雲の中の先住民集落——

自転車で行く霧台
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2019 / 5月

文・曾蘭淑 写真・莊坤儒 翻訳・松本幸子


アメリカの文豪、ヘミングウェイはこう言っている。自転車に乗って山や谷を越え、汗を流しながらじっくりと巡るのは、その国の風土や民を知る最も良い方法だと。

『光華』のシリーズ「自転車で行く台湾」は今回、台24号線の屏東県三地門から霧台郷まで走る道を初春に選んだ。遠くまで連なる山々は新緑に輝き、かつて災害に見舞われた村々もようやく春を迎えようとしていた。

ペダルを踏みしめて、山々に抱かれたパイワン族とルカイ族の村々を回り、その豊かな自然や文化工芸を感じる旅となった。


10年前の「八八水害(台風8号)」によって屏東北部の「好茶」「大社」「瑪家」の3集落は深刻な被害を受け、三地門郷への移転を余儀なくされ、新たに「礼納里」集落として再建の道を歩んだ。今回はまず地域運営のレストラン「瑪家穀倉」を訪れ、先住民料理で腹ごしらえをした。

メニューの「チナブ」「キンベレ」「石板焼肉」といった料理名に先住民文化を感じる。中でもお薦めはパイワンの人々が年中行事や来客時などに作るチナブだ。粟と豚肉をトリコデスマ・カリコスムの葉で包み、40分ほど茹でて作るチマキで、葉の香りと肉汁の素朴な味がする。シェフの廖秀美さんによれば、パイワン族は冠婚葬祭があるとイノシシを狩り、大頭目の家に運んで肉を焼き、チナブを作って皆で食べるという。

ほかにも先住民特有の料理には、粟やカボチャをこねて作ったキンベレ、香りの独特な月桃チマキ、カラスザンショウやアオモジなどの香辛料を効かせたイノシシの肉などがある。地元の食材をソウシジュの薪で焼いた料理はどれも美味で、先住民文化を訪ねる旅への期待が高まる。

パイワンの三宝

くねくねと曲がる坂道を上っていくと、晴れ渡った遠景に高雄の85ビルが見えた。台24号線22キロの地点にある三地門文化館では「パイワン三宝:青銅刀、瑠璃珠、陶壺」という展示が行われ、天地開闢の伝説や神霊信仰について説明されている。

パイワンの三宝からは、パイワン族の社会階級や習慣を知ることができる。同展のキュレーターであり、ガイドも務めるレマリッツさんは陶壺について、こう説明してくれた。レマリッツさんはパイワンの頭目一族の出身だ。持ち手と乳頭状の模様があるのは女壺で、百歩蛇の模様があるのは男壺、中でも光沢があって薄い誕生壺は高級品で、頭目や貴族だけが所有できる。壺の中には神霊が宿ると信じられており、一家の大切な瑠璃珠を壺に入れて神棚に祀ったりもする。

瑠璃珠は、結婚の結納品にも用いられ、代々の家宝とされる。一粒一粒の模様は、パイワンにとって天、地、人の間の思想や信仰を表す。「高貴之珠」は頭目が結婚の結納に使い、「勇士之珠」は功績を称えられた勇士が身につける。

そんな高貴なものでなくても、「蜻蜓雅築珠芸工作室」に行けば、DIYで自分専属の瑠璃珠を作ることもできる。2階の「故事館」には創設者である施秀菊さんの作品やコレクションが展示されており、癌で早逝した母親が施さんのために作手作りした花嫁衣裳や、さまざまな方法や材料を組み合わせた美しい作品の数々を鑑賞できる。海外で台湾の先住民工芸を展示することの多い施秀菊さんは、瑠璃珠をつないで台湾地図も作った。色鮮やかな瑠璃珠は、パイワン文化の発信役を担うだけでなく、雇用の機会や場を提供し、集落の女性たちの自立に役立っている。この後も続く坂道にへこたれないようにと、「勇士之珠」のブレスレットを買ってはめた。くねくねと続く山道が目の前になければ、今日の暖かさはまるで町なかを走っているような錯覚を起こさせる。

ルカイの知恵

24号線29キロ地点にある覆道まで来た。景色の壮観さは「東西横貫公路」にも引けを取らない。31キロ地点で展望台から隘寮北渓の谷全景を見下ろす。遠くには、橋脚の高さが台湾一の谷川大橋が見える。

