希望的驛站

東南亞移工中途之家
:::

2019 / 11月

文‧曾蘭淑 圖‧林格立


人生的旅途就像一處處的驛站,有人遠嫁他鄉,他鄉變故鄉;有人異國打工,鄉愁只能留寄夢中。然而,命運常是無情的考驗,當來到台灣的新住民與移工不幸遇到傷害與打擊時,新住民志願提供的中途之家,即成為客途中的安慰,就像陳氏花在桃園提供住處,讓逃逸移工在返國前得以暫時棲身;阮金紅在嘉義民雄成立的越在嘉文化棧,讓家暴婦女在復原的等待中,有安心安居之所。


桃園大園區菓林路一處不起眼的民宅,一樓映入眼簾的是像一個大通鋪的臥室,放置了十多張單人、雙人不一的床,用二張沙發隔出走動的公共空間,這裡是越南籍新住民陳氏花(Tran Thi Hoa)無償提供給逃逸移工免費吃住的居處。

正值午飯時間,移工打好飯菜,先送給臥病在床的移工,其他人則在主人陳氏花經營的玉花便利商店前用餐,從桃園機場起飛的飛機不時從空中呼嘯而過,飛機吵鬧聲無擾於吃飯的心情,六菜一湯有炸石斑魚片、醃菜滷五花肉、香菜魚露煎蛋、炒青菜、煎魚餅、清燙脆腸與酸菜石斑魚湯,好不豐盛。

客途中的憩站

坐在床榻旁,只能靠助行器行動的黃青軍(Hoang Thanh Cuan),在逃避警察追緝時,從三樓的工地墜落,手、腳粉碎性骨折,已在中途之家住了二個月。兩年多來已能說不錯中文的他說:「為了來台灣工作,借了廿多萬元台幣付仲介費,每月1萬6千元的薪水,就要寄一萬元回越南還債。由於工作的螺絲機械工廠常常停工,一個月賺不到一萬元,向仲介反映,他們就叫我回越南去,可是我還欠這麼多錢,因此才逃跑,經朋友介紹到新竹的工地去抹牆壁,一天可以賺到1,500~1,700元。」

像黃青軍這樣同時住在中途之家的,還有五、六位。以往逃逸移工經舉報、查獲之後,必須進入移民署的「收容所」等待返國,且沒有出入的自由。為了更保障移工的人權,《入出國及移民法》第38條中新增收容替代的規定,讓設有戶籍的國民、慈善團體或非政府組織等,可以具保或繳納保證金的方式,收容逃逸移工。

根據這項規定,陳氏花因此充當了這些逃逸移工的保證人,提供有吃有住的暫時棲身之處。她沒有幫這個地方取名字,說是移工中途之家也好,或是逃逸移工的庇護所,最重要的是讓移工們在返國前不致餐風露宿。

她說:「我看太多了,移工會逃跑,簡單講就是有二種,一種是愛玩,不想工作就逃跑;另一種要怪仲介,雇主不想要聘這個移工,或是沒有工作機會,仲介不為移工想辦法換工作,只說要把他們送回去,移工已經花了這麼多錢出來,無計可施,只能逃跑去當黑工賺錢!」

「我是分得很清楚的人,」大家都叫「阿花姐」的陳氏花說:「對那些有錢喝酒打架,因此受傷的移工,我是不會幫的;我提供吃住,都是給在打工過程中落難、真正有需要的同鄉!」

你是我的同鄉

與移工們非親非故,從八年前在派出所擔任越南語翻譯,2014年開始透過臉書募捐,為這些逃逸移工籌措旅費,迄今至少幫助過上千名移工。會如此古道熱腸、慷慨解囊,原來阿花姐也曾是逃逸移工。

2001年,初到台灣打工的她,先到彰化照顧一位阿公,後來阿公不幸往生,陳氏花又被安排到台中照顧一位阿嬤。

當時工作內容雖然是「打掃阿嬤的家裡」,但這位70多歲的阿嬤要陳氏花早上五點到七點、晚上十點到十二點各幫她按摩兩小時外,還要她每天到阿嬤的五個兒子家裡去洗衣服與打掃家裡。「那時洗衣服是手洗哦!不是用洗衣機哦!打掃也不是用好神拖哦!是跪在地上用抹布抹地!我才做了一星期,就瘦了四公斤。」說著說著,淚光閃在陳氏花的眼眶裡。

