national bird refuge provided it with an environment that few Taiwanese schools can match. “It would have been a real shame to close a school with such great en­­vir­on­­mental resources.”

“When we took the children to the Dong­shan River for the International Children’s Folklore and Folkgame Festival one year, they happened to see a sailboat on the riverbank.” A trainer standing nearby explained that this kind of boat was powered by the wind, was sailed by children around the world, and was used for an event in the Asian Games. “That year, the government happened to institute a policy aimed at expanding domestic demand, so I put the idea [of teaching students to sail] to the Yi­lan County Education Department.” The school used government funding to purchase eight sailboats and formed Taiwan’s first elementary school sailing club.

Huang initially faced resistance from parents concerned about the dangers their children would face being out on the water. “So we took parents to watch the kids training to sail on the Dong­shan River on the weekends. We also put them into the boats so they could experience sailing for themselves.”

Once parents warmed to the idea of their children sailing, the school made the course compulsory for all students from the third grade on. It went on to make sailing a graduation requirement for sixth graders. The course incorporates principles from Bernoulli’s fluid mechanics (when sailing into the wind) and parachuting (when sailing with the wind), as well as the history of maritime navigation, English sailing terminology, and  literature about the ocean. Huang says the point isn’t to train future members of the national team, or even how well the children learn to sail. Instead, the focus is on the children’s personal growth and development.

From the swimming course for first-graders to the body­board­ing, snorkeling, and sailing courses offered prior to graduation, Yue­ming’s ocean education strengthens the children’s bodies and broadens their minds. Similarly, the challenges they encounter while sailing not only teach them to overcome their fears, but also help them to mature.

The next steps

The wind that fills the children’s sails has also led to friendly exchanges with a school on Japan’s Ishi­gaki Island that, like Yue­ming, teaches its students to sail. When the Ishi­gaki students discovered online that Yue­ming was teaching sailing as well, they proposed an exchange program. Students from each school stay with the families of students from the other for four days and three nights during the school year, allowing them to experience the local culture and appreciate the value of cultural diversity.

Raising the money to cover the costs of participating in the exchange is actually a part of the course, with parents and children together brainstorming ways to pay the NT$10,000 airfare (the other costs are covered by government departments). One participating child sold homemade dumplings made using cabbage grown by a grandparent and pork from a nearby butcher. The boy’s whole family pitched in and members of the sailing club helped spread the word. He received NT$10,000 in orders in just one week, and used weekends to fulfill them.

Yueming’s course offerings extend far beyond sailing, and include subjects such as food and agriculture, wetlands exploration, life skills, and the outdoors. These are cycled over the school’s four-terms-per-year schedule (versus the two-term schedule of most schools). The school also plans to launch a two-teachers­-per-class system in 2018 so its multi­disciplinary approach can make better use of its educators’ differing strengths.

Yueming has nearly doubled in size over ­Huang’s tenure, from 67 students when he took up the post to 122 today. Nowadays, parents move their children to the school’s district not just because it offers the nation’s only sailing course, but also because, in addition to its hardworking teachers and adorable students, it has Principal Aaron ­Huang’s steady and dedicated hand on the tiller.                                                         

航向未來

文‧陳亮君 圖‧黃建榮

宜蘭縣岳明國小於2009年榮獲教育部活化校園空間發展特色學校特優;2010年獲行政院國家教育永續發展獎;2013年再度榮獲經濟部推動能源績優學校傑出獎,以及宜蘭縣環境教育獎特優。令人好奇的是,是怎麼樣的家庭背景及成長歷程,讓黃建榮校長能鍥而不捨地堅持於實驗教育這條路;又是怎麼樣的機緣,讓他排除萬難,一次又一次地活化教學與創新教育。在他身上,我們看到了人對鄉土、對自然,以及對於教學的熱愛。


「溫文儒雅」這四個字用來形容宜蘭縣岳明國小校長黃建榮再適切不過,瘦瘦高高的個頭、慢條斯理的說話方式,加上有條不紊的思考邏輯,在他的帶領下,校務總能不斷地突破與創新。從事教職近30年的他,娓娓道來這一路走來的教育歷程與心得。

來自鄉野的小孩

「我是在蘇澳聖湖附近出生的,大概2-3歲的時候搬到馬賽。」黃建榮說起孩提時期,走過田埂、跨越小溪是他往返學校必經之路;於溪邊抓魚、烤地瓜、玩泥巴戰,更是放學或假日時的樂趣。大自然,對於黃建榮來說是再平常不過的生活光景,要游泳,就去家裡附近的武荖坑;要抓螃蟹,就去學校旁的澳仔角海邊,他說:「我們這邊到了冬天會去海邊抓鰻魚苗,那時海邊就像夜市一樣熱鬧,而這也是當地人重要的收入來源之一。」由於家裡經營雨衣店,印象中只要到了捕鰻魚苗的季節,晚上大約11-12點都還會有人拿雨衣要來家裡縫補。山、海、平原對黃建榮來說,就像呼吸一樣自然,也在親近大自然的過程中,滋養了他往後從事教育工作時的理念。

