
「6分間で一生が守れる」という子宮頸癌検診のうたい文句は、台湾ではすっかりお馴染みとなった。おかげで、長年にわたり女性の癌発生率トップにあり続けた子宮頸癌の死亡率が年々下がっている。
ところが新たな魔の手――肺癌が勢いを増し、毎年2000名に及ぶ女性の命を奪うようになった。特に肺腺癌は年々増加し、患者の年齢層も低下しつつある。なぜ台湾女性の肺腺癌が増えているのだろう。なぜ予防や治療が難しいのだろうか。
癌は台湾では1982年に十大死因のトップになって以来、20年以上その座を守り続けている。
生活環境や食習慣の変化に伴い、癌の発生する部位にも変化が見られるが、医学の発達により発見や治療法は日々進歩している。例えば子宮頸癌は、検診の普及で早期に発見されやすくなり、死亡率で見ると10年前の10万分の9.5から、昨年は10万分の8.4と低下した。ただし思うように減少しない癌もある。例えば肺癌がそれに当たる。

肺癌の発生率は年々上昇しているが、今もその治療は難しい。
致命的危機
台湾で肺癌は、発生率は5位であるのに死亡率は1位である。1997年以来、肺癌は幾度か肝癌を追い抜いて死因のトップに上がってきた。とりわけ女性では長く1位であり続けている。
国家衛生研究院の統計によると、肺癌の罹患率は55年には男性で10万人に2.67人、女性で1.25人だったのが、91年には男性が25.42人、女性が10.85人と、30数年間で約9倍に増えており、その増加の速さは欧米諸国と肩を並べる。
ここ数年、台湾では毎年約7000人が肺癌で亡くなっており、癌による死亡の19.6%を占める。「肺癌は現在の台湾にとって最大の敵です」と言うのは、国家衛生研究院行政処所長であり台湾癌基金会事務局長も務める頼基銘さんだ。
肺はさまざまな種類の細胞からなる。どの細胞に病変が起こったかで肺癌のタイプも異なってくる。例えば、気管支の扁平上皮に発生するものは扁平上皮癌と呼ばれ、肺胞内皮に発生するものには腺癌が多い。
臨床的な癌の特性から分類すると肺癌はまた小細胞癌と非小細胞癌に分けられる。統計によれば台湾では肺癌のうち小細胞肺癌は12〜15%だが、非小細胞肺癌は85〜88%にも達する。
こういった分類は治療法に関わってくる。小細胞肺癌は生長が極めて速く転移しやすいが、化学療法や放射線治療に反応しやすいため、化学療法が行なわれるのが普通だ。ただし2年以内に再発する場合が多く、その時には癌細胞が薬物耐性を持ってしまっている。
それに対し非小細胞肺癌は生長や転移が比較的緩やかだ。だが診断の結果、手術をするケースは4分の1に過ぎない。つまり多くは発見時には手術をしてもすでに手遅れの末期癌に至っている場合が多いのである。化学療法や放射線治療の反応も鈍く、手術をしても転移や再発の可能性が高い。
台湾人に多い非小細胞肺癌には、腺癌や扁平上皮癌、大細胞癌が含まれる。近年は肺腺癌の割合が最も高く、特に女性では7割に及び、死因の内訳でも高い割合を占める。
頼基銘さんによれば、肺腺癌は多くが気管支の末端に発生する。つまり分子の極めて小さな発癌物質でないと届かない場所だ。

衛生署の陳建仁署長が主宰する「台湾女性肺腺癌の疫学研究」はすでに成果をあげつつある。
またもや遺伝子のせい?
したがって肺腺癌増加の原因が究明されなくてはいけない。
肺癌の原因といえば喫煙が常に挙げられる。喫煙する人としない人の肺癌罹患率を比べると、男性では前者が後者の23倍、女性では13倍という調査がある。この数値からも喫煙と肺癌には密接な関係があることがわかる。だが、女性では男性ほど強い関係は表れていない。
しかも台湾女性の喫煙率は低く、女性の5%に過ぎない。別の統計でも、台湾では18歳以上の人口に喫煙者の占める割合は約3割だが、そのうち95%近くは男性で、女性は約5%でしかない。
したがって、女性が肺腺癌になる原因は喫煙以外にもあると考えるのが普通である。そしてこれはまさに現在、疫学の専門家たちが懸命に追っている問題なのである。
「台湾女性肺腺癌の疫学研究」という長期研究計画が、行政院国家科学委員会の支援のもと、衛生署の陳建仁署長による主導で行なわれ、この4年で一定の成果を挙げている。
この研究で特に強調されているのが分子疫学で、それによって台湾女性が肺腺癌に罹る主な原因を探ろうというものだ。陳建仁署長によれば、他の国の肺癌患者は男性が女性の6〜10倍に上るのが普通なのに、台湾の男女比は2対1と女性が高い。しかも他国では女性の肺癌は喫煙と関係ある場合が多い(5割以上)が、台湾の女性肺癌患者のうち喫煙者は10%に過ぎない。

