夏の夜、スタートボードが主催する「ASEANインド、スタートアップの夕べ」には著名な講師が招かれ、多くの人が集まっていた。

シンガポールと台湾における投資と起業をテーマとし、影響力ある著名人が次々と講演を行なった。世界的なパン職人コンクールで優勝した呉宝春、元駐シンガポール台北代表処経済組組長の陳永乾、「フォーブス」誌によってアジアを代表する30歳以下の30人に選ばれた周世恩、それにExpediaの元マーケットマネージャーで海外での起業経験が豊富なZUZU Hospitality SolutionsのCEO謝怡瑩である。

スタートボードが主催する「シンガポールの夕べ」には著名人が講師として招かれ、海外での起業を目指す若者が集まった。

台湾を出ていく優秀な人材

この講演会の魅力は、経験の共有である。人材、チーム、資金、オペレーション、法務や税務など、環境の異なる土地でいかに壁を乗り越えて会社を興し、経営を成功させるか、聴衆は興味を持って話に耳を傾けた。

米中貿易戦争の影響で台湾企業によるシンガポール投資は大幅に増え、シンガポールで夢を実現させたいと考える若者も増えた。一方のシンガポールのスタートアップも台湾のポテンシャルに注目している。この両者をいかに成功させるか。人材リソース統合に長けたスタートボードが最良の懸け橋になる。

「あらゆる企業にとって人材こそ最も重要な資産です」とスタートボードCEOでまだ20代の林致孚は言う。法務と税務を専門とする彼は、普通の20代の若者より落ち着いて見える。4年前に同社を設立したのは、東南アジアとインドのチームによる台湾での起業を支援し、また台湾のスタートアップの海外進出を助けるためである。

パン職人として世界的な賞を取り、シンガポールでも事業を展開する呉宝春は、 国際市場に目を向けて若いうちに事業を起こし、世界を広げてほしいと語った。

インキュベーターとして

以前、林致孚のインドの友人が台湾の交通大学コンピュータ科学の博士課程に学んでいた。台湾で6年間全額の奨学金を得ていたこの優秀な若者は、大学院修了後、台湾での起業を考えたが、不慣れな起業環境で数々の壁にぶつかった。

このインド人は最終的に台湾の大手ICメーカーに就職したが、2年後にはオーストラリアの大学から好待遇で引き抜かれていった。台湾が6年をかけて育成し、本人も「台湾での夢」を抱いていたのに、台湾の起業環境のために彼を引き留めることができなかったのである。

その友人はオーストラリアへ行く前に林致孚にこう語ったという。「この6年、台湾は私の学費を全額支給してくれ、台湾企業でも2年間働いたのに、こうして台湾を去るのは残念でならない」と。この時、林致孚は、台湾から優秀な人材が急速に流出していくことに衝撃を受けた。特に、世界市場に出ていく力のあるトップの人材が、海外へ引き抜かれていくのである。

そこで2017年、林致孚は中央研究院のインド人の友人のサポートを得て、台湾初の東南アジア･インド人のためのSTARTBOARDプラットフォームを立ち上げたのである。人材を台湾に引き留めるために、台湾での起業の可能性を伝えるだけでなく「台湾での起業におけるコストとリスク」も十分に知ってもらう必要がある。

ベトナム人のスタートアップ企業INNOVIZは台湾での起業に成功し、今は家族も呼び寄せて台湾に根を張っている。

ワンストップのガイダンス

台湾人が会社を設立する場合、1～2日で認可が下りるが、外国人はそうはいかない。スタートボードがサポートしたベトナム人の場合、まず起業を決意するのに半年かけ、続いて起業ビザの申請や資金審査などに半年かかり、台湾人より多くのリスクをとる必要があった。このベトナム人は起業後に故郷の妻子を呼び寄せたため、家賃や生活にも費用がかかり、投資面でも法令のハードルは高かった。「投資額がわずか10万元でも、投資審議委員会の審査を受けなければなりません」そこで、台湾での起業を考える外国人にとってはスタートボードが頼みの綱となる。特にワンストップでの英語による情報提供と、その後のインキュベーターとしてのサポートが、多くの若いスタートアップチームを支えることとなる。

「ビザの取得から会社の設立方法、財務会計、税の申告、事務所の賃貸、政府リソースとのリンク、OEM/ODMメーカー探しまで、すべて教えます」と言う。こうしたサービスのほかに、起業に関するすべてを詳細に記した「起業家マニュアル」も発行している。税制上の会社登記、税の優遇、労働法規、知的財産権、資金調達、コワーキングスペースに関する知識、そして成功事例まで掲載し、無料で提供している。

