秋の強い日差しが降り注ぐ中、清華大学のグラウンドでは、サッカーの元マレーシア代表選手で体育教師の陳国華が十数名の学生に筋力トレーニングをさせている。走り続けて汗だくになった彼らは、新型コロナの影響で留学できなくなり、台湾に留まっている学生たちだ。清華大学「為公書院」は彼らのために各分野の専門課程を設け、体育の授業も受けられるようにしている。

世界では十億人を超える生徒や学生がコロナの影響で授業を受けられなくなっているが、台湾は世界でも数少ない、通常の授業を続けている国である。雑誌『親子天下』が十年続けて開催している「教育イノベーション国際会議」は、2020年の世界最大のリアル教育会議となり、1000人を超える教育関係者が参加した。これに加えてリモートで海外の教育界指導者や専門家を招き、ポストコロナ時代の教育の変化と課題を議論した。

米国のカーン･アカデミーを創設したサルマン･カーン氏は、台湾の雑誌『親子天下』が主催する教育会議に初めて出席し、講演を行なった。

高まるテクノロジーの影響力

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、世界的にオンライン学習がやむを得ない解決策となった。OECD（経済協力開発機構）教育スキル局長で、PISA（学習到達度調査）の代表でもあるアンドレアス‧シュライヒャー氏も同会議にリモートで参加し、次のように述べた。「コロナ禍で世界の15億人にのぼる生徒や学生が学校へ行けなくなり、学習はもはや一つの地域に限られたものではなく、一つの行動であることが分かりました。教育においては、生徒を学校に通わせるだけではなく、学習の効果を高めることを考えなければなりません」と。

PISAが15歳の生徒を対象に読解力を調査し、ビッグデータを分析したところ、読解力を高めるのは学習時間の多寡ではなく、学習に対する生徒の態度とモチベーションであり、生徒の主体性が重要なことがわかった。情報格差がもたらす学習リソースの不平等はあるものの、「それでも過去6ヶ月の世界各地における教育イノベーションへの努力は、過去6年分の成果に匹敵します」とシュライヒャー氏は言う。ポストコロナの時代、リモート学習とリアルな授業の併存がすでに常態となっている。

感染拡大は、テクノロジーの影響力を増大させた。テクノロジーが教員に取って代わることはできないが、イノベーションを促進することはできる。特にバーチャルリアリティやAI、ブロックチェーンといった技術を教育や評価、個人学習に応用すれば、今後多くのカリキュラムに修正が必要になる。これからの教育を成功させるには、大量の知識を詰め込むのではなく、学習する中で、生徒に自分の夢や情熱を発見させ、教員がそれをサポートしていくことだ。自らが学習の目標を設定し、実験を計画し、問題を見出して解決方法を探ることで独立した学習者になれる。こうしたパーソナルスタディが今後の教育の趨勢になるとシュライヒャー氏は述べた。

新型コロナウイルスの感染拡大で、オンライン学習が大きな趨勢になった。台湾の均一教育プラットフォームと教育部のアダプティブ･ラーニング･ネットも、テクノロジーによる学習サポートの目的を果たしている。

コロナで変わる学習と学校の定義

「アダプティブ‧ラーニング」ネットワークを構築した教育部（教育省）情報‧科学技術教育司の郭伯臣‧司長は、オンライン学習は世界的な趨勢であり、コロナ禍はその勢いを増幅させたに過ぎないと語る。現在、国内外の多くの研究で、オンライン学習は勉強の遅れた生徒の学習成果を改善することが示されているという。

オンライン授業を利用して生徒たちの学力差を縮めようという「均一教育プラットフォーム」では、「コロナ禍でも学習は止めない」という目標を打ち出し、2020年9月初旬時点で、238万人が登録している。コロナの感染が拡大していた期間の登録者数や問題使用回数は、前年同期に比べていずれも伸び、のべ100万人を突破した。

「均一教育プラットフォーム」の呂冠緯‧董事長によると、コロナの影響で、世界中でオンラインスクールや国際的な学習コミュニティが生まれている。感染拡大の抑え込みに成功した台湾だが、一方では初めて人口減少が見られ、これからの子供たちは将来、より大きな経済的負担を負うこととなるため、教員は将来の人材育成の方向も考えなければならない。

5G時代の到来に対応するために、呂冠緯は「2B3R4C」を打ち出している。「2Bとは基本的な価値観や品格を指します。複雑な社会になればなるほど、基礎となる信念が重要になってくるからです。人間と機械の最大の違いは核心となる価値です。例えば、誠致教育基金会は公設民営の学校を6ヶ所に設けていますが、そこでは品格が51％、学業が49％としている点が、私は気に入っています」と言う。次の3Rは基本の読み書きと計算の能力で、これがあってはじめて生涯学習の能力を持つことができる。