神仏を祭るお香の煙も肺癌の原因のひとつだと疑われている。
調理に注意
陳署長によると、間接喫煙や調理時に出る煙が肺腺癌をまねく危険因子となっているとする研究結果が出た。
よく知られているように喫煙は肺癌を引き起こす重大な危険因子である。リスクは喫煙しない人の3〜5倍に及ぶとされている。ただし、間接喫煙の場合も、一般の約2倍とリスクは高い。つまりは、やはり禁煙が要点なのである。また、風通しのよくない場所で調理をした場合もリスクは3倍に高まる。
頼基銘さんによれば、喫煙者によって1回「ろ過」された煙と同様、調理で出る煙や煤煙などは分子が比較的小さな発癌物質で、気管支の末端まで達しやすく、肺腺癌を引き起こしやすい。
国泰病院胸部外科の劉栄森医師は、中国大陸河北省熊県の例を挙げる。その地方では洞穴の中で煮炊きするため、女性の肺癌罹患率は他地域の8倍に上っているという。
調理の煙を決して侮ってはいけない。統計によれば、調理に換気扇を使わない女性が肺腺癌にかかる割合は使用者の2.47倍、動物油を使う人は植物油を使う人の4.32倍だ。換気扇の位置をできるだけ低くして排気性を高める以外にも、油を使わず蒸す、煮るといった調理法に変えたり、調理が終った後も10分ほど換気扇を回し続ける、また鍋に材料を入れる前に油を熱し過ぎないようにするなどの工夫が必要だ。
ほかにも、炭や油から出る煙、線香の煙にも発癌物質が含まれるので注意しなくてはいけない。
これら外的要因だけでなく、遺伝子に対しても研究が進んでいる。
国家科学委員会の研究計画に参加している台湾大学病院内科部胸部科の楊泮池医師によれば、台湾、香港、シンガポール、中国大陸東南海岸地帯では肺腺癌の発生率が異常に高いという。欧米諸国では肺癌のうち腺癌の割合は35%に過ぎないが、台湾では70%にも上るため、遺伝子との関係が疑われる。母親や姉妹が肺腺癌に罹った人はリスクが2〜5倍に高まり、親子代々罹患するという悲劇も見られる。同じ環境にいるというだけでなく、遺伝子も大きく関与している可能性が高いと、陳建仁さんは指摘する。
国家衛生研究所は台湾大学や栄民総合病院と協力してCYP1A1、CYP1A2、CYP2C19といった20以上に及ぶ遺伝子が肺癌と関係あることを突き止めた。これらは薬物代謝やDNA修復酵素、女性ホルモンのレセプターなどと関係があり、具体的な発癌のしくみについては更に研究が続けられなくてはならない。陳建仁さんによれば、研究結果が出れば、遺伝子的に癌に罹りやすい人がわかり、定期的に検査を行なえるようになるという。

喫煙は肺癌の最大の原因である。2000年、フロリダ州の数十万の喫煙患者が集団で煙草メーカーを訴え、メーカー側は「半世紀の間に数百万のアメリカ人の命を奪った」として1450万米ドルの賠償金を支払うこととなった。
治療法にも力を
肺癌という大きな敵と闘うため、台湾の医療界は疫病学的に危険因子を探る一方、新たな治療法の研究にも力を入れている。
すでに多くの癌の治療法で大きな進展を見せているが、肺癌における成果はそれほど大きくない。その原因は肺癌の特殊性にある。
第一の困難は、肺癌は早期発見が難しいことである。
「発見時期は予後に影響します」と言うのは国泰病院胸部外科の劉栄森医師だ。肺腺癌の多くは肺の周縁に発生するため初期には症状が感じられず、たいていは神経や血管、気管などに至り、呼吸困難や喀血などの症状が出て初めて気づくが、この時にはすでに第三期になっている。咳や呼吸困難で風邪だと思って病院を訪れ、肺癌末期であることを知ることも多い。また癌細胞がすでに転移し、頭痛や骨折などで癌を知ることもある。
台湾大学商工管理学科の故翁景民教授の場合、肺腺癌と診断されてから半年ほどで亡くなった。学生によって書かれた『星空を飛翔する教授』には、教授の闘病生活が記録されている。元立法委員の盧修一さん、元国家安全局長の殷宗文さん、司法院副院長の呂有文さんなども肺腺癌で命を落としている。
では、胸部レントゲンは肺癌発見の役に立たないのだろうか。
頼基銘さんによれば、レントゲンで見つかるのは腫瘍が1センチ以上になってからで、もし心臓や肋骨などに隠れていると発見は難しい。運良く発見されても、癌細胞はそれより早く、たった2ミリほどの時にすでに転移を始めているのだ。
しかも肺には全身の血液を集めて再び送り出す働きがあり、その際に癌細胞も全身へと運び出す可能性が高い。そのうえ肺は体内の老廃物を最も多く吸収する気管ででもあるので、癌細胞がリンパ系を通してリンパ節へと転移しやすい。
また、化学療法の薬物には毒性があるのが普通だが、肺には毒性物質に抵抗するという独特の機能があり、これが治療を困難にしている。

