
「都市再開発」と聞いて何を思い浮かべるだろう。
古い集合住宅が一新されて不動産価値が上り、環境の質が向上し、住民が新家屋に入居できることなどが挙げられる。一方、住民間の意見の衝突、暴力団の介入、汚職、住民の強制立ち退き、不動産価格の高騰といった悪い面も思い浮かぶ。
こうした中、台北では都市空間改革の過程における芸術文化の力が注目されている。再開発のために建物が撤去されて新たな建設が始まるまでの間を利用して、芸術の実践と都市発展が結び付いているのである。
新しいマンションが林立し、あちらこちらで建設の続く台北市の大直は、不動産価格が上昇し続ける新興市街地である。ここは台北の最先端の地域だと言う人もいれば、最も人情味の薄い地域だと言う人もいる。霧雨の降る秋の午後、その大直で、まるでタイムスリップしたかのような光景が見られた。稲刈りが始まったのである。
農家の2人が稲刈りをする様子を80人ほどの大人や子供が楽しそうに見守っていた。田んぼの中央には丸い池があり、池の中央には白鷺のような立体アート「風の彫刻」が揺れ、天地を結ぶ心の舞に人々を誘っているかのようだ。
これは2010年7月から11月に、忠泰建築文化芸術基金会が開催した「ミュージアム・オブ・トゥモロー」計画の一つで、展覧の名称は「風がもたらす光」というものだ。日本のアーティスト新宮晋の3組の立体作品が展示され、田んぼの横で3回にわたって音楽会や親子活動が開かれた。会場と資金はすべて忠泰グループが提供した。
早くも3年前、設立間もない忠泰基金会は、市場価格40億台湾ドルに達するこの3200坪の再開発区で、アーティストの林銓居と協力し、人と水田の関係再現を試みる「晴耕雨読」というプロジェクトを行なった。キュレーターの胡朝聖によると、このランドスケープ・パフォーマンスの目的は「昔の文人の生活を再現する芸術によって、都市の衰弱した精神を癒す」というものだ。
それから3年、周囲に高層ビルが次々と完成する中、この土地だけは今も稲が植えられている。「土地開発のロジックに反する」この行動は、忠泰グループ経営者の息子、李彦良の思いから始まった。

(左)フィンランドのオルターナティブ建築家グループ、カサグランデ・ラボラトリーは、忠泰グループの所有する万華の放置された建て物で「有機廃墟」の理想を実現し、台北の都会の隙間で野菜を栽培する園芸家にも敬意を表した。(中央・右)台北市が淡江大学建築学科に運営を任せている迪化街の「127公店」。1階は展覧空間、2回は若い建築家やデザイナーを育成する場で、将来的には迪化街の町づくりにも参加する可能性がある。
建設業を本業とする忠泰グループは近年、「生活空間美学の向上」という理念を掲げ、家具や飲食、芸術などの分野にも進出している。2007年初には、芸術展覧会・芸術公演やフォーラム開催を専門とする基金会を設立した。
昨年9月「台北当代芸術センター」が主催した「芸術エネルギーと都市転換」という座談会において、同基金会CEOを兼務する李彦良は芸術活動に携わることの趣旨を語った。企業による一方的な資金援助というモデルを脱し、企業の資源と強みを活かす方法を考えた結果、建設会社が所有する「開発待機中の土地」を基金会発展の基礎とすることにしたと言う。
李彦良によると、土地開発の過程では、権利関係の調整や再開発手続に時間がかかり、一般に2〜3年、土地を放置しておかざるを得ない。この間、土地は建設会社にとっては無用の資源だが、アーティストにとっては贅沢な空間となるのである。
また、李彦良は台湾の不動産販売に特有の販売センター兼モデルルームを「ミュージアム・オブ・トゥモロー」へと変えた。多くの人がモデルルームを訪れるのは美しい内装の中で夢を膨らませるためだが、ここに「生活美学」を広めるという可能性が見出せる。このミュージアムの概念は移動するサーカスと同じで、移動した先々に喜びをもたらし、より良い生活への憧憬をもたらすのである。
忠泰基金会は2007年2月に初めてミュージアム計画を実施した。場所は忠泰グループが国有財産局の入札で取得した市民大道沿いの土地だ。李彦良はこの土地の再開発計画には3年はかかると見て、その土地にある旧鉄道車庫を利用して無料の展覧会を開いた。世界的なデザイナーの作品を展示して活気ある雰囲気を作ったところ、2ヶ月で4万人が入場した。
基金会の活動は、建設会社による不動産販売とは故意に切り離して行なっていると言う。上述の市民大道の物件も、展覧会後さらに3年間放置する間に、アーティスト陳界仁の作品『軍法局』の撮影に無料で提供し、2010年下半期に建設許可を取得してから、ようやく不動産の広告看板を立てた。

