人と自然の距離
常に自然の魅力を考えている曾志偉に、自然と人と建築物との距離を訪ねると、逆に「もし境界線が引けるならいいのですが」と言う。例えばバリ島では、人と神が活動する場は区切られていて、人が住むのに適さない場所は神の空間とされているのである。
人類の活動は大自然を侵食するため、一番いいのは空間を混用しないことだ。人が自然と付き合うために最も重要なのは、人の心がどのように自然を認識し、受け入れるかであり、人が自然のありのままの姿を受け入れられるかどうかが大切なのである。
もともと人と自然の間には境界があるべきだと考える曾志偉は、苗栗県の「勤美学—森大」のデザインで、農業用の銀色の透光ネットを用いて長さ300メートルの環状遊歩道を設けた。これによって周囲の荒野と軽い隔たりを設け、同時に静かな空間を歩きながら虫や鳥の声を聴き、空気の温度を肌で感じられるようにしたのである。大自然との距離は遠いようでも近いようでもあり、儀式的要素を持つ長い遊歩道が、人々に期待感を持たせるのである。
今年(2020年)、曾志偉は台湾を代表して第17回ヴェネチア·ビエンナーレ国際建築展(新型コロナウイルス感染拡大のため2021年に延期)に参加することとなった。彼は数年来の作品を棚卸しして考え、「台湾郊遊—原始感覚共同合作場域プロジェクト」と題して今回のビエンナーレのテーマである「How will we live together?(私たちはいかにして共に暮らすか)」に応えることにした。「私の重点はwillです。『これから』どうするかというのは一つの探索であり、特定の答えはありません」と言う。
彼は、上記の「少少」や「勤美学—森大」など過去のデザインを振り返り、また環境への配慮も考えている。例えば「野長城原始知覚研究室」は、備長炭を砕いたもので壁面を作り、備長炭の空気ろ過機能を活かして北京の大気汚染に対応したものだ。また、静かな時間を過ごしたいという自身のニーズに応えたバリ島の「天然修道院」、さらに未来の住宅をイメージした「類生態光学瞑想屋」は国内のリサイクルガラスメーカーである春池玻璃と共同で建てたものだ。これは頻発する極端な気候現象に対応して、リサイクルガラスと雷のエネルギーを利用し、人が生活できる避難小屋を提供するものだ。未来の生活に対する曾志偉のイメージを聞いていると、建築家として人類が将来大自然の中でどのように生きていくべきかを創造的に思考していることがわかる。
「私は自然が好きですが、そこへすべての人を引きずり込もうというわけではありません」と曾志偉は言う。「自然と建築の関係は心理的なもので、大自然の中にいるという一種の認知や感覚です。それが本物であれ偽物であれ、それはある意識において存在しているのです」と言う。
人と自然との距離は、難しく考えるのではなく、ごく自然であればいいのかも知れない。
曾志偉が改造した大渓老茶廠は、遠東建築賞のリノベーション特別賞を受賞した。
曾志偉は「台湾郊遊—原始感覚共同合作場域計画」というタイトルで、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展のテーマ「How will we live together?(私たちはいかにして共に暮らすか)」に応えようとしている。(自然洋行提供)
曾志偉が設計した「勤美学—森大」の環状遊歩道は、周囲の荒野との距離を軽く保ちつつ、静かに歩ける空間を生み出している。(自然洋行提供)
「類生態光学瞑想屋」には、春池玻璃の再生ガラスで作ったコンセプト模型が用いられている。
「少少—原始感覚研究室」は、自然の中で自然の魅力を探求する「空」の空間だ。(自然洋行提供)