かつて政府機関の刊行物と言えば、最初から最後まで、その部門の長の写真やニュースばかりで、内容も政策の広報や報告、あるいは政府が出したプレスリリースなどを再掲載したものばかりだった。開けば眠くなるような、一方通行のコミュニケーションである。

しかし現在、政府部門の考え方は変わり、より創意に満ちた生き生きとした方法で施政理念を伝えるようになり、プロの編集者や運営者に全面的に任せるようになった。つまらない印刷物が、親しみやすい存在になったのである。今月の『光華』は、生まれ変わった政府系刊行物2冊を選び、その変身の物語を探ってみた。

都市のデザイナーでありたいと語る屏東県の潘孟安･知事は、県の広報誌には現地の特色を取り入れ、都市の美学を表現してほしいと考えている。

Amazing Pingtung

コーヒーの香りが漂うオフィス、テーブルには10数種類の「緑色」のサンプルが並べられ、『Amazing Pingtung』の表紙に最もふさわしい色選びが行なわれていた。6月号の特集は「エコツーリズム」である。

屏東県の広報誌は2019年12月に『Amazing Pingtung』という誌名に変わった。創刊号の最初の見開き写真は、人間国宝級の鼻笛芸術家、許坤仲と伊誕の父子である。続く見開きには、屏東県の見どころ、さらに烏皮茶と港口茶に関する記事、剣道指導者‧郭有発インタビューなどがある。文化的で、現地に根差している。第2号は旧正月ということで全面的に赤を背景に、季節の塩漬け肉や漬物、客家の餅などが紹介され、屏東県の多様なエスニックを表現している。

ある屏東県民は、かつての広報誌の使い道と言うと、デパート駐車場のクーポンを切り取り、あとは弁当の下に敷くぐらいだったと言う。広報誌を寄贈される学校も、置く場所がないからと断っていた。それが、潘孟安‧県知事が就任してから発行された隔月刊の『安居楽業』と季刊誌の『屏東本事』は違い、学校からは部数を増やしてほしいと連絡が入り、上記の『Amazing』に至っては、注文に応えられきれないほどで、他の県の役所や市民からも求められるようになった。

屏東県の広報誌は、入念な企画と取材を通して県の良さとニーズを伝えている。

人を感動させる屏東を見せたい

「屏東は農業と観光に強い県で、全台湾でも珍しく、外省人と閩南人、客家、先住民、新住民などのエスニックが共存することで多様な文化が育っています」と話す侯千絹は、2015年から『安居楽業』と『屏東本事』の編集長を務めてきた。現地の刊行物として、内容面では屏東の各エスニックに配慮し、県の北部‧中部‧南部それぞれの情報を載せるべきだと考えてきた。

自らも屏東県出身の侯千絹だが、「屏東県人は自信を持っていません。もちろん不充分なところもありますが、良いところもたくさんあるのに。そこで県の広報誌として屏東県の最も素晴らしいところを見せて、この土地に対する認識と自信を取り戻してもらおうと考えました」と言う。

「遠いところほど紹介し、知る人の少ない良いものほど紹介する必要があります」と語る侯千絹は各地を自らの足で訪ねて回る。

侯千絹は泰武郷と牡丹郷の役所で郷誌（郷の広報誌）を編集していた時、「中央の政府機関が出す刊行物より良くできている」という好評を得、続いて編集した『屏東本事』ではさらに高い評価を受けた。「刊行物の変革は一日でできることではありません。特に官僚体制です。公的部門にとっては内容より、既定のページ数や部数などのルールの方が重要なのです」と言う。だが、屏東ランタンフェスティバルを成功させた屏東県伝播‧国際事務処の黄建嘉‧元処長が、侯千絹の理念を知り、風向きが変わっていった。

屏東県の広報誌は、入念な企画と取材を通して県の良さとニーズを伝えている。

政策宣伝はディテールに

黄建嘉は自ら侯千絹と連絡を取り、「人々の目を引くような」県の広報誌を作りたいと告げた。黄建嘉は「実は私もずっと我慢していたのです。広報誌は、人々が開いて読みたいと思うものでなければいけません」と言う。

広報誌を変えたいということだったが、新しい『Amazing』の部数はそれまでの毎号8万部から4万部に減り、同時にオンライン版も出すということだった。だが、黄建嘉は贈呈先を、個性的なショップや理髪店、病院の待合室、ブランチ店などに変え、より多くの県民に触れてもらいたいと考えていた。「以前は美容院で読むものと言えばファッション誌でしたが、今は『Amazing』が読まれています」と黄建嘉は言う。

県の広報誌であるからには、政策の告知や説明も重要な任務である。例えば、児童公園の改革や自転車の旅に関する報道なども、実は屏東県の政策宣伝と旅行情報だ。ドライフルーツに関する報道記事も、県の農産物販売のためである。

侯千絹は最近、全身性エリテマトーデスと診断されて化学療法を受けているのだが、それでも厳しい姿勢で仕事に取り組んでいる。版型が不精確だった時には3日をかけてやり直させた。創刊号の時にも、Eske Place Coffee Houseの写真で、人物の表情に職人らしさが出ていないとして、3回も撮りなおしを依頼した。

広報誌の中に写真が一枚も掲載されていない潘孟安‧県知事は「長年にわたり、私は屏東県をひとつのブランドにしたいと考えてきました。そのカギとなるのは内容の深さです」と、広報誌の質の高さを語る。

