劉振祥と写真の縁は早くから結ばれ、20歳で初の個展を開いた。カメラは劉の武器であり、また彼が世界に思いを伝える媒介でもある。
80年代、写真記者だった劉は、さまざまなデモ行進や抗議運動を追い続け、戒厳令解除前夜の民主化への産みの苦しみをレンズに収めた。そして抗争現場の人々の叫び、孤独、憤怒、茫然などの表情を緊張感みなぎる絵画のように写し取った。
1986年、劉振祥は侯孝賢監督などの映画のスチル写真を撮り始め、翌年には舞台芸術の撮影も依頼される。舞台上の動きは一瞬で消え去るが、劉は多くの場合、初めて見る作品をその場でカメラに収めなければならない。それでも彼は、動きが頂点に達した瞬間を見事な構図でとらえ、しかも独自の情感を表現してきた。
劉振祥は「雲門舞集」を27年にわたって撮り続け、その舞台と舞台裏の光と影を記録してきた。
「劉振祥の雲門舞集」に出展される作品には、1992年、雲門の八里移転後の最初の公演、舞踏家の羅曼菲らが午後の陽光の中、地域住民のために上演した『光環』があり、2008年の火災後、取り壊される稽古場で撮った雲門メンバーの集合写真、それに2013年、雲門舞集40周年を記念して台東池上の田園で上演した『渡海』の写真もある。この写真展は、見る者をタイムトンネルへと導き、客席からは見えない雲門の姿を見せてくれる。
これらの写真は、一つひとつの独立した存在として強烈な個性を放ち、私たちの足を止めさせ、魂を惹きつけるのである。
2008年 雲門舞集のメンバー全員が火災のために取り壊される八里の稽古場に集まった。