故宮で最も人気があり、誰もが知っている国宝「翠玉白菜」が初めてヨーロッパで展示され、その親しみやすさで欧州の人々を魅了している。
2025年、台湾の「文化外交」は新たな時代を迎えた。外交部(外務省)と文化部(文化省)が協同で計画した「欧州-台湾文化年」は、文化を懸け橋として台湾の素晴らしい物語をヨーロッパのメインストリームに載せようというものである。その中で最も注目されるのは、国立故宮博物院による二つの海外大型展覧会だ。一つは9月からチェコの国立博物館で開催されている「百の宝、百の物語」展、もう一つは11月からフランスのケ‧ブランリ-ジャック‧シラク美術館で開催される「ドラゴン展」である。
この二つの大型展覧会は、故宮博物院コレクションの芸術レベルの高さを示すものであり、また国境を越えた文化外交の一大イベントでもある。特に人気のある国宝「翠玉白菜」は、2014年に東京で展示されたのに続き、欧州で初めてプラハで公開されることとなり、大きく注目されている。

チェコ国立博物館における故宮博物院の「百の宝、百の物語」展が開幕した。故宮の蕭宗煌院長(右)とチェコ国立博物館のMichal Lukeš総館長(左)が協力し、「翠玉白菜」をはじめとする貴重な文物のチェコでの展示が実現した。
20年来の夢の実現
「20年間、待ちに待った展覧会が実現しました」と故宮博物院の蕭宗煌院長は語った。早くも2004年、当時のチェコのヴァーツラフ‧ハヴェル大統領夫妻が台湾を訪れた際、故宮文物の展覧会をチェコで開催したいという希望を語っていた。一方、蕭宗煌院長とチェコ国立博物館のMichal Lukeš総館長は、実は20年前にICOM(国際博物館会議)で出会い、以来個人的にも交流を続けてきた。
しかし、故宮の文物を海外で展示するには、展示中と返還過程の文物の安全を確保しなければならない。そのためには相手国において「展示品の差押さえ等を禁止する」法的保障がなければならないが、当時チェコでは、この制度が整っていなかった。そこで当時は、蕭宗煌院長が館長を務めていた国立台湾博物館の収蔵品をチェコ国立博物館で展示することとなり、これによって台湾とチェコの文化交流の基礎が築かれた。
2020年、チェコ上院のミロシュ‧ビストルチル議長が訪問団を率いて来訪し、続いて2022年にJiří Drahoš副議長とMichal Lukeš総館長がともに来訪した際にも、故宮博物院のコレクションをチェコで展示したいという構想が再び議題に上った。2022年9月、故宮博物院はチェコ国立博物館と姉妹館の提携を結び、展示や研究、教育などの面での交流を深めてきた。そして2024年、チェコで「差押え等禁止」に関する法令が整い、ついに最後の障壁がなくなったことで、双方は正式に協定に署名を交わし、計画を推進し始めたのである。
2023年、台北とチェコの首都プラハの間に直行便が開通した際には、故宮博物院の余佩瑾副院長が第一便に搭乗してチェコ国立博物館の現地視察に訪れた。余副院長は第一便の到着を歓迎する放水のアーチを見た時、チェコとの交流の新たな時代が始まったこと、そして20年にわたる文化交流の夢が実現したことを実感したという。この展覧会の実現によって、台湾とチェコの友好関係は新たな時代へと歩み出したのである。