陳氏花每天就吃阿嬤家人吃剩的食物,有時一條魚就只剩魚頭與魚骨頭給她,配一小碗飯。阿嬤的長媳婦看不下去,每天偷偷煎一顆蛋,先藏起來,趁著婆婆不注意的時候,趕快拿給陳氏花吃。由於有著吃不飽還要做苦工的經驗,陳氏花的中途之家,移工要煮多少飯、菜,她都會說盡量煮。

「這個長媳人真的很好!」身處困境的陳氏花還是往光明面說著:「長媳告訴我,阿嬤一個星期內已經換了好幾個外勞,她說我撐不下去的,要我趕快逃走,可是我沒有錢逃跑,她因此還拿了三、四千元讓我坐計程車逃走。」陳氏花在逃逸的過程中,在桃園竹圍的餐廳打工,認識了台灣籍的徐海松,十個月後兩人回越南結婚。

陳氏花接著到台灣工廠工作幾年後,開起了五金用品雜貨店,現今在南坎與大園共有三家店。「但我這三家店賺的錢還不夠支付移工中途之家的開銷啦!感謝我的先生與小孩的支持。」話鋒一轉,陳氏花小聲地說,其實一開始先生也反對,兩人還鬧到要離婚,「我就是想為我的同鄉做一點事!」在她的堅持下,先生也逐漸認同,跟著她一起幫助移工。

樂善好義,眾人從之

或許就像南非屠圖主教所說的:「就地做你能做的小善行,小小善行的加總也足以震撼世界。」陳氏花的善行也發揮了磁吸效應,吸引許多善心人士的加入。

2015年陳氏花在醫院照顧一位逃逸移工時,碰巧遇上來探病的胡美花,台灣籍的胡美花得知陳氏花的義舉,主動加入志工的行列。已經退休、又沒有財務壓力的她,協助處理移工自首、重辦護照等繁瑣行政手續,四年多來沒有間斷。

附近的佛堂與里長不定時會送來白米;移民署桃園市服務站與專勤隊也會贊助衛生紙與洗衣粉。嫁來台灣十年的美髮師謝玉梅(Ta Ngoc Mai),每月一至兩次來此為安置的移工義剪。

就連陳氏花斜對面的鄰居知道她收容許多移工,吃飯是一大花費,還義務提供她一塊地,讓陳氏花自己種菜節省買菜錢。陳氏花每天早上六點即起,偕同等待返國的移工一起耕耘菜園,她種了許多越南的菜蔬,像樹仔菜、黃麻葉與茴茴蘇,讓移工餐桌上多了濃濃的家鄉味。午餐的石斑魚也是喜歡釣魚的台灣好友,大手筆送來廿五斤的福利珍饈。

當然也有移工不惜福,住在中途之家不打掃環境,不隨手關電扇,離開台灣之前,把舊衣物棄置一地,氣得陳氏花想放棄,但能夠幫助同鄉,對陳氏花來說是在台灣最開心、最快樂的事。

新住民姐妹的娘家

同樣關注逃逸移工的,還有《台灣光華雜誌》2016年4月曾專訪的越南籍紀錄片女導演阮金紅。她在《再見.可愛陌生人》的紀錄片中,訴說著逃跑移工背後辛酸無奈的故事,讓觀眾更能理解逃跑移工進退維谷的困境。

阮金紅不只在執導的紀錄片《失婚記》中,關注經歷家暴、失婚的新住民,住在嘉義民雄的她,對與她同樣遭遇家暴、離婚的新住民婦女,慷慨仗義地伸出援手。人在異鄉,臨時離家無處可去,阮金紅將她們收容在自己的家,曾經同時多達四位新住民婦女。