台湾女性の癌による死亡数の推移(1983〜2003年)
新たな治療法を
つまり肺癌には、発見が困難、転移しやすい、治療が困難という三つの壁があることになる。しかも他の先進諸国と比べ、台湾の癌患者の生存率は明らかに低い。第三期の肺癌患者を見ると、台湾では5年後の生存率は2割に達しておらず、アメリカの3年後の生存率40%と比べても半分である。
その原因は頼基銘さんによれば、台湾の肺癌治療法が積極性に欠けているからだという。現在の医療では、非小細胞肺癌の治療は各国とも手術が主に行なわれ、その次に放射線治療や化学療法がくる。発見が遅れ手術できない患者でも、決してあきらめず、化学療法と放射線治療を平行して行い、腫瘍が小さくなるのを待って手術することが多く、このため生存率も高めである。
ところが台湾では、手術後に放射線治療や化学療法を続けるべきかどうかも意見は一致していない。
劉栄森さんによれば、手術後に化学療法を続けるのは再発や転移をなくすためだが、費用が高くつくことと苦痛を伴う治療であること、そのうえ効果があるという明らかな根拠もないため、台湾ではやらないことが多い。だが、日本における研究では、5年後の生存率には差が見られないが、10年後には化学療法を受けた患者の生存率が確かに高いことが確認されている。
「癌というのはさまざまな細胞の組み合わせなので、一種類の治療ではそのうちの一部分の細胞を殺すことしかできず、効果も個人差が大きいのです」と頼さんは指摘する。症状や個人にあわせ、異なる薬剤や方法を用いるべきなのである。
「現代では、肺癌の再発はほとんど避けられません。癌細胞をいかにして徹底的に取り除くかが、今後の重点となります」と頼さんは言う。それには、癌細胞の分子の特徴的な機能を解明し、それを標的として癌の微小な転移を抑制する「分子標的治療」を、手術後も続けることが大切になる。
台湾;地区;の;癌に;よ;る;死亡の;内;訳;
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6 |
子宮頸癌 |
932 |
2.65 |
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7 |
口腔癌 |
1860 |
5.28 |
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8 |
前立腺癌 |
742 |
2.11 |
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9 |
非ホ;ジ;キ;ン;リ;ン;パ;腫 |
1169 |
3.32 |
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10 |
す;い;臓;癌 |
1114 |
3.16 |
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そ;の;他 |
8022 |
22.79 |

台湾女性の癌による死亡数の推移(1983〜2003年)
予防治療の道
どんな病気も予防は治療に勝る。やはり癌の予防は日常の生活から始めなければならないと、専門家は呼びかける。
タバコや調理の煙を避ける以外にも、毎日、野菜や果物を多く食べるのも癌予防には効く。台湾癌基金会の頼基銘事務局長によれば、野菜や果物に含まれる抗癌成分は、癌症状の進展を抑制する明らかな効果が認められているという。
ほかにも、55歳以上の人や、喫煙期間が20年以上になる人は、定期的に肺機能の検診を受けたほうがいいと、陳建仁さんは言う。
今や台湾人にとって、または台湾女性にとって最大の敵である癌を、うっかり見過ごすというようなことがあってはならず、厳しく目を光らせなければならない。
台湾;女性の;癌に;よ;る;死亡の;内;訳;
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6 |
胃癌 |
763 |
5.93 |
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7 |
非ホ;ジ;キ;ン;リ;ン;パ;腫 |
485 |
3.77 |
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8 |
す;い;臓;癌 |
457 |
3.55 |
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9 |
胆;嚢;癌 |
454 |
3.53 |
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10 |
卵巣;癌 |
336 |
2.61 |
|||||||||||||||||||||||||
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そ;の;他 |
2391 |
18.58 |

「肺癌は現在の台湾にとって最大の敵」と語る台湾癌基金会の頼基銘事務局長。p112台湾地区の癌による死亡の内訳順位 癌の種類 死亡数 死亡数に占める割合 順位 合計 肝臓癌肺癌 結腸直腸癌 女性乳癌 胃癌 子宮頸癌 口腔癌 前立腺癌 非ホジキンリンパ腫 すい臓癌 その他p112台湾女性の癌による死亡の内訳順位 癌の種類 死亡数 死亡数に占める割合 順位 合計肺癌 肝臓癌 結腸直腸癌 女性乳癌子宮頸癌胃癌非ホジキンリンパ腫すい臓癌胆嚢癌卵巣癌その他