百周年に当たり、故宮博物院は歴史を振り返るとともに、国際交流を通して故宮が台湾の文化の至宝であるだけでなく、世界にとっても貴重な遺産であることを示している。(林格立撮影)
国宝「翠玉白菜」が初めて欧州へ
チェコ国立博物館における故宮の「百の宝、百の物語」展では、皇室コレクション、文人風雅、市井の暮らし、神話伝説などのテーマ別に貴重な文物131点が展示されることとなった。物語で美術品をつなぎ合わせ、現代の感覚や角度から東洋美術の精神が感じられるようにしている。美術品を展示すると同時に、共鳴や対話をもたらすことが考慮されている。
故宮の至宝である「翠玉白菜」は小さく精巧な玉の彫刻作品だ。天然の玉石の白と緑を活かして美しい白菜を表現しており、幸福と繁栄を象徴している。「翠玉白菜」がこれほど愛されるのは、その工芸が精巧で美しいからだけでなく、白菜が非常に身近な日常の食材で、誰もが親しみを感じるからでもある。チェコの人々にとっても白菜は馴染みのある存在で、白菜と肉の煮込み料理はどの家庭でも食べられている。「翠玉白菜」がプラハで展示されることで、両国民の心の結びつきが一層深まることが期待される。
蕭宗煌院長も、当初からチェコ側は「翠玉白菜」の展示を希望していたと明かし、「この作品の人気の度合いは、ルーブル美術館の『モナ‧リザ』に匹敵するものがあります」と語っている。「翠玉白菜」は今回11年ぶりに海外で展示されることとなり、ヨーロッパでは初めてのことであるため、大きく注目されている。
故宮の至宝として「翠玉白菜」と並び称せられるのは「清院本 清明上河図」であろう。この画巻は歴代の清明上河図の集大成で、北京の華やかなにぎわいと庶民の暮らしを精細な筆で描いている。小屋掛け芝居や市場の活気、西洋風の建物から小児科の診療所まで、市井の人々の姿が細部まで生き生きと描かれている。これは美術品として傑作であるだけでなく、18世紀の雍正帝と康熙帝が思い描いた理想の世界でもあった。
工芸と絵画の最高峰である「翠玉白菜」と「清院本 清明上河図」が揃ってヨーロッパで展示されることからも、台湾が今回の文化交流をいかに重視しているかがうかがえる。

蕭宗煌院長は、今回の「百の宝、百の物語」展を通して故宮博物院には69万点もの貴重な文物が収蔵されていることを知ったチェコの人々は、きっと台湾を訪れてくれるだろうと語る。(林格立撮影)
東西の共感を呼ぶ
海外の人々の共感を呼ぶ物語を見せるために、企画チームは異文化理解を深められる文物を厳選した。中でも注目したいのは「多宝格」である。これは清代の皇帝が書房で用いた玩具箱とも呼べるもので、一つの箱に60~70もの精巧な宝物が収められている。さまざまな材質のコレクションがそれぞれ専用のスペースに収納できるよう設計されている。多宝格に収められている文物の中には、日本の漆器や西洋の懐中時計もある。その中の2点の懐中時計を見ると、内部の機械部分にはWILLIAMSONの文字が入っており、イギリスの著名な時計職人Timothy Williamson(1768-1788年に活動)か、そのチームの製造したものと推測されている。
帝王がミニチュアの器物を収集するという習慣は、ヨーロッパの神聖ローマ帝国の皇帝、ハプスブルグ家のルドルフ2世(1552-1612年)から始まったと言われている。ルドルフ2世は、自然物や科学に関連する器物、芸術品、異国の珍しい物などをクンストカンマー(Kunstkammer)という博物陳列室に収蔵していた。クンストカンマーは皇帝の強大な財力を示すだけでなく、帝王があらゆる分野の知識と思索に富んでおり、卓越した趣味と世界観を持つことを見せつけるものだったのである。
この西洋のクンストカンマーこそ、現在の博物館の前身とも言える。今回、皇帝の「多宝格」が展示されることは、チェコ国立博物館が自然史博物館であることに応えるものでもある。同博物館のコレクションは自然物から文化‧工芸まで多岐にわたり、東西文化交流のプラットフォームの役割を果たしてきた。そこで故宮博物院は、特別に異文化交流を背景とする文物を選び、チェコとヨーロッパの人々に、数百年前から貿易や外交を通して想像を超えた密接な東西交流があり、工芸や美術の面で相互に影響しあってきたことを見てほしいと考えたのである。
このほかに、今回の展覧会では「動物」も重要なテーマの一つとなっている。小さな「墨玉猫」は、丸みを帯びた形と表情が可愛らしい猫の形の玉器で、そのユーモラスな表情はアニメのガーフィールドを思わせる。実は、チェコ側の企画担当者が展示品を選ぶために台湾を訪れていた際、しばしば台北のペットカフェに行っていたことから、台湾側のスタッフが思いつき、この作品を出展することを提案したという。チェコにおいても猫は文化的に重要な位置を占めていて、カフカの文学作品から街中までどこでも見られる。そのため小さな「墨玉猫」は、異なる地域に住む人々の感情を結び付け、文化を越えて共感を呼ぶと考えられたのである。
もう一つの動物は獅子だ。獅子のモデルであるライオンは中国にはいないが、その珍しさから芸術において吉祥の象徴として装飾化されてきた。絵画「清人狻猊図」は雄のライオンを描いたもので、獰猛な目をして牙をむいた姿はまさに王者の風格である。チェコの人々にとっても、ライオンは国章の図案であり、この作品は東西の人々を直観的に結びつけることとなる。