『Amazing』の侯千絹･編集長とそのチームは、ディテールにまで気を配り、印刷の直前まで修正を重ねる。

『本事』の創意とデザイン

高雄の衛武営国家芸術文化センター（以下、衛武営）の広報誌である『本事』は、2018年1月に創刊された。だが、内容を見ると芸術文化の理念などは掲載されていないため、この広報誌は衛武営と何の関係があるのか、衛武営の展覧会や公演のプロモーションになっているのか、としばしば疑問視されてきた。

確かに、創刊以来『本事』では衛武営の展覧会や公演を一度も紹介しておらず、これまでの内容を見ると、迷信やエイプリルフール、宇宙人といった、普通の枠では括れないテーマを扱っており、表紙も毎号違う紙を使っている。

衛武営エグゼクティブ‧ディレクターの簡文彬は、広報誌をこう定義する。「芸術が人を感動させられるのは、プロフェッショナルとして一つのことを完璧に成し遂げようという執着があるからで、それが素晴らしいパフォーマンスにつながります。ただ、その素晴らしい舞台の背後でも、さまざまなスタッフがそれぞれ自らに高い要求を課して『本事』（能力、技量の意味）を発揮しています。『本事』とは、鍛えぬいた人、事、物を表現する刊行物なのです」

『Amazing』が紹介したEske Place Coffee Houseには現地らしい特色があり、広報誌を手に来店して職人Tonyにサインを求める人もいる。

アートと生活の距離を縮める

では、どのように『本事』を表現するのか。編集チームは衛武営の建築理念に呼応することとした。衛武営を設計したフランシーヌ‧ホウベンは、ガジュマルの木と高雄港の概念をデザインに取り入れて市民が自由に行き交える空間とし、人と芸術との境界が打破されることを希望した。Breaking down wallsという建築コンセプトに基づき、簡文彬は人々が自由に衛武営を行き来できるように、広報誌もプレッシャーを感じずに読んでほしいと考えている。

実は『本事』が扱うテーマはパフォーマンスアートと関わっている。例えば、簡文彬は第3号の「迷不迷、信不信（迷信を信じるか）」という特集が気に入っている。迷信に国境はなく、パフォーマンスアートにも多くの迷信がある。例えば照明や音響などの機械類が問題なく機能するように、舞台で事故が起こらないように祈祷する。

『本事』の位置付けはパフォーマンスアートの雑誌であり、企画編集の蔡瑞伶は「パフォーマンスアートは一般の人とは少し距離があるので、それをどうつなげるかです」と話す。『本事』第10号の「声音」（音の意味）を見ると小さな別冊がついていて、読者にそれを手にさまざまな方法で身近な音に耳を傾けて、さらに音楽や劇場などの音を楽しんでほしいと考えている。

以前は美容院でファッション誌を見ていた人も、今は屏風県の広報誌『Amazing』を読んでいる。

ビジュアルデザインの展覧会

「デザインのないところはない」という理念から、広報誌自体もビジュアルアートの展覧であると考える。そこで編集部のデザインチームも大胆に創意を発揮し、毎号さまざまな実験的チャレンジをしている。例えば創刊号の表紙はスクラッチくじになっている。第2号は「愚人‧娯人」というタイトルで、一部の読者は一冊全て真っ白いページの広報誌を受け取ることとなった。これはエイプリルフールのいたずらなのである。

さらに第9号では点字を用いて「溝通」（コミュニケーション）の二文字を刻み、触覚、視覚、あるいは純粋な感覚による読者とのコミュニケーションを試みた。第10号の「声音」では実際に大きな音を出してほしいと考え、表紙にかけたカバーで紙鉄砲を作れるようにした。

デザインを担当する王慧絹は、『本事』は時には繊細に、時には無骨にするという。繊細なものとしては第3号の「迷不迷、信不信」が挙げられる。表紙の網点にデザインを施し、表紙カバーの位置をずらすことで立体的な幻影が見えるような錯覚を起こす仕組みになっている。一方、第6号の「工具美」は敢えて無骨なデザインを採用した。留め具がむき出しの装丁にし、付録の「工具」を使って読者が開いていくという仕組みで、アンカットの本に仕上がる。第8号の「大王時代」はすべて漫画の一冊だ。

世界各地の有名ホールで活躍してきた名指揮者でもある簡文彬は「子供の頃から絵は大の苦手だった」が、『本事』第4号のために、宇宙人へのメッセージとしていたずら書きを寄せた。

衛武営には『本事』を求める電話が多数かかってくるため、第2号からは贈呈ではなく、誠品書店や独立書店での販売に切り替えた。今年は香港の書店も扱うようになり、人気を博している。

毎号序文を寄せている簡文彬はこう話す。「この小冊子は衛武営の一部分であり、読者に鑑賞していただきたいのです」『Amazing』と『本事』は、衰退しつつある印刷媒体が今も力強いメッセージを伝えていることを示している。

『本事』の編集理念は衛武営国家芸術文化センターの建築理念と同じで、人とアートとの境界を打ち破るというものだ。

衛武営エグゼクティブ･ディレクターの簡文彬は、『本事』は鍛えぬいた人、事、物を表現する一冊だと考えている。

衛武営の広報誌『本事』は創意に満ちていて、デザイン面でもさまざまなチャレンジをしている。

オニオンデザインの編集チームは、『本事』の編集は玉山に登るようなものだと考えている。毎回もう二度と来たくないと思いつつ、その達成感から何度も試みるのである。

屏東県広報誌が「柚園生態農場」を紹介したのは「場所が遠いところほど紹介し、知る人の少ない『良いもの』ほど紹介する必要がある」という考えからだ。