「爸媽生了3個女兒,還要繼續生,就是希望生個兒子,而我的出生對家裡來說是件很開心的事。」身為家中第一個男生,父母自然抱有期待,但是不會因為有所期待,就對他過度的干涉與要求,反而是順應他的能力去發展。而黃建榮就像是回應爸媽的期待般,從小功課在全班或是全校都維持在前三名的好成績。甚至到了國中,就沒有花太多父母的錢,因為他總是可以得到獎學金。每一年學校要繳的費用,大概有一半都是透過獎學金來支付。

「我很懷念國中時代表學校參加的學藝競賽」他說,當時的學藝競賽,各校要組一隊10個人,這10個人需10項全能,包括要會搭帳棚、烹飪、做木工、化學實驗、跑步、英聽,還要比畫圖……等。大概有半年的時間,利用課餘與假日,在全校最優秀老師的培訓下,參加當時由宜蘭縣政府教育處所舉辦的校際競賽,最後只差第一名0.2分,屈居第二。

不過這強調手作的體驗教學,深深地影響了黃建榮,他笑著說自己家裡的木工傢俱,包含鞋櫃、櫥櫃、桌椅……等都是自己動手做的,後來辦學帶孩子去露營、烹調美食、欣賞藝術、接近大自然等,也都是源自於這段期間所受到的訓練與啟發。國中畢業後,他是全校唯二考上師專的學生,這位來自鄉野的小孩,也自此踏上教育之路。

山野學堂開課囉

黃建榮師專畢業後去新莊昌隆國小實習一年,接著服兩年兵役,退伍後原本要回實習的學校任教,但聽聞陽明山上有一所小學,校內有游泳池,是一所自然環境很棒的6班小學校。對大自然嚮往的基因促使他去報考台北市的教師甄試,開啟了他於平等國小從事教職的生涯。

因為學校就位在陽明山國家公園的東南角,加上1991年台北市率先實施田園小學的實驗方案,「那時就想辦法讓教學與在地的環境資源作結合,比如我們上國語課的時候,我會帶學生到溪邊,讓他們做溪流的觀察,或者上到一首詩,有類似的情境就帶孩子去……」類似主題式的學習,逐漸擴大至跨科學習,把跨領域的科目連結在一起,如研究陽明山地區,就會提到一年當中的降雨量,以及氣候的特色,連帶就會教到雨量的測量與計算,再搭配陽明山相關的文章閱讀與創作,一場結合自然、數學、國文的主題式教學於焉成形。

對黃建榮來說,大自然的一切要比課本精彩太多了。甚至到後來,一個星期就有一次的校外教學,課本也全是自編。在平等國小的最後3年,黃建榮又去師範大學環境教育研究所進修,更加強了他於理論與實務上的結合。當他要離開任教11年的平等國小時,前後6任的家長會長,陸陸續續來黃建榮家中拜訪,希望他能留任,直到今日,他仍每年回平等國小,除了與老朋友敘敘舊外,也看看這培育他成為一個可以不用課本來教學的地方。

永續環境大改造

黃建榮的兩個小孩是在平等國小時出生的,當時妻子為了照顧兩個小孩,疲憊加上睡眠失調的情況下,身體出了狀況,而且兩家親戚都在宜蘭,讓他們興起了回鄉的念頭。他的教育路也因此輾轉回到了母校──馬賽國小。從台北市的山林小學平等國小,回到宜蘭原鄉的中大型學校馬賽國小,首先面對的,卻是學校環境不良的問題。

首先,學校設施都是水泥建材,校園也沒了老樹,因為當初校舍在翻新時,下面用的是工程廢棄土,不利種植,再加上西曬問題嚴重,讓黃建榮苦思解決辦法。「當時我把我所學的,藉由教育部永續校園方案的經費來改造校園,目的是讓它成為一個永續教學的大教室。」他覺得學校沒老樹,就沒了人文氣息,於是先換土,把水泥地轉變成是透水的、會呼吸的土地。再來是教室排放水的淨化及生態池的營造,並利用爬藤植物去做建築物的第二層皮膚。回收的雨水就用來種蜜源植物,吸引蝴蝶前來吸花蜜、產卵,以改變校園的生態環境,就不會感覺都是水泥叢林。

而這些面向都需要與課程結合,讓環境保護、永續發展與能源政策等議題搭配課程學習,朝低碳、綠色、永續生態的目標邁進。如從大樹下去找尋小樹苗,幫小樹苗做移植,以及把一顆社區不要的老樹,從社區移到校園等,黃建榮從第一年擔任教學組長開始,到後來擔任3年的總務主任,一直到教務主任的2年期間,一步一步地透過課程與工程,從學生的觀念到施作的細節來全面性地改造校園。