為了給家人多一點私人的空間,阮金紅一直希望籌設一處協助移工、新住民的處所,2017年租下在福權村的一間房屋,設立了「越在嘉文化棧」。 

像阿玉(化名)台灣籍的先生在越南工作因意外過世,還沒有拿到台灣居留證的她,為了與公婆爭取女兒的監護權,越在嘉文化棧成為阿玉暫時安全棲身的住處。

從農夫、河流等越南意象的彩繪外牆,很容易找到越在嘉文化棧。阮金紅不只希望這個處所成為新住民與移工朋友的「娘家」,也希望這是一處台越文化交流的平台。屋內展示越南的國旗、國服奧黛,以及各式紙鈔,還有阮金紅收藏阿嬤的繡花枕頭、越南人吃檳榔全套器具等,提供機關團體導覽,希望藉此介紹越南文化。

文化交流的客棧

然而,誤解常源自於不了解。在鄉間雖然知道這處是新住民、移工來往的空間,但不免存在著刻板印象與歧視,甚至有其他的發展協會等單位,認為越在嘉文化棧是來搶政治資源的團體,抱著排斥的態度。

交流需要機會,理解需要時間。阮金紅在2018年藉由參加信義房屋全民社造行動計劃,結合中正大學學生的參與,透過影像與報導,與當地養殖戶、農戶建立聯結,讓當地的農漁民了解越在嘉文化棧是一處可以了解越南文化、喝越南咖啡的地方。知道文化棧時常開伙,農民們了解後,長年不間斷地贈送絲瓜、地瓜與芭樂等蔬果,表達在地鄰居的人情味。

透過開班授課「越南十字繡教學」,舉辦「越在我嘉──越南十字繡暨國服創作展」,又連續兩年與嘉義縣表演藝術中心合辦越南說唱藝術培力工作坊,今(2019)年阮金紅更為嘉義「草草戲劇節」策展,希望讓台灣人更了解新住民文化。

尤其是越在嘉文化棧連續三年舉辦中秋節踩街活動,從2017年只有新住民與移工參加,到今年與當地社團「民雄大小事」合辦,交流的範圍更加廣泛。近百位當地的居民帶著孩子,跟著阮金紅DIY手做越南竹燈籠,並帶著自己做的燈籠踩街遊行,到民雄的大士爺廟、消防局與警察局發平安糖,向地方執法人員表達感恩。讓參加的台灣民眾除了烤肉以外,過了一個體驗越南文化的中秋節,十分開心。

經營「民雄大小事」臉書的版主張文榮認為,台灣雖然是很自由的國家,但在鄉下地方不免有封閉的心態,透過參加新住民的文化活動,又募捐發票捐給慈善團體作公益,讓在地人體驗不同的文化。

此次踩街活動,移工與新住民均擔任志工,協助做燈籠、帶隊與指揮交通。阮金紅說,大家覺得被認同,拉近了與村落間的距離,越在嘉文化棧已經是當地民眾與新住民交流的最佳場域了。

相關文章

近期文章

日本語 EN

希望の住処——

外国人労働者のための ハーフウェイハウス

文・曾蘭淑 写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

人生の旅路にはいくつもの駅がある。故郷を離れて遠くへ嫁いだ人は、異郷を故郷とし、海外へ働きに出た人は、故郷への思いを夢に託す。しかし、運命はしばしば無常な試練をもたらす。台湾へ渡ってきた新住民や移住労働者が不幸にもトラブルに巻き込まれたり、心が傷ついた時、台湾に暮らす新住民が自らハーフウェイハウス(社会復帰支援施設)を提供することによって、大きな安心感を得ることができるだろう。


桃園県大園区菓林路にあるごく普通の民家。その一階には十数のシングルベッドやダブルベッドが並び、ソファーで仕切られた公共空間がある。ここはベトナム出身の陳氏花(トラン・ティ・ホア)が、職場から逃げてきた移住労働者に無料で食事と寝床を提供する住処だ。

