明天過後……

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2009 / 9月

文‧李光真張瓊方 詩•林振威


傷逝

如果 有一天
世界醒來時
我已遠離這塊土地
靈魂在灰暗的雲層飄盪
陽光找不到我的身影

雨水筆直的墜落
任她搜索枯腸
也難以浸潤我的心靈
那沾濕的長春藤 呼吸不到我的氣息
記憶中的面容 在空中化成碎片 成飛灰

春天的氣息滲透大地
光影照遍青綠的山巒
你要在山的稜線 找尋我的輪廓
堅硬的岩石是我的鼻子
我的聲線化成鳥兒 在吟 低唱
淙淙流水正隱匿 我震顫的脈動

你要傾聽風的聲音 想像我的聲線

那是我的話語 在人間最後的忠告
別為我悵然若失 怏怏不快
生命只是一個圓
沒有開始 也沒有結束
我的消逝 只是圓的一個點
不久的將來 我會回到原來的起點
既然如此
請抹乾臉上的淚
用你的笑靨歡送我

《佛說八大人覺經》:「世間無常,國土危脆!」

上一期台灣光華雜誌才力邀大家「重新看見阿里山」,不料,一場重創南台灣的「88風災」,卻將這個與台灣劃上等號的旅遊勝地,摧殘得面目全非。

國寶級的阿里山森鐵路基流失,軌道懸空、扭曲;奮起湖、達邦、來吉等村落遭水淹、土石流侵襲,整個阿里山區得休養生息一、二年,台灣觀光業好不容易燃起的新希望又告破滅!

順著阿里山、玉山往下探詢,荖濃溪、楠梓仙溪沿岸的村落彷彿骨牌般一路崩倒,高雄縣那瑪夏、甲仙、桃源、茂林、六龜以及旗山,台東知本、紅葉,嘉義梅山等鄉鎮,山崩、屋毀、橋斷、路塌,有些村落與外界斷訊失聯好幾天,宛如孤島中的孤島。

台南縣曾文溪沿岸,大內、新市、善化、麻豆等31個鄉鎮,則全數泡在水中,放眼望去一片汪洋,不見盡頭。

面對有如世紀末異象的大災難,民眾倉皇疑惑:寶島台灣究竟出了什麼問題?天地固然不仁,但人類又何其蒙昧?「921大地震」10年未滿,山川創痕猶未痊癒,當時學者一再預警的國土規劃與復育,迄今仍束之高閣,防災救災也依然步履雜沓。

警鐘再響,這是老天爺給台灣的第二次機會。但願這次台灣能抓住轉機,下定決心,重新打造一個永續與安全之島,如此,才不會愧對逝者,愧對我們的子孫。


回顧莫拉克襲台過程,這個中空而外圍環流密實的中度颱風,一開始被視為來得正是時候的「解渴」好颱風,8月7日它挾帶豐沛雨量逼近台灣,孰料在灌飽全台各水庫後卻未收手。西南氣流的牽引,讓莫拉克在台灣上空緩步慢行,氣象局的預估雨量從1,000毫米7度上修到2,900毫米。降雨量最高的阿里山區,從6日凌晨到10日上午5時,累積雨量達到歷史天量2,855毫米,較史上排名第二的賀伯颱風足足多出872毫米。

前所未見的豪雨,不幸又逢下游大潮,積水不退,終於釀成巨災。

災難,發生在一家團聚的父親節晚上……。

莫拉克紀要

8月8日,南台灣暴雨不斷,晚間8點多,嘉義縣、台南縣、高雄縣、屏東縣部分地區開始淹水。

8月9日,清晨6點多,位於楠梓仙溪上游、海拔1,600公尺的獻肚山攔腰崩塌,下方甲仙小林村瞬間慘遭掩埋,三百多位村民迄今仍深埋在黃土下。

屏東縣有三分之二泡在水中,水深平均達1公尺,最嚴重的佳冬鄉,水淹2層樓高。

山的另一邊,台東知本溫泉區10家店面遭大水沖入太平洋,6層樓高的金帥大飯店,在眾人圍觀、業主哀泣中,於上午11點38分摔進知本溪的狂濤中。

8月10日,通訊中斷的山區陸續傳出災情,民眾受困災區待援,傷亡數字迅速攀高,然而山區豪大雨仍無情地持續著,民心驚惶。

8月11日,內政部空中勤務總隊3名救難隊員冒著惡劣天候入山搜救時,不幸在霧台鄉失事罹難。

8月12日,各界慷慨解囊響應賑災,企業捐款超過25億元新台幣,民眾捐款超過12億。

8月13日,山區天候終於好轉,國軍特種部隊452名,兵分8路挺進高雄甲仙、桃源及嘉義阿里山鄉、南投信義鄉等重災區,展開地毯式搜索救援。

8月14日,上午10點,總統馬英九召開國家安全會議,做成檢討救災體系、設置災後重建委員會等9點裁示。

接近中午,南投名間水上救難隊在濁水溪執行搜尋任務時,氣墊船翻覆,義消張瑞賢被激流沖走,不幸殉職。

8月15日,國軍以直升機救援嘉義阿里山區受困民眾,並進駐高雄縣六龜鄉新開部落,試圖在3層樓高的土石下,挖掘罹難者遺體。

8月16日,國際救援物資陸續扺台。

8月17日,美軍支援直升機下午飛抵台灣,協助吊掛重機具進入災區。

8月18日,馬英九總統召開中外記者會,對於救災行動的慢與亂,正式向民眾致歉,並承諾救災告一段落後,會徹底調查行政疏失,追究責任。

截至8月25日,莫拉克颱風重創南台灣,造成292人死亡、385人失蹤、七千多人無家可歸,傷亡僅次於50年前的「87水災」;70座橋樑被大水沖斷,358處道路路基沖毀,農林漁牧損失超過新台幣158億元,均為史上最高紀錄。

關鍵任務

短短36小時內,90億噸、如同30座石門水庫滿載的水量從天而降,無疑是88洪災的元兇。而在全球氣候變遷,尤其台灣海域夏季海水增溫、水氣豐沛下,類似這種數百年難遇的暴雨,未來只會越來越頻繁,越來越嚴重。不論是政府或民眾,都不可能再心存僥倖。

如果這次的慘痛教訓不能激使全民展開思維革命、行動革命,那麼,即使總統道歉、官員下台、預算破表,下一場災變仍會以哀嚎、悼亡、悔恨和交相指責收場!

