輸出が頭打ちとなった現在、雇用と経済成長の動力をどこに見出せばいいのか。
政府労働委員会の調査によると、4月末の求人件数は1月末より5.5万人増加している。工業の求人が2.4万人増、サービス業の求人が3万人増ということだ。昨年同期と比較すると、製造業の求人は半減し、サービス業の求人は変わらない。
サービス業は、国内経済を牽引する新たな力と成り得るのだろうか。
3月6日、レストランチェーンの王品グループが株式を公開した。その日、同社の戴勝益董事長は管理職を率いて赤いスポーツウェアで自転車に跨り、台北101にある証券取引所を訪問して取引開始を見守った。
王品の株価は公開価格の800倍をつけて観光関連株の記録を更新し、これによって王品グループには億単位の資産を持つ管理職が5名、一千万元を超える者が20名も誕生した。
王品だけではない。カフェチェーン85℃の親会社であるKY美食や、上場を控えたモスバーガーの親会社・安心食品などの飲食関連企業は、新規上場すると株価はすぐに3ケタに達し、飲食業界のイメージを大きく変えつつある。
東元電機グループの黄茂雄董事長は、以前は「東元の黄茂雄」と紹介させていたが、3年前からは「モスバーガーの黄茂雄」に変えたと言う。
19年前、戴勝益が家族経営の帽子メーカーを離れてレストラン経営に乗り出した時、家族や友人たちは、台湾大学卒業の秀才が飲食業に手を出すとは「頭がおかしくなったとしか思えない」と揶揄した。それが今、戴勝益は半導体の張忠謀や輸送業の張栄発といった産業界の巨人と並んでメディアにも注目される企業家となったのである。

ここ十年、国民の平均給与はほとんど成長していないため、賢い消費が主流になった。写真は2010年に台湾に進出した日本のユニクロ。
サービス業の注目度はますます高まっている。
「台湾の産業構造は長年バランスを欠いてきました。電子情報産業とプラスチック・重工業に過度に依存し、規模の経済を強調し、コスト削減で輸出競争力を高めてきたのです。ただ、製造業の生産価値は高いものの、GDPへの貢献度は年々低下しています(表を参照)」と政治大学経済学科の林祖嘉教授は指摘する。台湾の製造業の多くは自社ブランドを持たず、原材料の輸入原価を差し引くと、生み出す付加価値は高くない。
2010年、台湾のサービス業の生産額は8兆7000万元で製造業の2倍以上、ここ5年はGDPの65~70%を占めている。台湾はすでにサービス業中心のポスト工業時代に突入したと言える。
「サービス業は大量の人手を必要とします」と林祖嘉は言う。製造業が海外へ出ていき、生産ラインでの職場を失った人々がハードルの低いサービス業に転職できれば、失業率を低減できる。そうでなければ、経済成長率は高くても、国民はそれを感じられないだろう。
携帯電話は台湾でも中国大陸や東南アジアでも生産できるが、食事や宿泊、交通などのサービス業はローカル産業である。地元の原材料と輸送手段と人材を用いれば、地元の経済に貢献できる。
例えば、Googleは30億台湾ドルを投じて台湾の彰化県にアジア太平洋データセンターを建設する予定だが、これだけの投資額でも採用する社員は多くて20人だという。一方、観光産業の場合、昨今続々と新たに建設されるホテルの投資総額は800億に達し、1万人の雇用を生み出す。投資額1億元当りの雇用数は20倍にも達する。

台湾のホスピタリティ産業のサービスの質は日増しに向上し、それが国際化の強みとなっている。写真は台北のパイナップルケーキ専門店「微熱山丘」。
現在飲食業界が注目されているのは、欧州の信用不安や世界経済の先行き不透明感から輸出が落ち込み、相対的に内需が成長しているからだ。
「ここ数年、国内の飲食産業の成長率は2~6%で、台湾の一人当り国民所得が昨年2万米ドルを突破したことが勢いになっています。今後の伸びが大いに期待できます」と王品の戴勝益董事長は話す。国民にとって、レストランは人間関係を円滑にする幸福の場となっていると言う。
飲食産業の発展は社会の変化とも関わる。共働き家庭の増加と女性の就業率上昇によって、家で料理を作る割合が減ってきたのである。
商業発展研究院の『2010年商業サービス業年鑑』に掲載された主計処の「歴年家庭収支調査」によると、台湾の家庭の食費に占める外食費の割合は2004年の32%から2008年には34.8%に上昇し、外食に費やされる金額は4247億元(2008年)に達する。
だが、国内消費はGDPの6割を占め、市場はすでに飽和しており、一軒のレストランの繁盛は、別の一軒の衰退を意味すると見る学者もいる。
これに対して戴勝益は、淘汰は進歩の動力だと考えており、現在の飲食業の成長はパイの拡大によるもので、この趨勢は今後10年は続くと見る。日本を例にとると、国民の平均所得が2万米ドルに達した時の一人当りの年間コーヒー豆消費量は0.5キロだったが、所得が3万8000米ドルに達した時、その量は8倍になった。「日本の数字を見ると自信が持てます。だからこそ、昨年末、私たちはコーヒーショップを開いたのです」と言う。