昼食の時間、彼らはまずベッドから起きられない人に食事を届け、他の人は陳氏花が営む雑貨店の前で食事をとる。ハタのフライ、漬物と豚バラ肉の煮物、卵焼き、青菜炒め、さつま揚げ、ゆでたホルモン、魚のスープと御馳走だ。

異郷の休息所

ベッド脇に座る黄青軍(ホアン・タイン・クアン)は歩行器を使わなければ歩けない。警察に追われ、3階から転落して手と足を骨折し、ここに来て2か月になる。2年余りの滞在で中国語が上達した彼はこう話す。「台湾に働きに来るために、借金をして20数万台湾ドルを仲介業者に払い、月々の給料1万6000元の中から1万元を借金返済のためにベトナムに送金していました。ただ勤務先のネジ工場がしばしば休みになり、月に1万元ももらえませんでした。それを仲介業者に伝えると、すぐにベトナムに戻れと言うのです。多額の借金があるので帰れません。それで逃げ出し、友人の紹介で新竹の工事現場で壁塗りの仕事をして一日1500~1700元稼いでいました」

このハーフウェイハウスには彼のような境遇の人が数人いる。以前は、勤務先から逃亡して捕まると移民署の収容所に入れられ、送還されることになっていた。だが、移住労働者の権利を保障するために「入出国及び移民法」第38条が改正され、代替収容が可能となった。本国民または慈善団体やNGOなどが保証金を納めて代替収容できるようになったのである。

陳氏花はこう話す。「たくさんのケースを見てきました。外国人労働者が職場から逃げ出す理由は主に二つあります。働くのが嫌になって遊び惚けてしまう人と、もう一つは仲介業者に責任がある事例です。雇用がなくなった時に、仲介業者は別の仕事を探すのではなく、帰国するよう言うだけなのです。でも彼らは大金を払って働きに来たのですから、帰国するわけにはいかず、逃げ出して不法就労するしかないのです」彼女は後者の、本当に困っている同郷だけを助けている。

同郷のよしみ

8年前から警察でベトナム語の通訳をし始めた彼女は、2014年にフェイスブックを通して資金を集め、職場から逃げ出さざるをえなかった労働者に旅費を提供し、これまでに1000人近くの人を助けてきた。これほど親身になるのは、彼女自身、かつて職場を逃げ出した労働者だったからだ。

2001年に初めて台湾に働きに来た彼女は、まず彰化県で、あるお爺さんの介護の仕事に就いた。その人が亡くなると、今度は台中でお婆さんの介護を担当した

仕事の内容は「お婆さんの家の掃除」というものだったが、70代のこのお婆さんは朝の5時から7時と夜の10時から12時に2時間ずつマッサージをするよう求め、さらに毎日5人の子供たちの家に行って掃除と洗濯をするように命じたのである。こうして一週間で4キロも痩せてしまったと話す彼女の目には涙が光る。

食事も家族の残り物しか与えられなかったが、お婆さんの長男の嫁が同情して毎日こっそり目玉焼きを作ってくれた。こうした経験があるからこそ、彼女のハーフウェイハウスでは、十分すぎるほどの食事を提供している。

「この長男のお嫁さんは優しい人でした。お婆さんの世話をしに来る外国人労働者は今まで一週間も持たなかったから早く逃げた方がいいと言い、3000元あまりのお金をくれて、タクシーに乗せてくれたんです」と言う。逃げ出した彼女は桃園竹囲のレストランで働いていた時に、台湾人の徐海松と出会い、10ヶ月後に二人はベトナムで結婚式を挙げたのである。

その後、陳氏花は台湾の工場で何年か働いた後に雑貨店を開き、今では南坎と大園に3店舗を経営している。だが、この3店の利益だけではハーフウェイハウスの支出はまかなえず、夫と子供の支えに感謝しているという。

人助けは大きな喜び

南アフリカのデズモンド・ツツ主教は「その場でできる小さな善を行ないなさい。小さな善が合わされば世界を動かすことができる」と語った。陳氏花の善の行ないも大きな影響を及ぼし、多くの人がその列に加わっている。