行動革命1:即時撤離,人命第一

無論是總統馬英九接受英國媒體採訪時,或行政院長劉兆玄在內部會議中,都一再指陳,88風災造成如此重大傷亡的關鍵,在於未及時撤離。

台灣自5年前艾莉颱風引發豪雨、土石崩落造成24人死亡後,便已建構了一套土石流監測系統,含小野溪在內,目前全台有1,503條溪流納入監測;在氣象局預測雨量超過標準值時,立即由農委會水土保持局發布「黃色警戒」,實際雨量超過標準值則發布「紅色警戒」,並視情況強制撤離。

撤離,是高敏感地區居民面對威力難測的天災時,避免人命傷亡的唯一辦法。

農委會水保局土石流防災中心主任陳振宇指出,這次甲仙鄉小林、東安等5個村落,因為有13條土石流潛勢溪流,在8月7日下午5點已發布黃色警戒,晚間11點更將其中2條提升為紅色警戒,並一再以電話、簡訊提醒村長。

但因小林村原本劃入警戒區的僅有19戶,加上現行「災害防救法」有關紅色警戒的規定為「得」視情況強制撤離,且小林村過去少見大型土石流,因此多數居民遲遲不願撤離,終而導致8月9日清晨山崩屋毀,395戶全數滅頂,僅2戶倖存。

預警系統有缺失、民眾護衛家園的心情可以理解,紅色警戒往往只是「狼來了!」的虛驚一場也是事實,但,土石流如地震,充滿了不可預測性,山區民眾伴山如伴虎,每逢颱風侵襲就身處危境。

社會大眾或許記憶猶新,去年9月美國古斯塔夫颶風來襲前,兩百萬名路州居民塞在車陣長龍中緩緩撤離的驚人畫面。當時紐奧良市長除了提供巴士讓無車的弱勢者優先撤離外,也嚴正警告不願撤離者,將不會獲得緊急救助。3天後,居民再大排長龍回到多為完好無恙的家園,沒有任何怨言。因為經過2005年世紀颶風「卡崔娜」重創紐市、帶走1,836條人命後,這些爭執已經毫無意義了。美國能,那台灣呢?

行動革命2:「非工程」治水

針對此次高雄甲仙小林村的滅村悲劇,部分環保人士首先將矛頭指向曾文水庫的「越域引水計畫」──將荖濃溪水引至曾文水庫,他們懷疑,在引水隧道施工炸山下,是否擾動了山林水土,造成獻肚山崩山?而該工程隔著旗山溪、在小林村對岸北側的「旗山二號土石方堆積場」中,堆放著十餘萬立方公尺的土方,是否也是使災情加劇的幫凶之一?

小林村滅村原因目前仍靜待調查中,但無論如何,2003年啟動的「曾文溪越域引水」是為了解決嘉南平原和大高雄長期缺水的問題,如果不做,可以想像一旦缺水,同樣難逃民怨指責。加上此次水利署外包商14名工人在高雄縣桃源鄉工寮被沖走的慘劇,可以發現,台灣絕不是「治水不力」,反倒可能是施力過頭、施錯了力。

阿里山茶山國小校長蒲忠勇就投書媒體表示,阿里山富特野部落的溪流剛完成整治工程,施工設計特別強調景觀和生態工法,包括景觀護坡、階梯式河道、梳子壩等等,「把曾文溪支流整理得美輪美奐,類似親水公園。」

可惜,種種努力在這次洪災中全遭土石掩埋,連一點遺跡也沒有留下來。而三、四十年來,他看著政府年年治水卻「越整越爛」,甚至把好山好水治成了窮山惡水,覺得心痛又不解。

台大土木系教授李鴻源則指出,面對先天的山高水急、後天的氣候變遷,我們必須徹底改變思維,體認到水是不能被「治」的,「該治的不是水和河流,而是人們對於土地和河川的不當利用!」

「我們不可能有無限的預算去蓋不斷加高、永不淹水的堤防,」李鴻源指出,氣候變遷下,以「對抗思維」為基礎的工程防洪治水法是行不通的,「該是『還地於河』的時候了!」

荷蘭人近年已陸續將鬱金香花農撤出海埔新生地,對易淹水地區的農民則簽訂補助合約,在水災時需將農田「讓」出來作為氾洪區,種種「不與水爭」、「與水共生」的新思維,值得國人借鏡。

行動革命3:加速立法,落實國土計畫

88水災後,多位學者指出,要想防洪治水,源頭──山林復育──是一大關鍵,尤其台灣是全球著名的地震島、颱風島,全島山地面積占一半以上,加上921大震將整座島嶼猛力「抖」了一回,更增添了地質上的脆弱性。

事實上,2002年內政部即提出「國土計畫法」草案,企圖將「水」、「土」、「林」3大業務做整合思考,可惜立法院遲未通過。

到了2005年,經建會又提出「國土復育條例」草案,明訂1,500公尺以上的高海拔山區為保育核心區,可惜又被立法院一擱4年,主要卡在高山的土地利用、農民遷移補償、原住民居住等問題上,相持不下。