谷川大橋は霧台郷に通じる唯一の橋で、かつては「伊拉橋」と呼ばれていたが、八八水害で流されてしまった。隘寮北渓の川幅も50メートルから200メートルになったため、より長く背の高い谷川大橋が設計されたのである。長さは元の54メートルから654メートルに、橋脚は99メートルの高さに作られた。この谷川大橋を自転車で行くと、遙か下の隘寮北渓が目に入り、思わず身がすくんだ。

光り輝く風景の中、穏やかな風に吹かれて進むと、山道のつらさも忘れる。霧台はルカイの里で、台湾で最も先住民集落の姿を留めていると、屏東県原住民処の伍麗華・処長が薦めてくれた。台24号線40キロ地点に着くと、頭目や勇士の像が並び、その前が魯凱(ルカイ)文物館だ。同館でルカイの文化について詳しく学ぶ。

頁岩を一枚一枚積み重ねた壁の続く「岩板巷(岩板通り)」や、霧台小学校の色鮮やかなレリーフはいずれも杜勇男さん・再福さん兄弟の手になるものだという。

杜兄弟の父は人間国宝級の彫刻家、杜巴男氏だ。玉山山頂にあった于右任像の台座は、杜巴男氏がセメントを背負って登って作ったもので、像を加えれば玉山の高さは4000メートルだった。息子たちは父の芸術の才を受け継いでおり、霧台の村では親子の作品があちこちで見られる。

兄の杜勇男さんは杜巴男記念館を引き継ぎ、弟の杜再福さんは民宿「卡拉瓦」を経営して伝説や貴族、勇士を描いた彫刻作品を展示している。ただし見学には予約が必要だ。

自転車を手で押して坂道を上ると、岩板巷のランドマーク「霧台長老教会」が見えてきた。杜再福さんによる設計・施工監督で、建築に6年かけた、ルカイの人々の団結と協力の結晶だ。

教会の屋根は、霧台の石板屋(頁岩作りの家)の中で最も急な勾配を持つ。石板を積み重ねる技術や重量の計算方法は、村の年寄りたちの知恵と経験が生かされている。クスノキ製の講壇は、夫婦とも90歳を超える信徒の寄付による。霧台長老教会の盧華英・幹事は当時を思い出しながらこう語った。「このクスノキは、老夫婦の家の横の崖に生えていたもので、10年前から夫婦は教会に寄付したいと考えていたそうです。そうした彼らの祈りを主がお聞き届けになったのでしょう。ある年の台風でクスノキが倒れ、ちょうど夫婦の家の前に落ちてきたのです」

教会の中にある大きなヒノキの十字架は、ある高齢の猟師が、山奥の台東と屏東の県境で見つけた木で作られている。日本統治時代から伐採されずに残っていたのだ。それを村人が往復に4日かけて引いて運んだ。台湾では類を見ないほど巨大なヒノキの十字架で、見上げていると、この教会が村人たちの団結力や奉仕の精神で作られたことがしみじみと感じられる。しかもこの十字架作りにまつわる苦労の物語は立体彫刻となり、教会の外の階段に沿って並べられている。

阿礼集落の桜と蝶

遅くなったので霧台集落の民宿に宿泊した。ぐっすり寝た後の2日目は、台24号線における最後のルカイの村——阿礼集落に向かった。

上り坂が続く。少し傾斜が緩やかになったかと思っても、またすぐに急な上りになる。この辺りは八八水害であちこち寸断され、臨時のガードレールが設置されており、落石に遭わないよう速度を上げる。片側は緑深い渓谷で、霧の立ち上ってくる様子がなおさらスリリングだ。標高1200メートルの阿礼集落は年じゅう霧が立ち込める高みにある。霧台や神山の村を見下ろそうとすると、すでに雲海の下となっていた。

「吉露崩壁」「阿礼大崩壁」という二つの断崖絶壁のそばを通る。やはり八八水害で作られた特殊な地形だ。近づいてさまざまな形に削られた壁面を見上げていると、自然の大きな力に畏怖の念を覚えずにはいられない。

24号線の終点である44.5キロ地点は、仮設道路「臨45便道」の起点でもある。阿礼集落に着いたが、つぼみをつけたカンヒザクラや石板建築が点在するだけで、人の姿は消えていた。ここはかつては西ルカイ族の住む標高最高の古い集落だったが、八八水害後に村は移転、現在では1組の夫婦が暮らすほかは、休日だけの商いをする人が上がって来るだけだ。