台湾はすでにサービス業を中心とするポスト工業時代に突入した。美食、ショッピング、ブランド、デザインなど、いずれも国内の消費を継続的に成長させる力を持っている。
企業数が最も多い卸売・小売業(62万社)も消費者の生活に密着する形で業績を伸ばしている(2010年は6.6%成長)。中でも世界で最も密度が高いコンビニは人々の生活に浸透している。
競争の激しいコンビニ業界だが、セブン-イレブン(統一超商)の徐重仁総経理は「徒歩6分の範囲に一軒のコンビニ」という高密度の下、販売モデルの革新によって、流通サービスこそ台湾の未来を創ると宣言する。
東方線上公司が年初に発表したコンビニ消費行為調査によると、来店者の72%が光熱費や電話料金、カード料金などの支払いを目的としている。金融や電信などへの多様な展開は顕著だ。セブン-イレブンでは1日約1万6000件の取引が行なわれ、年間の取扱額は64億元に達する。これは台湾のコンビニに特有の現象だ。
同調査によると、コンビニで食事をする消費者の割合は2010年には8%だったのが、2011年には3倍近い23%にまで伸びている。
最近は多くのコンビニが店舗を拡大して明るい窓際にカウンターを設け、トイレも設置して、消費者が休めるように改装している。
「座って食事できるスペースを設けたことで、新聞を買った後にコーヒーを買ったり、おでんを買った後にカップ麺を買い足して食事にする人もいます」と話すのは台湾経済研究院の龔明鑫副院長だ。こうして顧客数は変わらなくても消費単価は倍増している。

近年はグルメ産業が毎年少しずつ成長しており、それが観光客を引き寄せる大きな魅力になっている。写真はビアホールチェーンの「金色三麦」。
国民の月の平均給与は2001年は3万4489元、2010年は3万6271元で、ほとんど増えていない。それは市場に影響していないのだろうか。
政治大学経営学科の別蓮蒂教授は東方線上公司の調査を引いて次のように分析する。国民の一ヶ月の支出は金融危機前の水準に戻っているが、購買力があっても計画的にセールの時期に集中して消費するなど、まだ慎重な態度が見て取れる。
賢い消費の例として挙げられるのは、オンラインで売れている低価格の服飾だ。
2010年10月に日本のユニクロが台湾に進出し、開店当日は6000人の行列ができた。現在は6店舗あり、今後3年は年に30店オープンする予定である。一方、オンラインでは台湾の服飾ブランドlativが業績を伸ばしている。
2007年にネット上に誕生したlativは、台湾製で低価格の質の高い服飾を打ち出し、大ヒットした。会員は25万人、口コミで評判が広まり、売上は年1000万から成長して2011年には40億に達した。成功の秘訣は、商品の位置づけが明確で、定番のみを扱い、価格が手ごろで品質が良いことである。顧客からの返品率は低い。

