スケッチで台湾を記録
絵画は情況を最も直接的に記録すると雷驤は言う。「私にとって、空間に存在するものの関係を瞬間的に記録するには、絵にするのが最も簡単です。後でそれをじっくり見ると、描いた際には感じなかった微妙な感動があり、自分の経験や記憶につながるものが浮かび上がります」
雷驤は『画人之眼』の序文にこう書く。「これらの風景の中には、後に文章にしたものもあるが、うまくいったとは限らない。絵はやはり、瞬間的かつ凝固的なものであり、完全に視覚的性質を持つものなのである」
瞬間は凝固して永遠となる。「絵を見直すと、感動を生み出したものが何か、新たな発見があります」例えば2002年に描いた「吊橋を臨む小道」を見て、彼は昔のことを思い出したという。「碧潭の吊橋の近くに同級生の家の茶店があり、よく手伝いに行きました。ある日、私がいつもより早く帰ろうとするので何か腹を立てたのかと心配した友人が追っかけて来て、いっしょに汽車に飛び乗りました。汽車が出る寸前に、彼はまず穿いていた下駄を外に投げ、汽車を跳び下りた。で、私も続いて跳び下りた、そんな思い出です」
「私が描くのは名所旧跡ではなく、ただの『小さな歴史』です。たまたまめぐり合い、胸を打つものがあった。その一点を、その時空に広げて見せる、それが記録となります」雷驤は、「阿猜❊(」がその良い例だと興奮気に語り始めた。
先日ふと、万華の華西街の夜市に家族と食事に出かけた。「あそこには私の好きな味があるのです。牛モツ汁、豚足、おこわなど、市場の奥には甘い汁粉などを売る店もあります」
昔からの店がまだあり、20年前に戻ったような気がした。当時の汁粉屋のおばさんは今の店主の母親だった。当時、この店でおばさんを描いたことを思い出し、家で探してみると、1998年出版の『流動的盛宴』に絵と、こんな文があった。
「伝統屋台料理の集結地と言えるこの市場には、ずらりと炒め物や揚げ物の店が並び、最後に甘い物を専門に売る店がある。まるで、たらふく食べた後はデザートをどうぞという感じだ。落花生汁、米乳、ぜんざい、緑豆汁と、店のおばさんはたいていのデザートをそろえている」
妻にネットで調べてもらうと、この店は「阿猜❊(」という名で、なかなかの有名店だった。そこで彼は20年前の思い出を手紙にしたため、例の著作とともに、店主に送った。
人々が行き交い、出会い、別れる駅やホームを、雷驤は好んで描く。(雷驤提供)