阿礼大頭目の家屋の前を通る。家の表の祖霊柱には、陶壺や、伝説の「蛇に嫁いだ姫」の絵などが描かれ、集落における頭目の地位を物語る。

阿礼集落に残った包泰徳さんと古秀慧さん夫妻は「木谷民宿」を経営し、鳥や蝶の観察に来た人や、阿魯弯古道を訪れる登山客を迎えている。また、屏東科技大学森林学科の陳美恵教授の指導を受け、ミツバチ養殖や、葉の美しい蘭「アネクトキルス・ロクスバーギー」の栽培を手がけ、山の集落の経済的可能性を探っている。

ほぼ廃村状態である阿礼集落で包泰徳さん夫婦は、都会の喧騒から離れた自給自足の暮らしをしている。午後は桜の並木道を歩き、夜には果てしなく続く星空を眺め、語らい合う毎日だ。ここには静けさに満ちた心地よい暮らしがある。

災害後に出現した秘境

下山時には空も晴れた。下り坂を行くのは自転車の旅の最も爽快な瞬間だ。「下霧台」と呼ばれる神山集落で「神山愛玉」を食べた。愛玉子ゼリーに粟や柑橘類を加えたデザートで35元、山道に耐えた自分へのご褒美だ。遠くに大武山を眺めながら心身ともに癒される休憩となった。

食器を下げている店主の巴義成さんは1985年に徒歩で世界を回る偉業を成し遂げた人物だ。アジア、ヨーロッパ、アフリカの3大陸22か国を2年で回った。自立晩報社によるイベントだったが、同社の系列企業に勤めていた陳春暉さんをそのツアーで射止め、花嫁にした。忙しくゼリーを作りながら陳春暉さんは「まるで運命の出会いでしたね」と言う。巴さんが警察官の仕事を辞め、2ヘクタールの土地で育てる愛玉子の台湾固有種は、集落の特産品となっている。

旅の途中でふと思いつき、哈尤渓に足を伸ばしてみることにした。渇水期の4月末までしか行けない場所で、自転車ではなく、大武集落のジープで送ってもらうことにした。

哈尤渓は隘寮北渓の支流である。1時間余りで谷に着き、そこから更に歩いて上流へ、七彩岩壁を目指す。途中、硫黄温泉もあり、鉄を含んだ玄武岩や石英質砂岩の混じる岩壁がそびえる。渓流の流れが反射して、金色に輝く岩壁は美しく、自然と文明、或いは破壊と再生といった、地球が織り成す物語に思いを馳せる。

大武集落の巴英雄さんはこう語る。八八水害に見舞われるまで、ここは山深い峡谷で、七彩岩壁も猟人だけが通るような稜線から見下ろすしかなく、ましてルカイの人々にとっては聖地だった。災害後にはここまで来られるようになり、秘境の観光スポットとなったが、次に台風が来ればまた閉ざされた秘境となるかもしれない。

だが哈尤渓への秘境ツアーによる自然破壊を心配する声もある。屏東科技大学の陳美恵教授は霧台、神山、大武、好茶、阿礼などの集落を「自然人文生態景観エリア」にすることを提唱してきた。現在、政府関係部門で審査中だ。ガイドによる案内や入山者数の制限が実現できれば、環境保護と経済の両面で好循環を生める。

2019年はちょうど八八水害から10周年に当たる。村の人々と再建の努力を続けてきた陳美恵教授はこう言う。「先住民集落は災害で破壊されてしまったわけではありません。魅力ある文化を持つのですから、倫理的に土地利用を行ない、地元の特色を打ち立てれば、台24号線のエコツアーを発展させることもできます。そうすれば、真珠をつないで首飾りにするように、災害で散らばってしまったこれらの集落をつなぎ合わせることも可能です」

陳教授の描く未来図は、今回の旅でふれた人の温かさや霧台の美しさに裏付けられている。そう感じ、帰路のペダルをしっかりと踏み出した。

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A Ride to the Clouds

Cycling Through Wutai Township

Esther Tseng /photos courtesy of Chuang Kung-ju /tr. by Phil Newell

The American writer Ernest Hemingway once said, “It is by riding a bicycle that you learn the contours of a country best, since you have to sweat up the hills and can coast down them.”