現在PISAの評価でも4Cのクリエイティビティが加えられており、それをさらに四つの項目に分けている。文章、視覚のクリエイティビティと、社会的問題と科学的問題を解決するクリエイティビティである。世界中がこれらの能力を重視する中、オンライン教育を通してどのように基礎知識を補い、また、いかにPBLなどのオープンな方法を用いて生徒の多様な能力を育てていくか。均一プラットフォームの目標は、基本と多様性の両方の能力を高めていくことだ。

インタラクティブな教育

「均一教育プラットフォーム」は、2012年にスタートすると、すぐに世界最大の小中学生学習プラットフォームである米国のカーン‧アカデミーのライセンスを取得した。世界の190ヶ国で1億人以上の生徒が登録しているカーン‧アカデミーの創設者であるサルマン‧カーン氏は、今回の教育会議に初めてサンフランシスコからリモートで参加した。そして、米国では少なくとも5～10％の生徒がインターネット環境やパソコンを持たないために学習に影響が出ており、世界中が台湾のように感染拡大を抑えられることを願っていると語った。

カーン氏は、オンライン授業でも対面授業でも、最も重要なのは教員が生徒を励まし、教員と学生がつながれるようにすることだと言う。また、生徒のレベルに合わせて教え、生徒の学習が遅れている時は、テクノロジーがその差を埋め、生徒の力に合わせた自主学習に協力することが大切だと述べる。

学習とは、常に「やりながら学ぶこと」だとカーン氏は言う。特にリモートの授業では、教員は授業を行なうだけでなく、インタラクティブな関係を築かなければならない。疑問のある学生には質問をさせ、グループごとに課題を行なわせるなどして、生徒にはより多くの自主的学習の責任を持たせることだ。

オンライン教育で、どのように生徒の感情や実際の作業を見るべきかという問いに対し、カーン氏は、人と人とのつながりやコミュニケーション、仲間同士のチームワークやサポートなどは対面授業にはかなわないと述べた。

世界各地の学校が、対面授業の再開と新型コロナウイルス感染再拡大の板挟みで苦心する中、台湾の生徒たちは安心して学校生活を送ることができている。

大切な人と人とのつながり

台湾の生徒や教員は幸運で、コロナによる学級閉鎖などは起きていない。しかし、海外留学を予定していた学生にとっては、学費も納入したのに留学先が入国禁止になったり、オンライン授業しか行われないといった問題が出ている。

そこで清華大学、台湾大学、交通大学では、こうした学生のために、フレキシブルなカリキュラムを設けている。

そのひとつ、清華大学「為公書院」の黄一農‧院長はこう述べた。「多くの学生は、新型コロナウイルス感染拡大のために留学できなくなり、自分は運が悪いと考えています。しかし見方を変えれば、為公書院での学習は人生における特別な経験になるでしょう。本来は7ヶ国の43の学校へ留学するはずだった学生が、コロナの影響でクラスメイトになったのですから、将来も励ましあえる仲間になるはずです」と。

為公書院では、台積電（TSMC）慈善基金会の蔡能賢CEOや、力旺電子（eMemory）の徐清祥CEOといったドリーム級の先生から個別にカウンセリングを受けることもできる。UCLAに留学する予定だった李致翰は、中央研究院アカデミー会員の江安世氏が主宰する脳科学センターでショウジョウバエの研究ができるようになった。

米国のパデュー大学への留学が決まっていた一年生の張有秩は、清華大学の宿舎で深夜12時から翌朝9時までオンラインで米国の授業を受け、昼間は清華大学で工学を学んでいる。カナダ留学が決まっていた王品涵は、高校時代から米国留学を目指して勉強し、ようやく夢がかなったのにコロナ禍で留学できなかった。だが今は、何かを犠牲にすれば得られるものがあると考えている。為公書院では、異なる分野の学生とも知り合え、リアルな関係が得られるのである。

黄一農院長は、こうした留学予備学級は、将来の新たな留学方式になるかもしれないと考える。コロナ禍がもたらした変化は大きいが、ここから学習と教育の新たな可能性を見出さなければならないのである。

清華大学「為公書院」で、名誉院長の李家維教授が、夢を見出しそれを実現する道を教授する。（為公書院提供）

清華大学「為公書院」の黄一農･院長は、世界トップ100の大学へ留学できるはずだった学生たちを為公書院が受け入れることは、国に代わってこれらの学生をサポートすることであり、「自分の子供のように」向き合っていると語る。

為公書院では、コロナ禍で留学できなくなった学生のために体育の授業も行ない、夜間にオンラインで行われる外国の授業に耐えられるよう、体力をつけさせている。（林旻萱撮影）