
台湾大地震から2年が過ぎようとしている中で、台風8号が来襲し、台湾の人々が恐れる土石流の災害が発生してしまった。あっという間に山河が姿を変えた中で、台湾大地震で大きな被害を受けた山地の一部には、台風が来る前に自然工法の工事を実施して、被害を食い止めた地域があった。この災害防止工事は、自分たちの家を守ろうとする住民にとって大きな自信となった。その自然工法とは何なのだろうか。台湾大地震を経験し、再建推進委員会はどのようにしてこの工法を開発し、推進してきたのだろうか。本号ではその実施地域を跡付けながら、これが台湾の土石流を過去のものにできるのかどうか検証していく。
今年の台風8号が過ぎた後、埔里鎮麒麟里の北坑に来て見ると、大きな岩が川床に崩れ落ち、細くうねっていた川筋が一夜の間に膨れ上がって、川岸に近い養鶏場や民家を飲み込んだ。付近に立ち込める悪臭の中、「これも台湾大地震が残した土砂や岩を吐き出したと言うことでしょう」と、埔里鎮役場の農業経済課長童伝発さんは仕方ないというように話す。
しかし、北坑から約3キロに位置する埔里鎮覚華園の工事現場を見ると、台湾大地震のときに1.2ヘクタールに渡って崩落した90度近い斜面は青々と草で覆われていて、シマサルスベリの苗が芽を出し、恐ろしい崩落現象は全く見られず、崖下の民家も無事である。埔里鎮整備工事班長の沈国義さんは「台風8号襲来のわずか2週間前に終った工事のおかげなのです」と、誇らしそうに話す。
台湾の万里の長城
同じく台風8号襲来の直前に工事が完了した台中県和平郷の烏石坑渓の川では、400ミリを越える降雨を記録しながら土石流の形跡はまったく見られない。この素晴らしい成果が、自然工法の最良の実例である。
これまでの烏石坑渓では、台湾大地震と豪雨のために流域のあちこちで崩落が起り、水源地帯一帯の崩落面積は500ヘクタールの広さに及んでいた。烏石坑渓には流域に合せて18の砂防ダムが建設されていたが、それで防げる土砂の量は実際の流出量の15分の1に過ぎなかった。そのため地震後に建設された砂防ダムは大雨が1回降っただけで土砂に埋り、実質的な効果はなかったのである。台風の季節を迎えれば烏石坑渓は危険な状態になるのが明らかだったため、今年2月に台湾大地震再建委員会は流域整備の第1期工事を前倒しで実施することにした。烏石坑渓の稜線に沿って工事が進められ、難工事であったために台湾の万里の長城とまで言われたという。第1期工事は2ヶ月で完成し、今回の台風8号を迎えたが、土壌崩壊防止用のネット状柵が一部変形しただけで崩落現象は見られず、再建委員会では自然工法に自信を深めて、積極的に推進することになった。
抜本的対策
自然工法とは何なのだろうか。簡単に言うと、土壌が破壊された地域に改めて人工的に自然の生態メカニズムを作りなおす工法である。
この自然工法は、台湾大地震の後に再建委員会副事務長の郭清江さんがその構想を描いたものである。地盤が緩んでしまった地域の抜本的な対策を求めて、郭さんは被災地をほとんど歩き回ったが、土石流が起る地域に共通の問題を発見した。それは山林が破壊され、岩石帯が緩み、豪雨の水流に地盤が耐えられないという点である。しかも、砂防ダムなどの在来型の工法はコストがかかる上に、大地震後の大規模な地盤崩壊を防ぐことは出来ない。こういった観点から、郭清江さんは中興大学土壌保全科の陳樹群教授、成功大学防災センターの謝正倫教授、台湾省砂防技術者組織の鄭麗瓊理事長などを集め、理論と実務経験を総合して、自然の生態を守る工法を考案した。その地域の自然に根ざした抜本的な対策、それこそ土石流を防ぐ自然工法である。
郭清江さんはこの工法を説明し「実のところ、土石流の発生原因である土と水を分けて、地盤の崩壊を防ぎながら、水を植栽のある場所に導いて、土石流を防ぐというものです」と話す。この土石流防止対策は、これまでの中流の砂防ダムや下流の堤防を中心とした対策とは異なり、水源地域を重視して上から下に段階的に整備を進めていくものである。それには頂上の水源地区の処理、崩落しやすい斜面の処理、崖下や堆積地、土石流堆積地域の対策が含まれる。
まず水源地域の整備が一番重要である。多くの山の頂上一帯には、地震でいくつも割目が出来ている。大雨が降るとその割目の土砂が、土石流となって下流に一気に流れ出すのである。自然工法では斜面頂上や稜線一帯に危険な割目を探し出して、これを埋めていく。それと同時に、水の流れを変えて、この割目に流れ込まないような処理も施す。割目を埋める素材としては、腐植土を含まない土壌を用い、人手を使ってしっかりと埋めていかなければならない。
すでに崩落した斜面では、自然の植生を回復させる工法を用いる。傾斜の度合により、一定の間隔で杭を打ちネット状に柵で覆い土石流を防ぎながら、植生の回復工事を進めて、斜面を安定させて地震の爪痕の残る大地を回復させる。また横向に水流を変える導水工事を行い、地表の水流を植生が回復した地域に導くのである。この植生回復に用いられる植物としては、露出した斜面ではまず牧草で土壌保護の効果のあるスズメノヒエなどを植え、土壌が安定してきたら次第に光を好む陽性樹林の群落、さらに陰性樹林へと林相を入れ替らせ、最終的に多層的な植生を持つ生態系を形成させるのである。また斜面をネット状に柵で覆い、水流を調整する導水工事を行い、地盤を固めて安定させ、さらに根を張る植物を植えて固定化させる。