2015年、陳氏花が、逃亡した労働者を病院で世話していた時、台湾人の胡美花と出会った。胡美花は陳氏花の義挙を知り、すぐにボランティアの列に加わった。すでに退職して経済的に余裕があった彼女は、以来4年にわたって移住労働者の自首やパスポート再申請などのこまごました手続に協力してきた。

付近の寺や里長は不定期に米を届けてくれ、移民署桃園市サービスステーションからもトイレットペーパーや洗剤が届く。台湾に嫁いで10年になる美容師の謝玉梅(タ・ゴック・マイ)も、月に1~2回散髪サービスに来てくれる。

ハーフウェイハウスの向かいに住む人は、食費がかさむことを知り、野菜を栽培できるように土地を提供している。陳氏花は毎朝6時から入居者とともに畑に出て、ベトナム野菜を栽培し、皆の食卓に故郷の味を添える。昼食に出すハタも釣り好きの台湾人が提供してくれたものだ。

新住民たちの実家

もう一人、職場から逃げ出した労働者を支援しているのは、本誌が2016年4月にご紹介したベトナム出身のドキュメンタリー映画監督、阮金紅(グエン・キム・ホン)だ。彼女は作品『可愛陌生人(可愛いストレンジャー)』の中で、逃亡した労働者の已むに已まれぬ物語を伝え、彼らの苦境を広く知らしめてきた。

また作品『失婚記』の中で、家庭内暴力に遭って離婚した新住民の姿も描いた。嘉義県民雄に暮らす阮金紅は、このような境遇に置かれた新住民女性にも支援の手を差し伸べる。異郷にあって、行く当てもないまま家を飛び出した女性たちに自分の家を提供し、多い時には同時に4人の女性が彼女の家で暮らしていた。

だが、家族のプライベート空間も大切にしたいと考えた阮金紅は、移住労働者や新住民の仮住まいとなる場所を探し、2017年に福権村に家を借り、「越在嘉文化桟」を設立した。

入居者の阿玉は、台湾人の夫がベトナムでの仕事中に亡くなったが、彼女はまだ台湾の居留証を取得しておらず、娘の親権を夫の両親と争うこととなった。こうした状況で、越在嘉文化桟が彼女にとって安全な住処となっている。

文化交流の場として

交流にはその機会が必要であり、理解を深めるには時間もかかる。阮金紅は2018年、不動産会社の信義房屋が主催する町づくり行動計画に参加した。中正大学の学生とともに映像を作り、地元の養殖業者や農家とのつながりを生み出した。これを通して、地元の人々は越在嘉文化桟でベトナム文化に触れ、ベトナムコーヒーが飲めることを知り、以来、ヘチマやサツマイモやグアバなどの作物を届けてくれるようになった。

阮金紅は「越南クロスステッチ教室」を開き、刺繍と伝統衣装の創作展を開き、2年続けて嘉義県アートセンターとともにベトナム歌唱芸術ワークショップを開き、2019年には嘉義の「草草演劇フェスティバル」の企画を担当するなど、台湾人に新住民文化に触れてもらう努力をしてきた。

さらに越在嘉文化桟では、3年続けて中秋節のパレードも行なっている。2017年の参加者は新住民や移住労働者だけだったが、今年は地元の団体である「民雄大小事」と共同開催し、地域住民100人近くが子供連れで参加した。阮金紅は手作りのベトナムの竹提灯を持ち、参加者もそれぞれ手作りの提灯を下げて街を練り歩いた。そして一緒にバーベキューを楽しみ、多くの人がベトナム文化を体験する中秋節を過ごしたのである。

「民雄大小事」の張文栄はこう述べる。台湾は自由で民主的な国だが、地方では閉鎖的な部分が残っており、こうした活動を通して地方の人々も異なる文化を体験することができる。

このパレードでは、移住労働者や新住民がボランティアを務めた。参加者の提灯作りに協力し、交通の指揮を執った。こうして誰もが認められたと感じ、住民との距離が近くなったと阮金紅は言う。越在嘉文化桟は、地元住民と新住民にとって絶好の交流の場となっているのである。

Hope’s Waystations

—Halfway Houses for Southeast Asians in Trouble

Esther Tseng /photos courtesy of Jimmy Lin /tr. by Robert Fox

Life’s journey is marked by many way-­stations. Some people leave their homelands to marry, and their spouses’ homelands become their new homes. Others travel to foreign countries to work, their homelands existing only in their dreams. But fate often ruthlessly tests people. When migrant workers or permanent immigrants are injured or suffer setbacks, there are some halfway houses run by immigrant volunteers that can comfort them on their journeys.