沒有法源,難辦事。事實上,台灣的環境監測並不算差,哪些是敏感區域,哪些是警戒區域,學界多已研究得清清楚楚。然而,研究歸研究,都市計畫歸都市計畫,兩者之間缺乏整合,以致出現需水量甚大的石化專區,卻偏要蓋在水源缺乏、地下水超抽嚴重的地方,或是城鎮周邊農地大量轉為建地,導致市區淹水頻率增加等等荒謬現象。

更重要的,國土計畫代表一個國家的願景,以及為了達成這種願景,各種資源應該如何配置的共識和精算。

例如,台灣要從「代工島」轉型升級,發展無煙囪的休閒觀光產業,這樣的願景看似美好,全民也紛紛上山住民宿、泡溫泉,以行動熱烈響應。然而,有誰想過,台灣的山林究竟有多少承載量?民眾愛山林,會不會反倒成了戕害山林?如果山區利用超過風險容忍度,又該由誰負起糾正的責任?

再如這次屬重災區的台東縣太麻里、知本溫泉區,以及高雄縣的六龜,都位於河流剛由山區進入平地的沖積扇上,本就是容易發生災害的地點。而倒塌畫面震驚國際的知本金帥飯店,則位於河岸本來就會持續後退的「曲流侵蝕坡」上,在37年前娜拉颱風來襲時,這一帶就曾有12戶民宅遭到掩埋的前例。

但地方政府並未記取教訓,依舊發給執照,如今金帥揚言要申請國賠,然而類似這種業者在險地上營生的風險,是否應由全民承擔?值得商榷。

也有學者指出,近年高山農業盛行,甜脆的高冷蔬菜、香氣濃郁的烏龍茶,以及梨子、水蜜桃等溫帶水果,都讓挑嘴的都市人讚不絕口,也間接導致「平地休耕,農業上山」的怪象。而在各級政府大力推廣、消費者大力捧場的同時,又有誰去評估高山農業所要付出的水土保育、道路修築等各項社會成本?

長期來看,高山農業是台灣的資產還是負債?是驕傲還是禍害?農民若執意留在山區務農,又應有哪些責任與風險概念?各單位應儘速釐清矛盾,建立規範,讓民眾有所依循才是。

行動革命4:要「永續」,不要「成長」

風災過後,許多學者提出「共犯結構」的省思:政府一味強調經濟成長、產業繁榮、消費熱絡,民眾則要求更多、更新、更快、更好、更方便──去山區旅遊要有便捷交通、水電油價要越便宜越好、投票前要看政治人物有沒有帶來工程「建樹」……。

在持續成長與全球競爭的迷思下,大家都忘了,我們只有一個島嶼,而這座孤島早已在過多的人口壓力與物欲貪求下千瘡百孔、苦苦呻吟了。

正如同台大地理系退休教授張石角所說,台灣目前面臨的情況是「外在攻擊力增強,內在抵抗力減弱」。唯有讓大地休養生息,並在大地中重新找回人類的安身立命之道,才能避免天災與人禍再次結合,才能讓令人心碎的輓歌永不再響起。

台灣歷年來單日最大降雨量前10大
排名縣市觀測站單日降雨量颱風
1屏東縣三地門鄉尾寮山 1402毫米2009莫拉克
2高雄縣桃源鄉溪南1301毫米莫拉克
3高雄縣桃源鄉御油山1283毫米莫拉克
4花蓮縣秀林鄉布洛灣1222毫米1997年安珀
5高雄縣內門馬頭山1213毫米莫拉克
6高雄縣六龜鄉新發1190毫米莫拉克
7嘉義縣竹崎鄉奮起湖1185毫米莫拉克
8嘉義縣竹崎鄉石磐龍1182毫米莫拉克
9屏東縣瑪家鄉瑪家1181毫米莫拉克
10高雄縣桃源鄉小關山1178毫米莫拉克
資料來源:中央氣象局

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災害を乗り越えて

文・李光真/張瓊方

哀悼

いつか、世界が目覚める時が来ても
私の魂はこの土地を離れて
薄暗い雲の中を漂い
陽光は私の姿を見出せないだろう

ただひたすら降り続ける雨も
私の魂を潤すことはなく
濡れたツタにも私の呼吸はとどかない
記憶の中の容貌は
空中で砕け散り、塵と化す

春の息吹が大地をおおい
緑の山々に陽光が降り注ぐ時
山の稜線に私の輪郭を探してほしい
あの硬い岩が私の鼻
私の声は鳥となって低く歌い
さらさらと流れる水音は私の脈

風の音に私の声を探してほしい

それは私の言葉
この世への最後の忠告
私のために嘆かないで
生命は一つの円――
始まりも終わりもなく
やがては元の点に戻るのだから
だから、その涙を拭いて
笑顔で私を送ってほしい

『仏説八大人覚経』には「世間無常、国土危脆」とある。

先月号の本誌で「再び阿里山を訪ねる」という特集を組んでから間もない8月8日、台風8号が南台湾を襲い、台湾の代名詞とも言えるこの観光名所は甚大な被害に遭い、その姿も大きく変わってしまった。

国の宝である阿里山森林鉄道の基礎は崩れ落ちて軌道はねじ曲がり、奮起湖や達邦集落、来吉集落も土砂災害に見舞われた。阿里山全体が1〜2年は静養を余儀なくされ、ようやく活気を取り戻した観光産業も成り立たなくなった。

阿里山や玉山から南へ、荖;濃渓と楠梓渓が流れる一帯はドミノ倒しのように土砂に埋まり、高雄県の那瑪夏、甲仙、桃源、茂林、六亀、旗山、台東県の知本、紅葉、嘉義県の梅山などの町村では、山が崩れ、家屋は土砂に埋まり、橋は断ち切られ、道路は寸断した。外部と全く連絡が取れずに数日間孤立した集落もあった。