海外展示の課題と突破口
国宝を海外へ送り出すにはさまざまな課題がある。余佩瑾副院長は、あるエピソードを語ってくれた。チェコへ送る「清人狻猊図」の梱包を終えて車に乗せた時、木箱がひっかかってしまったのである。その瞬間「この絵は、ここを離れたくないのではないか?」という想いが頭をよぎったという。幸い、その後は順調に出発でき、このライオンキングは文物輸送の第一便に乗って無事にプラハに到着した。余副院長は、文物を海外へ送り出す前には、必ず土地公廟にお参りし、安全を祈ったと言って笑う。
このエピソードからも、貴重な文物の輸送がいかに慎重に行なわれているかがうかがえる。国宝級の文物を海外へ送るには、専門的な梱包や保護が必要なのは言うまでもないが、さらに学芸員による細心の心配りが求められる。これらがあってこそ、長距離の輸送を経ても、完全な姿で展示することができるのである。
蕭宗煌院長は、両国のスタッフが高い専門性を発揮し、息の合った協力関係を築いてくれたことを高く評価した。両国のチームは、時差があるにもかかわらず定期的にリモート会議を開き、細部の検査から展覧会場の設計まで話し合った。チェコ側も常に細心の注意を払いつつ効率の高い仕事をしてくれたのである。台湾とチェコは距離的には遠く離れているが、共同作業は非常に順調に進み、これによって相互理解と友情も深まり、双方にとって貴重な経験となったのである。

余佩瑾副院長が推薦する「紫檀嵌彩瓷博古図櫃」。清の乾隆帝の時期に書房「養心殿」に収蔵されていた、小さな美術品や骨董品の収納箱である。(林格立撮影)
フランスで「ドラゴン」展
チェコ国立博物館での「百の宝、百の物語」展に続き、11月にはフランスのパリの中心部に位置するケ‧ブランリ-ジャック‧シラク美術館(以下、ケ‧ブランリ美術館)において「ドラゴン(龍)」特別展が開催される。この展覧会は、2019年に嘉義にある故宮博物院南院において、ケ‧ブランリ美術館の協力で「仏ケ‧ブランリ美術館マスク展」を開催できたことに対する返礼として企画された。当時は2022年の開催を予定していたが、コロナ禍のために延期されていた。そうした中、2023年に故宮博物院院長に就任した蕭宗煌氏は、ケ‧ブランリ美術館長のEmmanuel Kasarhérou氏と旧知の仲であったことから積極的な連携が始まり、今年「ドラゴン展」がフランスで開催されることとなったのである。これは故宮博物院とケ‧ブランリ美術館の共同による二度目の大型展覧会となる。
「ドラゴン」展には、初めての海外展示となる「龍爪書」や「白猫九歌図」を含む85組(点)が出品される。東アジア文化において吉祥のシンボルとされる「龍」の信仰を紹介し、宗教、政治、社会、芸術および日常生活における龍の意義を考える展覧会だ。
展覧会は、内容から四つのエリアに分けられる。第一エリアのテーマは「龍のイメージ」で、各時代における龍の視覚的イメージを紹介する。第二のエリアは「龍の物語」として、龍に関わる東洋の伝説や宗教故事を紹介する。第三エリアは「皇帝の龍」。龍が帝王の象徴とされてきた点に焦点を当て、宮廷生活や儀式の用品、西太后の陵墓の設計図に見られる龍脈(大地の気の流れ)などを紹介する。
第四エリアのテーマは「ドラゴンと現代アート」で、ケ‧ブランリ美術館が主体となって企画した。ギメ東洋美術館などフランスの他の美術館の所蔵品も含めて現代におけるドラゴンのイメージを探る。服飾や意匠、現代アート、そして子供たちに人気の漫画『ドラゴンボール』なども扱う展示となる。
今回の「ドラゴン」展には「十二支」の概念も取り入れ、天干地支と対応させて時間と文化の連続性を強調する。また故宮の収蔵品の他に、デジタル技術を用いたインタラクティブな「画中に入る―早春図」の展示や、ビルの落成時に行なう「米龍祈福」という儀式の記録映像も上映し、ヨーロッパの人々に、台湾の民俗文化の特色を体験してもらう。