For this latest in our series of articles about cycling in Taiwan, in early spring we set our sights on the stretch of Provincial Highway 24 that runs from Sandimen Township to Wutai Township in Pingtung County. As we pedal up through the fresh greenery of the mountains, we experience the flourishing business environment of the Paiwan and Rukai indigenous communities, as well as their rich culture and handicrafts.


After Typhoon Morakot ravaged three townships in northern Ping­tung ten years ago, the three Aboriginal communities of Kucapungane (Chinese name Hao­cha), Paridrayan (Da­she) and Makazayazaya (Ma­jia) were relocated to live together in the newly built community of Ri­nari in San­di­men. We decide to warm up for our cycling trip by first visiting the community’s “­Kubav” restaurant to enjoy an authentic indigenous meal.

Just by looking at the menu you get a sense of being in an indigen­ous community. In particular, the offering at ­Kubav includes ­cinavu, a food that the Pai­wan people have traditionally eaten only at the New Year or when greeting honored guests. It is made by wrapping a mixture of millet and pork in the leaves of Trichodesma calycosum and boiling it for 40 minutes. This simple and unadorned dish has a special sweet flavor of meat juices combined with the fragrance of the leaf wrapping.

Other dishes that use special local ingredients are kinepel, a cake made from millet and pumpkin; a sticky-rice dumpling that is wrapped in shell ginger leaf and has a unique fragrance; and wild boar meat marinated using alianthus prickly ash (Zanthoxylum ailanthoides) and aromatic litsea (Litsea cubeba). These are cooked over locally sourced acacia wood. Every dish at ­Kubav is a delicious surprise, and besides satisfying our taste buds, they give us the energy and desire to further explore Aboriginal culture.

Three treasures of the Paiwan

Riding up the twisting mountain road, from which the clear weather gives us views of Kao­hsiung’s 85 Sky Tower in the distance, we arrive at the San­di­men Culture Center, located at the 22 kilometer mark of Highway 24. The main theme of the exhibition is “The Three Treasures of the Pai­wan,” which are pottery, colored glass beads, and bronze machetes. The center also relates the Pai­wan creation myth and the origins of belief in super­natural entities.

The three treasures come in different forms that illustrate the stratification of Pai­wan society and its rituals. By way of example, exhibi­tion curator and guide Remaljiz, a member of a Pai­wan chief’s clan, explains that pots with handles and nipple-shaped protrusions are called “mother pots” and those with hundred-­pace snake decorations are “father pots,” while the most respected are “birth pots,” which are light, thin, and glossy.

In the case of glass beads, which are often kept as family heirlooms or serve as import­ant keepsakes such as betrothal gifts, to the Pai­wan people the motifs on each bead repres­ent beliefs about heaven, earth, and rela­tions between people. For example, a “noble bead” is a wedding gift for the marriage of a chief, while wearing a “warrior bead” indicates that the person has performed courage­ous or ­heroic exploits.

But tourist visitors can make their own glass beads DIY-style at the Dragonfly Beads Art Studio. On the second floor is a gallery which displays collected items and works of the studio’s founder, Remereman. These include the wedding attire hand-sewn for her by her mother, who died of cancer, as well as gorgeous and complex mixed-media works.

I bought a bracelet of “warrior beads” to get a morale boost for the upcoming continually uphill ride. If not for seeing the winding mountain road before my eyes, the unexpectedly warm weather at this elevation might have fooled me into thinking I was riding in the plains.

Stone houses, Rukai knowledge

Approaching the open-sided tunnel at the 29 km mark of Highway 24, the scenery is as spectacular as on the Central Cross-Island Highway. At the 31 km mark, we stand on the observation platform and look down over the entire North Ai­liao River Valley, while also admiring in the distance the remarkable sight of the Gu­chuan Bridge, which boasts the tallest bridge piers in Taiwan.

The warm breezes, the beautiful interplay of light and shadow, and the lofty mountains along the route all compensate for the difficulty of climbing up the steep winding road. Saidai Latarovecae, director of the Ping­tung County Indigenous Peoples Department, recommends the Wu­tai indigenous community as the place where the social patterns of the Ru­kai people are most intact. When you see eye-catching sculptures of a chief and a warrior at the 40 km mark of the highway, you know you have arrived at the Ru­kai Culture Museum.

You can learn about the culture of ordinary Ru­kai people at the museum. Whether it be the flagstone path laid with irregularly shaped slabs of slate, or the brightly colored relief sculptures at Wu­tai Elementary School, both were made by the brothers Besakalane and Kalava.