On the ground floor of a nondescript house on Guolin Road in Taoyuan’s Dayuan District, what first meets the eye on entering is a large bedroom filled with single and double beds. Two sofas act as a partition, setting off a common area. Here, Tran Thi Hoa, a Vietnamese immigrant, provides free accommodations and meals to runaway migrant workers.

A rest stop on the road

Sitting next to one bed is Hoang Thanh Cuan, who relies on a walker to get around. While evading a police roundup, he fell three stories at a construction site, shattering bones in his arms and legs. He’s been staying at the halfway house for two months. Although he has lived in Taiwan for little more than two years, he speaks good Mandarin. “To come to Taiwan to work, I borrowed more than NT$200,000 to pay a broker. A month’s salary was NT$16,000, and every month I sent NT$10,000 back to Vietnam to repay the debt. But the factory I worked at, which built screw-making machinery, often didn’t have enough work, and I wasn’t even making NT$10,000 a month. They told me to go back to Vietnam, but I owe too much money, so I ran away. A friend helped me find a job rendering walls at a construction site in Hsinchu, where I was making NT$1500‡1700 a day.

“Basically there are two types of migrant workers who run away,” says Tran Thi Hoa. “One doesn’t want to work, just wants to have fun. The brokers are to blame for the other: the employer doesn’t want to hire the worker, or there isn’t any work to do, but the brokers don’t try to find them other jobs. They just say they’re sending them back to their countries. The workers have already spent a lot of money to come here, so they have no choice but to run away and look for illegal employment.”

Compatriots

Since 2014, Tran Thi Hoa has been working with migrant workers, none of whom she had known previously. For the past several years she’s been using crowdfunding on Facebook to cover the cost of the migrants’ expenses. To date, she has helped at least a thousand migrant workers. Warmhearted and generous, Hoa was herself once a runaway.

When she first came to Taiwan in 2001, Hoa looked after an elderly man in Changhua. After he died, she was sent to Taichung to care for an elderly woman.

Although Tran Thi Hoa’s job description listed her duties as “domestic cleaning,” the 70-year-old woman wanted Hoa to massage her for two hours twice a day, once from five to seven in the morning, and once again in the evening, from ten to midnight. What’s more, the woman expected Hoa to do the washing and cleaning in the homes of her five sons. “After only a week, I’d lost four kilos,” Hoa says, eyes glistening with tears.

“The eldest son’s wife was very nice!” says Hoa brightly. “She told me her mother-in-law had already gone through several caregivers in the space of a week. She said I wouldn’t be able to bear it and urged me to run away. She even gave me three or four thousand NT dollars to pay for a taxi.” While on the run, Hoa worked in a restaurant in Dayuan’s Zhuwei neighborhood, where she met Xu Haisong, a Taiwanese citizen. Ten months later the couple were married in Vietnam, and then returned to live in Taiwan.

After working in a factory for several years, Hoa opened a hardware store, and now has three shops in Nankan and Dayuan. Moreover, she has the financial means to help others.

Do good and others will follow

Perhaps it’s as South Africa’s Bishop Desmond Tutu put it: “Do your little bit of good where you are; it’s those little bits of good put together that overwhelm the world.” Tran Thi Hoa’s good deeds have exerted a magnetic pull, attracting other kindhearted folk to join her.

In 2015, Hoa was in a hospital caring for a runaway migrant worker when she happened to meet a Taiwanese woman, Hu Meihua, who had come to visit another patient. Learning of the good things Hoa had been doing, Hu volunteered to join her. Retired and financially comfortable, she assists in handling cumbersome administrative procedures when runaway migrants turn themselves in or apply for new passports, tasks she has undertaken for the past four years.