チェコ国立博物館の特別展会場の入り口では清の皇帝の肖像画と「掐絲琺瑯獅子」が出迎える。これは康熙帝、雍正帝、乾隆帝の時代に東西の交流が頻繁だったことを示し、またチェコの国章にライオンの図案が用いられていることにも呼応しており、両国の文化的対話を象徴している。(楊婉瑜撮影)
百年の故宮が世界の舞台へ
「翠玉白菜」と「清明上河図」がプラハで展示され、「龍」の物語がパリで語られる。これは文物の旅であるだけでなく、文化の旅でもある。これらの貴重な美術品を通して、ヨーロッパの人々は台湾の深く多様な文化に触れ、「台湾と言えばタピオカミルクティ」というイメージを超越し、台湾が持つ歴史の厚みを感じられることだろう。
故宮博物院が百周年を迎えるに当たって、大規模な海外特別展を開催することは、貴重な文化遺産を世界とシェアする台湾のオープンな姿勢を象徴している。蕭宗煌院長は「故宮は台湾随一の博物館として、国境を越え、世界と手を取り合わなければなりません」と語っている。立て続けに二つの海外特別展を開催することは、故宮にとっては人的資源の面でも大きなチャレンジだった。しかしこれは「双方の長年にわたる文化交流の成果であり、機が熟したのです」と蕭宗煌院長は述べた。これは非常に得難い縁であり、故宮は最良のものを世界の人々に鑑賞してもらえるよう、全力で取り組んだ。
時空と国境を越えたこの文化交流は、百周年を迎えた故宮博物院から世界へのギフトとも言える。台湾は専門性の高さと文化への自信だけでなく、「テクノロジーアイランド」とは異なるソフトパワーを世界に示すことができる。「2025 欧州-台湾文化年」を通して、世界の人々が、一般のイメージとは違う台湾の魅力を発見してくれることを期待しようではないか。

「霏雪地套紅玻璃鍾馗鼻煙壺」。

清乾隆2年(1737年)の「施天章雕赤壁図雞血石未刻印」。

「清明上河図」には多数の版があるが、洋風の建物が描かれているのは「清院本」だけだ。この作品には、当時西洋から入ってきた透視画法や顔料も用いられている。

「清院本 清明上河図」の一部。牌坊(中国式の門)の横で武術の大会が開かれている。子供は牛の背中に乗って観戦し、誰もが一瞬も見逃すまいと真剣に見つめている。

「多宝格」の中に収納されている懐中時計「銅鍍金画琺瑯懐錶」は18世紀にロンドンで製造されたもので、税関から清の宮廷に献上された。当時の東西の文化交流と欧州の工芸技術の高さがうかがえる。

多宝格の中は、器物ごとに専属のスペースと小さな木枠が設けられていて、引き出しには小さな書も収められている。精巧で繊細な設計だ。

「清人狻猊図」は幅が180センチを超える。チェコへと送り出す際には、このライオンキングは故宮を離れたくないのではないかと思わせるエピソードもあった。

「墨玉猫」は表面を人工的に黒く染めたものだが、尻の部分には本来の緑と白の玉の色が見える。片手で握れるほどの小ささで、手に取って愛でるための作品と考えられる。

「人足獣鋬匜」は西周後期(紀元前9-8世紀前後)の水を入れるための青銅器。柄の部分は小さな龍が水を飲む姿をしていて、その形はユーモラスで可愛らしい。フランスで開催される「ドラゴン展」に出品される。

「五彩紅龍鳳紋蓋缶」は清康熙年間(1661-1722)の陶磁器。茶葉を入れる容器として使われ、龍と鳳凰が珠で遊ぶ姿が描かれている。フランスの「ドラゴン展」で展示される。

「蟠龍紋盤」は商朝(殷)後期(紀元前13-12世紀前後)の青銅器。盤面に描かれた龍はとぐろを巻き、頭が中央に来ている。これは身分の高い貴族が用いた礼器である。

プラハとパリにおける故宮特別展では、デジタル技術を駆使した「絵の中に入る」体験を通して古典絵画に触れることができ、人気を博している。

故宮博物院が百周年を迎えると同時に、故宮南院は十周年を迎えた。台湾南部にある故宮南院は周囲の風景も美しく、台湾人に愛される旅行スポットとなっている。