Carrying our bikes up some stairs, we see the main landmark on the flagstone path: the Wu­tai Presbyterian Church. This church was designed by Kalava, who also oversaw construction, which took six years to complete. It demonstrates the Ru­kai people’s spirit of working together for a common goal.

The church has the steepest roof of any stone structure in Wu­tai Village. The methods for building in stone and for calculating the weight to be supported came from the knowledge and experience of the older genera­tion in constructing stone buildings.

The large crucifix inside the church is made from the wood of a Taiwan cypress tree cut down and left behind by the Japanese, that was found by an old hunter deep in the mountains on the border between Tai­tung and Ping­tung counties. Villagers walked for four days to drag it back to Wu­tai, where it was turned into the biggest cypress-­wood cross in all Taiwan. Looking up at the cross, you can appreciate the Ru­kai people’s spirit of helping each other and working for the common goal of creating a heaven on earth. The arduous process of constructing this cross is memorialized in carvings displayed on the stairs outside the church.

Cherry blossoms and butterflies at Adiri

To avoid cycling in the dark, we spend the night at a homestay in Wu­tai. After a good sleep, on day two we head toward the last Ru­kai community on Highway 24: Adiri (Chinese name Ali).

The entire road is uphill, and we often have to face a new climb even before the one we are on has leveled off. Ten years ago, Typhoon Morakot caused landslides that cut the highway off. Although simple guardrails have since been set up along the roadside, when we speeded up the pace of our journey, between the mountain forests on one side of the highway and a gorge on the other, we feel a sensation of giddiness and danger. Adiri, at an altitude of 1200 meters, is shrouded in mist and clouds year-round. When we gaze downhill at search of communities such as Wu­tai and Kabalel­radhane, they are enveloped in a sea of clouds.

We pass by two areas of steep rock faces exposed by landslides, which are unusual geological features created by Typhoon Morakot. Looking up to observe them, you notice that each stretch of cliff wall has a different shape. They are like works of art carved by heaven with careful precision. This most moving geography lesson leaves one with a sense of reverence.

The current end point of Highway 24 is at the 44.5 km mark, beyond which the remaining few kilometers of the original highway have been downgraded to the status of an emergency access road. When we arrive at Adiri, with its jumble of slate houses, we find a desol­ate, almost abandoned village, with Taiwan cherry trees waiting shyly to display their blossoms.

Passing by the stone slab home of the chief of Adiri, you see ancestral spirit pillars, woodcarvings of ceramic vats, and woodcarvings and paintings of the legend of Balenge ka abulru, in which Princess Baleng marries the Hundred-Pace Snake deity. The architectural vocabu­lary of the building indicates the status of the chief within the community.

Husband and wife Bao ­Taide and Gu Xin­hui, the only people to remain permanently in ­Adiri when its residents relocated after Typhoon Morakot, operate the Su­muku Homestay, where they host visitors who come to ­Adiri to watch birds or butterflies, and hikers who come to explore the Old Alu­wan Trail.

In the afternoon, we walk a trail lined with blooming Japanese cherry trees, and when night falls, the sky fills with countless stars. Revisiting old memories and enjoying this tranquil night is like being in a paradise, a place of joyful contentment and serenity.

Secret place revealed by a typhoon

When we set off back down the highway the next morning, the weather is clear as we happily ride downhill; this is the most enjoyable part of our journey. We stop by the side of the mountain road to take in the distant views of the Dawu Mountains, lush with verdant vegetation.

Passing through the Kabalelradhane indigenous community below Wu­tai, we stop to eat a bowl of aiyu fig jelly. A bowl of fresh fig jelly flavored with fragrant, sweet millet and sweet and sour kumquat and lemon is the best treat to reward our physical effort. A NT$35 bowl of jelly and the mountain vistas have a priceless therapeutic value.

At present the shop owner cultivates about two hectares of jelly figs (Ficus pumila var. awkeotsang), which are the community’s special local product.

During this day’s journey we decide on the spur of the moment to visit the Ha­you River. To get to this ­scenic spot, which is only accessible during the dry season before the end of April, we choose to take an all-­terrain vehicle from the La­buwan indigenous commun­ity rather than cycle into the mountains.

