「古殿楽蔵」−異なる世界への橋渡し
「お急ぎじゃないでしょう? ここではすぐ時間を忘れますから」。北投の住宅に「古殿楽蔵」レコード芸術研究センターはある。室内は外の喧騒から隔てられ、並べられた椅子はすべてステレオの方を向いている。ここは台湾でも数少ない名曲喫茶で、大きな声でのおしゃべりや写真撮影は禁止だ。客は自分の時間と注意力をすべて「殿主」である王信凱に預け、フェイスブックやメッセージに邪魔されない時間を楽しむ。
古殿楽蔵は、クラシックを主としたレコードを売るだけでなく、サウンド研究と文化保存に取り組む音楽交流センターでもある。博士課程で歴史学を研究する王信凱は歴史や音楽を愛し、20年以上クラシック音楽に魅せられてきた。博士課程に入ってレコードの独特なサウンドを知り、その世界に没頭するようになった。
王信凱にとって音楽は、趣味や娯楽というだけでなく、異なる世界への橋渡しとなるものだ。歴史研究の対象のようにレコードを見る。「サウンドには命があって、レコードの状態、再生機器、再生能力に左右されます」いかにして真実の姿を再現するか、そうした渇望に終わりはない。
一般の業者が大量にレコードを買いつけるのとは異なり、王信凱は自分の気に入った作品だけを海外で買い、しかも帰国後すぐに聞きたいので船便で送ることはせず、飛行機に持ち込む。
市場の流行や消費者の好みを気にしないのだろうか。王信凱は当然だという風に「好きな人は買っていくし、売れなくても私のコレクションになります」と言う。彼にとってコレクションは文化的環境作りの一環だ。自分の心を打つもの、自分が心からしたいことは、ほかの人に感染する。
ビジネス思考には反する。が、王信凱は「買いなさいと人に勧めるのが好きなんです。私の勧めるレコードを好きになってくれる人が増えれば好循環でしょう」と胸を張る。レコードに刻まれた音を正確に再生するには正しい器材や方法が必要なように、音楽の価値も、王信凱を通して多くの人に理解される。彼がレコードを1枚手に取り、その時代背景やミュージシャンについて語るのを聞いていると、興味が深まっていく。
また王信凱は月に3回、文化サロンを催す。テーマは、例えば台湾のクラシック先駆者の江文也、60年代の台湾語歌曲、民族音楽からクラシックに及び、音楽を聴くだけでなく、その背後の歴史や文化も知ってもらい、それらと深いつながりを持ってもらおうとする。何ら宣伝もせず、政府の助成にも頼らないが、古殿楽蔵が今も続いているのはこうした実践によるものだろう。
ソ連の女性指揮者ヴェロニカ・ドゥダロワのレ コードは非常に珍しいものだ。
「漢民族の音楽」は民族音楽研究者・呂炳川が採集した珍しいライブ録音。
「錯誤」は李泰祥が選んだ鄭愁予の詩8首に自ら曲をつけて歌ったアルバム。
レコード盤の上を針が走ると、蓄音機から美しい音が流れ出す。
レコード店「先行一車」の王啓光は1万枚近いレコードを収集している。
王啓光にとっての最高峰は、日本のアーティスト友川カズキの音楽だ
師範大学付近の路地の中にある先行一車レコード店は、音楽愛好家の宝の蔵である。