溜め池の新たな価値
別のバードウォッチングスポットへ移動してみよう。大園区の華興池生態埤塘公園は農田水利署に属する桃園大圳6支渠12号池である。桃園空港に近く、時々上空を飛行機が飛んでいく。公園の広さは6.5ヘクタールで水域は約5.9ヘクタールを占め、池は二つのエリアに分けられている。一つは市民の憩いの場で、ボートなどを楽しむこともできる。
もう一つは生態水域で、水鳥のために浮島も設けられている。特別なのは「沈水緑廊」という通り道が設けられているところだ。そこを下っていくと水面が背の高さになり、近距離で鳥を観察することができる。水域を二つに隔てることで鳥への人為的な干渉を最小限にとどめている。「人が活動する場と鳥のための環境を分けるというのは非常に良い構想です」と呉豫州さんは言う。
呉さんは、水面をゆっくりと泳ぐのはカイツブリだと教えてくれた。この鳥は、水に潜っていって餌をとる。望遠鏡をのぞいて見ると、かくれんぼをしているかのようで、次はどこから姿を見せるのか、楽しく観察できる。
呉さんは続いて私たちを岸辺に案内してくれた。しゃがんでみると、農業部林業試験所研究員の范素瑋さんが保全のために移植した2種類の湿地植物——チャイニーズ‧フリンジリリーとナガバノイシモチソウがある。
この二つの植物は、今日の台湾の草原や湿地では非常に数が少なくなっている。最も早い記録は日本統治時代のもので、いずれも桃園一帯で発見された。チャイニーズ‧フリンジリリーは1985年に新竹の蓮花寺周辺で再び発見されたが、1992年以降、台湾では採集の記録がなかった。そして数年前、林業試験所の研究員が桃園の軍事基地で発見し、それを採集して持ち帰った。そのうちの数株を華興池に移植し、保全のために観察しているのである。
范素瑋さんによると、ナガバノイシモチソウは台湾原生植物の中でも珍しい食虫植物で、チャイニーズ‧フリンジリリーは純白の小さな花を開く。花が開いていない時は普通の雑草と見分けがつかない。開花の時間は短く、朝日が昇る頃に開き、太陽が高く上ると花を閉じる。学界でもまだあまり認識されていない種だ。
范素瑋さんによると、この栽培の目的は希少な植物を復元するためだけでなく、現地の環境を観察し、この品種に必要な生存環境を理解するためでもある。華興池での栽培はまだ観察段階だが、かつての台湾の湿地の姿を再現し、生物多様性を高めていきたいと語る。
溜め池は都市のヒートアイランド現象を緩和し、面積の広い水域は熱を吸収してくれる。「池は温度を調節してくれるので、桃園地区の平均気温は他の都市より1度低いのです。1度というのは大きな違いですよ」と林煒舒さんは言う。
物故した空撮カメラマンの斎柏林氏は、台湾の溜め池の風景を「まるで一面に散らした水晶のように、きらきらと光っている」と語った。このきらきらと光る文化的景観は、人と大地との長年にわたる絆を映し出し、この地域の暮らしの記憶と深くつながっている。池が映しているのは過去だけではない。未来の環境やライフスタイルのイメージともつながっているのである。

御成路古道の入り口に立つ桃園大圳供養塔は、日本統治時代に桃園大圳の工事で亡くなった人々を記念するものだ。

林煒舒さんは台湾の水利史の研究を通して、台湾人自身の歴史を書くことを目指している。

桃園大圳の第3トンネル口を勢いよく流れる水が台地の田畑へと送られていく。

若い頃からバードウォッチングを続けている呉豫州さんは、溜め池保全にも積極的に取り組んでいる。
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華興池の傍らに植えられたナガバノイシモチソウ。台湾の原生植物の中でも非常に珍しい食虫植物である。(鄧慧純撮影)