台南県曾文渓に面する大内、新市、善化、麻豆など31の町村では全世帯が浸水し、見渡す限りの水に覆われた。

まさに世紀末的とも言える大災害に、多くの人は自問したに違いない。台湾はどうしてしまったのか、大自然に対して人間はなぜかくも無知なのか。台湾大地震から10年、山河の傷はまだ癒えていない。当時、多くの学者が国土計画と自然回復を主張したにも関わらず、何の手も打たなかったばかりか、防災や救援も進歩していない。

これは再度の警鐘、天が台湾に与えた二度目の機会である。今回こそ決意を固め、台湾を持続可能な安全な島へと変えていかなければならない。そうしなければ、亡くなった人々と子孫に申し訳が立たない。


台風8号は、衛星画像で見ると、中央部には雲がなく、周囲に密度の高い雨雲を持っていた。8月7日に台湾に接近し、予報通り大量の雨をもたらし、貯水量が底をついていたダムを満たしてからも降り続けた。そして西南からの気流の関係で、台風は台湾の上空で速度を緩めた。気象局の予測雨量は当初の1000ミリから7回も上方修正されて最終的には2900ミリに達した。最大の降水量を記録した阿里山では、6日の未明から10日の午後5時までに間に過去最多の2855ミリも降り、96年の台風8号の最多記録を872ミリも上回った。

未曾有の豪雨に沿岸の大潮が重なって水は行き場を失い、大きな災害となった。

災難は、父の日(8月8日)の一家団欒の晩に襲った。

台風8号災害の経緯

8月8日、南台湾では豪雨が止まず、夜8時過ぎ、嘉義県、台南県、高雄県の一部地域で浸水が始まった。

8月9日午前6時、楠梓渓上流、標高1600メートルの献肚山の中腹が崩落し、下方の甲仙郷小林村が瞬時に土砂に覆われた。住民300人余りが今も行方不明のままである。

屏東県の3分の2は水に浸かり、水深は平均1メートル、最も被害の大きかった佳冬郷では2階まで浸水した。

山地では、台東県知本温泉の商店10棟が川に流され、6階建ての金帥大飯店は、多くの人が見守る中、午前11時38分に知本渓の濁流に倒れた。

8月10日、通信が途絶えていた山地から次々と被災状況が伝わってきた。多くの人が孤立した状況で救援を待ち、死傷者の数も急速に増えたが、山地の豪雨は止まなかった。

8月11日、悪天候の中、救助に向った内政部空中勤務総隊のヘリが霧台郷で墜落し、乗員3人が殉職した。

8月12日、各界から義援金や救援物資が寄せられる。企業からの義援金は25億元、一般市民からは12億が集まった。

8月13日、山地の気候がようやく好転し、軍の特殊部隊452人が8つのルートに分かれて高雄県の甲仙郷や桃源郷、嘉義県の阿里山郷、南投県の信義郷などの被災地に入り、捜索と救助を行なった。

8月14日午前10時、馬総統が国家安全会議を開き、救援救助システムの検討と災害復旧委員会設置などに関わる9項目を決定した。

正午近く、南投県名間郷の水上レスキュー隊が濁水渓で遭難者の捜索中に、ゴムボートが転覆し、ボランティア消防団員の張瑞賢が殉職。

8月15日、軍は阿里山に孤立していた人々をヘリで救出。高雄県六亀郷新開集落に入り、3階まで埋まった土砂の中からの被災者捜索を開始。

8月16日、外国からの救援物資が続々と届き始める。

8月17日午後、米軍のヘリが到着、重い救援機材の被災地への運搬を支援。

8月18日、馬英九総統が記者会見を開き、救助活動の遅れと混乱に関して正式に国民に謝罪し、救援活動が一段落したら行政上の過失を徹底的に調査し、責任を追及するとした。

8月25日現在、台風8号による死者は292人、行方不明385人、家を失った人は7000人余りに達し、50年前の「八七水害」に次ぐ大災害となった。さらに70の橋が流され、358ヶ所で道路の基礎が崩落し、農林漁業の損失は158億元を超えるなど、いずれも過去最悪を記録した。

カギとなる任務

わずか36時間に90億トン、石門ダム30基分という大量の雨が降ったことが今回の災害の最大の原因だ。世界的に気候が変動する中、台湾周辺海域の夏の海水温は上昇しており、かつては数百年に一度とされた規模の猛烈な豪雨が今後は頻繁に降るようになる。政府も国民も気を抜くことはできない。

今回の悲惨な教訓から、全国民が思考と行動を変えていかなければ、いくら総統が謝罪し、官僚が辞任し、巨額の予算を投じても、同じ悲劇が繰り返されるに違いない。

行動革命1:人命を守るためにまず避難

馬総統がイギリスのメディアに語り、劉玄兆行政院長が会議で幾度も指摘した通り、今回の被害がこれほど大きなものとなったのは、避難が徹底しなかったからである。

台湾では5年前の台風17号による土砂災害で24人が死亡して以来、土石流監視システムを構築し、小さな渓流も含めて1503の河川が監視対象となっている。気象局による予測雨量が標準値を超える時には、農業委員会水土保持局が「黄色警戒」を発し、実際の雨量が標準値を超えると「赤色警戒」を発し、状況によっては強制的に避難させることができる。

避難は、危険な地域に暮らす人々の命を守る唯一の手段だ。

農業委員会水土保持局土石流防止センターの陳振宇主任によると、今回被災した甲仙郷の小林村や東安村など5つの村落には13の土石流警戒河川があるため、8月7日の午後5時に黄色警戒を発し、夜11時にはそのうち2本に赤色警戒を出し、電話と携帯メールで幾度も村長に知らせたという。

