天分を生かす
中学以降の知識習得型学習は読み書きの世界だ。受験競争もあり、ディスレクシアに悩む生徒にとって学校は地獄と化す。
アレンとキティはそれぞれ高3、中3だ。勉強では絶対ほかの生徒に勝てないとわかっているので、自分の興味のある領域に新たな道を見出した。
アレンは小4までは成績もよかった。小1の時は注音符号(中国語の表音文字。漢字習得前に学ぶ)の試験で96点を取ったし、その後のテストも各教科平均80点ほどだった。だが字の書き間違いが多く、母親は少し変だと感じていた。
小5になり、算数の宿題をやり終えることができないことに母親が気づく。1年ほど詳しく観察した結果、ディスレクシアだとわかった。中学になると悪い成績ばかりが続いた。「さぼっているわけじゃない」とアレンもやるせない様子だ。
だが神様はアレンに別の扉を用意してくれた。アレンは小さい時から空き箱で小屋を作るのが好きだった。適正テストでも空間や色彩感覚は言語より高得点だった。
美術デザインへの興味から、アレンは職業高校美術科に進学し、高1で美術工業デザイン技術士の丙級資格を取得した。今年はさらに乙級を目指す。
学習障害を持つ子供は傷つきやすい、と母親は言う。アレンも支援学級に通うのを拒絶したことがあった。「そういうレッテルを貼られたいと思う学習障害児は一人もいません」
チャンスと励ましを
キティは珍しく「書くことが好きになった」ディスレクシアだ。娘が大きな成長を見せ、母親も喜びに涙したという。
2歳年上の姉は外向的で話し上手、それに対し、キティは人見知りで傷つきやすく、何かあるとトイレでひっそり泣いた。
小学校の教師は成績を重んじ、「怠けている」と彼女を叱った。だが幸い、キティに活躍の場をくれる教師もいた。実技教科などでキティにアシスタント役を任せてくれたのである。些細なことだが、キティにとっては大きな励みになった。
転機は夏休みの家族旅行後に訪れた。欧州旅行での見聞をもとに、ファンタジーのような物語をパソコンに打っていることに母親が気づいた。
「奇想天外な物語で、登場人物は赤い髪と青い髪とでそれぞれ異なる魔力を持つのです」と母親は不思議そうに説明する。
学校では「作文能力が劣る」と評価されていた。書く字が拙いのと、時間やテーマ、字数に制限があって、持ち前の想像力が発揮できなかったのだろう。幼い頃から漫画が好きで「読むのは遅いが熱心に読んでいた」という。興味さえわけば、何百ページもあるファンタジー『ドラゴンライダー』でも読みふけることができる。
「ディスレクシアの子に必要なものはそう多くありません」と台北市学習障害保護者協会理事長の郭声美さんは言う。郭さんの次男、今年27歳になる耿 彦堯さんは、学校では字を読み間違えてよく笑われた。支援学級も見下されていた。
支援学級で試験の際、文を読み上げてもらう方法が許されると、30点ほどだったテストの点も80点ぐらいになって自信がついた。ところが、一般クラスの保護者から「支援学級には特権があるのか」と苦情が出た。
電子部品に興味があったので大安高工電子科から北台技術学院電子科に進学、英語の単位を連続して落として2年留年したものの、無事卒業した。
郭声美さんはこう言う。学習障害のある子供は成績重視の学校生活で常に叱られて育つ。そんな彼らがやりたいこと、やれることを見つけたら、大いに褒めてあげるべきである。郭さんの息子は現在、電子関連企業に勤めている。資料を読むのがやや遅い点以外は、ほかの同僚と能力に差はなく、郭さんは深い安堵を感じている。
早期発見、早期治療
海外では自分がディスレクシアだと公にしている著名人も多い。ブッシュ前大統領やトム・クルーズ、シンガポールのリー・クアンユー前上級相などがそうだ。
シンガポールの近代化を進めたリー・クアンユーは、ケンブリッジ留学時代、妻に書く手紙は綴り間違いだらけだったし、文章を読んでも重要な語句が拾えない。娘の李瑋玲の勧めで専門家の検査を受け、軽いディスレクシアだと判明した。李瑋玲にも遺伝が見られるが、事業の成功の妨げにはならず、彼女は現在シンガポール国立脳神経医学院の院長を務めている。
トム・クルーズの場合、「幼い時からディスレクシアと奮闘してきた」典型例だ。
彼は2003年に雑誌「ピープル」のインタビューで、7歳の時にディスレクシアと診断されたと語っている。いくら一生懸命勉強しても、1ページ読み終わると頭には何も残らず、焦りや挫折を感じ、興味を失って怒りすら感じたという。宿題は自分が口述する内容を母親に書き取ってもらい、それを時間をかけて書き写した。勉強はできなかったが、即興演技でよく母親を笑わせた。母親は常に「演技の才能があるから絶対あきらめちゃだめよ」と励ましてくれた。高校卒業後社会に出ても、自分がディスクレシアだという事実を隠してきたという。
では、ディスレクシアはどうすれば、そしてどの程度まで克服できるのだろう。
台湾師範大学特殊教育学科の洪儷瑜教授によれば、子供が話す時、速度が遅い、語句数が少ない、或いは唇を尖らせたり、頭を振る、肩をそびやかすなどの動作のみで返事するといった場合、学校と連絡を取り、検査を受けるべきだという。
「虫歯や視力の検査を定期的にやるように、基本読解能力試験も定期的に行うべきで、こうした小さなことが10数万人の児童を救います」小学3年までの黄金期を逃さず、彼らの適正や才能に合わせた学習方法をできるだけ早く確立すべきだと、洪教授は言う。
ポイントは、低学年時に基本的な識字能力を身につけること。中高学年では自分に適した学習方法を確立する(絵を活用する、文章の重点を把握する練習を積むなど)。中学生になれば、教師が宿題や評価の方法を変えたり、生徒の得意分野の発展を促すことなどが有効だ。
一生、奮闘!?
現在小中学校では、学習障害を含め、ほかの障害を持つ生徒も支援学級に参加し、試験問題の読み上げや、試験時間延長といった支援を得られる。
だが、ディスレクシアの児童が皆その恩恵に預かっているわけではないと洪教授は言う。自分の子に障害があると認める親は、ディスレクシアの児童が100名いればそのうち1名ぐらいで、多くは「まだ勉強を始めたばかりなのに何がわかる?」と反問してくるという。
低学年は勉強の内容も簡単で察知するのは難しい。高学年になり、成績ががくんと下がって初めて識字や読解に障害があると気づくのだ。
認知科学の専門家である洪蘭教授はこう言う。脳機能画像解析で見れば、人間は字を読む時、大脳のあちこちを同時に駆使していることがわかる。字を読んで理解する作業がかくも複雑だと知れば、子供の読む速度が少々遅くても許せるのではないだろうか。
わが子がディスレクシアだったため、大脳と読書の関係を研究し、『プルーストとイカ:読書は脳をどのように変えるのか?』を著したメアリアン・ウルフは、人間の脳は文字を読むようには設計されておらず、記号文字を読むという営みを行うようになって大脳の回路を変化させたが、それもわずか2000年にしか過ぎないため、読書はすべての人にとって自然な行為だとは限らない、と論じる。特殊な回路を持ち、読むことが困難な大脳には、脳の進化に関する多くの秘密が隠されているのかもしれない。
ウルフはまた、ダ・ヴィンチやアインシュタイン、ピカソもディスレクシアだった可能性があると指摘する。天才誕生のためでなくても、子供たちの埋もれた才能を見逃さないために、ディスレクシアはさらに研究されなくてはならない。