キャビネットの扉を開ければ上から物が落ちてくるし、引き出しを開ければ薬に文具に化粧品、期限切れから買ったばかりの物まで詰め込み過ぎて再び閉めようとしても閉まらない。部屋にも本や衣類があふれて、ろくにスペースもなく、隅には段ボール箱が山積みで、ちょっと動かせばゴキブリやネズミが跳び出してきそうだ。やや思い当たるふしがあるようで、はるかに想像を超えた状況、それが「整理師」の働く現場だ。

整理整頓をアートととらえる何安蒔。得意とする空間配置と色彩美を活かし、乱雑な状態をエレガントに整理していく。

整理師の日常

整理師は清掃業とは異なる。整理収納コンサルタントの何安蒔によれば、清掃業が扱うのは「汚れ」で、客の指定に従って家のほこりや汚れを除去する。一方、整理収納業が扱うのは「乱れ」で、きちんと整理できていない物や、非効率な動線を解決する。普通なら逃げ出したくなるほど散らかった空間で、4～12時間かけて取り組む整理師の仕事には、忍耐と体力が必要だ。

まるで軍隊を率いる将軍さながらに、目の前の混沌とした状況を見極め、進むべき方向に依頼者を導く。見苦しかった部屋を、満足する空間に変えるのに、何安蒔は家具を買い足したりは一切しない。家具の位置や物の収納場所を変え、動線を調整するだけで、寝室、客間、書斎、ヨガスペースという四機能を備えた空間を作り出す。

部屋を整理するうちに、依頼者が感情的になることもある。怒り出してしまう人、無駄に物を買い込んだ自分を情けなく感じ始める人、或いは家族と言い争いを始める人もいる。家を整理することは人生を整理することに似て、空間の整理にとどまらず、真の問題のありかを突き止めることにもなる。ある主婦にダイニングの改造を依頼されたことがあったが、夫婦の意見がどうしても合わない。よく話を聞いてみてわかったのは、妻は自分が幼い頃のように家族で食卓を囲んだ幸せな思い出を子供たちにも持たせてやりたいと望んだのだが、夫は子供の時から食事はリビングでしていたのだった。これでは部屋の改造だけしても意味がない。何安蒔は、まず夫婦に互いの思いを理解してもらい、どんな家庭の雰囲気を目指したいのか共同で考えてもらう。

物品を整理する中で、人は自分の過去や現在、未来と向き合い、何を捨てるか決断を迫られる。そのため整理師にはコミュニケーション力や相手を導く力が不可欠で、共感を持って依頼者に接することも必要とされる。「自分の価値観で依頼者の生活を見てはいけません。真心で手を差し伸べること、それが整理師の存在価値と意義です」

何安蒔が自らデザインしたキャビネット。トップス、パンツ、ワンピース、バッグなどが分類収納でき、美しく整っている。

才能の発揮で自己発見

整理収納を専門とする職業は、日本ではすでに何年も前からあるが、台湾で知られるようになったのはこの2年ほどだ。2016年2月に「芸収納」を立ち上げた何安蒔は、台湾「整理師」の先駆者の一人と言える。

幼い頃、何安蒔の父親は半年に1度は部屋の模様替えをし、空間の広さや物の置き方を教えてくれた。彼女と妹も父親に励まされながらベッドや机の位置を変えたり、ペンキを塗り直したりして、空間を美しくすることを学んだ。結婚後は古い作りの集合住宅に住み、家具も周囲から譲り受けた中古だったので美感には少々欠けたが、配置などを工夫することで補ったし、2015年には貯めたお金で台所と床のリフォームが実現した。彼女は自分で材料を選んで図面も描き、自分の料理の習慣に従って冷蔵庫やレンジ、流しの配置を決め、レシピを置くエリアも特別に作った。

そんな彼女の働きぶりを見た父親が「人の家に行って模様替えや整理方法を考えてあげることを仕事にすればいい」と勧めてくれた。そんな職業があることすら知らなかった彼女だが、こうしてキャリアをスタートさせた。

何安蒔は、フェイスブックページ「芸収納」で自分の自宅改造の経験をシェアしている。いつもチャイナドレスを身に着け、それがトレードマークだ。部屋を整理するのに必ず袖まくりやエプロンが必要なわけではないと彼女は言う。「整理収納はアートです。一度大掛かりな整理をして収納方法を決めれば、以後はそこに物を戻していけばいいので、1日10分で美しい環境が保てます」

最初は月1～2件の依頼しかなかったが、2017年末には月10数件に増えた。今では整理収納の講座や講演会を開くほどで、さらに社団法人「中華心希望空間整理顧問協会」を立ち上げ、今年10月には協会による第1回整理師認証検定試験も行なった。「プロが増えれば競争が激しくなるのでは？」と問うと、彼女はこう答えた。「この仕事は思うほど簡単ではなく稼ぎにもなりません。自分のオリジナリティを出すことが大切で、丁寧に仕事をすれば認めてもらえる、と生徒を励ましています。私は整理収納という考えを広めたいのです。台湾各地に整理師が育てば、それを必要とする多くの家庭のためになります」

整理前、依頼者のキッチンは物が多すぎてごちゃごちゃしていた。

ワードローブ‧ドクター

整理師という職業は台湾ではまだ新しいとはいえ、加わる人が増えるにつれ、個人のオリジナリティも必要とされるようになってきた。例えばスタイリングの得意な頼庭荷は、「ワードローブ‧ドクター」として、ワードローブの整理や衣類購入のアドバイスを仕事にしている。

