土地の生命力
「あたしは台東の食材の虜になっちまったのよ」と、頭は丸刈り、言葉遣いも少々粗野な荘月嬌は言う。皆に「阿嬌姉さん」と呼ばれる彼女は、かつて飲食業界にその名をとどろかせ、「女食神」と称されていた。何年か前に台湾好基金会の招きで池上に住むようになり、台東を離れられなくなった。
台東の豊かな食材を見せてあげるからと、阿嬌姉さんは早朝から我々を関山市場と池上市場に案内してくれた。売り手の多くは顔見知りで、適当に回って声をかけているように見えるが、目は鋭く野菜を見定め、気に入れば電話番号などの連絡方法を交わしている。
セリ、インゲン、この季節には珍しいシュンギクも袋に放り込んでから、トウモロコシを主食にしたいと、ある農家の畑まで車を走らせた。まさにフード・マイレージはゼロである。
車に食材を満載し、大坡池のそばにある阿嬌姉さんの住まいに着く。彼女は市場の鶏肉屋でもらった鶏ガラスープで青菜をさっとゆがくと、「外でバナナの葉を摘んできて、きれいに拭いて」と我々に言いつけた。食卓に並べられた葉の上に青菜が少しずつ盛られ、それを手でつまんで食べる。先住民風の食べ方だ。「口でくどくど説明するより、食べればすぐわかるのよ。どの食材も、ただ『おいしい』なんてもんじゃなくて、『どえらく』おいしいんだから」遠景には中央山脈の峰が続き、近景には穂をつけたばかりの緑の水田が広がる。台東にしかないこの風景の中でのこの食事を、羨まぬ人間はいないだろう。
午後は、阿嬌姉さんと契約しているという農家のところへ連れて行ってもらった。阿嬌姉さんの新たな事業は、台東の一流の野菜や果物を産地直送で会員に届けるというものだ。市場で知り合った農家を1軒1軒訪れ、畑の様子を調べるという。「みんな市場で作物を売ってた人たちよ。畑を見せてくれって頼むの。で、作物より雑草のほうが元気に育っていたら大丈夫」
時には、川辺の狭い土地で畑を作っている人もいるが、阿嬌姉さんはそういう所と優先的に契約する。「人生と同じよ。何もかも順調だったら何も物語は生まれない。あたしみたいに苦労したら(離婚して借金もある)語りつくせぬ物語があるものよ。土地も同じで、立地条件のせいで苦労して育てた野菜は味も違うのよ」
畑に育っていたシシトウガラシを、食べてみろと言われて口にしてみると、特有の甘さだけでなく力強い味が口中に広がった。これこそが台東の土が育てた味で、土地の物語なのだろう。
「味への要求は下方修正は無理で、上を要求し続けるものよ。だから虜になってしまったのも当然なの、わかる?」と陶酔したような表情で阿嬌姉さんは言った。
水越設計のアグアは、台東には豊富な食育のリソースがあるが、あまり知られていないと語る。