嘉南平野の北端に位置する大林には、広々とした美しい景色が広がっている。稲作が盛んで交通の要衝でもあるため、かつては嘉義で最も豊かな地域だった。しかし、かつて賑わっていた町も産業の変化で雇用が減り、人口が流出して衰退してしまった。

しかし、この町は決して廃れてはおらず、さまざまな分野の人々の努力で大林の物語が語り継がれている。人々に健康で安全な食を提供したいと考える人もいれば、地球のために省エネと二酸化炭素排出削減に努力する人もいる。また、カエルや鳥が鳴くかつての生活環境を取り戻そうと努力する人もいる。

このコミュニティでは、地元文化を大切にし、ヘルシーな食文化を推進し、自然環境の保護に力を入れており、これらはスローシティの精神と一致する。そこで黄貞瑜･鎮長は町の国際化を目指し、チッタスロー協会への加盟を申請。2016年、大林は台湾で二つ目の公認のスローシティとなったのである。

（左）明華湿地は住民の憩いの場であるだけでなく、明華地域の家庭廃水の50％を処理している。水生植物などによって浄化された水は河川を通して灌漑に用いられる。（大林鎮役場提供）

映画館の修復で街の華やぎを

「小学3年生の時に映画館『万国劇院』で『報告班長』を見て、国を守る軍人になろうと決意したんです」と2015年TED×嘉義の総会で、江明؛.は語ったが、彼と万国劇院の縁はこれだけにとどまらなかった。

6年前、彼は家族を引き連れて嘉義へ戻って来た。子供を自分の愛する故郷で育てたいと思ったからだ。彼は、若者が故郷に帰って安心して暮らせるようにしたいと考え、「大林人の共通の記憶」から着手しようと、自分の人生を変えた「万国戯院」を選んだ。まずオーナーと話し合って使用権を得、外観を修復してから内部を改装するために、計画書を書いて費用を申請した。こうして20年余り前に閉館して以来、放置されて荒れ果てていた映画館は2012年によみがえり、注目されるようになった。

（右下）大林鎮の黄貞瑜･鎮長は、大林と同じ発音のMy Darlingで地域の知名度を高めている。

路地を歩いて文化に触れる

かつて繁栄していた大林の美を多くの人に知ってもらうため、江明؛.は自分の休みを使い、毎月定期的に週末の「大林小旅行」を催している。

かつてにぎやかだった大林の古い町並みには漢方薬や西洋薬の店が軒を連ねている。路地裏にある漢方薬店の「泰成薬行」では、三代目の許開興が「文化クリエイティブ」という調合薬を打ち出し、旅行者が自分で漢方薬と茶葉を調合できるようにした。店の入り口には漢方薬材を刻むさまざまな道具も置かれていて、体験もできる。

「十信鐘錶眼鏡行」は大林で最も古い眼鏡屋である。二代目の荘翰林・蔡毓雯夫妻は、古くなった内装を取り払い、古い家屋の天井と石灰の壁をそのまま見せる作りにした。お客には木製のテーブルに座ってもらい、コーヒーを淹れる。人と人との触れ合いを大切にしたいからだ。

「十大珈琲」も路地にある。ここのカウンターに立つ曾ّ嬿竹は軍を退役してから、実家に大林初の喫茶店を開いた。実家に帰って一番うれしいのは母親の料理が食べられることだと言う。地元の大林でおいしいコーヒーを入れることが彼女の喜びである。

小さな店の一つひとつにそれぞれの物語がある。「大林小旅行」も今年で5年余りになった。特に宣伝はしておらず、フェイスブックで情報を流すだけだが、すでにのべ1万人が参加して好評を博している。

（左下）明華地域では太陽光発電のカートで観光客にガイドサービスを提供している。

暮らしの中のエコロジー

大林西南に位置する明華地域は、環境保護に力を注ぐコミュニティとして知られている。コミュニティ発展協会の理事を務める江志弘が、私たちを黄家の古い家屋に案内してくれた。この古い家屋は非常によくできている。厨房の屋根には三つの採光点があり、それぞれを通して食卓と竈と洗い場に陽が差すようになっていて、昼間は灯りをつける必要がなく、まさに客家の倹約の精神にかなっている。