The Ha­you River is a tributary of the North Ai­liao River. After more than an hour’s drive along the ­riverbed, we begin trekking upstream to reach the majestic Qicai (“seven-color”) Rock Walls. Along the way are sulfur hot springs, and rock walls of basalt streaked with iron, and of quartz arenite. Reflected in the babbling stream they create an awe-inspiring scene of twinkling golden light.

Labuwan resident Ba Ying­xiong says that before Typhoon Morakot this was a deep ravine, and the Qi­cai Rock Walls could only be seen from above, looking down from a mountain ridge on an old hunting trail. It is considered a sacred place by the Ru­kai people. This “secret place” opened up to tourists by Typhoon Mora­kot could one day be buried under rock and soil as a result of another typhoon.

2019 marks the tenth anniversary of Typhoon Mora­kot. Chen Mei-hui, a professor in the Department of Forestry at National Ping­tung University of Science and Technology, has been working side by side with indigenous communities for their empowerment for the last ten years. She says: “The indigenous communit­ies that were damaged by Typhoon Morakot have not been abandoned. They are cohesive and culturally rich. If they can uphold a harmonious relationship with the land, develop their distinctive local characteristics, and practice indigenous farming culture to pursue self-­sufficiency, while also gearing themselves to the market and develop­ing ecotourism along Provincial Highway 24, they can remake the string of pearls that was broken by the typhoon.”

Like the warmth of the indigenous communities and the beauty of Wu­tai that we experienced on our ride, during our return journey this vision of the future portrayed by Chen Mei-hui makes us feel even more firm and steady on the pedals beneath our feet.

雲深不知處

騎行霧台

文‧曾蘭淑 圖‧莊坤儒

美國文豪海明威曾說:「騎單車翻山越嶺、揮汗寸土踏查,是了解一個國家風土民情最好的方式。」

《光華》「騎行台灣」系列報導,在初春的季節鎖定台24線從屏東縣三地門到霧台鄉,群山顯得新綠,部落已走過風雨,踩著踏板環山而上,感受排灣族與魯凱族部落豐沛的產業生態與文化工藝。

 

 


10年前的莫拉克颱風(又稱八八風災)重創屏北三鄉,好茶、大社與瑪家部落遷到三地門鄉重建,命名為「禮納里部落」,先造訪部落與社區的餐廳「瑪家穀倉」,以原住民風味餐為騎程暖身。

從菜單上的祈納富、金伯樂、煙燻石板烤肉,立即感受原鄉的氛圍,尤其推薦排灣族人年節與迎賓的點心:「祈納富」,以甲酸漿葉包著混和小米的豬肉,水煮40分鐘,充滿特殊草香與肉汁的甜味,單純又樸實。主廚廖秀美說,每當有婚喪喜慶時,排灣族獵人會將獵到的山豬,拿到大頭目家,與大家一起烤肉、包著祈納富共享。

運用部落特殊食材的餐點,還有以小米、南瓜糕作成的「金伯樂」、帶著特殊香氣的月桃粽、以刺蔥、馬告醃過的山豬肉,就地取材用相思木烘烤,每一道都是驚喜的美味,如此味蕾的滿足,開啟了探索原鄉文化的動力與憧憬。

排灣族三寶,銘刻不忘

一段蜿蜒的上坡路,天氣晴朗,遠眺可望見高雄的85大樓。來到台24線約22公里處的三地門文化館,展示的主題「排灣族三寶:青銅刀、琉璃珠、陶壺」,訴說著天地起始的傳說、神靈信仰的由來。

排灣族三寶所呈現不同的形式,可以看出排灣族人的社會階級與生命禮儀。以陶壺為例,身為排灣族頭目家族一員的策展導覽解說員日馬力茲(Remaljiz)指出,有著耳朵與乳釘狀的是母壺,有著浮貼百步蛇紋樣的是公壺,其中又以輕薄光亮的誕生壺最為尊貴,只有頭目、貴族才能珍藏,族人相信有神靈住在其中,或是將家中珍藏的古琉璃珠置於其中,供奉在神龕上。

至於作為聘禮、傳家寶等重要信物的琉璃珠,每一顆琉璃珠上的圖騰,對排灣族人來說,有著代表著天、地、人之間的思維與信仰,例如「高貴之珠」是頭目結婚的聘禮,配戴「勇士之珠」顯示勇士英勇的功績。