この日、我々は頼庭荷とともに依頼者の自宅を訪れた。彼女はまず色見本の布を取り出し、依頼者の胸の前に1度に2枚ずつ当てていく。アメリカの色彩理論をもとに、春と秋の暖色系、夏と冬の寒色系に分かれており、春色はよりクリアで、秋は濁色になる。赤、黄、青、緑も四季それぞれに彩度や明度が異なる。

人それぞれ肌や唇、瞳の色が違うので、色見本を当てて顔色がよく見える色を確認し、その人に合った季節の色を見つけ出す。それを、服装や化粧の参考にするのだ。アジアの女性は肌の白さを好むので肌が白く見えた色を選ぼうとするが、それでは顔色が悪く見えてしまうことがあり、注意が必要だ。

色を運用するのにも良いやり方と悪い方法があると頼は言う。やっきになって自分に合う色を探すばかりでは、かえって買物を楽しめない。反対に、自分に適した色を知っていても、自分の好みを優先に考える人もいる。例えば同じ秋の色でも、オレンジ系の赤や黄は活発な印象を与えるし、寒色系の青や緑は知的な感じがするので、自分の求めるイメージに合わせて選べばいい。頼庭荷自身は白系が似合わないと知っているが、人に与えたいイメージにふさわしい色なので白を着て、それに秋色のスカーフや化粧を合わせる。そんな方法で、着る服の色も自由に選択できる。

整理後、同類の物は同じエリアにおさまり、取り出しやすい上に、一目で何がどれだけあるか分かり、買いすぎも避けられるようになった。

正しい選択で光り輝く

2017年にこの仕事を始めて以来、「色白、やせている、きれい」という美的感覚に人々が惑わされているのを、頼庭荷はよく見てきた。「顔が長すぎる、目が小さすぎる」といった依頼者の不満は、頼にとってはその人の個性で、似合う服さえ見つければ、もっと輝ける。そこで彼女は今まで手掛けた数百件のケースを分析し、世界の人種や服装の特色、材質などを研究した結果、顔や体の形によって「キャラクター3原形」という考えを生み出した。目鼻立ち、顔の形、体形、まなざしやふるまいが発する特徴などから、人を「ヘルパー」「リーダー」「ドリーマー」の3タイプに分けて、似合う衣類を選び出すのだ。例えば「リーダー」がスーツやコートを着ればさっそうとして見えるが、「ドリーマー」が着ると子供が大人の服を着たようで違和感がある。

色見本テストや質問の後は、ワードローブ内のすべての衣類を取り出し、「好き」「まあまあ」「好きじゃない」「部屋着」「記念品」の五つに分類する。分類が進むにつれ、客は衣類にぐるりと取り囲まれる。頼庭荷の言う「整理の魔法陣」だ。そのうち衣類をどこに分類すべきか次第に明確になってくる。例えば、それほど好きではないのに捨てられない服を、「好き」の所に置こうとすると、心の中で警告音が鳴り、本当に好きなのか自問することになる。頼は客の表情を観察し、とりわけ「まあまあ」の衣類については幾度も確認する。「贈り物だった」「思い出がある」など、ほかの理由で迷っており、本当に自分が好きかどうかで判断できていないからだ。客からは「魂の拷問のようだ」と苦笑が返ってくる。

衣類だけでなく、靴やバッグ、化粧品、ヘアスタイル、眼鏡など、スタイリングと関係するものはすべて頼庭荷の守備範囲だ。こうしてワードローブの中の整理が終わると、頼はいくつかの服の組み合わせを作ってみせ、ヘアスタイルのアドバイスもする。頼の手にかかれば、無地のワンピースの下に衣類を重ねて襟を見せることでアクセントにしたり、トップスの前後を反対に着ることで顔が大きく見えるのをカバーしたりと、自由自在だ。たとえモデルのような美しい顔でなくても、服装の工夫によって人は輝ける。「服装を変えたら周りから褒められたとか、結婚相手が見つかったと言う人もいるんですよ」と頼庭荷は笑顔で話してくれた。

「ワードローブ‧ドクター」の看板を掲げた当初からエコロジーは彼女の目標だ。ワードローブからその人の持つ美を掘り起こし、自己を改めて認識してもらう。そうすることで、むやみに服を買い足す習慣をなくし、ちまたにあふれるファストファッションの煩悩から解脱してもらう。何安蒔もこう語っていた。「『整（ととのえる）』のは表面的な空間であり、『理（おさめる）』のは家主の混乱した思いや疲弊した心です」と。整理師とは、人々が自らの問題を掘り起こし、自己の本質を見極められるよう導き、より幸福な生活に出会えるよう手を貸す仕事なのだろう。

四季の色彩理論では、赤、ピンク、黄、青、緑などそれぞれの色に春夏秋冬によるトーンの違いがある。

（右）頼庭荷（左）は、まず衣類をすべて取り出し、依頼者に分類させる。要るか要らないか決めていくプロセスで、しだいに自分の好みが明確になっていく。

頼庭荷は、カラーテスト、採寸、質問を通して依頼主に似合う衣服の色とスタイルを見出していく。

（右）頼庭荷は衣服を師とし、それぞれの人と衣服との関係を読み取り、その人にもっともにふさわしい美しいスタイルを考えていく。

（右）頼庭荷は衣服を師とし、それぞれの人と衣服との関係を読み取り、その人にもっともにふさわしい美しいスタイルを考えていく。

ワードローブ･ドクターの頼庭荷は、依頼主と衣服の関係を読み取り、その人に最もふさわしく美しいスタイルを提案する。