A local Buddhist temple sometime donates rice, and Taoyuan City units of the National Immigration Agency help out with toilet paper and laundry detergent. Ta Ngoc Mai, who is married to a Taiwanese man and has been living in Taiwan for the past ten years, comes once or twice a month to cut migrants’ hair free of charge.

The neighbors who live catty-corner from Tran Thi Hoa know she’s accommodating a houseful of migrant workers. Aware of how expensive it is to feed so many, they’ve donated a piece of land so that Hoa can save money by growing her own vegetables. Hoa gets up at six every morning and tends the garden along with migrant workers who are waiting to return to their country. She’s planted several types of Vietnamese vegetables, such as star gooseberry, jute leaves, and shiso, so that they can savor the taste of home. For lunch, there’s grouper, a delicacy generously provided by a local angler.

Nothing makes Tran Thi Hoa happier than helping her compatriots in Taiwan.

A home for her sisters

Runaway migrant workers are also a concern for Nguyen Kim Hong, a Vietnamese documentary filmmaker interviewed in Taiwan Panorama’s April 2016 issue. Her documentary See You, Lovable Strangers shows what lies behind runaway workers’ misery and sense of helplessness, giving audiences a better understanding of their plight.

In Out/Marriage (2012), another documentary, Hong focuses on the domestic violence and failed marriages both she and other immigrant wives have experienced. But she also extends a helping hand to those women, sheltering as many as four at a time in her home in Chiayi County’s Minxiong Township.

To allow her family a bit more privacy, Hong had always hoped to raise enough money to set up a migrant worker and immigrant assistance center. In 2017, she rented a house in Minxiong’s Fuquan Village, establishing the “Vietnam-Chiayi Culture House.”

One resident is A-yu (not her real name), whose ­Taiwanese husband died in an accident while working in Vietnam before A-yu could qualify for Taiwan residency. She is living in the Culture House while sorting out her residency rights and arranging the transfer of custody of their daughter from her husband’s family to herself.

A place for cultural exchange

Opportunity and time are necessary for exchange and understanding to take place. In 2018, Hong participated in Sinyi Realty’s National Community Development Program. With the help of students from National ­Chung ­Cheng University, she used videos and written articles to get in touch with local aquaculturists and farmers, to let them know that the Vietnam-Chiayi Culture House is a place where they can come to get acquainted with Vietnamese culture and enjoy some Vietnamese coffee. Since learning that the Culture House often prepares meals for people in need, local farmers have provided a steady supply of fresh fruit and vegetables such as sponge gourd, sweet potatoes and guava, an expression of neighborly goodwill.

As a result of offering classes in Vietnamese embroidery, holding an exhibition called “Vietnamese in Chiayi—Vietnamese Embroidery and National Costumes,” and co-organizing a Vietnamese song and arts workshop for two consecutive years with the Chiayi Performing Arts Center, Hong got involved in planning the 2019 Chiayi “Grasstraw Festival,” hoping to give Taiwanese a closer look at Southeast-Asian immigrant culture.

For the last three years, the Vietnam-Chiayi Culture House has put on a Mid-Autumn Festival street parade. In 2017 and 2018, only immigrants and migrant workers took part, but in 2019 a local group named “Matters Great and Small” co-sponsored the event, expanding the scope of cultural exchange. Almost a hundred residents and their children made Vietnamese bamboo lanterns by hand under Hong’s instruction, and paraded through the streets carrying the lanterns they’d made. The parade gave Taiwanese a chance to experience Vietnamese culture while enjoying Mid-Autumn cookouts, and everyone had a great time.

Both migrant workers and long-term immigrants worked as volunteers, helping to make lanterns, guiding the parade, and directing traffic. Nguyen Kim Hong said that the immigrants felt they’d gained recognition and had drawn closer to the villagers. The Vietnam-Chiayi Culture House is a place where Taiwanese and immigrants can get to know and appreciate each other.

X 使用【台灣光華雜誌】APP!
更快速更方便!