塩辛いだけではない
呷米レストランが料理を通して食材や生産者、土地の物語を語るように、蔡炅樵さんの塩の物語も、料理人を腕を通して語られる。
台南の阿霞飯店のシェフ、呉健豪さんは「おたくの塩を使ったら、他の塩には戻れませんよ」と蔡炅樵さんに言い、現在ではすべてのメニューに洲南塩場の塩を使っている。春節の料理に欠かせないカラスミの塩漬けにも、洲南塩場に特注した3.5ミリの粗塩を使っている。
台北晶華酒店(リージェント・タイペイ)では蔡炅樵さんを通して多くの塩職人と協力し、さまざまな塩を打ち出している。彰化鹿港の浦田竹塩、屏東県車城の後湾海硓塩、台東県緑島の珊瑚海塩、澎湖県湖西の海菜霜塩など、8種類の台湾産の塩を中心とした「晶選塩コース」を打ち出した。ホテルではさらに「塩ソムリエ」を育成している。別の器に盛った各種の塩を料理に添えることで、お客はさまざまな塩を味わうことができる。そしてそれぞれの塩の背後にある職人の物語にも触れられ、さらに食とSDGsのつながりを考えることもできる。
中でもユニークなのは、雲林県斗六の萬豊醤油が製造する「蔭塩花」だ。これは蔭油(黒豆醤油)を醸造する過程で、甕の中に出来た塩分を含む水分を利用したものだ。これを繰り返し蒸発させて結晶させると、醤油の風味を持つ独特の「蔭塩花」ができる。
萬豊醤油の三代目である呉国賓さんによると、蔭油花は本来は醤油の醸造過程に生まれる副産物に過ぎなかったが、蔡炅樵さんがこれに目をつけ、料理人に薦めて試してみてもらったところ、思いがけず大好評を得た。年間の生産量はごくわずかで供給も安定しないが、次々と注文が舞い込んでいるという。
蔡炅樵さんによると、塩は果物と同じように、その年の降水量や日照時間、微妙な環境の変化などの影響を受けて毎年少しずつ個性の異なるものが採れる。「果物が一つひとつ違うように、塩も異なります。ただ私たちはその繊細な差をあまり強調しないだけです」と言う。これこそ台湾の塩の価値と言える。自然に従い、大地の風味を大切にするということだ。
気候の影響を受けて微妙に変化する塩だが、他の調味料と比べると決して目立つことはなく、食材の風味を際立たせる「最優秀助演俳優」と言えるかもしれない。「塩は自分の姿を完全に消して、一つの料理のおいしさを完成させるのです」と蔡炅樵さんは言う。

台湾の塩産業の発展と推進に大きな役割を果たしてきた蔡炅樵さんは、業界では「洲南塩承続(洲南塩を引き継ぐ者)」と呼ばれている。