但對遊客來說,可從造訪「蜻蜓雅築珠藝工作室」的DIY過程中,親手燒製專屬自己的琉璃之珠。二樓故事館,展示著創辦人施秀菊老師的收藏與作品,其中有罹癌早逝的母親為她親手縫製的嫁衣,也有各式運用複合媒材、華麗繁複的作品。經常代表台灣到國外展示原住民工藝的施秀菊,也用琉璃珠拼了一個台灣地圖。一顆顆色彩繽紛的裸珠,不只傳揚了排灣族文化,也是一個就業的機會與平台,培力部落婦女自立。

買了「勇士之珠」的手環戴上,為連續上坡的騎乘之路打氣,若不是眼前蜿蜒的山路,溫暖的天氣,真有騎在平地的錯覺。

石板屋、岩板巷,魯凱智慧

一路踩踏進台24線29公里處的明隧道,壯觀程度可比美「東西橫貫公路」,往前行31公里處,先在觀景台俯瞰隘寮北溪河谷全景,同時遠距欣賞有著全台灣最高橋墩──谷川大橋的壯麗風光。

這處通往霧台鄉的唯一通路,昔日稱為「伊拉橋」,在八八風災時被沖毀,隘寮北溪的河道寬度從50公尺瞬間變寬成200公尺,為了行車安全,公路總局將谷川大橋的設計拉長又拉高,由原本近54公尺延長到654公尺,橋墩離地面有99公尺高。果真騎上谷川大橋,在奔馳的瞬間睥睨隘寮溪谷,有著「高處不勝寒」的激動。

溫煦的和風、光影的耀動,沿路的峻嶺風光,彌補了爬升蜿蜒山道的艱辛。屏東縣原住民處處長伍麗華推薦,霧台是台灣部落型態保留最完整的魯凱鄉。當抵達台24線40公里處,醒目的頭目與勇士人像雕塑映入眼簾,魯凱文物館便在眼前。

在文物館了解魯凱族庶民文化,不論一片片頁岩交錯砌成的岩板巷,或是霧台國小色彩豔麗的彩繪浮雕,都是出自杜勇男、杜再福兄弟之手。

杜家兄弟的父親是國寶級的雕刻藝術家杜巴男,玉山山頂的于右任像基座是由杜巴男揹著水泥上山做成,讓玉山標高可以躋身4,000公尺之列。兒子們也都傳承了他的藝術天賦,整個霧台部落都有他們父子的傑作。

由於兄弟已分家,大哥杜勇男承繼了杜巴男紀念館,老二杜再福的卡拉瓦民宿,展示著射日故事、貴族與勇士的對談等雕刻藝術品,但要參觀均得先預約。

扶著單車拾級而上,可以看到岩板巷的地標「霧台長老教會」。這個由杜再福設計、監製的教會,花了6年時間才建造完成,並且充份表現了魯凱族人同心協力的精神。

教會有著霧台石板屋中最陡的斜屋頂,石板堆疊的技術、計算承載的重量,來自老一輩的智慧與建築石板屋的經驗。用樟木做的講道台是教會一對九十多歲的老夫婦所奉獻。霧台長老教會幹事盧華英述說著建造過程的點滴說:「這棵樟樹就長在老夫婦家門旁的峭壁上,十多年前夫婦倆就盤算著要把它奉獻給教會。果真上帝聽了他們的禱告,有次颱風,樟樹就被吹落了下來,正好掉在門前。」

教會會堂裡偌大的檜木十字架,是一位老獵人在台東與屏東縣際交界的深山裡所發現,是日本人砍伐留下的檜木,族人來回走了4天拉回來,成為台灣少見最大的檜木十字架。仰望十架,感受到部落族人齊力一心、奉獻互助的精神,勤力打造地上的天堂。而且這個建造十字架的辛苦過程,已化為立體雕塑,展示在教會外面的階梯扶手上。

失落的阿禮部落,賞櫻賞蝶

為避免夜騎,住宿在霧台部落的民宿,經過一日好眠,第二天騎程向台24線最後一個魯凱部落──阿禮部落挺進。

一路上坡,有著一坡未平一坡又起的挑戰,莫拉克颱風讓此處山塌路斷,現路旁雖已架設好簡易護欄,為免落石,加快騎乘速度時,道路一旁卻是山林峽谷,頗有騰雲駕霧的驚險感。海拔1,200公尺的阿禮部落,常年雲霧繚繞,此時再遠眺「山下」的霧台、神山等部落,均已籠罩在雲海之中。