「有一次學校四年級在教水生家族,我就安排一個校外教學,帶他們去宜蘭的員山鄉……」因為員山鄉有最原始的湧泉、溝渠及池塘,就像他小時候看到的一樣,每一站校外教學也都有學習的主題跟內容,「孩子會跟我講說他們以前從來沒有過這樣子的校外教學,玩得很開心,又學到很多事情。」對黃建榮來說,教學本來就不應該是死板板的,應該要有更多的學習方式。

揚起風帆任我行

在馬賽國小期間,「無尾港文教促進會」邀請黃建榮來編寫無尾港生態學習手冊,這社區剛好也是他從小玩耍的地方。後來他考取了校長資格,就想說如果有機會,希望能來這附近的「岳明國小」任職。

「我剛到岳明國小時全校67位學生、6個班級,我來之前就知道這裡孩子的出生率會逐年下降。」少子化與社區老化的問題,加上年輕一輩都外出工作,讓他甫上任就面臨了嚴峻的考驗,「這麼好的一個環境資源,如果被廢校,真的是太可惜了。」附近有一個國家級的水鳥保護區,離海邊又很近,全台灣要找到有這樣環境的學校著實不多。

黃建榮提到剛來的時候,沒有做非常多的改變,只是去找出它的潛力,跟未來可能發展的亮點,「有一年帶小孩去冬山河參加國際童玩節,在河邊看到一艘有帆的船。」旁邊教練解說這是全世界小孩在玩的船,它甚至是亞運的項目,靠的是操控帆,用風力的原理讓船前進。「剛好那一年政府有個擴大內需方案,我就跟宜蘭縣教育處提出了這樣一個大膽的構想。」後來在政府的支持下購置了8艘船,並從社團開始,成立了第一個帆船社。

但是,在推廣帆船課時,一開始就得面對家長害怕孩子下水的安全問題,「於是我們就利用假日,把家長都帶來冬山河,讓他們看著孩子在這裡練船的樣子,也讓他們坐上大的帆船,實際下去航行體驗。」依照黃建榮自己的觀察,他認為玩帆船比打籃球還要安全,因為下水前都會要求穿上救生衣,即便翻船了,掉到水裡也不會沉下去,只要保持鎮靜,就會非常安全。此外,也可以靠自己再翻回來,因為它有一個中央板,只要人站上去,船就可以再翻回來;相反地,打籃球一不小心就會扭到,甚至還會傷到脊椎等,它的運動傷害絕對比帆船來得多,甚至更嚴重。

在家長慢慢能接受後,便更進一步從選修成為必修,讓三年級以上的學生都要學,然後規定六年級一定要會駕帆船才能畢業。一個帆船運動,結合了自然科的伯努力流體力學原理(逆風),以及降落傘原理(順風),還有社會科航海歷史的發展,以及英文科術語溝通的教學,更有國語科的海洋文學。黃建榮提到,其實不是希望能培養多少個國手,或是能開得多好,反而是希望從這個運動裡能看到孩子在人格發展上的成長。

從小一就開始的游泳親水課程,到畢業前的趴浪(衝浪)、浮淺、帆船課程,讓岳明的海洋教育豐富了孩子的視野,鍛鍊孩子的體魄。除了要先克服恐懼外,在航行中所獨自面對的考驗,更是孩子成長的關鍵,黃建榮說:「要感受風、感受水流,風會改、水流也會改變,當我們逆風航行時,我們反而會很專注;可是當順風時,卻最容易翻船,因為一不小心,一個轉向,這個船就會馬上翻掉,就像人生一樣。」

連接未來教育路

吹動帆船的風,牽起台灣蘇澳鎮與日本石垣島雙方學校的交流情誼,因為石垣島那一端也有孩子在玩帆船,他們在網路搜尋到台灣宜蘭的岳明國小也在學帆船,便主動提起這項教育交流計畫。利用在學期間,以寄宿家庭的方式,互相交換學生,為期4天3夜,讓學生深入當地文化,了解多元文化的可貴。

甚至連參加計畫的經費籌措都設計成課程的一部分,讓孩子與家長共同發想,如何籌得這一萬元的機票錢(其他費用由公部門支出)。例如有位參加交流的小朋友,用阿公種的高麗菜及家裡附近豬肉攤的豬肉,自己做餡料、水餃皮,全家總動員,並在學校社群群組發送消息。在短短一星期就收到了一萬元的訂單,再利用假日時去完成,而這也是課程中的一環。

其實,岳明的主題課程遠不僅止於此,食農教育、濕地探索、生活大師、山野教育……等等,在每年的春夏秋冬四個學期輪番上陣(有別於一般學校之上下兩學期),預計在2018年還會推出雙導師制,因為跨領域跨學科的學習需要不同老師的專長,還有大家的腦力激盪。岳明國小從黃建榮校長到任時的全校67位學生,到現在122位小朋友前來就讀,甚至有家長為了讓孩子能念岳明而把學籍遷來,因為這裡有全國唯一的帆船課程,也有一群默默付出的教師和可愛的學生們,更有一位將畢生心力奉獻於此的黃建榮校長。 

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