世界の景気が回復するまでの間、中国大陸からのツアー客と個人旅行者が内需における最大の刺激となる。観光客の人数を増やすと同時に、サービスの質も維持しなければならない。
サービス業は台湾のGDPの7割を占めているが、経済成長率への貢献は30~50%に過ぎない。
今年、台湾の貯蓄超過率は過去最高となり、これは投資も消費も控えている人がいることを示すと龔明鑫は言う。貯蓄超過とは、国の貯蓄と投資の差額を指し、その率はGDPに対する比率で表す。2004~2008年、台湾の貯蓄超過率は5~8%だったが、2009年には10.5%、今年は10.23%の1兆5000億で、金融危機の発生した2009年に次ぐ水準となっている。
その話によると、国民は将来の収入が持続的に増加すると見込める時に安心して消費するもので、収入が増加しない時、国内市場は停滞する可能性がある。
それを解決するためには高所得者の消費を刺激するべきだと龔明鑫は考える。台湾の世帯所得の五分位別でみると、所得上位20%の世帯貯蓄率は35%で我が国の家計貯蓄の70%を占める。日本の所得上位20%の世帯貯蓄率25%と比較しても10ポイントも高い。台湾の高所得世帯の貯蓄率を日本の水準まで下げられれば、消費市場に年間4000億が流れることとなる。
サービス業の構造転換も必要だ。
商業発展研究院商業政策研究所の所長で台湾大学国家発展研究所の杜震華教授によると、台湾のサービス業は中小企業が中心で、設備や研究開発に資金をかける余裕がなく、海外へ進出するのは難しいと言う。米国のUPSやドイツのDHLなどは、数百機の航空機を持って世界にサービスネットを展開し、研究開発にも力を入れている。
ドイツのケルン・ボン空港近くにはDHLのイノベーションセンターがあり、毎年10万人が見学に訪れる。ここでは顧客のニーズに応えるための新しい物流を研究している。受取から届け先までの最短距離を計算するトラックや、輸送中の薬品や食品の温度を管理するセンサーなどもある。
杜震華によると、米国、カナダ、オーストラリア、英国など、サービス業の発達した国の企業の研究開発費比率は20~40%で、製造業中心の台湾や韓国の7~9%よりはるかに高い。台湾のサービス業生産力が2000年以降、製造業より低くなっている原因はここにあると考えられる。
「サービス業の研究開発には政府が投資しなければ次の発展の波に乗れません」と言う。
当面の急務は人材育成王品の戴勝益董事長は、2年前にフィリピンの企業と交流した際、自社の管理職の多くが英語をうまく話せないことに気付き、これは王品の国際化にとって大きな課題だと感じた。
かつてサービス業の給与は高くなかったため、優秀な人材を集めることは困難だったが、最近はこうしたイメージは変わりつつある。
観光産業発展の最大のネックは人材にある、と話すのは全国飯店の副董事長で台中ホテル同業組合理事長の柴俊林だ。今後数年、台湾には30以上のホテルが建設される予定で、多数の管理職が必要となり、人材の争奪戦となる可能性もある。
サービス業者の多くも、人材こそ競争力向上のカギと考えて布陣を開始している。
2年前、葬儀社の龍巌人本は、日本の著名建築家・安藤忠雄に依頼して新北市三芝の白沙湾に26ヘクタールの墓園を建設し、葬儀社のイメージを一新してブランドを確立した。昨年は、台湾大学国際企業研究所で同社の事例が教材とされ、葬儀社が初めて経営学で扱われた。台湾大学は龍巌人本と学生の実習などでも協力している。
観光市場の競争激化だが台湾は輸出大国で、国内市場は限られている。現在の盛況は一時的なものなのだろうか。
台湾は小型の経済体なので内需は国際情勢によって変わると龔明鑫は指摘する。世界的に景気が良く、輸出が伸びれば内需も拡大する。
特に、世界の景気が回復すれば、台湾では観光産業が大きく成長すると見られている。
2008年に中国大陸からの観光が開放されて以来、来訪者数は増え続けている。2009人には大陸の観光客が日本人観光客を抜いて全体の3割に達し、昨年は海外からの観光客が初めて600万人を超えた。台北のホテルは連日満室で、外国語・中国語観光ガイドの受験者も年々増えている。
大陸の観光客については、昨年6月に個人旅行も開放され、第二波の発展が期待されている。大陸側が10都市からの個人旅行を自由化する可能性もあると見てホテル建設が進んでおり、800億近い資金が投じられている。
内需の逆転を期待観光客の誘致には世界各国が積極的に取り組んでいる。経済学者の馬凱は、台湾にとって観光産業は製造業よりはるかに重要だと考えており、「私たちは金鉱を目の前にして、砂金を拾うだけで満足している」と指摘する。
「問題は中国大陸からの観光客しか見ていない点にある」と馬凱は言い、観光客を大陸だけに依存するのは、輸出先として大陸に依存するよりリスクが高いと指摘する。なぜなら、輸出入は相互依存関係であり、大陸側が台湾からの輸入を停止する時は自国のダメージも考慮しなければならないが、観光はそうではないからだ。大陸側が台湾への観光を停止しても、大陸には何の損失もなく、大きなダメージを受けるのは台湾だけだ。
台湾は自然景観や文化などの観光資源においてタイやマレーシアにも引けを取らないが、なぜタイやマレーシアは欧米の観光客を多数引きつけられるのに、台湾は中国大陸の観光客からしか稼げないのか、と馬凱は問う。十数年にわたって政府も企業も観光産業のインフラを軽視してきたからである。台湾では景勝地にトタンの家屋や屋台が乱雑に並び、まるで途上国のようだ。物価は韓国より安いのに、旅費は韓国より高いという状況も早急に改善しなければならない。中国大陸以外の地域からの観光誘致も重要だ。
今後のサービス業の発展について、経済部は、グルメ産業発展の他に、台湾を華人圏の低価格ブランドセンター、ショッピングセンターにし、アジアの広告サービス基地、アジアの展覧会・国際会議センターにするなどの青写真を描いている。いずれも産学協力と研究開発が必要であり、各種分野の人材を育成しなければ達成できない。
美食、観光、健康、ペットなど、サービス業は次々と発展しつつあり、それぞれ一歩ずつ着実に歩んでいけばよい。私たちはサービス業変革の恩恵に与りつつ、それを見守っていきたい。