經過吉露崩壁、阿禮大崩壁,這兩段壯麗的陡岩峭壁,是莫拉克颱風才形成的特殊地質結構。近前抬頭仰視,每片岩壁都有不同的形狀,一刻一鑿、一雕一琢,似乎是上天深沈專注留下的作品,令人心生敬畏,是最有感的地理課。

台24線通車的終點在44.5公里處,同時也是臨45便道的起點,到達阿禮部落時,錯落的石板建築,卻是一處人煙荒涼的村落,緋寒櫻含羞待放,這個原是西魯凱族最高的古老部落,八八風災過後族人遷村,僅剩一對夫妻留居此地與假期來做小生意的族人。

經過阿禮大頭目的家屋,從屋外的祖靈柱、陶甕、巴冷公主與百步蛇郎君的木雕紋飾與彩繪,這些建築語彙都彰顯了頭目在部落中的地位。

一直留守在阿禮部落的包泰德、古秀慧夫婦經營「穌木谷民宿」,招待前來阿禮賞鳥賞蝶、探索阿魯彎古道的登山客。為了營生,夫妻二人在屏東科技大學森林系教授陳美惠的輔導下,養蜂、種植金線蓮,探索林下經濟的可能。

在幾近廢村的阿禮部落,包泰德夫婦在此過著自給自足、遠離塵囂的生活。下午走過山櫻步道,直至夜色來臨,無垠星空,重溫往事,享受這寂靜的夜晚,頗有身處桃花源,怡然寧謐的安適。

風災後現身的秘境

下山時天氣清朗,爽快的下坡,是騎乘之旅的快意時光。經過下霧台的神山部落,吃一碗神山愛玉,新鮮愛玉加了香甜小米與酸甜的金桔檸檬,一碗35元的愛玉是犒賞自己辛勞的絕佳小點,遠眺大武群山,蒼翠蓊鬱,療癒、放空卻是無價。

席間收拾愛玉碗盤的老闆巴義成,是曾在1985年徒步全球的「台灣之光」,他參加自立晚報舉辦的活動,以2年時間走訪亞、歐、非3大洲22個國家,還把當時在自立報系上班的陳春暉娶回家,忙著為排隊人龍製作愛玉的陳春暉回憶說:「當時我們倆人就是天雷勾動地火啦!」已經自警察職務退休的巴義成,目前種植約2公頃的愛玉特有種,是部落裡的特產。

旅程中臨時決定前往哈尤溪,這處在4月底枯水期前才能前往的限定景點,採訪團隊選擇搭乘大武部落越野車接駁,而不騎乘入山。

哈尤溪是隘寮北溪的支流,經過一個多小時在溪床河谷中的車程,再步行溯溪抵達壯麗的七彩岩壁,沿途有著硫磺溫泉、玄武岩混鐵與石英質沙岩顯露的岩壁,映照潺潺溪水,閃爍著金黃波光,景色懾人,體驗了穿梭於自然與文明之間,破壞與重生的變化,更是地球說故事的最佳寫照。

大武部落族人巴英雄說,八八風災前,這是一處深潭峽谷,七彩岩壁只能從獵人古道的山陵線往下俯瞰,並且是魯凱族人眼中的聖地。這處因風災後形成的旅遊秘境,可能在下一個風災就又會消失藏匿於土石之中。

然而哈尤溪秘境旅遊,帶來爆增的旅客,產生了破壞生態的疑慮。為了讓美景及文化永續,屏東科大老師陳美惠多年來倡議將霧台、神山、大武、好茶及阿禮等部落劃設「自然人文生態景觀區」,目前已在相關單位審核中,希望未來能透過總量管制,由專業解說員帶隊,為保護環境、振興部落經濟,建立正向的循環。

今(2019)年正值莫拉克風災10週年,陳美惠培力部落族人,一路走來與部落一起努力,她說:「原鄉部落並沒有因風災的摧殘而被放棄,尤其這些部落充滿文化的底蘊,有凝聚力,如果能秉持土地倫理,發展在地特色,融入部落的農耕文化自己自足,並且與市場接軌,發展台24線的生態旅遊,必能將風災扯斷如珍珠項鍊般的部落美景重新串流起來。」

陳美惠所勾勒的願景,就像騎程中感受到部落溫暖的人情,以及霧台美麗的風情,在回程的路上,腳下的踏板更堅定了。

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