だが、小林村でもともと警戒区に指定されているのは19世帯だけで、現行の災害防救法では、赤色警戒の時は状況を見て強制避難させることが「できる」と定めているだけだ。しかも小林村では過去に大規模な土石流は発生していないため、多くの住民は避難せず、8月9日未明に395世帯がすべて屋根まで土砂に埋まり、2世帯しか助からなないという大惨事になったのである。

警報システムに欠陥があり、家を守りたいという住民の気持ちも理解できる。また赤色警戒が出されても実際には土石流が発生しないこともよくある。しかし、土石流は地震と同様、予測が非常に難しく、山地の住民は台風のたびに危険にさらされているのである。

昨年9月にハリケーン「グスタフ」がアメリカを襲った時、危険地域の住民200万人が避難するために大渋滞が起きたのを覚えているだろうか。当時、ニューオーリンズの市長は車を持たない人々をバスで避難させ、避難に応じない人々には緊急救助を行なわないと厳しく警告した。そして3日後に住民たちは何の不平も言わず、何事も起こらなかった家に帰ったのである。2005年にカトリーナの被害で1836人の命が奪われたニューオーリンズでは、避難するかしないかで揉めることはないのである。

行動革命2:工事によらない治水

甲仙郷の小林村が跡形もなく土砂に埋まってしまったことについて、一部の環境保護運動家は、曾文ダムの「越域引水計画」が原因ではないかと指摘している。これは荖;濃渓の水を曾文ダムに引くという計画で、そのためにダイナマイトを使用してトンネル工事をしており、それが山地の土壌を動かし、献肚山崩落につながったのではないか、という疑問である。また同工事で掘り出された10万立方メートル余りの土砂が、旗山渓を隔てた小林村の対岸北側に積まれており、これも被害を拡大した原因ではないかと指摘されている。

小林村の土砂災害の原因は調査中だが、2003年に始まった「曾文渓越域引水計画」は、嘉南平野と高雄地区の水不足を解決するもので、これを実施しなければやはり不満の声が上がるに違いない。また、今回の台風では水利署の工事を請け負っていた14人の作業員も高雄県桃源郷で宿舎とともに土砂に流されるという悲劇が起きた。台湾は治水が不十分なのではなく、過度の治水と誤った治水が問題なのである。

阿里山茶山小学校の蒲忠勇校長はメディアに次のような文章を寄せた。阿里山の富特野集落の渓流は整備工事が終わったばかりで、設計上、特に景観とエコ工法を重んじ、斜面を覆う景観壁や階段式の河道、櫛状の堰などが完成し「曾文渓の支流がまるで親水公園のようになった」。しかし、これらも台風8号で土砂に埋まり、跡形もなくなってしまった。40年来、政府が工事をすればするほど治水状況は悪くなり、美しい山河が醜く危険な土地に変わってしまったという。

台湾大学土木学科の李鴻源教授は、先天的に険峻な地形に加え、後天的な気候変動が生じている今、「水は治められない」ことを知らなければならないと指摘する。「治めるべきは水ではなく、土地や河川の不当な利用である」と。

「無限の予算を投じて堤防を限りなく高くしていくことなど不可能です」と李鴻源は言う。気候が変動し、これまでの「対抗思想」の治水は通用しないのだから「土地を河川に返すべきです」と指摘する。

オランダでは近年、チューリップ農家が沿岸の埋立地を離れ、浸水しやすい地域の農家は補助契約を交わして、洪水時に被害を緩和するために水を引き入れるエリアとして提供している。「水と争わず、水と共生する」という新しい思考には学ばなければならない。

行動革命3:立法を急ぎ、国土計画を

今回の台風の後、多くの学者は、水害防止のカギは源の山林回復にあると指摘した。地震や台風の多い台湾では、面積の半分以上を山地が占めており、台湾大地震の影響で、地質も脆弱になっているのだ。

内政部は2002年に「水、土、林」の三大業務を統合した「国土計画法」草案を提出したが、立法院ではまだ採択されていない。

2005年には、経済建設委員会が、標高1500メートル以上の地域を保護核心地域とした「国土復育条例」草案を提出したが、この法案も立法院で4年もたな晒しにされている。高山の土地利用、農家の移転補償、原住民族の居住といった問題が絡んでくるからだ。

法的根拠がなければ、何事も始まらない。台湾の環境監視システムは悪いものではなく、敏感地域や警戒地域については学界でも十分に研究されている。しかし、これらの研究と国土計画が統合されておらず、大量の水を必要とする石油化学工業区が水源の不足した地域に置かれ、都市周辺の農地は建設用地へと変り、都市の水害を増やしている。

国土計画は国のビジョンであり、そのビジョン実現のためにいかに資源を配置するかというコンセンサスである。

例えば、台湾は受託生産の工業の島から転換し、煙突のないレジャー観光産業を発展させようとしている。これは美しいビジョンのように見え、多くの人が山地を訪ね、民宿や温泉を楽しむようになった。しかし、台湾の山林はどれだけの負荷に耐えられるのか。山林を愛することが、かえってそれを害することにならないか。山地の利用が限度を超えた時、誰がそれを止める責任を負うのか、考えたことがあるだろうか。

今回、甚大な被害に遭った台東県の太麻里や知本温泉、それに高雄県の六亀などは、河川が山地から平野に出る沖積扇状地に位置し、もともと災害が発生しやすい地形である。ビルが濁流の中に倒れ込む映像で世界を震撼させた知本温泉の金帥大飯店は、もともと河岸が後退しつつある曲流浸食坡に位置する。ここは37年前の台風で民家12棟が土砂に埋まった場所でもある。

だが、地方政府はこの教訓を忘れて新たな建設許可を出したため、金帥大飯店は国家賠償を求めるとしている。だが、こうした危険な土地での経営のリスクは、全国民が負うべきなのだろうか。