(左)フィンランドのオルターナティブ建築家グループ、カサグランデ・ラボラトリーは、忠泰グループの所有する万華の放置された建て物で「有機廃墟」の理想を実現し、台北の都会の隙間で野菜を栽培する園芸家にも敬意を表した。(中央・右)台北市が淡江大学建築学科に運営を任せている迪化街の「127公店」。1階は展覧空間、2回は若い建築家やデザイナーを育成する場で、将来的には迪化街の町づくりにも参加する可能性がある。
昔から、建設会社が能動的に芸術文化活動に出資することは少なくなかったが、その多くは特定の地域を対象としてきた。例えば十数年前には、台鼎建設の白錫旼;・前董事長が台中市大度山に「理想国」を作り、近年は遠雄建設が台北県三峡の「北大特区」で芸術による街づくりを推進している。忠泰グループのように、各地で芸術文化活動を行なっているのは、近年再開発に積極的な立偕建設だ(41ページの記事を参照)。
一方、2010年初から台北市都市発展局も「任務型」「移動可能型」の「都市再生前進基地」プランを打ち出し、これをアーバン・リジェネレーション・ステーション(URS)と名付けた。URSは「あなたたちの/皆の」と同じ発音だ。
台北市の都市更新処は、これはソフトな再開発で、漢方の鍼灸のように都市の「気」を通じさせるものだとしている。放置されている公有地を探し、国有財産局や鉄路局などの管轄部門と2〜3年のフレキシブルな使用期間を定め、その間の利用方法を民間の公益団体から募るというものだ。
最初のURSは4ヶ所で行なわれた。MRT中山駅付近の元公売局酒煙草販売所、華山特区内の元華山貨物駅と鉄道施設、南港旧市街地にある1.6ヘクタールの元公売局の瓶蓋工場、それに、容積移転を経て地主が市の都市更新処に寄贈した迪化街127号の商店兼住居だ。迪化街の物件は唯一市が所有する永久拠点で、淡江大学建築学科が、何の補助も受けない状態での運営を請け負った。展覧会と建築学科卒業生の起業のためのスペースとしている。
都市更新処企画科の徐燕興科長によると、URSの目的は「地元のネットワークを統合し、創意を誘発し、地域を活性化する」というものだ。
例えば4150平米の元公売局「中山販売所」には戦後初期の倉庫建築があり、立地も良いため「都市創意産業育成基地」とする予定だ。だが、この土地は長年放置されて荒れ地と化しており、地元の里長は早く撤去して新しいビルを建てることを要求した。そうすれば周辺の不動産価格も上昇するからだ。
しかし、都市更新処が内外から専門家や学生を招いてワークショップなどを開いたところ、それが地域のネットワークと結び付いた。取壊しを主張していた里長も、若者たちが徹夜で図面を引き、産業復興を話し合っているのを見て、異なるビジョンを持ち始めたと言う。