下流の土石流堆積地域では、水源地帯の面積及び降水量を調べて、必要とされる河流の断面積を計算し、それに合わせて堆積した土砂を除去して、十分な水流の面積を確保する。またその地で産する素材を用い、護岸と河床の固定工事を行い、堆積地には全面的に植林工事を進めて、新たな土石流の発生を防ぐと共に、緩衝地帯となる森林を育てるのである。
失業対策
また、この自然工法では多くの人手が必要となるため、地元の雇用を生みだす。地元の人は地形や環境に詳しいし、仕事も見つかる一石二鳥である。銀髪で学者肌の郭清江さんは、地元の雇用状況は悲観的だと話す。「ある時、1人の男性が車を指差してこれだけが自分の財産だと言うのです」と、嘆く。地元の失業者を被災地の災害防止工事に雇用するのは、地元の人に仕事を与えると共に、自分の土地への信頼感と共感を呼び起すことにもなるのだと郭さんは続ける。
第1期工事は今年2月1日から5月31日までで、雨季を前にして前倒しに進められたのは、地層の割目の探索と埋め戻しなどの緊急処理工事である。4ヶ月の工期で2500人が動員され、経費は3億7000万台湾ドル以上かかった。被災地の役所が作業員の募集や編成、資材調達などの業務に当りながら、工事の講習会と平行して作業を進めた。農業委員会、砂防局などが作業員一人当り1日1500台湾ドルの賃金を負担し、地元の参加を促したのである。こうして僅かの間に、60歳を過ぎた高齢者、画家、病院のボランティア、失業した若者などが、故郷の大地の再建に加わった。最初は工事のことなどわからなかったが、自発的に見まわりを続け、台風の来襲を防いでからは、工事の効果が誰にも大きな自信となった。
さよなら、土石流
埔里鎮再建工事を指導する農業経済課の童伝発課長は、この工事に参加してからは自宅が山の麓に当るので、自分から裏山の頂上などを調べ、自分で導水工事を行なったと言う。おかげで自宅の裏山には、山崩れの兆は見られない。
台風8号が通過した後、人々は自分たちが苦労した工事が無駄になるのではと心配し、翌日には急いで見に行ったと和平郷の林文生村長は言う。普段から地盤の緩みに注意は怠らない。「以前でしたら、災害が起きても村の若者は傍観して、軍の救援部隊を待っていただけですが、今では災害が起きると自発的に動きます。災害防止の効果に自信があるからです」と林村長は誇らしげである。
郭清江さんも、今回土石流防止工事に最も力を尽してきた古坑郷、埔里鎮及び中寮郷は、台風8号の被害が最も少なかったと言う。それでも水源地帯の割目探索が、自然工法では一番の難関だと郭さんは注意を促す。水源はそもそも発見し難いものだし、草が生い茂ると割目も表からは分らない。「登山客や農家の人々、住民自身が大地の割目に注意し、見つけ次第埋めていけば、問題解決に近づくのです」というのが、対策である。また道路や橋梁工事で出る廃土の問題、産業道路の開発などは土石流発生の原因となるので、できる限り避けるしかない。
共通の記憶を胸に
「十年河東、十年河西と、昔の人は黄河の氾濫と川筋の動きを嘆きましたが、ここでも川は自分の川筋に戻ろうとするのです」と、台湾大地震被災地の土石流及び地盤崩落緊急処理プロジェクトの陳さんは嘆く。台湾省砂防技術者組織の鄭麗瓊理事長は憂慮をこめて「台湾人は被災経験でも、俗に足を折られて始めて分るというように、自然災害の恐ろしさを知らなければ、再建の効果が上がらないのです」と話す。
台湾大地震の再建推進委員会の事務長黄栄村さんは「危険な場所には住まないというのが、再建の過程で住民が身に刻みつけた体験です。しかも災害の共通の記憶が人々の助け合いや、他人の親切に感謝する気持ちを育み、それが被災しながらも再建に向うエネルギーになりました。かつてイスラエルが国民全員の危機意識に支えられて建国をやり遂げたのと同じことです」と言う。台湾の人々がこの災害の共通の記憶を風化させず、土地と共存共栄する道を探し当てられれば、台湾の再建は達成されたと言えるのではないだろうか。

(中)植栽工事が終ったら、天然のむしろを敷き詰めて草本植物が育つのを助ける。

埔里の善天寺の斜面では、地元の人々が杭を打ちながら土壌崩落防止のネットを敷いている。作業する人々は「私たちは大地を守っているんですよ」と誇らしそうに言う。

中興嶺の植生回復工事は完成して一年になり、すでに植物の自然な生長が見られる。その隣りの、植生回復工事がまだ行なわれていない斜面では、まったく草も生えず、雨が降るたびに土砂が崩れ落ちているのがわかる。

(左)斜面に縦に導水水路を開いて水流を導く。水路には不織布を敷くことによって、水の流れが斜面を深く掘り下げるのを防ぎ、また植えた草木が水に流されないようにする。

水里郷玉峰村の土石流の跡。

(下)でこぼこの斜面には、ネットを敷いてから土を噴きつけ、そのままの地形を保たせる。さらに有機質や植物の種子を地表のネットに噴きかけ、植物の生長を促す。