また、近年は高山農業が盛んになっており、キャベツやウーロン茶、梨や桃などの温帯の農作物が都市住民に好まれるため、平地は休耕し、農業が山地へ移動するという怪現象が生じている。地方も中央もこれを推進しているが、これに伴う山地の土壌保全や道路整備などのコストやリスクは考慮されていない。

長期的に見て、高山農業は台湾の資産なのか、負債なのか。農家がどうしても山地農業に固執する場合、彼らはどのような責任とリスクを負うべきなのか。国や地方の各部門がこれらを明らかにし、ルールを定める必要があるだろう。

行動革命4:成長より持続可能性

今回の災害の後、多くの学者は「共犯構造」を指摘した。政府は常に経済成長と産業発展、市場の活性化ばかりを強調し、国民も、より新しく、より速く、より便利なものを求める。山を旅するための便利な交通手段を求め、水道・電気料金の値下げを求め、選挙前には新たな建設の公約を求める。

経済成長とグローバル競争への誤った思い込みで、私たちは台湾という島が一つしかないことを忘れてしまった。しかも、この島は高い人口密度と人間の欲望で傷だらけになり、悲鳴を上げている。台湾大学地理学科の張石角元教授が言う通り、台湾は「外在する攻撃力が増し、内在する抵抗力が減退する」状況にある。大地に休息を与え、大地の中で生きる道を探さなければ、同じ悲劇は繰り返されるだろう。

Staying Strong in the Face of Disaster

Geof Aberhart

Loss

If one day/ When the world awakes
I am already far from this piece of earth,
And my spirit is floating amid the dark clouds
So that the sunlight can't find me

The raindrops fall straight
No matter how hard she racks her brain
She can't nourish my spirit
That water-splattered ivy can't breathe in my aura
Its memories of my face
are fragmenting in mid air
turning to ash

The smell of spring has permeated the ground
The light shines on the distant green mountains
Search for my silhouette on the ridgeline
Those hard rocks are my nose
My voice has turned into low-key birdsong
The gurgling water obscures my trembling pulse

You must listen to the wind
and imagine my voice
That is my voice
my last bit of advice for this world
Don't feel lost for me
or unhappy
Life is just a circle
There's no beginning and no end
My disappearance is just a dot on the circle
In the not distant future
I will come to the original beginning
Since that's the way it is
Please wipe the tears from your face
And send me off with a smile

"All the world is impermanent; the earth is fragile and perilous."

In last month's Taiwan Panorama, we invited readers to take a fresh look at Alishan, never imagining the devastation and destruction that was about to beset southern Taiwan in the form of Typhoon Morakot.

The renowned Alishan Forest Railway had parts of its foundations washed away, leaving tracks suspended, twisting, in the air. Villages like Fenqihu, Dabang, and Pnguu were flooded and suffered landslides. The Alishan area as a whole is likely to need a year or two to recover, landing a devastating blow on the tourism industry, which has worked hard to build new hope for the future.

Looking through the Alishan and Yushan areas, we find villages along the banks of the Laonong and Nanzixian Rivers crumbled like houses of cards; in Kaohsiung County, the townships of Namaxia, Jiaxian, Taoyuan, Maolin, Liugui, and Qishan along with Taitung County's Zhiben and Hongye, and Meishan in Chiayi County, have suffered rockslides, broken bridges, crumbled roads, and destroyed houses. Some villages were cut off from the outside world for days, lonely islands within a lonely island.

Along the banks of the Zengwen River in Tainan, 31 townships-including Danei, Xinshi, Shanhua, and Madou-fell prey to massive flooding, with the waters stretching as far as the eye could see.

Faced with such an apocalyptic disaster, people have come to wonder what has happened to Taiwan; heaven and earth may show no favor, but how can we ourselves be so blind? Nearly 10 years after the 921 earthquake, the wounds from that are still not fully healed, but the warnings of experts at that time regarding public land planning and restoration are still on the back burner, and Taiwan's disaster preparedness is still making only the slowest of progress.

Well the alarm has been sounded again, and the heavens have seen fit to give Taiwan a second chance. Taiwan must be willing to seize this opportunity, to re-strengthen its resolve, and mold the island into a sustainable and safe place. In this way we will honor those who have died as well as the generations to come.


At first, the densely packed Typhoon Morakot seemed to be a much-needed relief from the blistering summer. On the seventh of August, it brought its copious rainfall to the island, filling the reservoirs and not letting up. The southwestern air currents slowed Morakot's progress across Taiwan, with the Central Weather Bureau forecasts of 1,000 millimeters of rain being upgraded eventually to 2,900 mm. The rainfall was at its peak in Alishan, which received an historic high of 2,855 mm between early on the sixth and 5 a.m. on the 10th.

This unprecedented rainfall, combined with untimely high tides, kept the water ever rising, gradually building into a catastrophe.

And to think that such a disaster could fall on, of all days, Father's Day.

Typhoon Morakot: A summary

August 8: Southern Taiwan suffers torrential downpours, with parts of Chiayi, Tainan, Kaohsiung, and Pingtung Counties beginning to flood.

August 9: Sometime after 6 a.m., Mt. Xiandu, situated upstream along the Nanzixian River, experiences collapses at around 1600 meters above sea level. Downhill, the Kaohsiung County village of Xiaolin in Jiaxian Township is almost instantly buried; at the time of writing, over 300 residents remain entombed beneath the earth.

Two-thirds of Pingtung County is submerged beneath floodwaters of depths of up to one meter. The most severe flooding occurs in Jiadong Township, with the waters reaching two storeys in depth.

On the other side of the mountains, 10 stores in the Taitung hot-springs area of Zhiben are washed into the ocean, while at 11:38 a.m. the six-storey King Shai Hotel topples into the raging waters in front of its distraught owner and a crowd of stunned onlookers.

