料理人の語る米酒
台湾で米酒がこれほど普及したのは何世代にもわたる文化の蓄積であり、普及の原因を特定の人物や事件に帰することは難しい。だが、その人気の原因を台湾料理の林祺豊シェフに聞けば、いくつかの考えを示してくれるだろう。
我々は高雄市に移動し、「台湾料理の詩人」林祺豊シェフのプライベートキッチン「三禾清豊」を訪れた。築半世紀超の建物にあるこの店は、木製棚や籐椅子、レトロな装飾タイルなどが古風で典雅な空間を演出している。
「2004年の台湾菸酒公売局による第1回『稲香料理米酒料理コンテスト』台湾料理部門で、私は1位でした」と、林シェフは米酒との長い付き合いを語る。各地を旅して食材を探すのが好きな彼は、収集した米酒をテーブルに並べてくれた。
定番の紅標のそばに、昔懐かしい「碗頭仔(台湾語で「小碗」の意)」がある。林さんの祖父が食卓に欠かさなかった組合せだという。林シェフお気に入りの2種は、台酒公司花蓮工場が花蓮産の水で造った特級紅標純米酒、それに台南市の意源農舎が天日干しした米で造った地酒だ。
林シェフによれば、台湾料理の味は、香味野菜、スパイス、調味料(塩、砂糖、米酒)の組合せで決まるという。まず香味野菜を炒めて香りを出し、その次に米酒の投入だ。
彼は、高雄餐旅大学厨芸学部の楊昭景学部長のまとめた「台湾料理の17タイプの味」を挙げて説明してくれた。ひね生姜と米酒の組合わせが基本で、そこにゴマ油を加えると定番の「ひね生姜とゴマ油タイプ」の味になる。つまり台湾料理を語るには米酒が欠かせないのだ。
西洋料理にはワイン、浙江料理には紹興酒や花雕酒が使われる。米酒には醸造酒ほど芳醇な味わいはないが、軽くてピュア、控えめで無限の変化を生み出す。林シェフは、米酒には台湾人の「次男気質」が感じられるという。「決して目立とうとしないが、重要な場面には必要な存在」だと。
テーブルにシジミやハマグリ、トコブシなどの醤油漬けが出された。葱やニンニクなどとともに何日間も漬け込んだものだが、米酒が防腐剤の役割を果たし、また味を染み込ませる効果も持つ。
次の料理は、新鮮なサバヒー(虱目魚)素麺だ。ほんの少し米酒を加えるのはうま味を引き出すためで、魚の臭みを消すためではないと林シェフは強調する。
最後は麻油鶏酒だ。アルコール度数が高いのでわずかに苦みを感じるものの、味は豊かでバランスがとれている。「この種の苦みはむしろ残したいものです」と彼は言う。
煮物に入れたり漬け込み液に入れたりと、米酒の用途は多い。独特の甘みとコクがあり、ピュアだが軽いわけではなく余韻を残す。米酒がなぜ台湾人に愛されるのか。そのわけの一端を知ることができたような気がする。

台中工場では1日8000箱(1箱20本)の米酒の製造が可能で台湾トップの生産量を誇る。

台酒公司の米酒は種類が多く価格も手頃なので、消費者はニーズや好みに合わせて選べる。

原住民族の伝統儀式でも米酒が使われる。写真は台南市大内区にあるシラヤ族集落での「太祖夜祭」の様子。

紫金堂は産褥期の女性と新生児のために、ノンアルコール「月子水」を開発した。自社の料理に用いるほか、商品として販売し、海外にも輸出している。

台湾に伝わる「無事出産すれば鶏酒の香り、出産できなければ4枚の板(棺桶)」という言葉から、産後食には麻油鶏(米酒で煮た鶏スープ)が欠かせないことがわかる。

台湾料理は米酒をよく使うのでプロの料理人は片手で2本同時に注げる。

ゴマ油とひね生姜、そこに米酒を加えるのが台湾料理定番の味だ。

麻油鶏に入れる米酒のアルコール分は煮込む過程で飛んで、ほとんど残らない。

麻油鶏には高濃度のアルコールを加えるので、ほんのりと苦みと甘みがあり、料理の味に深みを与えている。

サバヒー素麺に少量の米酒を加えることで食材の新鮮な味が引き立つ。

台湾料理のきまりに従い、香味野菜(ニンニク、唐辛子)、スパイス(甘草)、調味料(醤油、米酒)で漬け込んだ貝類。米酒は味をよくしみこませ、防腐剤の役割も果たす。