江志弘は、太陽光発電のカートに乗って地域を案内する。この地域の多くの家にはソーラーパネルが設置されており、自家用にするだけでなく、台湾電力に売って利益も得ている。

明華湿地公園は人工の湿地だ。ここには地域の家庭廃水の50％が流れ込んでおり、湿地の力で浄化している。水生植物の光合成によって水中の有機物とアンモニアを取り除き、浄化した水は河川に流して農業灌漑に用いる。

こうした環境に配慮した地域の努力も、スローシティとして高く評価された所以である。

江明赫は毎月定期的に「大林小旅行」を主催し、古い町並みの路地や新しい店の物語などを旅行者に紹介している。写真は、地元のアーティスト簡源忠がモザイクタイルで作成した土地神の壁画について説明する様子。

大切な自然を守る

上林地域にある面積6.7ヘクタールの上林埤塘ٍは国の重要な保護湿地である。タイワンキンギョやタマシギ、諸羅樹蛙、タカなどの保護対象生物が生息しており、かつては住民の生活用水の水源でもあった。

しばらく前、ある企業がこの付近の土地を借りて大規模なガチョウ飼育場を設けるという計画があり、環境汚染を心配した住民たちが反対運動を起し、横断幕を掲げて町役場に陳情に赴いた。

子供のような笑顔を見せる上林地域の蘇栄上･総幹事は、自分の子供の頃の思い出が詰まった湿地が傷つくことを恐れた。「ここの水が私たちの暮らしを育んできたのですから、そこに問題が生じたら、今度は私たちが守る番です」と言う。

幸い、ガチョウの飼育場をめぐる論争は町役場が間に立って無事解決し、業者は計画を白紙撤回し、ともにグリーン産業を推進することとなったのである。

（右）江明赫は自ら呼びかけて、放置されていた古い映画館を修復し、かつての華やぎを取り戻した。

小さな風景を大切に

三角地域の民宿「禾楽居」は、大林の生活リズムを体験できる場所である。オーナーで弁護士の劉炯意と妻の謝媛玲は、大林鎮の町づくり運動の先駆者でもある。

ここの朝食は宿泊客が自分たちで作る。民宿では鶏を飼っているので、生みたての卵と畑の野菜を自分で採ってくる。食材の産地と食卓の距離はゼロで、スローフードの精神にかなった最も健康的な食と言える。

民宿の部屋にはエアコンはなく、夏の夜も涼しい風を感じ、窓の外のカエルの合唱を聞きながら寝ることができる。

夜は北勢文化発展協会の劉易錩と一緒に諸羅樹蛙を探しに行く。田舎道を歩いていくと、まず目に飛び込んでくるのはホタルだ。

アオガエルの仲間の諸羅樹蛙は台湾の固有種で、1995年に命名された。最初に発見されたのが嘉義だったため、嘉義の旧地名である「諸羅」の名がつけられた。諸羅樹蛙は生息環境を選ぶが、大林の各地域でその姿が見られることからも、大林の自然保護の成果が見て取れる。

劉易錩は、泥に足を踏み入れることを恐れずに竹林に分け入らなければ諸羅樹蛙には出会えないと言う。そうして静かに待っていれば、鳴嚢を膨らませて鳴く姿が見られるのである。

ゆっくり滞在するスローな旅で、時間をかけて歩いてこそ、非凡な美が目に入る。

人生もまた同じではないだろうか。

大林の商店もガイドに参加し、自分たちの物語を旅行者に語っている。上は「十信鐘錶眼鏡行」、下は「十大珈琲店」。

青空の下に緑があふれる民宿「禾楽居」の一角。オーナーは「大林の生活リズム」を愛する人の来訪を歓迎している。

（右）大林鎮にある樹齢500年のアカギ。見事な枝葉と濃い緑が美しい。