August 10: Areas in the mountains are cut off from outside communications. Survivors are trapped and waiting for rescue, while the death toll slowly climbs. The rain continues unabated, causing increasing panic.

August 11: A three-man team dispatched by the National Airborne Service Corps to one of the hardest-hit areas is unfortunately lost in Wutai Township.

August 12: Residents of Taiwan open their wallets to help the victims of the disaster. Businesses donate over NT$2.5 billion, while the public contributes over NT$1.2 billion.

August 13: The weather finally begins to turn in the mountains, and the ROC Army sends a 452-man special forces team, following eight routes, into the hardest-hit areas, including Jiaxian, Taoyuan, Alishan, and Xinyi townships to conduct a blanket search-and-rescue mission.

August 14: At 10 a.m., President Ma Ying-jeou convenes a National Security Council meeting, creating a nine-point response plan including an inquiry into the rescue system and the establishment of a post-disaster reconstruction committee.

Around noon, Nantou's Mingjian Marine Rescue Team is conducting a rescue along the Zhuoshui River when their hovercraft capsizes, with volunteer Zhang Ruixian losing his life in the line of duty.

August 15: The military flies rescue teams into the Alishan area, as well as stationing a team in Xinkai Village, Kaohsiung, to attempt to uncover bodies from a layer of mud and rocks three storeys deep.

August 16: International relief begins to arrive in Taiwan.

August 17: Helicopters sent in by the American military arrive in Taiwan to assist in lifting heavy machinery into the disaster zone.

August 18: In the afternoon, President Ma calls a conference for the domestic and foreign press. He offers a formal apology to the people for the slow and disorganized response to the typhoon, promising a full inquiry once the disaster has passed.

As of August 25, Typhoon Morakot was responsible for 292 deaths, 385 missing, and over 7000 left homeless, with total casualties second only to the August 7th floods 50 years ago. Seventy bridges have been washed away, 358 roads have had the ground washed out from under them, and Taiwan's agricultural industry has suffered over NT$15.8 billion in losses, a record amount.

A turning point

In a short 36 hours, nine billion tons of rain-enough to fill the Shimen Reservoir 30 times over-fell from the sky, and it was this that was responsible for most of the carnage. Climate change, making the seas around Taiwan warmer during summer and the humidity inland higher, also contributed to this once-in-a-century downpour, and such storms will only become more common and more severe. Both the government and people can no longer rely on wishful thinking, but must instead prepare themselves for the worst.

If we, the people of Taiwan, cannot be stirred to rethinking and making changes in our current situation, then no amount of presidential apologies, ministerial resignations, or governmental expenditure will save us from another round of sorrow, death, remorse, and recrimination in the future.

Change 1: Emphasize evacuation

Both President Ma, in an interview with the British media, and Premier Liu Chao-shiuan, in an internal meeting, have emphasized that the core reason the casualty rate has been so high is that the people did not evacuate in a timely manner.

Since the torrential rains of 2004's Typhoon Aere resulted in the deaths of 24 people in landslides, Taiwan has been building a landslide warning system, with 1,503 rivers across Taiwan under surveillance, including in the Xiaoye River. When rainfall predictions from the Central Weather Bureau go beyond a certain point, the Soil and Water Conservation Bureau (SWCB) will immediately issue a yellow alert, upgraded to red when actual rainfall reaches the trigger point. At this point, evacuations will be considered based on circumstances.

Evacuation is the only effective way to avoid deaths for villages in high-risk areas facing a powerful natural disaster.

Chen Zhenyu, head of the SWCB's Debris Flow Disaster Prevention Center, explains that due to the detection of 13 potential landslides, five villages in Jiaxian Township-including Xiaolin and Dongan-were give a yellow alert at 5 p.m. on August 7th, with two rivers upgraded to red alerts at 11 p.m. When this happened, the village mayors were contacted by phone and text message.

However the area of Xiaolin Village under alert contained only 19 households, the Disaster Prevention and Protection Act states only that evacuations must be considered, and many villagers were unwilling to leave as the area seldom sees major landslides. But early in the morning of August 9th, the land finally gave way, destroying a total of 395 households, with only two left standing.

People's desire to stay and protect their homes and belongings is completely understandable, and warning systems are not infallible-the red alert itself was often taken as the authorities crying wolf. However, landslides are as unpredictable as earthquakes, and living in such mountainous areas will almost certainly place you in peril come typhoon season.

We should not forget the pictures from before Hurricane Gustav last September, when 2 million Louisianans filled the roads out as far as the eye could see as they drove out of the area. Having organized buses to help those with no vehicles of their own, the mayor of New Orleans issued a severe warning to those still unwilling to evacuate-if they stayed, they would get no relief supplies. Three days later, the people filled the roads again on their way back to their now-ruined homes without complaint. In the wake of 2005's Hurricane Katrina, which devastated New Orleans and took the lives of some 1,836 people, such disputes were seen as petty. The US has learned its lesson; will Taiwan?

Change 2: In harmony with the waters

Looking at the tragedy that befell Xiaolin Village, some environmentalists are pointing the blame at the Zengwen River Channeling Project, which redirected the Laonong River. They suspect that the water diversion tunnels have weakened the mountains and destabilized the land on the hillsides, contributing to the landslides. And what about the Qishan No. 2 Spoil Depot, situated along the neighboring Qishan River and opposite Xiaolin Village? Home to over 100,000 cubic meters of earth and rock, could this have been a contributing factor to the severity of the disaster?

The factors behind the destruction of Xiaolin Village are still under investigation, but regardless of the outcome, the broadened collection for the reservoir was a necessary move to help the Jianan Plain and greater Kaohsiung area recover from the long-term drought they've been suffering. If that policy weren't in place, one can imagine that the next major drought would cause a similarly strong public outcry. And with the tragic deaths of 14 staff contracted by the Water Resources Agency and dispatched to Taoyuan Township, we can see that it isn't that Taiwan hasn't done enough in the way of water control, but rather may have done too much or gone in the wrong direction.