スタートボードCEOの林致孚は、台湾の優秀な人材が海外へ流出している現状を目にしてインキュベーターとしての仕事を始めた。東南アジアとインド出身の留学生をターゲットに、起業という苦しい道をともに歩んでいる。（林格立撮影）

インキュベーターを超える役割

スタートボードは、今では東南アジアとインドからの起業の専門家だが、当初は知名度もなく、起業しようという人も少なく、まったく収入の道がなかった。

そこで、起業を志すチームのサポートにさらに力を注いだ。相手の立場になり、外国人が台湾に来た時にどのような課題に直面するかを考えたのである。「力を入れたのは起業当初の支えとなることです。ここが一番難しいところです」と語る林致孚は、彼らの人脈形成や売上向上に全力で寄り添ってきた。

例えば、ベトナムのINNOVIZというスタートアップの場合、出資者がベトナム人だったため投資審議委員会は外資と認定し、審査に5ヶ月もかかり、さらに設立後の最初の受注まで、さらに時間がかかった。林致孚は、INNOVIZとともに一軒一軒営業に回り、ようやく桃園市政府の案件を受注することができた。

「この受注額はわずかでしたが、INNOVIZにとっては大きな価値がありました」と言う。翌年、同社は最初の受注経験で信用を示すことができて、大手スーパーの全聯や台中花博から依頼を受け、売上は10倍に成長したのである。今では台湾とベトナムの両方に拠点を置いている。

シンガポールとマレーシアのメンバーから成り、フィンテック分野に取り組むAImazingのケースでも、スタートボードは会社設立と特許契約をサポートし、銀行団訪問にも同行した。「当時、台湾ではレギュラトリー･サンドボックス制度がまだ完備していなかったため、私たちは立法委員やマイクロソフト関係者への訪問にも協力しましたが、最終的には市場を考慮してシンガポールで業務を開拓することにし、IT部門だけ台湾に残しました」と言う。

当時台湾ではフィンテックを発展させる制度が整っていなかっため、会社はシンガポールに移ったが、情報工学など台湾の強みを活かせる研究開発部門は台湾に残したのである。

宜蘭のスタートアップ･ハブを訪れて、現地の留学生と交流するスタートボードのブランド大使。

隔たりをなくし、台湾と世界をつなぐ

「彼らは台湾で多くの従業員を養い、台湾にも深い思いを寄せていますし、中国語も流暢です」と語る林致孚は、この4年「台湾を愛する」多くの外国人チームと接触してきた。例えば、上記のインドの友人は、今でも友人たちに台湾留学を勧め、起業したい人がいればスタートボードを紹介している。スタートボードが育成した企業は、いずれも高い実績を上げ、それがスタートボードの知名度向上にもつながっている。

台湾で起業を考える外国人の大部分は、起業の壁を乗り越えるために台湾人のパートナーと組んでおり、林致孚は、これは理想的なやり方だと考える。「彼らは台湾で就学し、暮らしたことがあるので、台湾のブランドを世界に打ち出すことができるのです」と林致孚は考える。東南アジア市場への進出を考えている台湾の経営者や起業家にとっても、彼らは言語や文化の隔たりを埋めてくれる絶好のパートナーになるのである。

スタートボードは留学生座談会を開き、同社がどのように学生の起業を サポートしているかを説明する。

民間外交の先鋒

「私たちはインキュベーターである以上に、民間における各国との橋渡しの役割を果たしています」林致孚はタイやインドの優秀な人材のデータを持っており、学生大使を募集してキャンパスでもスタートボードの理念を広めている。「台湾と東南アジアやインドとの交流はビジネスだけに留まるべきではなく、互いの文化や民情、素養などについても、より深い理解が必要です」

現在、台湾では東南アジアやインド出身の学生が6万人も学んでおり、今後はさらに増えると見られている。「考えてもみてください。これら6万人のうちの5％が台湾に残ろうと考えたとしたら、それだけで3000人になります。3000人もいたら、どんなに素晴らしい物語が生まれることでしょう」と林致孚は問いかける。彼には、台湾のスタートアップが世界に進出していくという新たなビジョンが見えているのである。

設立からわずか数年だが、林致孚が率いるスタートボードは、台湾初の東南アジア・インド出身者を対象としたインキュベーターとして急速に実績を上げている。