(左)フィンランドのオルターナティブ建築家グループ、カサグランデ・ラボラトリーは、忠泰グループの所有する万華の放置された建て物で「有機廃墟」の理想を実現し、台北の都会の隙間で野菜を栽培する園芸家にも敬意を表した。(中央・右)台北市が淡江大学建築学科に運営を任せている迪化街の「127公店」。1階は展覧空間、2回は若い建築家やデザイナーを育成する場で、将来的には迪化街の町づくりにも参加する可能性がある。
自治体と建設会社が同じように「臨時使用」「フレキシブルな移動」という手段で芸術推進に取り組み始めたことに対し、芸術界は期待を寄せつつ、疑問も抱いている。
高雄師範大学学際的芸術研究所の呉瑪悧教授は、これまで現代アートが常に空間を求める一方で、型にはまった芸術空間からは排除されてきたと語る。台北市の華山特区も経営を外部委託してからは賃料が高くなり、台北当代芸術館や市立美術館も運営が商業化し始めるなど、現代アート界は失望を繰り返してきた。そして最近、民間企業が資源を提供するようになったが(44ページの記事を参照)、文化政策における資源配分に問題があることは明らかだ。
台北市は花博を通して都市更新政策を進め、他の自治体もパブリックアートへの補助を推進している。だが呉瑪悧によると、表面的にはアートによる都市の美化を推進しているように見えても、その背後には都市再開発や公共建設のための「政治」があり、アーティストの受注の機会は増えたものの、この都市再開発の波に問題がないのか考える必要があると言う。
例えば、呉瑪悧も参加する民間団体「都市改革組織」は、「容積奨励」を誘因として個人の土地を取得する台北市の方法を批判する。「わずか2年」の緑化を経て企業の便宜を図る疑いがあるからだ。同団体の理事長で淡江大学建築学科准教授の黄瑞茂は、容積奨励で都市更新を進めると、容積率いっぱいの高層ビルが増え、不透明な協議が地域の信頼関係に影響を及ぼすおそれがあると言う。また、実際に推進されている案件が台北の地価高騰地域に集中しており、これが都市空間の階級化を生むおそれもある。
「不当な都市再開発制度の下で、芸術も不動産の『象徴的資本』と化す可能性がある」と黄瑞茂は懸念する。

地価高騰が著しい台北市大直で誰が稲作をしているのか。田んぼの傍らにあるコンテナの受付に行ってみると、ここは忠泰グループが出資・主催する「風がもたらす光」というランドスケープ芸術展であることが分かる。日本の芸術家・新宮晋の風で動く3つの作品が展示されている。
こうした声に対して台北市の都市更新処は、一時的な緑化や再利用でも、限られた期間内での社会的効果という意義はあると説明する。
URSの責任者である徐燕興は、社会の主流は「最多の床面積で最大の利益を得る」ことを求めており、それを一挙に改革することは難しく、既存の政策の相互矛盾もあるとし、だからこそURSによる想像空間が必要なのだと説明する。
長年にわたり企業と芸術の架け橋を務めているキュレーターの胡朝聖は、台湾社会において建設会社は「原罪」を負っており、公益のために芸術推進に取り組む企業は、さらなる努力を通して良い手本を示すしかないと考える。
いずれにせよ、都市再開発に新たな思考をもたらすこの動きは注目に値するようだ。

(左・中央)2007年、忠泰グループは世界的なイラストレーター5人を招いて広大な美術館で展覧会を開いた。(右)再び静けさを取り戻した車庫は取り壊し前に影像アーティスト陳界仁の創作に提供された。

(左・中央)2007年、忠泰グループは世界的なイラストレーター5人を招いて広大な美術館で展覧会を開いた。(右)再び静けさを取り戻した車庫は取り壊し前に影像アーティスト陳界仁の創作に提供された。

地価高騰が著しい台北市大直で誰が稲作をしているのか。田んぼの傍らにあるコンテナの受付に行ってみると、ここは忠泰グループが出資・主催する「風がもたらす光」というランドスケープ芸術展であることが分かる。日本の芸術家・新宮晋の風で動く3つの作品が展示されている。


(左)フィンランドのオルターナティブ建築家グループ、カサグランデ・ラボラトリーは、忠泰グループの所有する万華の放置された建て物で「有機廃墟」の理想を実現し、台北の都会の隙間で野菜を栽培する園芸家にも敬意を表した。(中央・右)台北市が淡江大学建築学科に運営を任せている迪化街の「127公店」。1階は展覧空間、2回は若い建築家やデザイナーを育成する場で、将来的には迪化街の町づくりにも参加する可能性がある。

地価高騰が著しい台北市大直で誰が稲作をしているのか。田んぼの傍らにあるコンテナの受付に行ってみると、ここは忠泰グループが出資・主催する「風がもたらす光」というランドスケープ芸術展であることが分かる。日本の芸術家・新宮晋の風で動く3つの作品が展示されている。


台北の市民大道沿いの廃棄された鉄道車庫が、4年前、忠泰グループが始めた最初のミュージアム・オブ・トゥモローとなった。入り口横のカウントダウンの日数は早めの来訪を呼び掛ける。入場は完全に無料だった。