Pu Zhongyong, principal of Alishan's Chashan Elementary School, explains that a recently finished river control project in the neighboring tribal village of Futeye focused on both aesthetics and environmental friendliness. This included protecting the mountainside, terracing the river route, and the use of slit dams, resulting in this branch feeding the Zengwen Reservoir becoming "sumptuous and beautiful, like a riverside park."

Unfortunately, all of this hard work has now been buried beneath rocks and earth, without a trace remaining. Looking at the past three or four decades of attempts at water control, Pu says that the more they do, the more they ruin, with once-beautiful mountainsides turned to chaos, a truly heartbreaking and puzzling outcome.

Professor of civil engineering at National Taiwan University Lee Hong-yuan notes that, confronted by the floodwaters now and continuing climate change, we must completely rethink our approach and understand that water cannot be "controlled," "this kind of 'control' isn't about the flow of the rivers, but about mankind's inappropriate use of the land and water!"

"We can't have an unlimited budget to keep building these channels higher and higher so that the water will never flood over them," says Lee. Under the looming threat of climate change, we cannot go without a thorough reconsideration of our fundamental approach to flood prevention engineering; "It's time we gave the waters back to the Earth!"

Faced by the constant threat of floods, tulip farmers on the low-lying lands of the Netherlands have in recent years had to sign relief agreements stating that in the event of floods, they must surrender to the floodwaters, living with the waters rather than fighting against them. This is something we in Taiwan should consider adopting.

Change 3: Legislative movement on land planning

In the wake of Morakot and the accompanying floods, many scholars have noted that in protecting against flood waters, rehabilitating mountainside forests is crucial, particularly given Taiwan's well-known susceptibility to earthquakes and typhoons, and mountains accounting for over half of its area. As the island-shaking 921 earthquake showed, this makes Taiwan particularly ecologically fragile.

In fact, in 2002 the Ministry of the Interior put forward a draft bill concerning state land planning, proposing comprehensive means to address water, soil, and forestry concerns. Unfortunately, this bill has yet to pass the legislature.

In 2005, the Council for Economic Planning and Development also put forward a draft regulation on state land rehabilitation, which would have made mountain areas over 1500 m above sea level core conservation areas. This has, however, been stuck in the legislature for four years now, with the sticking points including the usage of mountain land, compensation for farmers who would have to move, and resettling Aboriginal residents.

Without the support of law, it is difficult to do anything. Taiwan's environmental monitoring systems are actually quite solid, and experts have very clear research on which areas are at high risk and which need warnings. However, research is research and urban planning is urban planning, and there is a lack in coordination between the two, resulting in, for example, petrochemical facilities located in areas where their high demand for water may exhaust supplies, while other places in desperate need of water are left resorting to overdrawing underground water sources or have much of their surrounding farmland turned into building sites. Such lack of coordination has contributed to increased occurrences of urban flooding.

More importantly, the way a nation plans out its land use is representative of how it sees its future, and achieving that future should involve consensus and clarity on how best to use the nation's resources.

For example, to achieve its transformation from a nation reliant on proxy manufacturing, Taiwan has worked to develop its leisure and tourism industry. Such moves seem to present a brighter future, with people rushing to mountainside bed-and-breakfasts and hot springs. However, did anyone think what the impact on the mountains and forests themselves would be? Could the people's love of the mountains ultimately be to the detriment of the mountains? If the mountains are pushed beyond their limits of tolerance, who should shoulder the responsibility for what happens?

Additionally, some of the heaviest-hit areas this time-including Taimali and Zhiben in Taitung and Kaohsiung's Liugui Township-are situated on alluvial fans where the rivers flow out into the plains, making them especially susceptible to such disasters. And while the world was astonished by the sight of the King Shai Hotel collapsing into the waters, it was in fact built on the bank of a river that has long been eroding that bank, having already claimed 12 houses 37 years ago when Typhoon Nora hit.

None of these, though, resulted in local government learning its lesson, instead continuing to grant building permits. Now the management of the King Shai Hotel are threatening to seek damages from the state. But can taxpayers really be expected to shoulder that burden when those behind the hotel knowingly built on at-risk land?

Additionally, some academics have noted that while the growth in mountain agriculture in recent years has produced excellent vegetables, oolong tea, pears, and peaches, it has also led to the plains lying fallow as farming moves uphill. And as the government has promoted this and consumers have taken to the products enthusiastically, who has looked at the price being paid by the community in terms of water conservation, land protection, and road repairs?

Looking to the future, is this mountain agriculture something Taiwan can continue to support? Is it something to be proud of, or is it a disaster waiting to happen? And if farmers choose to remain in the mountains, should they take responsibility for risk management? Everyone concerned should give this urgent consideration, establish a framework for the future, and give the people guidelines to follow.

Change 4: Sustainability not growth

With the typhoon itself gone, many scholars are looking into who else bears responsibility-the government, with its constant focus on economic growth, industrial prosperity, and bustling consumption; and the people, with their demands for everything to be bigger, better, faster, newer, fancier, and more convenient, to the point of even making engineering projects a consideration when voting.

Laboring under this faith in growth and global competitiveness, everyone seems to have forgotten that Taiwan is just an island, and that the island is groaning under the pressure of its human population.

As retired NTU geography professor Chang Shih-chiao says, Taiwan currently faces growing assaults that it is increasingly weak to resist. Only by working to rehabilitate the land we live on can we recreate a safe home and future for its residents. By doing this, we can avoid a repeat of this disaster, and Taiwan will not have to sing this sad song of heartbreak again.

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